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異世界憑依で運命をかえろ  作者: のこべや
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レイチェルのトラウマ

ブックマーク、ありがとうございます。励みになります。


「こいつはついているぜ こんな所に貴族のお嬢様がフラフラ歩いているとはなぁ」


「依頼の女が見つからないからどうしようかと思ったけどよ こいつならアチラさんも喜んでくれるんじゃねぇか 同じ貴族の女なんだしよ」


 男達はボクと距離を縮めながら何かを話し合っていた。一目でボクがご令嬢であるということを見抜いたのは多分着ている服だろうと想像がつく。

 さて、どうしたものか…。この状況よくある話だよね。相手はボクの事をか弱いご令嬢だと思っているから油断している事が素人のボクでもわかる。やれやれ、ここは一つ風の精霊術を使って噴き跳ばし、壁に叩きつけてその間に逃げますか


「へへへっ そんなに怯えて 声も出ないようだぜッ」


 誰が? 確かに強面の男共に詰め寄られれば女の子なら恐怖を感じるだろうけどボクは男だ。そこまでビビりでもないし、その対応だってもう準備ができているんだから恐れることは何もない。落ち度はないと思っていたボクの背中がドンと堅い壁にぶつかった。

 あれ? 何で壁が?

 知らない内にボクの後ろは壁に阻まれていた。そう言えば彼らとの距離がいつまで経っても縮まらないと思っていたのだがボクが後ろに下がっていたのだと今更気づいた。


「震えちまって可愛らしいものだな おとなしくしていれば悪いようにはしねぇぜ なんたって商品なんだからな」


 震えている? ボクは自分の手を動かそうとして初めて気づいた。

 尋常じゃないほど震えている。それは手をあげようとしてもあがらないほどであった。

 えっ? 何コレ? どうなってるの?

 自分の異変に驚愕していると、男達はスラリと銀に輝くモノを腰から引き抜いた。その光景を見た瞬間、ボクの頭の中にものすごい勢いでなだれ込んでくるモノがあった。


 それは、恐怖と紅い記憶。


 喉に何かが詰まっているのかのように呼吸がうまくできない。息がつまる。鼓動が破裂しそうに脈動して胸が痛い。視界が僻み、足から力が抜けてその場に倒れ込みそうだ。


 何だコレ? 怖いッ! 怖いッ! 怖いッ!


 ボクの頭の中になだれ込んできた男の影に恐怖を感じる。理不尽なまでに与えられる痛みと植え付けられていく恐怖。それが男達に重なってより具現化していく。

 動けない。頭の中が恐怖でいっぱいになってイメージがまとまらない。これでは、術が発動しない。


 ボクは理解してしまった。


 これはレイチェルの記憶。彼女が蓋をした最も奥深くに潜み、消せずにいる記憶。

 これまで何でボクのそばに護衛の兵士がいなかったのか。いなかったんじゃない、わざわざ目に止まらないように姿を隠していてくれたのだ。

 これは彼女のトラウマ。極度の男性恐怖症といっていいのだろうか。本来ならすでに意識がなくなっているレベルだ。それでも正気でいられるのは中身がボクだからであろう。たしかに恐怖を感じる。でもそれはホラー映画を観ているときと変わらない。怖いけどそれはボクではない。彼女の記憶を共有しているとは言っても実感が伴わない。どこまでいってもやはりボクとレイチェルは他人なのだ。それでも発作のように体が勝手に萎縮しているのだから相当重傷だ。なっちゃんがレイチェルを評して辛気くさい顔というのもうなづける。これは本人だったら結構きつい。

 ガッと腕が強い力で取られて意識がそっちにむく。こんな所で震えながら立ち尽くしていれば男達に詰め寄られても仕方がない。反撃したいのに突然襲ってきた恐怖の記憶に頭の中はグチャグチャで冷静ではいられなかった。


「おぉ 結構いい女じゃねぇか 奴に渡す前にちょっと味見でもするか」


 ズイっとボクの顔に男の顔が近づく。男のボクでもやっぱり嫌悪感がわき上がってきてしょうがない。力を込めて振り解きたいのに元々膂力で負けているのに全く力が入らない。勝手に溢れ出る流したくもない涙で霞む視界を遮るようにギュッと目を閉じると、鈍い音と共に目の前にいたはずの気配が横にふっとんでいった。

 驚愕し開かれたボクの目にフードをかぶった男の後ろ姿が飛び込んできた。


「なんだおまッ ぐえッ!!」


 突然現れた男は棒立ちとなる賊達が態勢を立て直すよりも先に動き回る。男の手から放たれた空気の固まりが賊の腹部に食い込むとそのまま音を立てて後ろの壁に向かってふっとんだ。これは精霊術だ。

 あっという間の出来事であった。噴き跳ばされた男達は壁に体をうちつけられて地面に転がりながら気を失っていた。


「大丈夫か?」


 ヒラリとフードをたなびかせてボクの前にいた男が振り返るとそこにはここにいてはいけない者の顔があった。


(でっ でんかぁ~?!)


