ヒロイン登場です
ユスティーヌ・フラダ 何でヒロインがいるの?
ちょっ ちょっと待って さっき馬車で引きかけたっていってたよね…。もしかして、この馬車でヒロインひきかけたの?
ぎゃぁぁッ なんてこったいッ あやうくヒロイン殺すところだったじゃないかッ!
肩まで伸ばした淡いピンクの髪は、毛先が大きくカールしてフワフワした感じで整っている。紫色の大きな瞳が愛くるしさを表し、プックリ膨らんだ唇がツヤツヤと光っていた。一言で言えば可愛い。大げさに言うとめっちゃ可愛い。さすがヒロイン。愛されキャラだねぇ
そんなヒロインを助けてくれたのであろう後ろにいる彼の方に目を向けてまた絶句した。
(おっ 王太子殿下ァァァッ!!)
アーヴィンス・ルデ・ロンデガルド このロンデガルト王国 第一王子だ。
シャツにズボンと周りの人と同じような服装をし、フード付きのマントで顔を隠していたのだが、彼女を助けるときに少しずれたのであろう。こちらからははっきりと顔を拝むことができた。
蜂蜜のようなサラサラした髪に切れ長な緑の瞳。体格は武人であるお父様よりは細いがきっとそれ相当に筋肉が引き締まっているに違いない。
たぶん、身なりから想像してお忍びで市井に降りてこられたのだろうか。そんな彼の手が地面に座り込んだ彼女の肩に添え、体を支えている。 絵になるなぁ~
彼がここにいるのは驚きだが、それよりも彼女が先だ。この世界でボクだけが正しく彼女の価値を理解している。そんなボクの乗った馬車に彼女が引かれそうになるなんて何かのフラグを感じずにはいられない。慌てていたボクはステラの制止も聞かず窓を開けると声をかけた。
「大丈夫ですか?」
ボクの声にパチクリと彼女の大きな瞳が見開いたがすぐに細められる。たぶんこちら側は逆光になっていて見えにくいのだろう。
「えっ えぇ… 大丈夫です」
彼女は答えながらノロノロと立ち上がる。よく見えないがパッと見ても怪我はないようだ。
「よかったです …あっ あの―――」
ボクの声が途中で遮られた。ステラが窓を閉めたからである。
「出してください」
ステラは低い声で御者に向かって指示を出した。ゆっくりと馬車は二人を置いて動きだした。後ろに馬車の列を見たのであのまま止まっていても通行の妨げになったのであろう。いささか失礼に値するような態度ではなかっただろうかと心配になったが、よく考えればあの二人にどう声をかければいいかわからないのでこれでよかったのかもしれない。
それにしても、よかった。都合良く殿下がおられて助かった。まるで運命のような…。
はっ?! コレってもしかしてイベントじゃないだろうか?
お忍びで街に降りていた殿下が馬車にひかれそうになった女性を助ける。そして、二人はこっそりと祭りに沸く街を歩きながら楽しむのであった。
おぉぉッ それっぽいッ まさに運命の出会い。 いやぁ~、イベントのお役に立てたのならよしとするかぁ~。
ボクは一人 楽しく観光にしゃれこんでいる二人を想像しながらニマニマしていた。
「お嬢様 勝手なことは困ります」
ステラがボクが不用意に窓を開けたことを咎めてきた。ちょっと神経質になりすぎなんじゃないだろうかステラさんは…。
「大丈夫ですよ ここは王都なんですから…」
ヒロインのイベントを目の当たりにできてご満足なボクはコロコロと笑いながら窓から流れる人並みを眺めていた。
そういえば、馬車が止まる前に何か重要なモノを見たような…。
ゆったりと進む馬車に揺られてある建物の前にくるとスルリと馬車が止まった。どうやら目的のカフェテリアに到着したようだ。
ドアを開け、先にステラが降りるとボクに手を差し伸べてくる。ボクはその手を取ると馬車の外へゆっくりと降り立った。
これ、悪目立ちしてますねぇ~。でも気にしない。ケーキ、ケーキ♪
ボクらを降ろした馬車はそのまま先へと進みだした。店の前にドカンと馬車が留まっていては他の人のご迷惑になるからだ。近くの広場や停留所で待機しているらしい。
「い ぃ ぃ いらっしゃいましぇッ!」
ガチガチに強ばった若い女給さんが店の中から出てきた。ピッタリとした白と紺の制服に身を包んでいる。ヒラヒラミニスカートを想像していたがさすがにないようだ。この世界、女性は足を見せちゃダメだもんね。
「おっ おまちいたしておりました ルナフィンク侯爵令嬢様」
やっぱりガチガチなっている体を無理矢理動かして店の中に案内してくれる彼女の姿は、逆に痛々しく思う。早く解放してあげようとボクは黙って彼女に続いた。
店内は、上品でシックな感じの装いで、女性の客が大半を占めていた。上等な身なりの人ばかり見えるが多分裕福な平民や商人の娘さん達のようだ。貴族はいない。やっぱりステラが言ったように貴族は使用人に買わせてくるのが主流なのだろう。道理で女給さんが緊張しっぱなしなわけだ。店の人には悪い事したなぁ。
