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ルナフィンク領内に帰る事が決定した。王妃様と面会した次の日、王城から離れると王都にある別邸に一度戻る。王城に比べれば規模は小さいがそれでもボクにとっては広いという部類に入る屋敷であった。
玄関から中に入るとステラと同じような服に身を包んだメイドさん達が出迎えてくれる。そのまま応接間までいくとロザリアはまるでしなだれるようにソファへと腰掛けた。
「はぁ~ やっと帰ってきたわ」
彼女はしみじみと味がこもったため息をはくと肘掛けに頭をのせる。そんな姿を咳払いしてサリーが口を開いた。
「ロザリア様 お行儀が悪いですよ」
「いいじゃない ここは王城じゃないんだから ねぇ お姉様」
ボクはなんていっていいかわからず曖昧に笑顔を向ける。
それよりも緊急事態がボクの中で起こっていた。別におトイレはすでに何回も体験済みなので問題ない。最初は罪悪感と羞恥でアレであったがやはりアレは緊急事態なのだ。嫌でも慣れる。そうではなくて、今のボクはレイチェルの記憶を持っていない。王城だったから堅苦しい淑女の態度でも何とも思われなかったが彼女の普段というのはどういう感じなのか知らない。それ以前に女の子の普段の態度なんて知る訳ない。
ボクも楽にしたいのだがいかんせん中身が男なので地がでてしまってはバレてしまう。ここはグッと我慢だ。
それに自室に行こうにも記憶がないためどこがボクの部屋かわからない。外観から見ても部屋は何個もありそうだ。片っ端から部屋を覗いていくわけにもいかず、使用人達が住んでいるスペースに行ってしまっては目も当てられない。王城では勝手知らないのでステラが案内してくれたが自分の屋敷を案内されるのはおかしい。
どうしよう、ピンチだ。
なんとかステラに自分の部屋を案内させる方法を考えないと…。ここは心苦しいが。
ボクはある策を思いつくとソファに座る振りしてあたかも立ちくらみを起こしたようにグラリと身体を揺らし肘掛けに手をついた。
「レイチェル様 大丈夫ですか?!」
ボクの異変に慌ててステラが近寄ると身体を支えてくれる。きっとボクの顔は蒼白だろう。何と言ってもこのピンチに焦っていたから都合よく血の気が引いているのだ。
思惑通りうつむいたボクの顔をのぞき込んだステラの表情が変わった。
「ごめんなさい 少々疲れてしまったようです」
「無理もありません いろいろありましたから」
「お姉様すぐに休んでッ ステラ お姉様を頼んだわよ」
だらけていたロザリアは慌ててソファから立ち上がるとボクの側までやってくるがどうしていいかわからずオロオロしていた。
「かしこまりました さぁ 自室に戻りましょう」
身体を支えられながらボクはステラに自室に連れて行かれた。よし、セ~~~フ。
ボクの部屋は二階の奥まった場所にあった。絶対自分ではわからない場所だ。騙しているのは心苦しいがすでに大きな嘘をついているのだからこの際目をつぶってもらおう。このままじゃボクの罪悪感が擦り切れちゃうよぉ。
中に入ると白やピンクの淡い色合いの可愛らしい内装の部屋だった。 これがレイチェルの趣味なのだろうか。そうなるとやっぱり男と女では感性が違うのだとわかる。いや、それ以前に他人なのだからしょうがないか。趣味を試される場面は極力避けないと……。
壁際に大きな窓があり、そこからテラスにでられるようだ。大きなソファに机。シックな木目の書机に椅子 戸棚には数冊の本が見える。部屋の中には二つのドアがある。一つは寝室に続くドアであり、お約束の天蓋付きのベットが見える。寝室からトイレや浴室に続くドアも見えた。
もう一つのドアからメイドさんが出てくるとその手に服を持っていた。どうやらあっちは衣装部屋らしい。
規模は王城よりは小さくてもやはり貴族の間取りはこんなものかと小市民には落ち着かないものだ。
