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七夕祭の革命  作者: 夏葉夜
二日目
9/48

第8話・磐舟山

 神社の裏に伸びる道を進むと、すぐに磐舟山(いわふねやま)の入口が見える。

 山道に入ってすぐのところには小さな滝があり、流れ落ちた水は飛沫を立てて滝壺に吸い込まれる。今日はその勢いが普段より激しく、透き通っているはずの水の流れは、随分と濁っていた。こちらも大雨の影響だろう。

 さらに、足元がぬかるんでおり、決していい登山日和とは言えなかったが、そこは地元民の本領が発揮された。

 小さい頃から、庭同然に駆け回っていた山道を、軽い調子で登っていく。

 先頭を歩く貴史に向かって、並んで歩いている春香とあかりの声が届いてきた。

 「それにしても、貴史兄さんはすごいですね!」

 「どうしたのよ唐突に?」

 「蔵の中に落ちている花びら一枚から、犯人への手掛かりを導くなんて、私ではできないですよ」

 春香の声は少し弾んでいる。伊達に推理を趣味にしていないのだ。

 だが臆面もなく言われるとさすが照れる。

 「たまたまピンと来ただけだ。それに、花びらを追ったからって神器に辿り着けるとは限らないからな」

 照れ隠しで少々ぶっきらぼうに言うと、貴史は咳払いを一つして歩調を緩めた。

 これ以上褒められるのは居心地が悪い。

 「でも、花びらを見ただけで、何の花なのか分かるってのはちょっと自慢してもいいんじゃないかしら?」

 照れた貴史を見て、あかりは意地悪な表情で追い打ちをかける。

 貴史が全力で無視するのをみて、あかりと春香が笑った。

 貴史もこの懐かしいやり取りに、自然と笑みがこぼれた。

 しかし、そこまで。山の中腹あたりにある、目当てのヤマボウシの群生地にたどり着いた貴史たちは、頭を抱えることとなる。

 「うーん。わからん」

 背丈が八メートルほどの、白い花をつけたヤマボウシを見上げて、貴史は唸った。

わかりやすいヒントがあるとは、端から期待していなかったが、ここまで自然体のままだと推測も出てこない。

 「もっと上の方ではないでしょうか?」

 山道の脇に生え並ぶヤマボウシに、何か無いかと調べまわっている貴史とあかりに、春香が声をかけた。

 「そういえば、山頂付近にもこの木があったような気がするわね」

 「じゃあ、上まで登ってそっちも探してみるか」

 山道は整備されているが、森に入るとそうはいかない。梅雨になり、より鬱蒼と生えてきた植物が貴史たちの行く手を塞いでいるのだ。そこを掻き分けて進行するほど、彼らは無知ではない。視界の確保された山道とは違い、マムシやハチの類いを刺激して痛い思いをするのは、目に見えている。

 「この吊り橋も懐かしいな」

 貴史は目の前に広がる光景に「変わらないな」とため息を漏らした。

 山頂までおよそ半分といったところに、谷を跨ぐ大きな木造の吊り橋がかかっている。

 この吊り橋は、山の入口にある滝と同じく村の観光名所で、山頂の大岩も含めてこの山の三大名所に名を連ねていた。

 「結構高い吊り橋だから、小さい頃の春香ちゃんは、怖くてこの先に行けなかったんだよね。確かに懐かしいわ」

 「あーちゃん、いったいいつの話をしているのですか! もう平気ですよ」

 あかりが思い出し笑いし、春香が頬を膨らませて不平を言う。

 小さな頃の春香のように、ここで断念して山頂からの景色を拝めない登山客が何割か存在する。だが貴史とあかりに至っては、そんな心配無用だと言わんばかりのはしゃぎっぷりを、幼い頃は見せていた。吊り橋を二人で揺らしまくって、村長に怒鳴られたのは彼らの一つの武勇伝だった。

 谷底に流れる深い川を見下ろしながら、軽快に渡っていく貴史とあかりの後ろを、春香が慎重な足取りでついてくる。

 春香が追いつくのをまってから、三人は足並みを合わせて歩き出した。あとは山頂まで階段を登っていくだけである。


   ***

 そして数分。

 「お、やっと見えてきた!」

 山頂が見えたところで貴史は駆け出し、一番乗りを果たし叫ぶ。

 「帰ってきだぞー!!」

 貴史が思わず叫んでしまったのは、この山頂がただの山頂ではないからだ。

 磐舟山の山頂に鎮座する不動の観音岩(かんのんいわ)が、圧倒的な存在感を放っているのだ。全長十五メートルを超え、重さは推定六千トン強。その観音岩に登ってみると、全方位が見渡せる。晴れた日には、貴史の通う大学のある都心部まで見渡せる絶景ポイントだ。

