これってもしかして
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やったァッ やったァッ
行き当たりばったりの精霊術であったが奇跡の一発逆転にボクは気分が高揚していた。おかげで左足を怪我していたことも忘れて地面に座りながら足を引きずって殿下に近寄っていた。生前の意識が強すぎて自分が傷を癒せることをすっかり忘れてしまっていたのだ。
「殿下ッ よかったッ 本当によかったッ」
ほんと、あそこで死んでいたらこの物語がどうなっていたことやらと思うとひとしおである
ボクの声を聞いて激しく肩を揺らしていた殿下は慌てて振り返る。
「無事か?」
ボクの側まで走り寄ってきた殿下はそのまま膝をつくとボクの肩に両手を添えた。
ちょっと待って そんな肩なんて掴まれたらまたトラウマがッ!
・・・・・・・。
おや? あの記憶が出てこない。さっきは近づかれただけでも後ずさりしていたのに今は意識しないとわからないぐらいの震えしかこなかった。これぐらいなら全然OKだ。これはもしかしてトラウマ改善の方に向かっているのかな。ついうれしくてニコリと答えてしまう。
「はいっ 殿下もご無事で…」
「アレは キミがやったのか?」
アレというのはきっとさっきの空中放り投げのことだろう。
「はい 無我夢中でしたがうまくいってよかったです」
フニャッと微笑むと肩に添えてあった殿下の手が微妙にピクリと動いた。
「そっ そうか…」
なんだろう何か失敗したのかな? 殿下がおちつきがない。
そんな彼をよく見ようと身じろぎすると体がビクリと弾み顔がゆがむ。原因である自分の左足をそっと見つめた。
(うわぁ~ 血でドレスが真っ赤 これオチるかなぁ~)
ボクの視線につられて殿下もボクの足へと視線を移すとハッとしたように目を見開いた。
「すまないッ 私が油断したばかりにこんな傷を…」
殿下はボクの投げ出されている左足の方に体をもっていくとドレス越しに手でボクの太股にふれた。
「精霊よ」
彼の力ある言葉と共に体にふんわりと温かいモノが流れ込んでくる。徐々に傷口がふさがっていくのがわかった。そこで自分で治せる事をすっかり忘れていた事に気がついたのだが、今更自分で治せますというのもなんなのでおとなしくすることにした。それにしても攻撃術もできて治癒もできるし剣も使えるなんてさすが王子様だよ。
「傷口はこれでふさげるが… その… 痛むのなら かまわない 私は向こうをみていよう」
ん? なんか気を使われているようだ。確かに痛いけどこういった生傷は男の子ですから生前よくしていたものだ。その度に我慢していたけど今世では自分で治癒できるんだよ。絆創膏も傷薬もいらないなんてどんだけ便利なんだよ。
申し訳なさそうに血で広がるスカートに目をやっている殿下の治療中の手の上に自分の手を添えた。
「いえ… 痛みには慣れておりますから」
ボクの言葉に顔を上げた殿下は目を見張っているが、しばらくするとフワッとほほえんだ。
「キミは 強いのだな」
う~ん 意味がよくわからない。これぐらい普通だと思うんだけど。
どう答えていいのかわからないので話を変えてみよう。
「それにこの傷は私のミスですから 殿下が私から彼を引き離そうとせっかく隙を作っていただけたのにモタモタしていた私の所為です」
「えっ? いや… 気づいていたのか?」
なぜか殿下は驚いた表情でボクを見てらっしゃる。そんなにおかしな事言ったかな?
