こんにちは 異世界
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暗闇の中を体が流されていく感じがする。ふと、誰かがボクの横を通り過ぎる気配を感じた瞬間、体全体に激しい衝撃が襲ってきた。
苦しいッ! 胸が灼けるように痛いッ! もしかして、これが死の痛み?
ボクは、あまりの痛さに左手で力一杯痛む胸を鷲掴みにする。痛すぎて目も開けられない。痛みに食いしばりすぎて呼吸もできない。早く回復をッ?!
全身に神経を回してみると痛みの中から暖かい光を感じる。回復はすでに始まっていたようだ。数秒というモノがこんなに長く感じたのは初めてだ。
「ふはぁッ! はぁッ はぁッ」
痛みが和らぐとボクはまるで水中から浮き上がってきたかのように肺にいっぱいの酸素を送る。
どうやら、憑依(?)が完了したようだ。体にひんやりとした空気を感じる。激しい痛みに襲われた胸から激しい鼓動が伝わってくる。それにしてもやけに鼓動を感じるなぁ~と思っていたらそういえばボクは痛みに胸を鷲掴みにしていたんだった。
あれ? おかしい…。比喩ではなく本当になんだか胸を鷲掴みにしているような? なんだろう? フニフニとなんか柔らかいモノを手のひらに感じるぞ…。
これって?
ボクはあわてて閉じていた瞳を開けると視線を下に向ける。そこには真っ赤に染まったドレス(?)に包まれた見慣れぬ双丘が佇んでいた。
「えっ? これッ? えぇぇッ?!」
ボクの口から変な声がもれる。その声は低かったボクの声よりも高く鈴の鳴るような可愛らしい声色であった。白に近い金色の長い髪がハラリと顔に落ちる。フニフニと自分の胸を揉んでいる細い指先。ドレス(?)のスカートの先から覗く真っ白い肌となめらかな足。
あっ これはもう 決定ですね…。
どうやらボクは、女の子の体に入ったようです。
何してくれてるのさッ なっちゃんッ! 確かに性別は言ってなかったけど女の子ってッ! どうするのさこれからッ! おっと、いつまでも胸揉んでるんじゃないよ 自分…。
ちょっと冷静になったボクは辺りを見回して状況を確認する。こんな若い子が死んだということは事故か何かだろう。とてもしっかり立てるようなスペースではないこじんまりとした木の部屋に向かい合うように椅子が備え付けてある。右の壁には小さな窓。左には大きく開け放たれた扉がついていた。ファンタジーの世界だと言っていたからこれは馬車の中だな。
自分の体を見回してみると、治癒術を使ったので外傷らしきモノはないが、白のドレスの胸元から広範囲に広がって真っ赤に染まっている。これは彼女の血なのかもしれない。
いったいどういう状況なのかさっぱりわからない。あっ、そうだッ 彼女の記憶ッ 消えてしまう前に集めないとッ
ボクは慌てて目を閉じると意識を集中する。すると、頭の中にこの世界のであろう文字や言葉や知識を思い出した。
この子の名前は、「レイチェル・ルナフィンク」
ルナフィンク侯爵家のご令嬢だ。たしかになっちゃんが言ったように貴族である。危ない、危ない。また一から覚え直すところだったよ。
あらかた集めた知識の整理は後にして、一番新しい彼女の記憶を見て状況を整理しよう。
思い出した記憶の中は馬車の外から聞こえてくる怒声。乱暴に開け放たれた扉には真っ黒な人。これは、彼女が相手をしっかり覚えていないから真っ黒なんだろう。男であるということしかわからない。そいつが馬車の中に無理矢理入ってくるとその手に持ったキラリと光るモノをボクの胸に突き刺―――ッ。
「ッ!?」
ボクは慌てて目を開けて、記憶を思い出すのをやめる。細い肩を激しく上下させながら呼吸が勝手に荒くなる。もう直ったはずの胸がまたズキズキと痛んできた。
殺された。
事故なんかじゃない。彼女は見知らぬ男に殺されたのだ。
冗談じゃない。そいつはまだ、この辺にいるかもしれないじゃないか。
ボクは恐る恐る開け放たれた扉を見てみる。残念なことに馬車に何かあったのか左に傾いているため、座った位置からは土の地面が見えるだけであった。だが、耳を澄ますと遠くから人の声が聞こえてくる。やっぱり、まだいるかもしれない。
ボクは、体を強ばらせると何とかしなくちゃと思うあまり無意識のうちに彼女の記憶をまた思い出してしまった。
自分の隣にあるモノを守ろうとした意識がある。ボクは何気なく隣を見てみるがそこには何もない。
いや、いた。いたはずだ。彼女の妹 「ロザリア」が。
真っ青な顔で彼女の背中にギュッと抱きついていた二歳年下の妹。最後に男に引っ張られ、馬車から連れ出されながらも悲しみと絶望の瞳を一心にボクに向けて「お姉様」と泣き叫ぶ彼女の顔を思い出した。
「ロザリアッ!」
それは彼女衝動であったのか記憶を共有したボクの衝動だったのかわからないが、転げるように馬車から飛び出した。もし、あの男がいるならこれは致命的であったが、人の生き死に立ち会う事を体験したことないボクは無我夢中であった。しかし、こんな丈の長いスカートなんか穿いたことのないし、ヒールなんてもっての他だったボクは、足がもつれてそのまま地面に両手両膝をつく形となってしまった。
「あいたた… 何してるんだボクはッ」
―――ギィヤアァァァァァーーーッ!!
