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異世界憑依で運命をかえろ  作者: のこべや
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失ったモノ

ブックマーク、ありがとうございます。励みになります。


 王城に着くとすぐに治癒師の方と王城のメイドさん達が現れた。汚れたドレスを脱ぎ、ワンピースの薄着の服に着替えさせられると治癒師の治療を受ける。殿下の力が強かったためほとんど回復していたこともあり、後も残らないそうだ。その後、傷に障らないよう軽く湯で体を拭いてもらい新しいドレスに着替えると、やっとあてがわれた部屋まで戻ってきた。


「お姉様ッ」


 部屋に入ると、腰に向かって突撃してきたロザリアを受け止める。危うく後ろに倒れそうになるところをステラに支えられた。彼女の頬がグリグリとボクの胸にこすりつけられる。本来なら味わうことのない胸の圧迫の感触ってこんな感じなのか… なんともくすぐったい感じだ。

 ひとしきりボクの胸の中に埋まっていた彼女は顔をあげる。


「ご無事でなりよりですわ」


「ごめんなさいロザリア 心配させてしまいましたね」


 休んでいなくてはいけない彼女がボクを心配して部屋で待っていてくれた。その事に後ろめたさとうれしさとが混合してどう言っていいかわからない。


「本当に 本当に心配しましたわ」


 自分の今の顔を見られたくないのかもう一度彼女はボクの胸に顔を埋めた。なんとも可愛らしい反応である。いかんよ 妹に欲情しちゃ。そんな邪な感情も彼女の一言で凍り付く。


「……もういっそ 誰にも触れさせないようお姉様を閉じこめてしまおうかしら」


 胸の中でボソリとつぶやかれた彼女の言葉に二度見してしまった。

 いつの間にかウチの妹が病んでしまっている。

 顔を上げてニコリとほほえむ彼女に冗談であると思いたい。うん、冗談だよね。きっと冗談だ。

 それにしてもロザリアって昔からこんなにお姉ちゃんっ子だっけ? ちょっと彼女の子供の頃を視てみようとレイチェルの記憶を覗いてみる。


 しかし、ロザリアの子供の頃の事を思い出せなかった。


 昨日まで覗こうと思えばいくらでもレイチェルの記憶を思い出せていたのに今は何も思い出せない。レイチェルが忘れているかもしれないけどいくらなんでもロザリアの子供の頃の姿すら思い出せないなんておかしい。

 ボクは不自然にステラを見てしまった。彼女と最初にあった記憶も思い出せない。つい、部屋に控えているサリーも見てしまう。何も思い出せない。思い出せるのはこの世界に来た時に彼女の記憶から得た妹であり侍女である知識だけであった。


「どうかしましたのお姉様? どこか具合が悪いのですか?」


 ボクが動揺で体が強ばっているのを密着していたロザリアにいち早く気づかれてしまう。


「なっ 何でもありません」


 焦っていたボクはあからさまに彼女から視線を外すと不自然なまでに彼女を体から突き放した。ただでさえ心配させていたのにこれ以上心配事を増やす気にはなれなかった。


「おっ お姉様?」


 ボクの行動に瞠目する彼女。今の行動は何かあると思わずにはいられないような態度であった。まずい 何か言い訳しないと。


「ごめんなさい 疲れてしまって… 少し休みます」


「そっ そうですわよね 私ったら気がつかなくて」


 月並みのボクの言い訳にロザリアは無難に乗ってきてくれた。それでも気になるのかチラチラと伺っているのはわかったがボクにはこれ以上のうまい言い訳が見つからなかった。

 黙ってしまったボクの姿を見つめながらトボトボとロザリアはサリーと共に部屋から出ていった。


「お嬢様 どうされました?」


 そうだった 勘のいい侍女がいたんだった。不自然に彼女をみたのはまずかった。あれでは何かありましたと言っているようなものだ。だが、押し通すしかない。


「何でもありませんッ 少し休みますッ」


 強い言葉になってしまったのは許してほしい。あまりの突然の事にボクも冷静ではいられなかった。


「……かしこまりました」


 寂しそうなステラの顔を見ないようにしながら、部屋に待機していたメイドさん達に楽なドレスに着換えさせてもらうとボクはベットの中に潜り込んだ。

 ややあとしてステラも退出する所を確認したボクはやっと落ち着くことができた。

 ひどい態度をとってしまった。あとで謝っておかなくちゃ……。そういえばロザリアにお土産のケーキも買ってきたのに渡すこともできなかった。その辺はステラがうまくやってくれてるだろうか。ステラには毎度振り回してしまって本当に申し訳ない。

 一人ベットの中にいるとネガティブな思考が渦巻いていく。ボクは瞳を閉じると今自分に起こっていることを確認した。

 やはり、レイチェルの記憶は思い出せない。

 これはきっとあの時彼女のトラウマの記憶を外に追いやろうとした結果、見事にトラウマの記憶を追い出すことはできたが一緒にレイチェルのその他の記憶も飛んでしまったようだ。よかったのか悪かったのか。

