出会っちゃいました
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次の朝。部屋に訪れたお父様は仕事に戻ると告げにきた。初めて知ったのだがお父様は魔物殲滅を生業としている黒の騎士団の団長であった。なんでも要請があり地方に遠征中にボク達の事を聞きつけ、近くの村に騎士団放置して戻ってきたらしい。家族としては仕事そっちのけで戻ってきてくれたのはうれしい話なのだが魔物殲滅の黒の騎士団と聞いてちょっと複雑である。この国のため、運命の日までに少しでもヒロインの助けになるよう多くの魔物を倒して欲しいところだ。がんばれお父様。
「お父様 お勤めがんばってください」
ボクの激励の言葉に破顔したお父様は、ボクの腰に手を回すとそのまま抱き上げてクルクルと回りだした。何かのアトラクションみたいでちょっと楽しい。
しばらく回ってからボクを降ろすと今度はロザリアを抱こうとしたが顔を真っ赤にした彼女にものすごい勢いで拒否されていた。あれ? もしかして年頃のお嬢様には恥ずかしいことだったかな…。ステラとサリーの温かい視線がちょっと痛い…。
後ろ髪引かれながらお父様は仕事に戻られので、またしばらくは王城暮らしが続くようだ。
客室に籠もりっきりで何もすることがない暇なボクはさっそくサリーに復習とごまかして礼儀作法を習う事にした。先日のようにいきなり王妃様が乱入してくる可能性があるのでそれまでにはバレないぐらいの淑女でいなくては…。下手をしたら食事に誘われたりするかもしれない。テーブルマナーは早急に覚えないと…。
ロザリアはというと、寝たり起きたりを繰り返している。意識が戻るまでマナが少し回復したようだがボクと違って枯渇一歩手前までいっていた彼女の体は睡眠を要求していて常に眠そうだった。無理する理由はないのにロザリアはボクから離れようとしない。おかげで彼女が眠るまでベットの横に付き添っていた。
そうして、彼女が落ち着いて眠ったのを確認したボクは、ステラにある相談を持ちかけた。
「ケーキ屋でごさいますか?」
「そう 甘い物が食べたいので王都の有名なお店に連れて行ってくれませんか?」
何とか一段落して落ち着いた今の状況ならいいだろうとちょっとお願いしてみた。
女の子の体は甘いものは別腹という特殊能力を有していると聞く。
生前 甘いものが好きだったボクは、なっちゃんに頼んでケーキ屋さんに一緒にいったものだ。なっちゃんに頼むのは男一人で行くのは恥ずかしいかったからだ。しかし、残念なことにケーキを2つぐらい食べるとお腹はまだいっぱいでもないのに口の中が甘ったるくなって食欲がなくなってしまうのである。目の前で無表情にパクパク食べるなっちゃんの胃袋に何度嫉妬したことか。その度に挑戦するのだが結果は変わらなかった。周りの皆に聞くとボクと同じようにあまり甘い物は得意ではないという答えがよく返ってくる。やはり、女の子の体には別腹があるようだ。
そして、今ボクは女の子の体だ。せっかくなので満喫したい。ついでに異世界の甘い物を食してみたい。そして、もう一つ願いはあるのだがそうは問屋が降ろさないようだ。
「わかりました 誰か使いの者を出して買ってきてもらいましょう」
ですよねぇ~。 そうなると思いました。何を隠そうケーキ屋へ行きたいのは半分でもう半分は単純に王都の街を見てみたいのである。
せっかく異世界に来たのにボクが見た景色は暗い森の中とこの客室だけである。王城を探検してみたいのだが恐れ多くてできない。王妃様でもあれなのに王様とか会ったら死ねる。なのでおとなしくしたいのだがさすがに好奇心が限界である。
きっと街はファンタジー感溢れた景色が広がっているに違いない。見たい。もしかしたら獣人とかエルフとかドワーフとか見られるかもしれない。いるかどうかわからないけど…。決して暇すぎて死にそうになっているわけではないぞ。
そんな希望があったのだがバッサリ切られてしまった。でも負けない。
「いえ 久しぶりの王都の街並みを見てみたいのです」
レイチェルの最近の記憶の中には王都の街の記憶がない。あるのは自領の街並みだけ。久しぶりなのは間違いないので頼み込んでみる。
「しっ しかし…」
予想通りものすごくステラが渋っている。つい先日、襲われたばかりだから無理はないと思うけどここは天下の王都だ。日本ほどではないにしても治安は良い方だと思っている。
「馬車の中からでもいいのです 王都の中なら他の騎士や兵士の方も警邏しておりますし なによりステラがいてくれるじゃないですか お願いしますステラ 王都の様子をこの目で見てみたいのです」
「うぅ しかし…」
「お願い ステラ」
両手を胸に少しボクより背が高いステラの瞳を上目遣いで見つめて頼んでみた。女の子のおねだりの仕方なんて知らないので、ボクの理想の中の女性像全開でおねだり おねだり。
「わっ わかりました ケーキ屋だけでございますよ」
なぜか顔を赤らめてそっぽ向いたステラは渋々了承してくれた。やったぜッ
「えぇ それでいいです ありがとう ステラ」
「いえ… それでは準備いたします」
なんだかんだ言ってレイチェルには甘々なステラは颯爽と部屋を出ていった。たぶん、お店の予約と馬車や護衛の準備だろう。ご迷惑かけますがこれぐらいのわがままいいよね。何と言ってもボクは侯爵令嬢様なのだからッ ハハハハッ
しばらくすると王城のメイドさん達が部屋に入ってきてお出かけようのドレスに着替えさせてくれた。服? さっきの物と何が違うのかもちろんわかりません。鏡の前で髪を結ってもらっているとステラが部屋に戻ってきた。
準備ができたので一度ロザリアの様子を見にいき、彼女たちのためにお土産を買ってくると告げるとサリーに後は任せて部屋を出た。
おかしい。護衛の人がいない。もしかして、気を使って影からこっそり付いてくるパターンかな?
