ある侍女の運命 3
ブックマーク、ありがとうございます。励みになります。今回はステラ視点となります。
2017/3/14 レイチェルのトラウマの過去を修正しました。
お嬢様、なぜそんな一歩引かれた場所に立っておられるのですか?
お嬢様、なぜそんなお辛そうな顔でご家族を見られているのですか?
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私は、旦那様にあてがわれた応接間にサリーさんと一緒に呼ばれた。部屋のソファに座る旦那様とその後ろに立つ黒の騎士団の副団長であるアガトさんがいた。横に立つサリーさんと一緒に旦那様に近寄った。
アガトさんは、ガッチリとした体躯にいかにも騎士に似つかわしくない粗野な風貌をもった男だ。短い茶色の髪を後ろに流す事でそのキツメの瞳が露わになり、ギロついた視線で数々のご令嬢様達から怖がられている。
旦那様よりは年上で、彼が団長になる前から副団長の職についているベテランである。ちなみに、アガトさんは貴族ではない。
黒の騎士団というのは旦那様が団長を務める騎士団だ。このロンデガルト王国には精霊騎士団というモノがあり、その中には4色の団が存在している。
高いマナ保有量を有し、数々の強力な精霊術を操り、武術も高い技術を有した者達が集まる、精霊騎士団の中でも最高峰と呼ばれる「白の騎士団」。 彼らは、王族と王城を守る役目を担っている。
実力は白より劣るが、貴族など高貴な者達で構成される「青の騎士団」。 彼らは、王都の警備を担っている。
その二つの騎士団に実力も劣り、身分も低い者で構成されるのが「赤の騎士団」。彼らは、国境で未だに屑ぶる隣国とのいざこざからこの国を守っている。
そして、一芸に特化し、身分もなく実戦実力重視の騎士団。それが「黒の騎士団」である。彼らの役目は、魔物討伐である。各領内にはそれぞれに私兵が存在するが、要請があれば力を貸すという援軍みたいなのがこの騎士団のなりそめであったが、いつの間にか全ての魔物討伐を担う事を当たり前のように扱われるようになっていた。魔物討伐にはお金がかるのだ。それを国費で賄ってもらえるのならと貴族達は調子に乗って要請し続けるものだからこういう事になってしまったらしい。
旦那様は将来は白の騎士団と噂されるほどの実力を有していたのにもかかわらず黒の騎士団に所属したのはひとえに奥様の事であった。
奥様を亡くされた旦那様はかなり自暴自棄もあって何かにのめり込みたいがために、多忙な黒の騎士団の団長になったのだ。半分は、そのやるせない憤りを魔物にぶつけていたのだと思う。その所為でお嬢様達との溝が深まったのだが、今目の前にいる旦那様の顔はあきれるほど緩んでいらっしゃる。先ほどまでお嬢様方と楽しく会話なさっていたのだからだ。長かった13年間である。
「レイチェルとロザリアは?」
そんな緩んだ旦那様が私の横に立つサリーさんに問う。
「お嬢様方はお休みになられましたが ロザリア様がレイチェル様と一緒に寝ると頑なにおっしゃられていましたのでレイチェル様がずっとお側におられて休んでおられます」
「そうか… あの子には苦労をかける」
本当である。レイチェル様がどれほどお辛かったか、旦那様に一言物申したいが、さすがに不敬なので口を閉じる。
少し思案気な顔をした旦那様は、スッと私の方に向いた。その顔には先ほどまでの緩んだ雰囲気はなかった。
「ステラ… 報告を聞こう」
私がコクリとうなずく。報告とは件の襲撃事件のことである。旦那様の隣に立っていたアガトさんが口を開いた。
「一応の報告では 最近王都近くで悪さしていた盗賊団の仕業となっているが その事について王妃様がかなりキレていたなぁ」
「なんと言っても 誕生パーティーに集まってくる止ん事無い方々を守るためいつも以上に街道や王都の警備を厚くしたのに 15人もの賊を見逃していたとは… 王妃様から無能といわれてもしょうがないよなぁ」
「おかげで調子に乗った宰相率いる文官共がザザ騎士団長の責任問題まで発展しているそうだ 辞任請求まで用意しているとか… ますます武官と文官の溝は深まりそうだ」
そういうことになっている。身元が解る物をもっていたのはロザリア様に黒こげにされた者達だけ。 そいつらが所持していたもので最近現れた盗賊であると認識されたが、私だけが真実を知っている。
「申し上げますが、この襲撃 ただの物取りではありません」
