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異世界憑依で運命をかえろ  作者: のこべや
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 ボクは、ふと目を覚ました。馬車の中はまだ暗く夜が明けていないことを示唆していた。

 壁にもたれかかるように椅子に座って眠っていたようだ。ちょっと身体が強ばって痛い。身体を伸ばそうとすると膝の上に違和感を感じてそちらを見ると、少女がボクの膝枕で眠っていた。これでは動けない。目の前の椅子にはロザリアが横になって眠っている。白いモコモコが丸くなっていて彼女の枕変わりになっている。柔らかそうで気持ちよさそうだ。

 ボクはそっと膝の上のおかれた少女の柔らかそうな髪をなでた。くすぐったそうに身じろぎする彼女のしぐさがいやに可愛い。ついつい頬を緩めて撫で続けてしまう。

 はっ?! いかんッ コレでは少女うんたらで捕まってしまう。ここは生前の世界ではないのに条件反射で手を離すと辺りを伺ってしまった。いや、ボク、今女の子だからセ~フでしょ。

 ホッと胸をなで下ろしていると壁にもたれかかっていたため馬車の外からザザ様とステラの声が聞こえてきた。ボクはそっと窓の外を伺ってみる。

 二人は馬車の外でたき火を囲むように座っていた。周りにはザコ寝している護衛の兵士達の姿も見て取れた。ザ 野宿である。自分達だけ馬車の中で申し訳ない。一応お嬢様なので許してね。

 そんな二人は向かい合ってたき火の揺らめきを見つめていたかと思うとザザ様が口を開いた。


「一つ聞くが?」


「何でしょうか?」


「今回俺は 父上から人攫いからの護衛を受けきたんだがアレはどう見ても違うよな?」


「そうですね……」


 探るような鋭いザザ様の視線をモノともせずに受け流すステラの胆力はすごいな。窓越しに見ているボクはちょっとビビってしまった。


「アレはどうみたって私怨だよな それも魔物を利用するために撒き餌までするような頭のイカれた奴だ」


 それはボクも気になっていた。いくらなんでもここまでするかと疑いたくもなる。


「恨みをかっているのはどっちだ?」


 彼の問いにしばし、沈黙を守っていたステラはたき火を見つめていた視線を動かして彼を見やる。


「ザザ様はデューゼン伯爵をご存じでしょうか?」


「デューゼン伯? 知らんな……」


「申し訳ありませんが今はこれだけしか申し上げられません これはルナフィンク家の問題ですので ザザ侯爵家にご迷惑をお掛けするわけには参りません」


「もう 十分巻き込まれたけどな」


 彼も断られることは予想していたのだろう。乗り出していた身体を元に戻すとそれ以上つっこんで話をしてこなかった。

 ボクは、覗いていた窓から顔を戻すと目を閉じた。トラウマを植え付けた張本人の名前にボクの身体が震えている。

 デューゼン伯爵。彼には息子がいたはずだ。突然、父親は処刑。家はおとり潰し。レイチェルの尊厳を守るために、詳しいことは一部の人間だけでほとんどの人間は知らない状態でのスピード裁決であった。王妃様がキレておられましたからね。

 よくも知らない娘が父親と何かあったからと有無をいわさず処刑されたのはいい気持ちがしないだろう。恨まれているのかもしれない。いや、知っていたとしても身内なら無実を訴えたのかもしれない。レイチェルもデューゼン伯爵家の者達を知っていたわけではないのだから。

 だからといって、許せない。ボクは、膝の上で静かに寝息を立てている少女の髪をもう一度梳いた。彼女達には何の罪もなかったはずだ。縛られ、暗い森の中を魔物に追いかけ回された挙げ句、命を散らしてもいい理由にならない。襲うなら正面から襲えっての。まぁ、前回それが失敗だったからの今回の襲撃だったのかもしれないが、それでもだ。

