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異世界憑依で運命をかえろ  作者: のこべや
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新しい朝が来た

ブックマークと評価、ありがとうございます。励みになります。



 新しい朝が来た。

 モゾモゾとベットから起きあがると、どうやってわかったのかドアの向こうからノックの音がする。


「お嬢様 お目覚めでございましょうか?」


「ふぁぅ えぇ…」


 お嬢様らしくないあくびをかみしめながらボクはベットの上で上半身を上げるとドアに向かって答える。


「失礼いたします」


 ドアが開くとやはり声の主はステラであった。


「おはようございます お嬢様」

「おはよう ステラ」


 今更だけど年上のステラを呼び捨てにするのはどうかと思うが、彼女の記憶の中に使用人には敬称はいらないと学んでそうしていたので、恐縮しようがレイチェルとして生きると決めたのだからそれに習おう。一度言ってしまうと案外慣れるものだ。

 彼女は片手に大きく底深な銀製の器をもって寝室に備え付けられている丸テーブルの上に置くと手の平をかざした。ボクがそんな彼女の手の先をボーと見つめていると、大きな水球が生み出され大きな器の中に満たされていく。湯気が見えるところからお湯のようだ。洗顔用の器だったみたいだ。自前でお湯が出せるなんて本当に便利な世界だなぁ もしかしたら、ボクがいた世界より快適なのではと思う。しかし、これには欠点がある事にすぐに気がついた。マナの保有量でものすごい個人差がある事だ。マナ保有量が多い人間はいいが少ない人間は苦労しそうだ。代替品があまり流通していないのが更に苦しい。よくある小説とかで魔法が付与された道具が大活躍するのだがここでは術式と呼ばれるモノがない。かわりに精霊言語と呼ばれるモノがあるらしい。精霊言語はその名の通り精霊達の言葉だ。精霊が宿っていると言われる精霊石に精霊にこうして欲しいと精霊言語を掘って法具とするのだが、言語自体そんなに多く解明されていないので複雑なモノは伝わらないので世間一般でできていることしかできない。しかも、精霊石の大きさに左右されるし、採掘量もままならない鉱石ということもあって、この技術はあまり研究されず発展していないのであった。自前で出した方が圧倒的に速いしお金がかからないからね。

 ボクはベットから抜け出ると、用意してくれた洗面器に対峙する。

 どうしよう… 女の子の洗顔なんて知らないよ… なんか結構大変なことだと聞いたことあるぞ。しかし、よく考えてみたら洗顔クリームもなければ美容液とかそんなものはないし普通に手ですくって顔を洗えばいいのかな。でも、バシャーバシャーとかやったら絶対ダメだよね。

 ボクは震える手でお湯をすくうと前世ではありえないほどゆっくり丁寧に顔を洗った。

 顔の横にサラサラとかかる髪を纏めながら洗顔に集中する。男人生の時は長い髪など経験したことなかったから結構邪魔だなぁ。

 切りたいなぁとそうステラに小声で漏らしたらすごく青ざめた顔して止められた。やっぱり女の子の髪の毛は命なんだね。

 洗顔が終わると寝室に他のメイドさんが入ってきた。レイチェルの記憶の中にないし、服が微妙にステラと違うので王城に勤めるメイドさんなのかもしれない。その人達が腕にドレスみたいなのをもっている。ボクの今日の服なのだろうか。前世女の人なら服を他人に着せられるなんて申し訳ないし恥ずかしいとか思うのだろうが、ボクには大助かりである。女の子の身支度なんて知らないボクにとっては隅から隅まで整えてくれるメイドさんにはほんと感謝です。

 服? 色は白でものすごくヒラヒラしていて動きずらいよ。こういう時 なんたらワンピースのどうのこうのというんだろうけどさっぱり女性の服を知らないボクには判別不可能です。なので、女の子の服ってこういうものでしょとか思っているボクは、ただ黙って着せられました。