奥の一番日当たりがよく、大きな窓があって外の風景を一望できる良い席がこの混んでいる店内でポッカリ空いている。もしかしてそんな良い席リザーブしておいてくれたのでしょうか。ありがたいことです。
5人席の大きな丸テーブルの椅子をステラが引いてくれる。ボクはそこに教本通りゆったりと座った。あからさまには見ていないが店内の視線が集まっているのがわかる。ハハハ… 貴族様だもん、目立つよね。しかたがない。
なぜか少し離れた所でステラが女給さんからメニューを受け取っている。誰も近づけないつもりですか。そうですか。 でもいいです。ケーキ食べたらすぐに出て行きますからね。
ボクはステラに渡されたメニューを開いてみたが、正直にいいましょう。わかりません。
字が読めないということではなく、書いてあるケーキの品物名がチンプンカンプンなのだ。何せボクの知識ではショートケーキとチョコレートケーキぐらいしかわからない。レイチェルもステラが用意してくれるケーキを屋敷で食べているだけで名前など覚えてもいないようだ。
まずい。どうしよう。固まっているボクの後ろに控えていたステラが上体を曲げてボクの耳元でささやいた。
「よかったですねお嬢様。前に食べてみたいとおっしゃっていたこの店おすすめのケーキがありますよ」
ニコニコと助言してくれるステラには悪いが、更にハードルがあがってしまった。そんなささやかな記憶なんて受け取ってないよ~。
多分、目の前に開けているページにおすすめとかかれている品物があるのだが、問題は二つあると言うことだ。
どっちだッ?! どっちが正解だッ! 名前を読んでみてもさっぱりわからん。レイチェルの記憶にもピンとこない。
ボクは恐る恐る片方に指を指す。
「これ・で…」
「えっ?」
後ろのステラの眉が少しあがる。ボクはその反応に慌てて隣のモノに指をかえた。
「これでお願いします」
「かしこまりました」
ステラは優雅にお辞儀すると離れたところで待っている女給さんにケーキとそれにあいそうな紅茶を注文していた。
あっ 危なかったぁ~。 何故にケーキを頼むだけでこんなにドキドキしなくてないけないのだろうか。しかし、よく考えたらどうせたくさん食べる気でいたのだから両方頼めば良かった。
先に紅茶を持ってきてもらったのだがやっぱり途中でステラが受け取って煎れる。いいのかなぁ 店でこんなに自分勝手にやっちゃって?
まぁ、彼女達を見ていると、止ん事無きお嬢様に何か粗相をしてしまったらとビクビクするぐらいならやってくれるというステラに感謝している風に見えなくもない。
ケーキを待ちながらボクはそっと窓から見える街の喧騒に目を向けた。この賑わいの中で今ヒロインは王子とデート中なんだろうなぁ~。ちょっと見てみたいけど、邪魔しちゃ悪いし…。
ニマニマとしながら紅茶を飲んでいると、案内してくれた女給さん少しテーブルから離れたところに近づいてくると恐る恐る声をかけてきた。
「申し訳ありませんお嬢様。あちらにお嬢様とお知り合いという方がお見えになっておりまして… ご案内してもよろしいでしょうか?」
ボクは彼女に促されながら、店の入り口の方に目をやって、驚愕した。危うく飲んでいた紅茶を噴き出すところだったよ。
そこにはなんと先程別れたはずのヒロインが申し訳なさそうに立っていたのだ。
(えっ?! 何でヒロインがここにッ?! 王子とデートじゃないの? しかも お知り合いとかいったよ もしかしてあっちもボクが日本人だという事を知っているのかな?)
ボクが固まっている所でステラが不信気な表情で入り口にいるヒロインを見ると。
「あの方はお嬢様の知人ではありません お帰り―――」
「待ってくださいッ 私の知人です 案内してもらって良いです」
ステラの言葉に慌てて被り気味に了承すると、彼女は頭を下げてテーブルから離れていった。ボクの態度にあからさまに警戒の色を出すステラ。
「お嬢様 あの方とお知り合いでしたか?」
「何を言っているですかステラ 先ほど馬車で引きかけた方ではありませんか よければお詫びをしたいのです」
「あぁ… そういえば…」
ステラはもう一度店の入り口にいるヒロインの姿をマジマジと見つめる。
とっさに出てきた言い訳だったけどナイスアドリブだ自分。とにかくヒロインがボクの事を知っているのかどうか知りたい。
ややして、女給さんに案内されたヒロインがこちらにやってきた。
「あっ あのぉ~~~」
なんとも緊張感のない声がヒロインから聞こえてくる。ものすごく申し訳なさそうな態度にちょっと違和感があった。もしかして、ボクの事は知らないのかな?