 幸いなのは全てを忘れたわけではないと言うことだ。この世界に来てから覚えたことはボクの記憶にある。今は必要なくその都度思い出せばいいやと後回しにしたモノを忘れてしまったようだ。会話は何とかできているが文字は書いてみないとわからない。みっちりやった行儀作法は万全だから所作でバレることはないだろう。しかし、こちらの国の知識や一般常識が危うい。その辺は文字の勉強ついでに本を読んだほうがいいかもしれない。一気にやることができてしまった。

 完全記憶喪失ではないのだからさし当たってそこまで深刻になるほどの状況ではないはずだ。

 結論が出て安堵したボクは言い訳のつもりだったけど体は本当に疲れていたみたいでそのまま意識を埋没させていった。


■■■■■■■■■■■■■■■


 気がつくとボクは見知らぬ場所に立っていた。丘の上に立っているのだろう眼下には広大な森林と水面を夕日で紅く煌めく雄大な湖が見て取れた。遙か向こうには連なる大きな山脈も見える。

 綺麗だ。日本で見るとはまた訳が違うスケール感であった。これぞ異世界といった所であろう。


「いつ見ても綺麗ですわね」


 いつの間にかボクに隣に立って声をかけるロザリアの姿があった。


「そうですね」


 その感想にボクは異論はなかったがこの場所がどこだかわからない。彼女の「いつみても」という言葉からよく知っている場所に違いない。


「ねぇ お姉様 覚えていらっしゃいますか 私が子供の頃 わがまま言って飛び出していったことを」


 ますい。全然思い出せない。


「あの時 暗くなる森の中からステラと一緒に現れた私を抱きしめてくれましたわね」


「そっ そうですね あの時は心配しました」


 セーフ。何とか乗り切ったぞ。

 安堵していたボクは風景を見ていたはずの彼女がこちらをジッとみつめている事に気がつかなかった。


「……うそつき」


「えっ?」


 彼女の感情の伴わない声がボクの耳に届く。


「本当に忘れてしまったのですねお姉様」


 いやに冷えた言葉にボクの全身から冷や汗が溢れ出てきた。まるで錆び付いてしまったかのようにギシギシと体を動かして彼女と向き合う。そこには、感情がぬけきった表情の上に涙を流しているロザリアの姿があった。


「えっと あの… これは…」


 うまい言い訳なんて思い浮かばない。まさか填められていたなんて思いも寄らなかった。


「お姉様が全部私のことを忘れて… お姉様から私が消えて…」


 虚空を見つめるロザリアはブツブツとつぶやき続ける。ユラユラと揺れていた体がピタリと止まると彼女の感情が爆発した。


「イヤァッ! イヤァッ! 私を忘れないでッ 失いたくないッ! また失いたくないッ!」


 そのまま狂ったかのように頭を振って叫び続けるロザリアに唖然として動けなかった。こんなにも彼女の精神は危ういのかと思い知らされる。


「ロザリアッ」


 ボクの言葉は彼女に届いていない。彼女はボクを見ようともしないのだ。


「一人はイヤァッ!」


 発せられた彼女の言葉にボクは息をのんだ。そこでボクの意識は覚醒する。


■■■■■■■■■■■■■■■


 ハッと目を開けると目の前になじみの顔がのぞき込んでいた。


「おはよう ゆうちゃん」


 いや、正確にいうとなっちゃんはボクの上に馬乗りになって顔を近づけていた。目覚めに美人の顔アップってこれはいったいどういう状況なんだ。

 ボクは視線だけ動かして周りを見て確認する。ここは自分にあてがわれた王城の部屋の寝室であった。まだ日も落ちていないのでそれほど時間が経ったわけでもなさそうだ。先ほどの事はどうやら夢だったのだろう。その事実にホッと胸をなで下ろす。それよりも―――。