「えぇ 殿下が視線でそうおっしゃってましたから」
「…あれでわかったのか?」
「はい」
男が考えている事なんて単純だから、あの状況だったらボクだってそう考えるよ。男同士のアイコンタクトなんてお手のモノさ。
「そっ そうか」
なぜか視線を逸らした殿下は口元を空いていた手で隠していた。ややあとして、治癒が終わったのか殿下がボクの太股から手を離した。
「ありがとうございます殿下」
ボクは少し体を曲げて頭をさげた。
「いや 傷口をふさいだだけだ 後でちゃんとした治癒師に…」
そういってボクの足を見ていた殿下は慌てたように両手をあげた。
「あっ いやっ すまない 慌てていたとはいえご令嬢の足に触れるなんて」
いや、治療するんだから触れなきゃだめでしょう。できればスカートをめくって傷口を見やすくした方がよかったとボクは思っていたぐらいだ。それなのにあたふたと所在なさげに手を動かしながら視線をさまよわせている姿がちょっとおもしろかった。イケメンなのに…。王子様なのに…。
「フフフッ いえ 殿下が気にすることではありません」
ボクがおもしろそうに笑っているのを見て安心したのか挙動不審だった殿下はボクをジッとみつめた。
「キミは…」
口を開けたまま殿下は言葉を濁していた。
「?! 何でしょうか?」
「いや… そういえば キミの名を聞いていなかったな」
おおうッ そうだった。王族に向かって名乗りもしないて失礼だった。
「申し遅れました 私 ルナフィンク侯爵家が一子 レイチェルと申します」
ボクは座りながらペコリと頭をさげた。
「えっ?! キミがアノ レイチェル嬢かッ?!」
アノとはどう言うことかは気になるがそんなに驚かれることなのだろうか。
殿下はソロリと体を離すと微妙にボクから距離をとった。あぁ もしかしてレイチェルが男性恐怖症だということを知っているのかもしれない。周りの評判なんてレイチェル自身が知る由もないのでよくわからないけど彼女のトラウマは周知のことなのかな。
ちょっと微妙な空気になってしまった。雰囲気を変えるためもあるし、いつまでも地面に座っているわけにもいかないのでボクはゆっくりと立ち上がる。 が、グラリと体がゆれた。
慌てて殿下がボクの体を支えてくれたことで地面に転ぶことはなかった。
「ありがとうございます」
どうやら、血を流しすぎたのかもしれない。そういえばレイチェルの体はボクが思っている以上にひ弱だった。
「無理をするな」
「そうはいいますが いつまでもこんな場所にいるわけには」
ボクは殿下に寄り添っていた体を離すと歩きだそうとしたがよくよくこの体はダメなようだ。立ちくらみがする。また地面に逆戻りしそうなボクの体を殿下は膝裏に手を差し入れ、背中に手を回した。
「失礼」
そう言って殿下はボクの体を横抱きにした。
(うおぉぉッ おっ お姫様だっこだァァァ)
これが女の子が大好きな噂のお姫様だっこかぁ。なるほど安定している。女性を運ぶなら最適の格好だな。この場合手とかどうした方がいいのだろう。首に回すのもどうかと思うので体が離れては持ちにくいだろうと頭と一緒に彼の胸に添えた。
あぁ この態勢は楽だ。とはいっても運んでもらっているのだから礼はいっておかないと。
「恐れ入ります」
申し訳なさげに見上げるボクに、この状態だとやけに顔が近い彼がニコリとほほえんだ。イケメンスマイルですねぇ~。世の女性はドッカンですね。にくいなこのこのぉ~。何かこの状態ってまるでヒロインのような…。
・・・・・・。
ハッ?! この状況ってイベントじゃないのかッ?!
路地裏でゴロツキに襲われるヒロインを颯爽と助ける王子様。二人の距離が一気に縮まる。
ありえる。この状況はイベントそのものじゃないかッ!
いや、ちょっと待ってェ! ここにどうやってきた? そうだよヒロインと一緒に来たんじゃないか。途中ではぐれちゃったから本当はヒロインを助けるはずの王子がボクの所で引っかかっているんじゃないか。そしたらヒロインであるユスティーヌはどうなるの?