 ボクの身支度が終えると寝室から隣の部屋に移動する。そこは更に広くてソファやテーブルなどが置かれていた。多分応接間であろうそこに今度はカートを押したメイドさんが控えていた。お皿の上にはボクが見たこともない果物が綺麗にカットされていた。一人では大きすぎるだろうと思うテーブルにつくとボクの前に配膳してくれる。どうやら朝食のようだ。


(果物だけって… 女の子ってこれだけでいいの? 朝から甘いモノはちょっとぉ~)


 ボクはひきつる顔をなんとかごまかして出された果物を食べていく。シャリッとした食感に桃のような味がする。口の中に甘味がジワと広がっていった。 多分斉藤祐二の体であったら今頃胸焼けを起こしているだろうが。


(うぅんっ♪ おいしいッ! やっぱり体は女の子なのだから味覚はかわっているんだ)


 結論から言うとこの量でお腹は満足であった。こんな量で満足なんて女の子の胃袋って小さいなぁ~。逆に大好きなお肉を食べて胃もたれしたらやだなぁ~。

 一人で食べる食事はさびしいとか誰かに見られながら食べるのはちょっとぉ~とかよく聞くがボクは黙々と食事するタイプなので気にしない。逆に気の効いた会話をしろという方が困ってしまう。

 食事が終わるとメイドさんが手際よく全部片づけて部屋から去っていった。ずぼらだったボクとしてはこの待遇は最高です。あぁ、ダメ人間万歳。


「今日はどのようにいたしましょう? それとも体調を気遣ってお休みになりますか?」


 部屋の隅に待機していたステラがソッとボクに聞いてきた。

 えっ? せっかくきれいに着飾ってくれたのにベットに逆戻りってのはさすがに申し訳ない。とはいっても、何していいか… う~~~ん。

 あっ そうだ ロザリアだ。


「あの ロザリアの様子を見に行ってもいいでしょうか?」


「かしこまりました… 少々お待ち下さい…」


 ステラは恭しく頭を下げるとスッと部屋から出ていった。あれか、これは先触れとかいうやつか…。隣の部屋だというのに貴族って大変だなぁ~とか椅子に座って扉の方を見ているとすぐにステラが戻ってきた。


「準備ができました… ご案内いたします」


 ステラはドアを開けるとスッと横にずれた。ボクは席から立ち上がり部屋から出る。長いスカートって足に絡まって動きずらいなぁ~。しかし、歩きの練習しておいてよかった。付け刃であったがなんとか周りに不振に思われないほどには演技できているようだ。まだまだこっそり練習しよう。

 大きな扉を越えて廊下に出たボクはちょっと違和感を感じた。


(あれ? こういうところだと護衛の兵士とかいないのかな? 扉の前に見張りの兵士もいないなんて結構不用心だなぁ~)


 異世界小説を読んでちょっと知ったかぶりなボクはそんなことを思ってしまうが現実はこういうものなのだと納得してステラに案内される。ホテルの隣の部屋ぐらいの距離だと思っていたのだがなんだこの距離は? 結構あるな。

 自分のいた部屋もかなり広かったのだから隣もかなり広いのは想像できたのだがいざ目にするとすごい。さすが絢爛豪華な王城だよ。5人ぐらい楽に並んで通れる廊下を二人だけで歩きながら、やっと大きな扉の前にたどり着いた。そこにはやっぱり見張りの兵士がいない。王族ではないからなのかな?