 イカれている。彼の言葉は言い得ていると思う。ステラ達が彼の消息を追っているが未だによい知らせは来ていない。もしかして、これは世界が一枚かんでいるのかもしれない。この問題をなんとかしないとレイチェルの死亡フラグは折れそうにないな。身に降りかかる火の粉は振り払わないとな。そう決心している内にまたボクの意識は眠りについていくのだった。


■■■■■■


 次の日、日が昇ると、予定で泊まるはずだった村に立ち寄ることになった。あの少女 「リリ」はその村の出身だったからだ。事の次第を村の者に話さなければならない。

 朝食はパンに野菜のスープだった。ステラはすごく申し訳なさそうにしていたけど、質素な味付けだったがボク的にはファンタジー世界の旅の醍醐味みたいでとてもお気に入りだった。馬車の中でと言われたが断固として皆と一緒に食事をとることにした。せっかく外にでているのだし雰囲気を味わいたい。これにはなぜかザザ様や他の兵士の皆さんも驚いていたけどかなり舞い上がっていたボクは全く気づかなかった。ロザリアは何か嫌そうだったがボクがいるからと渋々隣に座った。

 スープも木の器一杯でお腹は満足だった。やっぱり女の子は小食なんだなァと思っていたが、隣で食べるロザリアは2杯はペロリと食べていた。あれ? レイチェルって女の子から見ても小食なのかな? あの体力のなさから考えてもありえそうだ。食事大事。栄養大切。

 なぜ少食になったのか、ボクの側でスープに手をつけないリリの姿を見て納得した。過剰なまでのストレスで食欲がなくなっているのだ。レイチェルもトラウマの所為でストレスが溜まり食が細くなってしまったのかもしれない。まだ食べ盛りの子をレイチェルみたいにしてはいけないと、ボクは彼女が手を取らない器を抱えるとスプーンに一匙とって、息を吹きかけ、冷ましたモノを彼女の目の前に持っていった。


「はい あ~~ん」


 ちょっと無理矢理で恥ずかしい。でも、ボクの出したスプーンに何の抵抗もなくリリは口を付けた。それにはちょっとうれしくて頬が緩んでしまう。


「おいしいですか?」


「うんっ」


 お約束の台詞だ。うらやましそうな目でこっちを見てる妹がいらっしゃるのは見なかったことにしよう。してほしいのかロザリアよ。あ~~んだぞ、あ~~ん。君ぐらいのお年頃なら恥ずかしいでしょ。


 食事を終えると早速、村に向かって出発だ。馬は、あの襲撃でかなり逃げてしまって馬車を引く子ぐらいしか残っていなかったため、馬の調達もあって村に寄るしかなかった。

 護衛の方々は馬車の周りを歩きで付いてきている。ほんとご苦労様です。

 馬車の中は、ボクの隣でぴったりくっついて離れないリリをまたしてもうらやましそうに見つめるロザリアというなんとも気まずい雰囲気をステラと共に味わっていた。

 あぁ、力が入ってるから膝の上に乗ってる白い彼の毛並みがゴアゴアになっていく。というか、おまえはどこまで一緒についてくるつもりだ。

 もう名前つけた方がいいのか? 精霊の森にいたから帰り道が一緒で同乗してるだけなのか。なんとも解せぬ生物である。

 それよりも、あのお姉様大好きロザリアが今まで何も言わないのには訳があった。


「ママ」


 リリはうれしそうにボクに抱きつくとそう呼んだ。ママである。よわい十数年の若さでママである。こっちの世界に来て数日でママである。パパですらない。くぅ~ 泣けてくる。


「何ですか リリ?」


 ボクは、彼女の髪を撫でながら、見上げている彼女の顔を見た。その瞳には明らかに光を失っている。あの森での夜、壊れそうな彼女はずっと側にいたボクに母を重ねたのではなく、母そのものに改竄してしまったのだ。

