大切な人
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殿下に抱き抱えられながらボクは表通りに出ようとしていた。このまま外に出れば殿下が殿下だとバレてしまうだろう。それが多分いやでフードを被っていたのだと思う。やんごとなきお方は煩わしい事がお嫌いだからね。ボクを抱えているため両腕がふさがっている彼ではフードをかぶれない。
「殿下 少しお待ちを」
ボクはそう言うと殿下の首に手を回し、後ろに下がっていたフードを彼の頭に被した。
そんなボクの行動に少し驚いた表情を彼は見せていた。いきなりすぎたかな?
「ありがとう」
ちょっと心配になったが少し間が空いた後、イケメンスマイルが返ってきた。
「いいえ どういたしまして」
手を首に回したため彼の顔が目と鼻の先だった事に今更気がついた。
(長い睫だなぁ 男なのにすごい美人さんだ いいなぁ イケメンはかっこよくてぇ 女の子にもてまくりだろうなぁ)
そんな事をフツフツと考えながらボクは殿下の顔をマジマジと見つめてしまっていた。二人で見つめ合うことしばしば、少し頬を赤く染めながら殿下は路地の外の喧騒に気がつき顔を出口に向けた。
路地を出るとそこには青色の服に軽装の鎧をつけた兵士の人達とその人達と話しているステラの姿が見えた。
ボクらの姿を見た一人の兵士がステラとの会話をやめてこちらに走ってくると殿下の前で恭しく頭を下げた。
「殿下 話は伺いました よくご無事で」
コクリとうなずくと殿下は後ろに集まってきた兵士にも向かって声をかける。
「路地の奥にラキアの者と思わしき者と賊がいる 後処理はまかせた」
「それと ユスティーヌ男爵令嬢がまだ路地裏にいるかもしれない 手分けして捜索 保護してくれ」
「はっ!」
短くキビキビとした声をあげた兵士達はゾロゾロと路地裏の中に入っていく。
「お嬢様 馬車の用意ができております」
ボクらの隣へ控えたステラが声をかけてきた。
やっぱり帰らなきゃダメか。ヒロインがどうなったか気になるところだけどここに残っていても心配させるだけだからなぁ 仕方がない。後は殿下に任せよう。またいらんことして二人の邪魔をしたくないしね。
「殿下 ありがとうございます 馬車まで歩けますので…」
「いや 治癒したとはいえ怪我をしているだろう 馬車まで送ろう」
「えっ? 怪我をッ?!」
ボクらの会話に驚いたステラがボクをくまなく観察しながらオロオロしていた。左の太股の外側だったから殿下の体に密着しているためステラには見えなかったようだ。
どうやらこのお姫様だっこはまだ続くようだ。ちょっと周りからの視線が痛い。
フードを被っていてもロイヤルの雰囲気は消せなかったのだろうか? やけに注目の的だ。それに、あれだけの兵士が一斉に動いていれば何事かと周囲の目を引きつけてしまうのはしょうがない。きっとそれで悪目立ちしているのだろう。
ボクらが乗ってきた馬車は少し行った所に停車していた。そこまでボクを運んでくれた殿下は馬車の扉の前でゆっくりおろしてくれる。その時、ステラの顔が強ばったのはきっとスカートが赤く染まっているのを見てしまったからだろう。ボクってもしかしてこっちに来たときから怪我ばかりしてないか。ほんと 心配ばかりおかけします。
早くヒロインを捜しに行ってほしいのに殿下はボクとステラが馬車に乗り込むまでその場に残り、あまつさえ扉まで閉めようとしてくれている。その間ボクをじっと見つめているのはなぜだろう。あぁ、きっと怪我したボクを心配しているんだ。権威に偉ぶらず、人を思いやれる王子だなんてますます女の子が放っておかないよ。さすがは我が国の王子である。
ボクは扉を閉まる間際、体を前に倒して殿下の顔に自分の顔を近づける。
「殿下 ユスティーヌ様の事 よろしくお願いいたします」
ボクは念を押すように殿下に頼んだ。そんなボクにニコリと微笑むと。
「わかっている ではまた後で」
殿下はゆっくりと扉を閉めると後ろに一歩下がり御者に目配せした。御者の手綱のしなる音がすると馬車はゆっくりと進み出した。
ガタガタと上下に揺られながらボクはやっと安堵して体をクッションまみれの椅子に預けた。
「お嬢様 お怪我の方は?」
向かいに座っていたステラがボクを伺っている。そうだった。怪我していたんだった。
ボクは長いスカートをめくりあげて太股の怪我をみようとしたが慌てたステラに止められた。じゃぁいいや、このまま精霊術で後も残らず治そうと術を使おうとしたがステラにまた止められた。
「申し訳ありませんお嬢様 おつらいでしょうがその傷は王城に戻って治癒師に治していただけないでしょうか」
あまり広くない馬車内でステラはこれでもかと状態を曲げて頭を下げてきた。その切羽詰まった雰囲気にボクは自然と口を開けた。
「なぜですか?」
ゆっくりと頭をあげたステラの顔は沈痛な面もちだった。そんな彼女からとんでもない事が語られた。
それは今のボクの立ち位置であった。
なっちゃんにもらったチート気味のマナ保有量は、ボクを守るには最適であったがボクの立場を危うくしていたのだ。
マナ保有量が高い女は国の内外からいろんな意味でねらわれる。貴族はマナ保有量が高い子息を残す為、目の色を変えてくるらしい。周辺諸国も同じ事であった。その最もなのが先のラキアである。