 ステラは扉をノックすると中に伺うように声をかける。


「レイチェル様が参られました」


 ソッと扉が開くと隙間からステラと同じ格好をした女性が顔を出した。ボクやステラより年上だろう彼女は侍女長のサリーだ。少し濃いめの金色の髪をきれいに後ろに纏めて結い、経験を感じさせる切れ長の瞳で見られるとほとんど初対面のボクですらちょっと背筋が伸びてしまう。彼女はレイチェルの行儀作法の先生でもあるのだ。バレませんように。


「どうぞ こちらへ」


 声を潜められて彼女は扉を人一人入れるぐらい開けると身を引いた。多分、奥で眠っているロザリアに配慮したのだろう。しかし、ここまで広いんだから聞こえないでしょとか思ったのだが行儀作法の先生にそんな事言えない。

 部屋に招かれるとボクがいた部屋と間取りは同じであった。そこにロザリアの姿は見えなかったのでまだ眠っているのだろう。


「ロザリアの容態は?」


 ボクは勧められたソファに座るとサリーに聞いてみる。


「今はまだお目覚めになっておられませんが…その…」


 いつも冷静に淡々と答える彼女にしては歯切れの悪い返答であった。


「どうしました?」


 言いよどむ彼女に先を促す。


「昨晩からひどくうなされておられまして… レイチェル様のお名前を度々呼んでおられます」


 あぁ、うん…。 きっとレイチェルが殺された光景を何度も夢見ているのかもしれない。不憫だ。トラウマにならないといいけど…。


「少し 様子を伺ってもよろしいでしょうか?」


 ボクの言葉にサリーは頭を少し下げると、ロザリアが休む寝室に案内してくれた。

 部屋の中は日が昇っているというのに薄暗く、天蓋付きの大きなベットの上にいる人の気配だけを強調していた。二人はボクに気を使ったのか寝室の中までは入ってこず、応接間で待機していた。ボクは天蓋から垂れる薄いカーテンを開けると眠る彼女の顔を覗く。病人なのだからと思うけどそれでもひどく真っ青な表情をしていた。目元にはうっすらと隈が見える。その額には大粒の汗が浮かび、瞳からは流れた涙のあとがしっかりと残っていた。これは確かにサリーではなくても心配になってしまう状態だ。

 そんな彼女を見ているのは辛かったボクはベットから離れようと振り返った時、ロザリアの口からうめき声が漏れ出し、大きなベットの上で掛けられた布団を飛ばすようにもがき始めた。


「お…姉様… お姉様… イヤッ イヤァッ イヤァァァァッ!!」


 彼女の慟哭が部屋に響く。ボクは反射的に彼女の眠るベットに四つん這いになりながらあがった。ベットが優に3人ぐらい寝られるような広さだったので彼女の近くにいくにはそうするしかなかったからだ。


「ロザリアッ 大丈夫だよ 私はここにいるよ」


 ボクは眠っているはずなのに見開かれた彼女の瞳をのぞき込み、宙にフラフラと伸ばされた彼女の手をギュッと握りしめた。残った手で暴れる彼女の体を押さえつけるが、非力なレイチェルの力では歯が立たなかった。

 叫び声を聞きつけたサリーとステラが慌てて寝室に入ってくるが、どうしていいかわからず、部屋の入り口で立ち往生している気配を感じる。ボクはそちらに視線を向けずに一心にロザリアの光のない瞳に向かって呼びかけ続けた。

 目を覚ませばもうその悪夢は終わるんだ。目の前にはキミのお姉さんがいるんだよ。

 ボクは何度も彼女の名を呼んだ。なんだがこの世界に来た時もそんなことをしていたような既視感を感じる。

 しばらくするとベットの上でもがくロザリアの体から力が抜けていくと。


「お…ねえさま…」


 のぞき込んでいたロザリアの瞳がシバシバと瞬きを繰り返す。


「ロザリア よかった 目が覚め ぐえェッ」


 お嬢様らしからぬ声が漏れてしまったのはしょうがないじゃないか。彼女がいきなりボクの首に腕を回して抱きついてきたからだ。首が締まるぅ~。なんとか上体を起こそうと両腕で支えるが全然保ちません。そのまま彼女に引き寄せられてしまった。