 ねじ曲がった現実。偽りの母親。幼い彼女は自分の心を守るためにそうしたのだが、こんな状態、危うくてしかたがない。


「ママ ママ」


 ただ彼女はボクをうれしそうにそう呼び続けた。痛々しい。こんな少女に現実は辛すぎるのだ。だからといってこのままでいいともいえない。現実を突きつけられない弱いボクには、ただ流されるだけしかできなかった。


 程なくして、ボクらはグルリと囲むように高い木の壁に守られた村についた。この壁は魔物除けである。

 この村唯一の宿屋兼食堂の前に馬車を止めると準備が整うまで泊まることになった。ロザリアは部屋に案内されるとそのままベットにダイブしてぐっすりだ。馬車の中での睡眠は慣れていなかったようだし、あんな森の中で熟睡できるほど強くはないようだった。

 ボクはというと危機感が足りない所為でぐっすり眠っていました。ロザリアの事はステラに任せて、ボクはなぜかついてきてくれるザザ様と護衛隊長のヴォルフと一緒にリリをつれて、彼女の事を話すべく村長宅を訪れていた。

 人の良さそうな村長夫妻に会い、事の顛末をつげると。「そうですか」と、落ち着いた声が帰ってきた。

 村長さんの話だと三日前、リリの家族とその隣に住んでいた家族が忽然と姿を消したそうだ。いつもなら畑にでているはずなのに一向に姿を見せない家族に不審に思って家を訪れて発覚したらしい。あまりの事にどうしていいかわからず、とりあえず男衆を募って村の周辺の探索していたのだと聞いた。


「三日前か… やはり情報が漏れていたと…」


 ヴォルフの言葉にボクら二人は苦笑する。ルナフィンク家なら情報も統一できるがいかんせん、王城ではそうはいかない。王家に関わることなら口は堅いが、そうでないのなら緩いかもしれない。何といっても王城で働く人間はルナフィンク家で働く人間の何倍も多いのだから、どこからだって漏れていくだろう。


「リリちゃん 大丈夫かい?」


 村長婦人が膝をついてリリの顔を見ながら話しかけるが、リリからは何の反応も返ってこなかった。


「リリ?」


 ボクはそんな彼女が不安になって声をかけるとリリは弾かれるようにボクに向かって走り寄ってくると腰にしがみついた。


「ママ」


 その言葉に村長夫妻が瞠目する。そりゃそうだろ。間違ってもボクは彼女の母親ではないことは明らかなのだから。そのことについて本人の前で話すのははばかれるので、ここはヴォルフに任せてボクはリリと一緒に少し離れたところにいることにしたが、リリは大人達の会話にほとんど興味を示していなかった。


「そうですか 惨いことを……」


 哀れみを込めた夫妻の眼差しがリリを見つめる。


「リリはどうなるのでしょうか?」


「残念ですが彼女の親類はおりません ここは王都の教会にあずかってもらうしか…… しかし 今の状態のリリを預かってもらえるのか……」


 教会ということは孤児院があるということかな。そこにリリをあずけるのが一番無難な事だろう。しかし……。


「ママ?」


 何も知らず見上げてくる視線に心が痛い。ボクと離れてしまって彼女は大丈夫なのだろうか。もしかしたら、最初は大変かもしれないけど時間が彼女の心を癒してくれるかもしれない。


「ここにいる間は リリの側にいてもいいですか?」


 ボクは、しゃがんで彼女と同じ目線になると、彼女の頭をそっと撫でてあげた。それを目を細めて喜ぶリリの姿が愛おしい。ほんとボクって弱いなぁ。


「それはかまいませんが… こちらもいろいろ準備しなくてはいけませんので しかし いいのですか 貴族様のこ迷惑になるのでは……」


「いいのです だって今のリリの母は私ですから」


 ボクは立ち上がるとうまく笑えてない自覚はあるけどそれでも笑顔をむけるしかなかった。


 話を終えたボクらは一端宿屋に帰ることになった。手をつないで歩いていたリリの足が少しおぼつかなくなっていることに気づいて、彼女をのぞき込むと眠そうに船をこぎ始めていた。