「私は ルナフィンク侯爵家が一子 レイチェルと申します 以後お見知りおきを」
ボクは座ったまま少し頭を下げる。
「あっ はっ 初めまして… フラダ男爵家が一子 ユスティーヌと申します レイチェル様」
スカートの裾をスッと持ち上げて淑女の礼をするユスティーヌ。さすが様になっている。お知り合いとか言ったのに初めましてとか言っちゃったよヒロイン。
「ルナフィンク…?」
頭を下げた彼女は何かに気づいたのかボクの家名を口にして考え込むと思い至ったのか急に顔をあげた。
「ロザリア・ルナフィンクッ!!」
あぁぁ… ロザリア 君はヒロインに関わりがあるんですね。悪役令嬢だけは勘弁してよ。
「いっ 妹のお知り合いでしたか?」
ボクはひきつる顔を何とか笑顔でごまかすと聞いてみた。
「あっ いえ… なんでもありません…」
恥ずかしそうに俯く彼女。本当はその辺のこと超聞きたいのだが、いかんせん彼女が声を上げたことで周囲の視線が集まってしまった。
「どうぞ おかけになってください」
ボクの言葉にステラが対面の席に動くと椅子を引いた。
「どうも…」
そう言って席につく彼女だったがどうも落ち着きがない。なんだろうこの気まずい間は?
「もっ 申し訳ありません お知り合いとかいって相席を頼んでしまって… どうしてもこのお店のケーキを食べたかったんです」
突然立ち上がるとこちらに向かって頭を下げてくるユスティーヌ。確かに店内を見渡しても空いてる席はないよねぇ~。
「どうぞ頭を上げてください それに知らない仲ではないのですよ」
「へっ?」
「先ほどは我が家の馬車が申し訳ありませんでした お怪我はありませんでしたか?」
「えっ? 馬車?」
顔を上げたユスティーヌは首を傾げながらこちらをマジマジと見つめている。あぁぁ、可愛いィィィッ! 何そのつぶらな瞳ッ これがヒロイン補正かァァァッ
「あああぁッ! あれはあなたの馬車だったの?!」
ユスティーヌさん 言葉使い。言葉使い。素になっているよ…。
「えぇ それでお詫びと言っては何ですが どうぞお好きなモノをお選びください」
「………いいの?」
そう言う割にはサッと着席してメニューをガン見なんですけど…。そんなに食べたかったんだね。それにちょっと聞きたいことがある。
「ところで あなたを助けてくれた男性はどうしましたか?」
タイミングを考えると馬車で別れた後そのままこの店に来ていてもおかしくない感じだった。
ピタリと彼女の動きが一瞬止まる。何その反応?
「えっと すぐに別れましたけど 何か?」
メニューから顔を上げたユスティーヌが訝しげに答える。あれ? イベントではなかったのかな?
「いえ… ご一緒でしたらお詫びもできたと思いまして どちらの方かご存じありませんか?」
「いえ 知りません」
ユスティーヌは気まずそうに視線を外すが即答だった。そのままメニューからケーキを数個頼んでいる。
その態度知ってますね 殿下だって気づいてますよね。何でそのまま一人で来ちゃってるんだろう お店に来る予定だといってたけどゲーム的には一緒に来ていてもおかしくない状況なんじゃないのかな まさか、ヒロインなのに王子様に気後れしたとか…。いや、ありえんだろそれは…。やっぱりイベントではなかったのかな 残念…。
まぁ、いいや それよりユスティーヌが頼んだ物と同じ物をボクも頼もう。フフフッ これでケーキ食べたい放題だぜッ
ボクはユスティーヌの行動に疑問を覚えたがそんな事よりも目の前に配膳されているケーキ達が先だ。
ボクは早速名も知らないケーキにフォークを通すと口にそっと運んだ。
うまいッ! これなら何個でもいけるッ ビバッ別腹ッ!
念願が叶うと意気揚々とケーキを口に運んでいったボクだったが、結果はやはり3個しか食べられなかった。別に口の中が甘ったるくなって食欲はなくならなかったのだが今度は胃袋の方がいっぱいだった。
ままならないなぁ~。
それにしても、さっきからチラチラと彼女がボクを伺っている。何だろう。気合い入れて女の子しているんだけどやっぱり不自然だったのかなぁ~
「…圧倒的お姉様」
ボソリと彼女がつぶやいた。んっ? 確かにボクはお姉さんだけど?
「何でしょうか ユスティーヌ様?」
「いっ いえッ 何でもないわ」
焦っているヒロイン。可愛いなぁ~。 モグモグ小動物のようにケーキを食べる姿なんて庇護欲かき立てられるぅ~ かわええなぁ~。
あぁ、なんでここに王子がいないのだろう? この姿見たら一発で堕ちるだろうに…。 解せぬッ
ここまで読んでいただきありがとうございます。