私の言葉に、部屋の中の空気が一瞬で凍り付く。旦那様から続けるように無言で促された。
「5人は確かに盗賊であるでしょうが残り10人は 暗殺集団「ソドゥム」の者達です」
「マジでか?」
私の言葉を聞いて息を飲む旦那様の代わりにアガトさんが聞いてくる。
「私は 例のレイチェル様の事件で奴らの手の者と対峙し その技術を盗んでおりますから間違いありません」
「おいおい… お貴族様御用達の暗殺集団がでてきたっ事は依頼したのは貴族ということになっちまうぞ」
暗殺集団「ソドゥム」は金さえ払われればどんな汚れ仕事でもこなすプロフェッショナルな集団だ。どうして貴族御用達かというと依頼料が高額なため平民では依頼できないのである。故に、何か貴族間で腹黒い話になると彼らの存在は無視できない。
難しい顔をして俯いていた旦那様は顔を上げると。
「デューゼン伯爵がらみか?」
「わかりませんが その可能性はあります」
デューゼン伯爵 思い出したくもないあの男は、その昔お嬢様を浚い、縄で動けぬ彼女の体に精霊術で癒せるからとナイフで皮膚をゆっくり切り付け続け、お嬢様が恐怖で泣き叫ぶ姿を恍惚とした表情で眺めていた外道である。綺麗なモノを傷つけたいという倒錯的な快感に酔いしれる男にお嬢様の心は多大な傷を負わされてしまった。
爵位が下の者が上の侯爵位のご令嬢に乱暴を働いたということと王妃様の逆鱗に触れたことで即刻処刑がきまり、デューゼン伯爵家はおとりつぶしとなった。その事への逆恨みがないわけではない。お嬢様はあの事件以来更に領内からお出になったことはない。それが今回王都に現れたのだ。これを好機と見て襲撃してきたと思っても差し障りがない。
「アガト 元伯爵家の者の身辺を洗え 黒の団員を使ってもかまわん」
「わかった… といいたいがいいのか私情で勝手に兵をつかって」
「責任はとる」
「オレはあの子達に親らしいことは何もしてこなかった… やっと… やっとあの子達と一緒にいられるのだ そんな愚かな理由であの子達をこれ以上傷つけられてたまるかッ」
殺気を帯びたギラギラとした瞳がまだ見ぬ敵に向けられる。その雰囲気に一般人であるサリーさんの体が強ばった。
「ステラッ 領内にいるセバスにいってあの子達を護衛する兵達の増員を送らせろッ」
「お待ちくださいッ その事についていささか不安が…」
「なんだ?」
まさか、兵の増員に異を唱えられると思わなかった旦那様が明らかに嫌な顔をする。
「ロザリア様の護衛を増やすのに反対はありませんが レイチェル様の側に男性を それも剣を持った者をよこすのはおやめください」
「………発作のことか」
レイチェル様はあの変態伯爵に心を傷つけられて以来、自分に邪な感情を有している男、特に剣を向けられると異常におびえるようになってしまった。それはもうひどいもので恐怖で呼吸ができず、前後不確かの状態となったあげく意識を失う程である。 さすがの精霊術でも心の病は治せなかった。
「しかし 見知った者なら少しぐらい大丈夫だったろう?」
「確かに… しかし今回の事で悪化した恐れがあります」
「悪化?」
私は、一呼吸入れると隣に立つサリーさんに声をかける。
「サリーさん ロザリア様のご様子はどうでしたか?」
「…毎晩 レイチェル様のお名前を呼びながらうなされておられました 目が覚め 先ほどお休みになられる際 部屋に戻られるレイチェル様を必死になってお止めになられるほどひどくおびえておられました 明らかにご普段のロザリア様からは想像しがたいほどの精神状態であります」
淡々と報告するサリーさんの言葉に男二人が絶句している。
「レイチェル様は?」
「レイチェル様は私が見た所 普段のご様子でありました… いえ 普段 少しふせっていらっしゃるご様子より幾分しっかりなさっているように思われます」
その言葉に旦那様は安堵する。
「なら 問題ないじゃないか」
「問題ありますッ!」
急に張り上げた私の声に、部屋の中にいる者は硬直する。
「お忘れですか? レイチェル様は15歳の少女ですよ しかもすでに心に傷をおっておられます そんな彼女が今回の襲撃で普通にいられるはずがありませんッ!」
察しのいい3人は私の言葉を聞いて理解した。 そう、普段と変わらないお嬢様の態度は異常なのだ。
大の男に詰め寄られただけで悲鳴をあげる か弱いご令嬢が襲撃され、胸に剣を突き刺されたのだ。その恐怖はいかほどか。
