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ボク達は自然と息を潜めて辺りを伺う。木々が邪魔して先は見えないが魔物達はいる。なんとなく嫌な気配がするのだ。
「くそォ どうする」
ザザ様は、その鋭い視線を森の先に定めながら独り言のように呟いた。
「すぐに治します」
ボクはまた走れるように挫いた足に手を添えようとするがその手を彼に捕られた。
「待てッ 精霊術を使うな 術によって使用したマナを奴らは敏感に感じ取りやがる」
鼻が利くみたいなものだ。術によって四散したマナの残り香を嗅ぎ取るのであろう。隠れているのに居場所がバレてしまう。
万事休す。こうなったら…。
「ザザ様 私をおいていって下さい」
「はぁ?」
馬鹿者を見るような視線がボクの顔の上から注がれる。
「アホがッ 自己犠牲のつもりかッ 俺が何のためにここまでついてきたと思ってるんだッ」
ごもっともです。でも、ボクが言いたいのはそうじゃない。
「違います その逆です 私はもう走れません ですからザザ様は派手に相手を引きつけてここから離れて下さい 私はここでジッと待っております」
ボクの案に彼が目を見開く。そうボクは彼一人なら何とかなるだろうと算段して囮になってと言ってるのだ。その意図に気づいた彼はニヤリと口角をあげた。
「良い根性しているな」
嫌みな感情は感じられない。逆に清々しさを感じるような彼の笑顔だった。
「全てが終わった後 迎えに来てくれませんか?」
「いいだろう その案のった ここを動くなよッ」
彼は、勢いよく立ち上がると小脇に抱えていた少女をボクに渡して、藪の中から躍り出た。すると同時に魔物達の姿が現れる。やはり近くまで迫っていたんだ。
「そら おまえらッ こっちだッ!」
一番先頭の魔物に一太刀浴びせると、そのままきびすを返してここから走り出す。本能に忠実な奴らは正確に人数など数えていなかったのだろう。疑問も持たず、ゾロゾロと彼の後を追っていった。
その一部始終をボクは黙って少女を抱きながら藪の中から見守る。ややとして騒がしかった喧噪が静まりかえり、奴らの姿が見えなくなると、うまくいったことに安堵した。
ホッとした瞬間、忘れていたように全身に痛みが走り始め、ボクは顔を歪ませた。多分転倒した時に、足首だけではなくいろいろ身体を打ち付けたみたいだ。確認してないが体中に打ち身や擦り傷があるかもしれない。
だが、この痛みは逆に今のボクには丁度よかった。体力が限界で意識が飛びそうになっていたのだ。こんな所で暢気に気など失っている場合ではない。
それにしても、女の子ってこんなモノだと思っていたがそれでもレイチェルの身体は体力がなさすぎる。これではマナが豊富でも、戦闘なんてできない。息切れした状態ではさすがに術に集中できないからだ。ましてや逃げることなんてもってのほかだ。
無事領内についたら体力造りかな。お嬢様がジョギングなんてさせてもらえるかどうかわからないけどこれは死活問題だからなんとか説得しよう。
ぐぅッ 痛い。挫いた足が熱を帯びたようにその痛みを主張してくる。まさか、骨折してないよね。
痛みで歯を食いしばり、腕に力が入ってしまう。すると、身近にかすかなに息を吐く声がボクに抱き抱えている少女の存在を知らせてくれた。
先程からずっと黙っていたので気を失っているのかと思っていたがどうやら意識はあるようだ。
ボクはソッと彼女の顔を覗き見る。涙で濡れたその大きな瞳は光を無くし見開かれ、四肢から力が抜けてしまったかのようにピクりとも動かなかった。
この状態はちょっと前のロザリアの姿に似ている。心が壊れかけているのだ。こんな小さな子が暗い森の中で魔物に追いかけ回されれば、あまりの恐怖に心を閉ざしてしまってもしょうがないだろう。
でも、無情だが彼女がこの状態で助かっている。もし、恐怖に耐えきれず暴れれば隠れていることなどできないからだ。心が痛むがこのままにするしかない。どのみちカウンセラーでないボクにはどうすることもできない。せめて、猿ぐつわと手を拘束している縄を解こうと思ったが非力なレイチェルではそれすら難儀であった。なんとか口元から猿ぐつわにしていた布をズラすことに成功すると。
「……パパ ……ママ ……怖い 怖い ……助けて」
宙を見つめて彼女の小さなつぶやきが耳に聞こえてくる。もしかしたらあの逃げていた人達の中に彼女の両親がいたのかもしれない。そんな哀れな姿にいたたまれなくなったボクはギュッと彼女を抱いた。