地面と対面していたボクは、聞いたことのない断末魔を聞いて反射的に顔をあげる。そこには、腰を抜かしたのか尻餅をついている男が二人と、その男達に怨嗟の瞳を向けた、真っ赤なドレスを着た少女と辺りを明るく照らす大火がクルクルと走り回りながら、言葉とは認識できない叫びをあげて崩れ落ちていた。
「許さないッ!! よくもお姉様をッ! お姉様を殺したおまえ達もッ! 助けてくれなかったこの世界もッ! 絶対に許さないッ!」
「殺してやるゥッ! 殺してやるぅぅぅッ!」
到底、可愛らしい少女の口から出たとは思えない激しい恨みの言葉は炎が立ち上る音と共に辺りに響きわたる。
「ひぃッ! ばっ ばけものォッ!」
腰を抜かしていた男の一人が、這いずりながらも彼女から距離をとろうともがく。そんな男を彼女はキッと睨みあげると、瞬く間に体から炎が立ち上り、全身火だるまと化した男は、叫び声をあげながら地面を転げ回った。
よく見ると黒こげになった何かがもう二つ彼女の足下に転がっているのが見えた。辺りに肉の焼けた嫌な臭いを不覚にも嗅いでしまったボクは、そのまま胃の中のモノを吐き出すことになってしまった。
「おえぇ~ッ なんだ? なんだこれ?」
ボクは嘔吐した所為で涙目になりながらも彼女を凝視した。辺りは薄暗い木々で覆われていてその中に続く平坦な道の真ん中に悲惨な惨状が繰り広げられていた。 年端のいかない少女が大の男をなぶり殺死にしている。いや、襲ってきた男達を返り討ちにしているのだろう。
大きな瞳がこれでもかと見開き、目を血走らせながら彼女は叫ぶ。その口は時々力いっぱい食いしばったためか隙間から血が滴っている。胸を苦しそうに掴みながら荒い息づかいがここまで届いてきた。
これって、何かまずい? もしかして、いわゆる術の暴走という奴をおこしているんじゃないのか?
そんな最悪の事を考えていたのがいけなかったのか、最後の一人も燃やし尽くした彼女は、苦しそうにその場に膝をついてうずくまった後、天に向かって悲鳴をあげながら体から何か力なようなモノを放出させ、辺り一面を炎の海へと変えていった。
彼女の体から炎が噴き出し始める。着ていたドレスにも引火している。このままいけば周りの木々にも燃え移って大惨事間違いなしだ。
まずい これ絶対まずいヤツだッ! この世界はマナで構成されているという。体の中に保有されているマナを使って術を行使していると聞いた。なら、マナを全部使い切ったらどうなるのだろう?
そんなの簡単に想像がつく。
彼女は死ぬのだ。
「そんなことさせないッ 彼女はボクの妹だッ!」
ボクは自然にそう叫んでいた。この体の記憶はもうボクの記憶の中にすんなりととけ込んでいたのだ。
ボクはすぐに対処法を思いつく。こういう時に無駄に小説などで知識を得ていることに感謝だ。
「精霊よッ!」
ボクは、声高らかに唱えると、体からフワリと何かがあふれ出る。それはきっとマナなのだろうが今は確認なんてとる暇がない。術が発動し、精霊達がボクのイメージ通りに全身を水の膜が覆い尽くしていく。そんな中でも呼吸ができるのはさすがファンタジーということだろうか。
ボクは邪魔だとばかり履いていたヒールを脱ぎ捨てると、震える足を叱咤して彼女の小さな背中めがけて走り出した。
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