その光景を目の当たりにしていたロザリア様ですら異常なまでにレイチェル様に縋っているほどの精神状態なのに当の本人が冷静でいるのはおかしすぎる。
「お嬢様は前のように記憶に蓋をしているのかもしれません なので今お嬢様の前に発作の原因である者を近づけさせるわけには参りません 今度こそお嬢様の心が壊れてしまいます」
「そうはいうが いつまでも王城で匿ってもらう訳にはいかねぇだろ お嬢さん方は目が覚めているし すぐに別邸なり領内に戻るなりしねぇと…」
私の意見にアガトさんが口を開く。王妃様は「襲撃された」と状況で判断なされたのであろう。ちょうどその頃 肝心の旦那様は魔物討伐の遠征に赴かれている最中であったため、警備が手薄なルナフィンク家の別邸ではなく、最強の白の騎士団に守られた王城にお二人を匿われたのだ。
「いざとなったら レイチェルに薬で眠ってもらってでも…」
「おやめくださいッ! それこそ悪手ですッ お嬢様はその薬で眠らされて浚われたのですよッ! あの時の事を彷彿させることはおやめくださいッ」
「それに睡眠薬は私情で使用する事は御法度です お家を貶めたい下位貴族達の材料にされてしまいます」
感情的に叫ぶ私と冷静に分析するサリーさんの言葉で旦那様を窘める。
睡眠薬はあるが簡単には入手できないように法律で定められている。その訳は容易に悪用される可能性がかなりあるからである。故に、所持も制作もかなりきびしく制限されている。それは高位の貴族ですらバレれば没落もありえる程である。
「じゃぁッ!どうするッ?!」
旦那様の苛立ちの声が部屋の中を木霊した。だが、悔しいかなそれに答えられる術を私は持っていない。それは、この部屋にいる全ての者に当てはまったようだ。
「ステラ おまえの実力なら大丈夫なんじゃないか? 今回の襲撃だっておまえ一人で退けたんだろ?」
アガトさんが恐る恐る私に聞いてくるが、フルフルと首を横に振った。
「ご報告しておりませんでしたが 私は失敗しておりました」
「私は先のソドゥム達に全身を切られ 左腕は動かず 左目も見えず 満身創痍でありました」
「レイチェル様は胸を刺され瀕死の重傷を負い ロザリア様はその事でマナを暴走させ 暴漢共を屠りましたが自身の術で全身を焼かれ重傷でした」
「おいッ! 嘘だろッ?!」
声を上げてアガトさんが私の全身を上から下まで視線を動かす。他の二人も似たり寄ったりだ。見事に傷の一つも残っていないことは確認済みである。
「事実です そして 全て治癒されたのはレイチェル様でございます」
「はぁ?!」
素っ頓狂な声があがるのも無理はない。なぜなら―――。
「もしそれが本当なら大司教クラスということになるぞッ!」
精霊神教会は治療や薬学に特化した集団である。その最高位と同じ程のマナをレイチェル様は保有しておられるのだ。いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。なぜならレイチェル様は私とロザリア様を同時に癒しておられたからだ。そんなことできる者を私は知らない。
「まっ 待てッ! レイチェルのマナ保有量は5歳の儀式で並のはずであったはずッ そんなマナで3人の重傷者を癒せるわけがない」
「百歩譲ったとしてマナがたりたとしてもそこまでの治癒は人体の事を知らなければできない いつの間にレイチェルはその知識を持っていたのだ」
精霊術は誰にでもできる。それはこの世界での常識である。しかし、それは生活に困らないレベルの話で、ある程度高度になると知識が必要となる。それは、これから通う事となる学園で知る知識であって今ある知識ではない。普通はお嬢様の年齢なら、ロザリア様のように術を暴走させるのがオチなのである。だが、私はもっと深刻な事を知っている。
「術を暴走させたロザリア様を助けるためレイチェル様は全身を水の球体で覆われました そんな術の使い方を私は見たことがありません そしてマナ保有量が国随一といわれるロザリア様のマナを押さえつけたのです つまりそれはレイチェル様のマナがロザリア様のマナを上回っているということです」
「…信じられない 検査の儀式が失敗していたのか?」
唖然とつぶやく旦那様に私は更に事実を叩きつける。
「多分 マナ保有量があがったのだと思います なぜならお嬢様は精霊神様のお声をお聞きになったとロザリア様とお話しされていました」