 この国の王太子。アーヴィンス・ルデ・ロンデガルド その人が立っていた。

 ボクは口を開けてお礼の言葉などなんだのを言おうとしたのに体が強ばって口が張り付いたように開かず、なにやらうめき声みたいな声しか出なかった。

 そう、助けてもらったはずの殿下にこのレイチェルの体は彼がもつ剣にも反応している。もはや敵味方関係なしに怯えているのだ。もう、何なんだよこれぇ。これって心的外傷後ストレス障害とかいうやつか?。いまだはぁはぁと呼吸困難になりながら震えるボクの様子に訝しげな殿下がもう一度声をかける。


「どうした? 様子が変だぞ?」


 心配して詰め寄る彼に対してあからさまに壁ずたいに体が横にずれる。こんな態度ではダメなのに体が言うことをきいてくれない。

 ボクの視線はさまよい、彼を越えて後ろの建物の影にふらついた時、何か黒いモノが動いた。


「うっ うしろ」


 なんとかあげたボクの掠れた声に殿下が反応して振り返る。そこには先ほどのゴロツキとは明らかに違うとわかるような雰囲気を醸し出した男が立っていた。

 その出で立ちは全身黒ずくめ。殿下と同じように黒いフードを買ぶってその顔は見ることはできなかったが、背格好からして男だとしかわからなかった。


「これは驚いたッ 女だけを手に入れればそれで良いと思っていたのだがまさかこんな大物が釣り上げるとはなぁ~」


 男は腰に下げていた剣を抜き放ちながら飄々とした足並みでボク達の元にやってくる。


「絶対ありえない所で会えるなんてオレはついていると思いませんか で・ん・か?」


 相手は殿下を知っている。この国の者でも一目で殿下だと気づく者は少ない。それはあまり殿下が表に出ていないからである。夜会などで貴族の者とは会ったとしても数は少ない。ましてやフードかぶって顔をがよく見えない状態でよくわかったと感心してしまう。ならなぜ彼は一目で殿下だと見抜けたのか。抜き身の剣から味方とは思えない。ならば敵?

 男の言葉で殿下の雰囲気が一変して緊張感が増した。


「きさま… ラキアのモノか?!」


 剣を構え、男をにらみつけながら殿下が低い声で問う。

 ラキア? 確か隣国にそんな名の国があったような。年単位でこのロンデガルド王国に宣戦してくるというあの噂の国だ。


「さぁ? どうでしょうねッ」


 身元をはぐらかしながら男は言葉が終わらない内に体が霞んで見えなくなったと思ったら近くから金属の甲高い音が響き渡った。

 気づくと殿下の剣と男の剣が力任せに鍔迫り合いをしている最中であった。いつのまに間合いをつめたのかボクには見えなかった。

 細身の殿下に対して男の体はボクの父のようにデカかった。その時点で力負けは目に見えている。しかも、明らかに殿下より太刀筋がするどい。先ほど余裕でゴロツキ共をいなした彼の顔が苦しさにゆがんでいた。いくら完璧超人といわれている殿下でも経験からくる差は埋められない。これは実戦の経験の差というやつだ。

 徐々にボクから離されていく殿下。いや、違う。ボクから奴を遠ざけようとしているのかもしれない。殿下を見るとチラリと瞳が合わさった。

 間違いない。殿下は時間を稼いでくれているのだ。ここから離れて助けを呼ぶんだ。もしかしたら、心配したステラが近くまで来ているかもしれない。ステラならもしかしたら…。そう思って足を動かそうとしているのに体は震えて思い通りに動てくれない。


(えええぃッ! 何やってるんだボクはッ 動けッ! 動かないと殿下がッ)


 体を引きずりながらボクは彼らとは反対の方向に向かって進もうと試みた。ボクのなけなしの男の意地が足をズルズルと前へと動き出させる。


「カハッ!」


 いけるッと思ったボクの口から苦痛の声が漏れた。左足に激痛が走りボクの体はそのまま力が抜けて地面に跪いた。

 ジンジンと熱を持った左太腿をみるとそこには10センチ程の三角錐の氷柱が突き刺さり、スカートに紅いシミを広げさせていた。


「おっとッ 商品はおとなしくしていろッ あの女ではないがおまえはオレと一緒に本国に戻ってたっぷり子を生んでもらわなくちゃいけないからなァ」


「貴族の娘なら誰でもそこそこマナは高いだろ まぁ 子供が生めれば手足の一本二本…」


「きさまァァッ!」


 横目でボクを確認する男がニヤリと余裕の笑みを見せた。その男の態度なのかそれとも一応女性なボクを傷つけたことに許せなかったのか殿下は激高した。それはボクの目にも悪手だとわかるほどに…。


(ダメだ 殿下ッ それではッ?!)


 誘われた殿下の力任せの一撃は男に軽々とかわされ、振り向きざまに腹部に回し蹴りを食らった彼は壁際に噴き跳ばされる。

 よろめく殿下はあきらかに隙だらけだ。そのタイミングを逃す男ではない。あっという間に間合いをつめられ、振りかざされた剣が異様な光を放つ。

 ダメだッ! ここで殿下を失ったらこの国が終わってしまう。ヒロインに申し訳がない。なんとかしなくちゃッ それでもレイチェルのトラウマはボクを離してくれず恐怖を打ち付けてくる。


(くそぉッ! なんなんだよッ!これはボクの記憶じゃないんだッ! 黙れッ!黙れぇッ!! 今は引っ込んでいろォォォッ!)


 無我夢中だった。その時、ボクの頭の中で何かが飛んだ。あれだけ震えていた体が嘘のように止まる。


「殿下ァァァッ!!」


 ボクは声を張り上げてその名を呼ぶと術を解放した。轟音を立て殿下の足下の地面が勢いよく隆起して突きあがる。


「なっ 何ッ!?」


 必勝の一撃と全力で突っ込んだ男は急に現れた土の壁に全身をうちつける形となってしまった。後ろによろめく男は殿下の姿を見失い、グラつく頭を振って辺りを見渡す。すると奴の頭上から殿下の気合いの声とともにきらめく一閃が輝いた。奴と殿下の間に器用に壁など作れるタイミングでなかったボクは殿下ごと地面を隆起させて空中に放り投げたのだ。


「ばっ バカな・・・」


 驚愕に見開かれた男はズルズルと体を倒すと、地面に広がった自身の血溜まりの中に伏した。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

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