どうしてこうなった。アレはどうみても彼女達を餌にして魔物を当てつけたとしか見えない。いったい誰がそんな事を。そうまでしてレイチェルやロザリアを殺したいのか。これもフラグなのだろうか。
ボクも挫けそうだ。あれからどれくらい経ったであろう。周りは鬱蒼と生える木々の所為でかなり暗くなってきた。彼が奴らを引きつけているとはいっても全然いないわけではない。森の奥の暗闇は容易に人の理性に恐怖を与えてくる。
怖い。
もし、彼が迎えにくる前に魔物達に見つかったらボクの力で逃げきれるだろうか。この少女を抱いたままでは絶対無理だろう。もう走れる体力も残っていない。立てるかどうかも怪しいものだ。
もし、皆が全滅していたら、誰がボクらをみつけてくれるのだろう。
仮に捜してくれたとして、もう周りは日も落ち掛けて夜のように真っ暗だ。闇雲に逃げ回ったので正しい位置など誰が把握していよう。このまま遭難みたいになってしまうのではないだろうか。
ボクの頭の中で黒い感情がグルグルと渦巻いていく。
怖い。怖い。
身体が強ばる。忘れてしまったはずのレイチェルの記憶がうっすらと顔を出してきた。暗い石畳の部屋に閉じこめられた彼女の恐怖の記憶が今の状態に触発されて身体を震えさせる。
それでも、身体の痛みと腕に抱きしめる温もりがボクの理性を留めさせてくれる。
負けられない。皆がんばっているのだ。溢れ出しそうになる涙をグッと堪えてボクは信じて待つ。
「大丈夫 大丈夫だから……」
ボクは自分に言い聞かせるように腕の中の彼女の身体を強く抱き寄せる。すると、今まで動かなかった彼女の頭がボクの胸の中に押しつけてきた。
「……ママ」
彼女の力ないつぶやきが胸の中から聞こえてくる。護らなくちゃ。そう思うとなけなしの勇気が沸いてきた。この感情は父性?。それとも母性?。
そんな決意に答えるようにストンと何かがボクの隣に降りてくる気配がした。慌ててそちらを見ると魔物に襲撃される前に見たあの獅子のような猫のような白い生物が降り立っていた。
彼は、七色に変化する瞳でこちらをジッと見つめると、座り込んでいるボクの腰にソロソロとやってきて、地面に伏せて丸くなった。
なかなかに人懐っこい子だ。あまりの突然のことに呆気に捕られていたが彼の行動が何するわけでもなく、ただ寄り添っていてくれることに言いしれぬ安堵感を覚えた。
「側にいてくれるの?」
ボクの言葉に伏せていた顔をあげてジッと見つめると、さらに身体を近づけてきた。この子に敵意はないようだ。
「ありがとう……」
ボクは、うれしさにそっと丸まった背中をなでてあげると、猫よりも少し大きな身体が喜びに揺れ動いていた。
よくわからないがこの子が側にいるとなんだか落ち着く。悪しきモノを寄せ付けない気配が辺りに広がり安心感を促してくる。あんなに静かだった森から虫達の声が聞こえてきた。
「……ママ ……ママ 一人にしないで」
ボクの胸の中で少女の小さな嗚咽が漏れてくる。
「大丈夫 側にいるよ」
ボクは彼女の頭に顔を寄せると強く抱きしめた。
「ママ……」
顔を上げた彼女の瞳には光と共に涙で溢れかえっていた。その顔が幼いロザリアであろう顔とだぶって見えた。これはレイチェルの記憶?
『一人は嫌ッ 寂しいのッ でも 私はママを殺したッ 愛されないとわかってるッ でもッ でもォッ!』
幼いロザリアの悲痛な声が頭の中で響いている。そうか、森の中で迷子になった時、レイチェルは彼女の本音を聞いていたんだ。だからレイチェルは彼女の側にいようと思ったんだ。
でも、レイチェルは何で迷子になったロザリアを誰よりも先に見つけられたんだろう。
あれ? 記憶の中にまだ何かある。あれ? もう一人いる。彼女達の側にもう一人いた。いや、正確には一匹かな。
レイチェルの記憶の中にロザリアとレイチェルの側に寄り添うように立つ一匹の白い生物の姿が見えた。
「おまえ……」
ボクの身体を支えるように丸くなっている白い彼を見る。わざわざ精霊の森からここまで来てくれたんだ。
「ありがとう……」
ボクはもう一度、彼のフワフワの毛並みを撫でる。ゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らす彼と小さく嗚咽をもらす彼女を抱きながら、しばらくそうしていると、真っ暗な森の中からボクを呼ぶ複数の声がポツポツと浮かぶ光と共にボクの耳に届いてきた。