そんなことを考えながら馬車が用意されている場所にステラに案内された。さすがに私情で王城の正門から堂々と出ていけないので客室から一番近い別の門からひっそりと外へと向かって馬車が走り始めた。
おぉ 馬車だよ馬車ッ 馬だよッ 馬ッ ゆれるゆれるゥ~。内心馬車にちょっと興奮気味のボクは小さな窓から外の様子を伺った。
正門よりは小さな門を抜けるとりっぱなお屋敷が建ち並ぶ姿が目に見えてきた。王城の外は貴族街と呼ばれる場所でその名の通り貴族達のお屋敷で構成されている。この中には我がルナフィンク家の別邸も存在するのだ。
大きな通りに出るとまた目の前に城壁が見えてきた。貴族街を囲むように建てられた壁を抜けると人通りがなかった大通りにとたん人があふれかえっていた。ここからが市街である。
人が多いためかそれともボクによく見えるようにか気を使ってくれたのかしらないが馬車はゆっくりと進んでいくのでしっかりと周りを観察できた。
煉瓦作りの異国情緒あふれる街並みがとても新鮮だ。まるでどこかのテーマパークに訪れたみたいでワクワクする。周りを見渡しても西洋人風の顔つきの人が大半をしめていた。中には褐色肌のアラビア系の人もいる。探せば、日本人風の人もいるかもしれない。きっとあるさ 東の島国。
「さすが王都ですね 人がこんなにたくさん…」
「いつもはここまで混んではいません 今は王太子殿下の15歳のご誕生日を祝う祭りの最中で地方からもたくさん人が訪れているのですよ」
誕生パーティーは終わっても市井の興奮は醒めやらぬモノらしい。なんとも活気がある街ではないか。確かに大通りには人の他にも出店が並び、大道芸人など威勢のいい様々な人の声が締め切った窓からでも聞こえてきた。
窓を開けておいしそうな屋台の臭いを嗅ぎたいのだが残念なことに窓を開けるのはNGらしい。さっき開けたら速攻でステラに閉められたばかりだ。
無理を言っているのだからこれ以上のわがまま言いません。それよりも、これだけ人が集まっているのならいてもいいでしょ、異世界人種。
ボクは目を皿にして行き交う人達を見つめると、人の頭の流れの中にピョコリと突き出ているのも発見した。それは頭の上にとがった三角形の大きな耳だった。
いたッ! いたよ獣人ッ
「スッ ステラッ いま―――ッ」
あまりの興奮に人の波の中に進む耳だけを凝視していたボクに、突然 馬の嘶く声が聞こえ、ガクンと体が前に押されて上体が椅子から浮き上がってしまった。
慌てて目の前に座っていたステラがボクの肩を抱いて体を支えてくれる。
「大丈夫でしたか お嬢様?」
「えっ えぇ… 大丈夫です」
一瞬何が起こったのか理解できなかったボクだったがステラに支えられているうちに理解した。馬車が急停止したのだ。
「何事です?」
ステラはボクを椅子に座らせると御者に繋がる小窓を開けて声をかける。
「すみません 馬車の前に飛び出した者がいて… たぶん人混みに押されたんじゃないかと…」
御者の男の申し訳ない声が聞こえてきたがボクは別のモノに視線を奪われていた。何気に伺った馬車の窓からその者の姿が見えたのだ。とっさに体を引き寄せてくれたのであろうその男に肩を抱かれながら地面に座り込んでいる女性の姿が見える。
呆然と後ろの男に身を任せているその顔にボクは見覚えがあった。
(なっ なんで 転生ヒロインがここにいるんだッ!!)
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