ラキアは、マナ保有量が高い女を浚っていく。村の娘レベルでもこのロンデガルドとラキアでは差があるのだ。ましてや多いと言われる貴族の令嬢などカモである。
もし、周囲にボクがマナ保有量が高いと知れ渡ったら想像できるだけでもめんどくさいことになりそうだ。
なぜこの傷を治さず王城で治癒師に治してもらうかというと、レイチェルの従来のマナ保有量では殿下よりも遙かに治せないのである。それが自分で傷も残さず治したとなっては周りにバレてしまう。
それなら殿下の前で精霊術を使ったのはまずかったかな。あの時はそれほどすごいことをやったわけではないしあくまでとどめを刺したのは殿下だったので大丈夫だろうか。しかし、あの殿下だ。わざわざ言いふらすような人ではあるまい。
よし、ひた隠そう。見せびらかせる気もないし、面倒事になるとわかっているのなら尚更必要以上に使わない。ここ数日でいろいろあったがボクはゆっくりとこの世界を満喫したいのだ。
そういえばロザリアは結構高めの保有量だったはず。彼女は大丈夫なのかと聞けば、たくさんの護衛に守られているそうだ。それはよかったのだが問題はこのレイチェルである。ボクもさっき己自身の身をもって知ったのだが男性に強烈なトラウマを持っている彼女の周りには護衛の兵をおけない。ステラのような強い女性がたくさんいればいいのだがそんなに都合はよくないようだ。この世界では女は戦うものではいという風潮があるようだ。
だが、その点はボクにとって先ほどクリアしていた。殿下を守りたい一新で動いた体はとりあえずトラウマを和らげてくれたようだ。それを話すとやけに彼女は食いついてきた。
「では お嬢様は殿下を守りたい一心でなされたと?」
「えぇ そうです そう言うことになりますね」
「どうしてですか? あれほど発作に苦しんでいたお嬢様が 何故殿下の時だけ」
まさか理由を聞かれるとは思わなかった。この世界のヒーローですから。とか、いやそれはないか。そっか 今までのレイチェルはそんな事してこなかったんだ。でも、この世界を救うために彼は必要不可欠な存在なんだよ。なら答えは決まっている。
「それは彼が大切な方だからです」
ボクの言葉にステラは目に見えて絶句していた。
「お嬢様は… その 殿下のお側にありたいとおっしゃられるのですか?」
側? いやいやないない。だって殿下ってこれから激動のど真ん中になる人だよ。一度死んだ身としては今世はゆっくり暮らしたいし、だいたい殿下の隣にはヒロインがいるモノなんだからね。不祥、ボク程度でお役に立てるのならやぶさかではないけど。でも、もうすでに迷惑かけちゃってるしなぁ~。
ボクはフルフルと首を横に振ると。
「側に立つなんて… 私ではつりあいません」
大した力にはなれない。ボクはこのゲームの事を詳しく知らないのだからヒロインのように動き回れない。それでもこの国を救うためにボクにできることがあるのならばやろうと思うぐらいには無責任ではないはずだ。
そんな大層な事を考えている自分にちょっと苦笑してしまったボクはソッと窓の外をみつめた。
(殿下ぁ~ うまくやってるかなぁ~ ヒロイン大丈夫かなぁ~)
アンニュイなボクの表情をどう捕らえたのかステラは複雑な顔をすると椅子から腰を上げ、ボクの目の前で跪くと膝の上に添えてあったボクの手を自分の手で包み込んだ。
「お嬢様の思いは報われます まだこれからではありませんか」
泣きそうな顔をしながら笑顔を向けるという妙な表情のステラの言うことはいまいちよくわからなかったが励まされているのはわかった。
「ありがとう ステラ」
しかし、実際は足を引っ張っているような気がしてならない。ヒロインを馬車で引きかけるし、殿下は危ういところだったし、ボクを助けたためにヒロインに身の危険が迫っているし。
ボクはもう一度窓の外を流れる街並みを見つめながらつぶやいた。
「殿下の側にはユスティーヌ様でなくては…」
ボクが漏らした言葉に目の前のステラから表情が消えた。それはもう怖いぐらい能面だった。
「お嬢様 もうあの方とは関わらない方がよろしいかと」
なんだか刺々しいニュアンスが含まれているのが疎いボクでもわかった。めっちゃステラに敵認定されてますよヒロイン。
無理もない。彼女に無理に手を引かれて店を出たのをお店の従業員の皆様が見ている。中には心配してオロオロしていた子もいたぐらいだ。その子達に聞いたからこそステラは路地裏に捜しに来たのだった。
あのヒロインの行動は謎であったが現代日本でいきるモノとしたら至極当然のような行動であると思う。ちょっと親しくなったからお近づきに一緒にお買い物しましょうというのは女の子同士では当たり前なのではとボクは思っている。想像だけど…。
それにヒロインには一度会ってみたかったので今回のことはそれでよかったよかった。見る限りでは別に問題ありそうな子ではなかったのでボクは大満足だ。だからこそボクはステラには悪いけど彼女から視線を逸らすと返事をしなかった。
「お嬢様」
悲しそうなステラの声が聞こえてくる。ごめんねステラ。仕方がないんだよ。だって彼女はこの国を救うヒロインなんだから。
微妙な空気のまま馬車はひた走ると、王宮内に滑り込んでいった。
あっ ロザリアにケーキのお土産買ってくるの忘れていた。えっ? 用意してあるの? さすが優秀な侍女様です。
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