メイドさん達がボクの着替えを手伝ってくれる。寝間着に着替えそのままボクがベットに入るとお辞儀して出て行った。
やっと一人になった。グフッ ロザリアではないけど疲れた。猫かぶりどころか女の子としての演技は予想以上に疲れる。下手したら演技ではなく本当に倒れていたかも。何といってもこのレイチェルの身体は体力がない。ここ数日でわかった事実だ。
そういえば、自室に戻ってきたということになっているがボクにしてみればここも初めてくる場所だった。王城にいた時と何も変わらない状況にやるせなさがこみ上げてくる。ほんと、慣れるしかない。
ボクはソッと目を閉じるとそのまま意識を失うように眠りについた。
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「お嬢様 お目覚めになられましたでしょうか?」
寝室のドアからノックと共にステラの声が聞こえてボクは思い瞼を開けた。どのくらい眠ったのだろうとあたりを見渡すと窓から差し込む日の光が長く伸びていた。時刻は夕刻になっているのだろう。かなり眠っていたようだ。
ボクが声をかけるとしずしずとステラが部屋の中に入ってきた。
「お嬢様 具合の方はいかかでしょうか?」
「えぇ もう大丈夫です 心配かけました」
休んで気力充分。
「どうかしましたか?」
「旦那様がもうじき遠征からお戻りになられるようです」
「そうですか すぐに向かいます」
ベットからでるとステラとメイドさんが部屋着に着替えさせてくれた。お手数おかけしますが未だにドレスの着方がわからない。やってもらっていると人間ほんと覚えないね。何かあるといけないから少しぐらい覚えないと……。
着替えが終わり部屋を出るとエントランスに向かって歩く。階段を下りていく所で大きな玄関の扉が開き、黒い鎧を身に纏った父 ダグラスの姿が見えた。
「お父様 お帰りなさいませ」
ボクは急いで階段を下りきると軽く頭を下げる。近づく軽快な靴音が耳に聞こえたので頭を上げようとしたボクの身体はそのまま抱き抱えられた。
「ただいま レイチェル」
父様の満面な笑みが眼下に輝いていた。それはもう煌びやかだ。こんな笑顔をご婦人達に振りまけたら再婚も秒読みだろう。抱き抱えられるの別に嫌ではないのでいいんだけど……。
「お父様」
後ろから遅れてやってきたロザリアの声が聞こえる。抱き上げていたボクを下ろすと今度はロザリアに……とまではいかなかったようだ。彼女は腕を前に出して突っぱねている。今までできなかった家族のスキンシップが父様の中で爆発しているのかな。父様が着替え終わるまで応接間のソファでくつろいでいるとわずかな時間で彼が戻ってきた。父様はボクらと同じ席に座りたがったようだがさすがに遠慮してもらった。
ステラよりボクが人攫いに襲われた事はすでに聞き及んでいたようだ。遠征の帰りに報告を受けたらしく単騎で馬を跳ばして王都に帰ってきたらしい。村に放置してくるは置いて先に帰ってくるはで本当に黒の騎士団の方には父がご迷惑をおかけしております。なんでも副団長のアガトさんが後はうまくやってくれているので問題ないらしい。
領内に戻ることを告げるとなんと父様まで帰ると言い出した。騎士団のために王城に出仕しないといけないのに領内からでは時間が掛かりすぎる。そのための別邸なのに戻っちゃダメでしょ。それならばと黒の騎士団長を辞任して領地に戻るとか言い出した。いやいやそれこそ無理でしょう。 お父様、激しく暴走である。
「お父様のお力で一人でも多くの人々を魔物からお救いください 私はそんなお父様を誇りに思っております」
これは本心だよ。ボクの一言でとりあえず事なきを得た。その後は家族水入らずで夕食をとるとあくる日には、ルナフィンク領からの増員された護衛の兵が到着した。