「どうしてボクの服がはだけているの?」


 掛けていた布団が完全に取り払われている。胸元ががっちりあいて谷間がしっかり目に入ってくる。スカートもめくれ上がって太股まで見えていた。


「あら 苦しそうだったから緩めてあげたのだけど」


「……うそだ」


「じゃぁ 艶めかしいゆうちゃんの寝姿を見ていたら興奮しきて胸を……」


「わぁぁぁッ! 何て事するんだこの女はッ」


 慌ててとんでもないことを言いそうになるなっちゃんの声に被せる。彼女の下から何とか這い出ようともがくがびくともしない。

 なっちゃんにもかなわないなんて非力すぎるぞこの体。 もう泣きたい。


「うぅぅ なっちゃ~~~ん」


「なぁに そんな可愛い顔して 本当に押し倒すわよ」


 もう一度顔を近づけてくるなっちゃんにものすごい勢いで首を左右に振った。いやもう押し倒されていますから。なんかコレって立場が逆なんじゃないのかな。


「……今は許してあげる」


 なにが今なのかツッコみたいが黙っておこう。彼女の体がボクの上からずれてくれたおかげでやっと這い出ることができた。


「また 妙なことになっているわね ゆうちゃん」


 ホッとしているボクにベットの端に座ったなっちゃんが上半身を捻って聞いてくる。多分、レイチェルの記憶が無くなっている事だろう。それに―――。


「あの夢はなっちゃんが視させたの?」


 夢だったとは言ってもあまりに現実的でタイムリーな事から何か作為的なモノを感じたボクは直球で聞いてみた。


「そうよ ユリエルからの伝言 気を付けなさい あの妹にバレると病むわよ」


 やっぱりそうですか。咄嗟に隠して正解だったようだ。それにしてもロザリアの精神は危うすぎる。いくらなんでも異常だ。


「ねぇ なっちゃん なんでロザリアはあんなにもレイチェルに依存しているんだろう?」


 ボクの素朴な疑問になっちゃんはどこか遠い視線を送るように天井を見上げた。


「よく言うでしょ 本当に大切なモノは失ってからわかると 一度失いかけたモノに執着するのは当然のことよ」


 実際は失っているのだけれども。ロザリアはあの時確実に失った喪失感を味合わされ絶望したに違いない。失っていなかった喜びともう二度と失いたくない気持ちでいっぱいなんだろう。彼女にとってレイチェルとの思い出は何者よりも尊いのかもしれない。


「あの妹は母親を殺した後ろめたさがある 父親に愛されず 周りからは腫れ物のように扱われ、自身も自責の念に捕らわれ受け入れるが それでも愛されたい願う心が不安定になる そんな時 自分を唯一愛してくれる者がいたらどう思う 幼心にそれに縋りたいとどうして思う」


 レイチェルは彼女にとって唯一無償の愛を与えてくれる家族。どんなに拒もうとも与えてくれる親愛。

 家族。

 失うモノのつらさ。残されたモノの悲しみ。

 あぁ 考えないでいようと思ってたのに……。こっちにきていろいろあったからあんまり考えなくてすんだのに急にくるもんなんだなと少しわらってしまう。なっちゃんの顔を見たから緊張の糸が切れちゃったのかな……。

 もういいよね。ボクがんばったよね。

 俯いていたボクの頬に手を添えて顔をあげさせるなっちゃんの顔が歪む視界の中に映った。


「泣かないで…… 私はゆうちゃんを泣かせたいわけではないわ」


 そう言われてボクは自分が泣いていることにやっと気がついた。

 そう認識すると止まらない。

 ごめんなさい。父さん、母さん。先に死んでしまって……。

 愛されていたと今でも思っている。泣いていると簡単に想像できる。


「ボクは…… 父さんと母さんを……」


 失われず喜んでいたこの世界の人々の顔を見た。反対に失った者の顔は見えない。これもレイチェルの、女の子の体だからだろうかよくわからない気持ちがボクの中に渦巻いて勝手に涙が溢れてくる。

 背中に手を回しギュッと抱きしめてくれるなっちゃんの体温が温かかった。


「大丈夫 時間はかかるけどおじさんもおばさんもきっと立ち直る 彼らのことはあの女にまかせておきましょう」


「うん…… うん?」


 彼女の優しい言葉にボクの心は落ち着いてきたけどあの女とはどう言うことなのか。


「あの女って誰?」


「誰って 羽間 奈々よ」


「はぁ?」


 羽間奈々ってなっちゃんのことだよね。彼女に任せるってどういうこと?

 ポカーンと口を開けて見上げているボクになっちゃんは「何?」というように首を傾げる。


「えっ? なっちゃんがここにいるのに なんで?」


「ゆうちゃんが肩代わりになってくれたから あの体はもういらないのよ だから丁度よくイレギュラーによって運命からはずれてしまった極度の男性恐怖症のどこかのお嬢様の魂があったからそのまま羽間奈々の体に放り込んできたわ」


「えっ? それって……」


 極度の男性恐怖症のお嬢様。イレギュラーにより運命からはずれてしまった魂。


「あの女にはおじさんとおばさんを何とかしなさいと言っておいたわ そのかわり伝言―――」


 それって―――。


「私の体と私の家族をよろしくお願いします だそうよ」


 せっかく止まったと思った涙がまた溢れてきてしまった。でもこの涙は先程とは違う。


 あぁぁ 生きていた。


 世界は違うけど生きているんだ。彼女の人生を横取りしてしまったけど生きているんだ。それがうれしい。すごくうれしい。


「ありがとう なっちゃん ありがとう」


 ボクは嗚咽をもらしながらうれしさを彼女にぶつけるようにしっかりと抱きしめた。


「いつからこんなに泣き虫なったの ゆうちゃん」


「……うるさい」


 彼女の軽口がなんか恥ずかしい。きっとこれはよく言う体に心が引っ張られているとかいうやつだよ。決してボクは泣き虫なんかじゃない。

 憤然としたボクにしばらくするとなっちゃんが体から離れた。


「侍女が来たわ それじゃぁね ゆうちゃん」


「うん ありがとう なっちゃん」


 にっこりと微笑む彼女の姿が音もなく景色に溶け込んでいった。ボクは虚空に消えた彼女の残滓を見つめながらうれしさの余韻に浸っていた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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