「お姉様ッ! お姉様ッ! 生きてるッ 生きてらっしゃるッ」


女性に全身でギュッとされるなんて初めての感触。あっ 甘い香りが二つする。って一つはボクか。

 いやいやいやこの態勢ってどうなの? アリなの? 姉妹だからオッケーだよね。いやいやアウトでしょ。落ち着けぇ~ そんな無粋なことを考えながら慌てるボクに彼女の抱擁は続く。

 別の意味で今度はベットの中でモガいているボク達を安堵の表情で見ていたサリーはステラに目配せすると部屋から急いで出ていった。多分、目覚めたロザリアを診てもらうために治癒士の方を呼びにいったのだろう。


「本当に 本当に心配しましたわ」


 レイチェルと違ったちょっとつり目で大きな瞳いっぱいに涙をため込んだロザリアはホロリと漏らす。


「お姉様のマナ保有量では切り傷程度しか治せませんのによくあの傷を… どうやったのですか?」


 えっ?! レイチェルのマナ保有量ってそうなの…

 それは何気ない疑問だったのだろう。でもその言葉にボクの体から冷や汗が溢れ出した。

 何とかごまかさないと。ユリエル様もロザリアだけにはレイチェルが死んだことを知られてはいけないと言ってたし…。実際レイチェルはその一撃で死んでいるのだから嘘はボクなのだ。中途半端なごまかしでは矛盾を指摘されて自滅しちゃう。

 自分のことなのにすぐに話さないとおかしく思われてしまうのに言葉が出ない。ロザリアの瞳がボクが黙ってしまったのを怪訝そうに見つめている。だめだ。何か言わなきゃ。でも、言い訳なんて考えてなかったよ。

 どうしようユリエル様

 んっ? ユリエル様…。

 そうだッ ユリエル様だ。

 ボクはベットの中で寄り添いあうロザリアの体を離すとその顔を見つめて口を開いた。


「あの時私は奇跡的に致命傷を避けられましたが瀕死の状態でした… もうダメだと思った時どこからか頭の中に声が聞こえてきたのです ここで死んではいけないと…そうしたら…ねっ」


 ボクは、彼女の濡れる瞳を見ながらニッコリと微笑んだ。


「それって… 精霊神様のお声では…」


 驚愕に目を見開くロザリアの口から聞きたい言葉が出た。そう、瀕死のステラにお告げを告げ、力を与えたのはユリエル様だ。そして、歴史の中で何度もユリエル様はこの世界の人間に干渉している。そのおかげでこの国には精霊神教会という宗教があることをレイチェルの知識で知っている。万物は精霊が宿り、世界は精霊よって作られている。だから、精霊様には常に敬おうという教え。日本で言うところの八百万の神々と同じ発想である。そして、その精霊を束ねるのが精霊神様。ようするにユリエル様である。

 かなり無理がある言い訳だがある意味嘘は言っていない。信じてくれるかな? いや無理かなこんなベタな話。


「すごい すごいですわッ お姉様は精霊神様のお言葉を賜ったのですね」


 涙に濡れた瞳をほそめ、もう一度力一杯ロザリアはボクの体を抱きしめてくる。

 よくわからないけどとにかくごまかせたよね? 一応この場は切り抜けたよね… でもこの後ろめたさはハンパないよ。絶対この子にはバレないようにしなくちゃ。

 それがレイチェルの体を頂いたボクとしての役目だと決意を新たにしながら、姉の胸の中でうずくまるロザリアの頭をボクは愛おしそうにソッとなでた。


「お姉様 私の全ての力を使って必ずお姉様をお守りいたします それが精霊神様のお望みなのですから 例え全ての国を敵に回してもお姉様を守ってみせますわ」


 なでられた頭を気持ちよさそうにしながら彼女の瞳が何だが怪しく濡れている。


「あっ ありがとうロザリア」


 その異様な雰囲気に呑まれたボクはこういうしかなかった。

 全ての国を敵に回さないでねロザリア キミの場合冗談ではすまされないから… そのフラグをへし折るためにボクはここにいるのだからね…。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

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