ボクは全身の血の気が引いていくのがわかった。お互いの顔が近かったため真っ青になったボクの顔をすぐに殿下は気づいた。
「どうした?」
「でっ 殿下 すぐにユスティーヌ様を捜してくださいッ」
ボクは縋るように殿下を見上げる。態度が急変したことに足を止めた殿下は真剣な表情のボクの瞳をのぞき込んできた。
「ユスティーヌ男爵令嬢がここに?」
「はいッ 途中までご一緒でしたが私がモタモタしていたためはぐれてしまったのです お願いします殿下 彼女を捜してください お願いします」
ボクが襲われたのだ。彼女だってこんな所にいればどうなるかわからない。ボクの所為で殿下が危うい所だったのに今度はヒロインがと思うといてもたってもいられなかった。
ボクはおろしてもらおうと彼の腕の中で暴れるが、なぜか彼はボクの体を離そうとしなかった。それどころか振り落とさないようにしっかり抱き抱えられる。
ちょっと ちょっとぉ ヒロインがピンチかもしれないんだよッ こんなことしている場合じゃないでしょ。
「殿下ッ 私はいいので彼女を―――ッ!」
「弱っているキミをここにおいていく訳にはいかないッ!」
声を荒げたボクを諫めるように彼もまたボクにむかって叫ぶ。これには声がでなかった。
くそッ ボクが足を引っ張っているんだ。なんとかしないとヒロインが。
慌てるボクは何とかならないかとキョロキョロと辺りを見渡す。すると、通路の先の角から見知った人が現れた。
「ステラァッ!」
ボクの呼びかけにいち早く振り返った彼女は、女性とは思えない速さでボク達の所へ駆け込んでくる。
「お嬢様ッ!」
抱き上げられているボクの体を見渡して彼女が縋りつてきた。
「ご無事ですか? お怪我はッ? あぁぁッ 申し訳ありません私が目を離したばかりにッ」
一気にまくし立てる彼女の気迫にボクも殿下も呆気にとられていた。
「いっ いいのですステラ 勝手に離れた私がいけなかったのですから」
さっきまで慌てていたボクの心は彼女の鬼気迫る態度のおかげで逆に冷静になってきた。
「あぁぁ よかったぁ」
ボクの手を握って安堵するステラ。いや、ステラさん。殿下ですよ。王太子様がいらっしゃいますよ。
ボクが苦笑いをしている間に殿下の方が口を開いた。
「キミは彼女の侍女か?」
「えっ? あっ?! 殿下ァッ!?」
やっとボクを抱えている人物が誰なのかわかったようだ。
「あっ! お嬢様 男の方に…」
今度はボクが男性に抱き上げられている状態にオロオロしだした。その辺に関しては後でいろいろ説明すると言うことで。今はとりあえずステラと一緒なら殿下もユスティーヌを捜しにいけるはずだ。これでいけると口を開こうとしたらまたしても殿下に先を越された。
「すまないが表通りで警邏している青の兵士を何人か呼びにいってくれ」
あれ?
「わかりました」
王太子のご命令だけあって逆らえるはずがなかったステラは踵を返して来た道を戻っていった。
あれあれ?
「殿下ッ! 早くユスティーヌ様をッ」
ちがうだろッ ここはボクをステラに任せてヒロインを捜しに行くところだろうがッ なのに殿下は平然と言ってのける。
「先のこともあるし 私一人で捜索するより兵士を集めて複数で事にあたった方がいい」
正論だ。しかし納得なんてできない。なぜこの男はヒロインがピンチなのに平然としているんだ。
「ですが 急がないとユスティーヌ様に何かあってからでは遅いのですッ」
あまりにボクがしつこかったのだろう、彼は訝しげにボクに問いてきた。
「なぜそこまで彼女にこだわる?」
言葉に詰まった。何て答えよう。ヒロインですからという言い訳なんて以ての外だ。いや、ヒロインなんだから―――。
「…彼女は殿下の大切な方ですから」
「彼女が? 私の?」
ものすごく不愉快そうな顔で見られている。顔が近い分ありありとわかってしまった。
あれ? ヒロインでしょ? 好感度上がっているんじゃないの?
あっ もしかしてこの時点ではまだ序盤の序盤なのかも。そうだよね。ゲームが本格的に始まるのはもっと後だった。
もしかしたら先の馬車事件と同じでイベントなんかなかったのかも。もしイベントだったらあそこでヒロインがボクを連れてくるだろうか? いや、ないなぁ~。
考えれば考えるほど冷静になってきた。これは勘違いだったかも。
「なっ なんでもありません…」
失敗したボクは罰が悪くて俯いた。おとなしくなったボクを納得してくれたと受け取った殿下はもう一度ボクを抱え直すと。
「さぁ 我々も表通りに戻ろう」
いい笑顔の殿下の顔が見える。そんな殿下に横抱きされながらボクは表通り戻っていった。その時、密集する路地裏の建物の屋根にとまり、こちらをジッと見つめている七色の極彩柄の黄金の鳥がいることにボクは気づかなかった。
そして―――。
『不明なラキア暗殺者イベント発生を確認しましたが無事イベントクリアしました…』
その鳥から発せられた無機質でアナウンスみたいな声は誰の耳にも届かなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