「眠いのですか リリ?」


「ん…」


 両手を出してだっこの構えでねだる彼女の姿に超ときめいてしまう。ほんとこれは母性、それとも父性。もう可愛いから許す。

 ボクは彼女の身体を抱き上げようとしたが、重くてなかなか持ち上がらなかった。すまん娘よ。お母さんが非力で……。


「貸せ」


 ボクの脇からザザ様が軽々とリリをその手に抱き上げた。寝ぼけているリリはそのまま彼の首に腕を回すとスゥスゥと寝息を立てていた。寝顔も可愛い。


「なんだ?」


「いえ そうやっているとザザ様がパパみたいですね」


 ボクの何気ない言葉に彼は絶句している。


「なっ 何いってやがるんだ 俺はまだそんな歳じゃねェ」


 ボクもそうなんだけど…。地味に傷つくけどリリは可愛いから許す。


「じゃぁ 二人は夫婦ということかな いやぁ お似合いの美男美女カップルじゃねぇかッ」


 ニヤリと歳に似合わないいたずらっぽい笑みを浮かべるヴォルフの言葉に彼は、思いっきりボクの方へと向いた。彼の顔が赤いのはなぜ? 彼があまりにもいい反応するのでちょっとボクも悪のりすると、抱き上げている彼の腕にそっと手を添えた。


「あなた」


「ばっ バカ 何いってやがるッ これはッ」


 焦って顔を背け足早に宿に向かう彼の態度がちょっとおもしろかった。ヴォルフも肩を震わせて笑いを堪えていた。おじいちゃん、人が悪いですよ。


 宿に着くと自分にあてがわれた部屋にリリを運んでもらいそのままベットの上に寝かせた。そんな寝顔をボクはベットの側で眺め見ていた。

 このまま事実も告げず彼女を置いていくことになるのだろうか。なら、自分に何ができる。弱いボクは自分が母でないことすら言えないじゃないか。ボクはため息をつくと自然に言葉を口に出していた。


「私は 弱いですね」


「おまえは弱くない」


 まさか言葉が返ってくるとは思ってみなかったので、いつの間にか側に立つザザ様を見上げてしまった。


「おまえは俺が知っている令嬢の誰よりも強く そして 気高い」


 慰めてくれているのだろう。こういうことは苦手な彼なりの気遣いがヒシヒシと感じてくる。


「買いかぶりです 私はこの子に事実を告げる勇気すらないのですから」


 ボクの言葉に彼は何か言おうとするが、いい言葉が浮かんでこないのか口をパクパクさせるだけで音にはならなかった。


「あぁ くそッ 剣だけ強くなっても護れないモノがあるなんてな」


 彼は吐き捨てるように言葉を紡いだ。彼とてこの状態を何とかしようと考えていたのだろう。剣だけ強くなってもという言葉は彼のこれまでの人生を表しているようでむなしく響いていた。


「ザザ様は護ってくださいました それは決して無駄な事ではありません」


 ボクなんて、力でも心でも護ってあげられなかった。


「ママ」


 寝言であろうリリの唇から言葉が漏れ、その瞳から一筋の涙が流れた。この「ママ」はきっとボクではない。彼女も心の奥ではわかっているのだ。でも、認められないから現実の矛盾に苛まれている。彼女がよく眠るのはストレスからの現実逃避なのかもしれない。

 ボクは本当に弱いな。


「ごめんね リリ」


 ボクは呟くと彼女の頬に流れる涙をソッと拭った。そんなボクをザザ様はただ悔しそうにジッと見つめていた。


「そんなに心を痛めつけるなよ そんなんじゃ おまえまで心が壊れてしまうじゃねぇか」


 そんなつぶやきを残したまま、部屋を出ていった彼にボクは気づいていなかった。



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