ロザリア様が目覚められたあの時確かにレイチェル様はおっしゃられていた。
絶句。
あまりの事実に私を覗いた者達は動くこともできなかった。
「………聖女…だと…」
うめくように旦那様の声がもれる。
「それがバレれば教会が黙ってねぇぞッ 神に祝福されたとかなんとか言って彼女を渡せと迫ってくるにちがいない そんなことになったらあいつらに言いように利用されちまうッ」
アガトさんの意見に私も同意だ。今の上層の教会関係者は贅を尽くし、怠慢で精霊神様をないがしろにしている節がある。すべての精霊に感謝し敬うのが教えであって決して教会を敬うものではないのだ。それをはき違えているのが今の教会である。その事を薄々民達は知っているので教会の権威は落ちる一方であった。その権威を戻せるお嬢様の治癒の力をあの教会の者達が欲しくないわけがない。
「それだけではありません 今やお嬢様は歴史上最高のマナ保有量です 今まで黙っていた5公爵8侯爵もお嬢様を手に入れたがるに違いありません それは王族だって例外ではないかと…」
マナ保有量は、血筋に影響される。マナ保有量が高い両親からは高い子供が生まれやすい。事例は少ないがイレギュラーで高い子も生まれる可能性もあるが大筋はこの流れだ。故にマナ保有量が高い子は貴族に囲う。そうやってきた歴史のおかげでマナ保有量が高い者は貴族にしかいない。しかし、必ず高い子が生まれるわけではない。現に、高い旦那様と奥様の間に生まれたレイチェル様の保有量は並であったのだ。
そんな中 史上まれにみるマナ保有の女がいたらどうだ。例え無理矢理だろうが子供を生ませれば、少し落ちたところで確実に保有量が高い子供が生まれる。
ただでさえお姿が美麗なだけに言い寄ってくる男共がいるというのにさらにマナ保有量が高いときたら貴族が放っておくはずがない。
だから私はこの事実を隠した。王妃様にさえいっていない。
今まではすべての護衛をロザリア様に使って守っていた。同じ条件となったレイチェル様を誰も狙わないわけがない。しかも、彼女は近くに護衛がおけない理由がある。欲望をギラつかせて剣を向ければ彼女は動けなくなってしまう。こんな都合のいい女がいるだろうか。
「あの子をただ子供を生む道具になどさせないッ」
地の底から響くような声を旦那様があげる。これだけ条件が揃っていれば誰だって考えつく。だからこそ今旦那様とお嬢様方の溝が埋まったことには安堵している。旦那様がお二人を守ってくれる。だがそれもまた、疑問がある。あのお嬢様の異常なまでに落ち着き払った態度。決して自らロザリア様の元にはいかれなかったお嬢様が真っ先にロザリア様の元に向かわれたこと。そして、口出しされなかった父親との溝の修復。そして、あの申し訳なさそうな表情。
「お嬢様にはもう未来がないのかしら?」
私は無意識にボソリと小さくつぶやいたが間が悪く全員沈黙していたためやけに大きく耳に届いてしまった。
「どういうことだッ?!」
鬼気迫る勢いで詰め寄る旦那様の表情に私ですら引いてしまった。
「お嬢様は精霊神様より死んではいけないというお言葉を賜わりました それは裏を返せば死んでしまう事があるということではないかと… でなければあんな生き急いでいる態度は…」
あまりの迫力に私は、柄にもなく恐怖に飲まれて思っていたことをそのまま話してしまった。
「そんな…」
先ほどの怒気が嘘のように旦那様が弱々しくうなだれる。
「どうするよ 団長ッ?」
八方ふさがりだが、私だって聞きたい。
「隠す…」
俯いていた旦那様は顔をあげるとその瞳には狂気の色が見て取れた。
「あの子にまつわる全てを隠すッ! 王族であろうとだッ!」
その結論に誰も異を唱える者はいなかった。
「ステラ… 頼む 何もできない私に変わってあの子を守ってやってくれ…」
悲壮感漂う旦那様があろう事か私に頭を下げてきた。これに驚いた私は慌てて声をあげる。
「顔をお上げくださいッ 私はお嬢様のために生きておりますッ この命懸けても今度こそお守りいたしますッ!」
そんな私の答えに頼むともう一度頭をさげる旦那様に私は心に誓った。
今度こそへまはしない。
今度こそ守りきってみせる。
例え全ての者を謀る事になっても私はお嬢様を守る。それが私に与えられた使命であり、私の意志でもあるのだから…。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