 「ふぅ、やっと着いたー。やっぱり何度見てもすごい景色よね」

 ようやく追いついたあかりは、膝に手を付きため息を漏らした。

 あかりも、岩の上に登っている貴史の隣まで来て、感嘆する。

 「村の全部が見渡せるって、ここ以外ないものね」

 あかりが言うと、貴史も頷く。

 山頂からみて丁度正面に伸びる川。その右手……北側は、山の斜面にあったぶどう畑を筆頭とする果物の産地であったが、今は数が少ない。ここ数年で再開発が盛んに行われ、さらに都心を結ぶ高速道路が建設されたためである。

 そして反対の南側。北側とは打って変わって田んぼが一面を覆っていた。山から流れ込んだ水で出来た大きな池もあり、祭の花火はあそこから打ち上げられる。

春香も頂上にある小さなベンチに腰をかけて、息を整えていた。彼女の背後にあるのが、もう一つのヤマボウシの群生地である。

 「お弁当を作って持ってこればもっと良かったかもしれませんね」

 ヤマボウシは満開を迎えていた。確かにピクニックには最適な場所だろう。

 しかし、昨晩の大雨で落ちてしまった幾つかの白い花びらが、地面で泥水にまみれていた。

 「ちょっと間が悪かったみたいだな。昨日だったらもっと綺麗に見られただろうに」

 山頂から見える絶景があるためか、余計に物足りない気分になってしまう。

 「それで? 何か見つかりそう?」

 岩に登って懐かしい景色に感激していた貴史に、あかりが声をかける。

 だがこちらの森も中腹と同じく、膝より高い雑草が生い茂っているため深く中まで入り込めそうにない。山頂付近を手分けして虱潰しに調べてみることにした。

 「ここに犯人がいたとしても、何の目的でいたのか分からないよな」

 貴史はため息をつく。あかりも頷いた。

 「そうねぇ、動機がわかれば探す手がかりになるのに……」

 「犯人の目星が付く前に、動機が分かるなんて、それこそ証拠が揃ってないとわからないものですよ」

 「……確かに」

 春香の正論に、思わずあかりと貴史は苦笑する。

 そしてその二人に、彼女は手招きしてこう言った。

 「貴史兄さん。これって刃物か何かで傷つけたように見えませんか?」

 「なにっ!?」

 「ちょっと見せて!」

 貴史とあかりは驚いて、春香の指差す場所を見る。

 森の茂みが、少し押しのけられたように広がっている場所があった。そのすぐ隣に真っ直ぐ生えるヤマボウシの幹に、深さ三センチほどの傷跡が付いている。

 突き刺されたような鋭利な断面だった。

 「春香ちゃん。よくこんなの見つけたわね!」

 あかりが喜び春香を褒めた。これで素人なりの捜査も一歩前進したことになる。

 「ここの茂みだけ、不自然に広がっていたから、何かあるんじゃないかって思ったんです」

 「何にしたって大手柄だ! そして……短い刃物での傷跡……」

 幹の表面をなぞり、推測する貴史。

 「それじゃあ、やはり……神器でしょうか?」

 春香は恐る恐るといった表情で尋ねる。もしこの傷が犯人の付けたものだとすれば、犯人の意図がわからない。そのことが怖いのだ。

 「えぇ、神器でしょうね。あれは竹製だけど、幹に突き刺すくらいなら出来るはず」

 あかりは、何度も見た神器を思い浮かべながら春香の疑問に答える。

 「盗まれた神器が、ここに一度持ってこられたことはほぼ確定か?」

 「確定……とは言い切れないけれど、他にこれ以上有力な可能性が、今のところ見当たらないってところね」

 貴史とあかりが、一旦結論を出す。

 神器がここに持ち込まれたあと、ここで犯人は何をしたのか。そしてどこへ持ち去ったのか。

 茂みを掻き分けて見ても、何も出てこなかった。

 山頂から村の方へ突き出している観音岩の方も覗いてみたが、収穫なし。

 「観音岩の外側に落ちているかもしれない」と、あかりが言うので岩から少し乗り出して見下ろすが、その先は谷。落ちたらひとたまりもないので、流石に危険だとこちらの捜索は諦める。

 数十分粘ったところで、あかりが音を上げた。

 「あー、もう! どこ探してもないじゃない!」

 「これは……犯人が持ち去ったと考えるのが妥当ですね」

 春香も額の汗をぬぐって一息つく。

 その様子をみて、貴史はそろそろ潮時かと考え、切り上げることにした。

 「もうお昼だし、そろそろ降りるか。このあとのことは、昼飯でも食べながら考えよう」

 「賛成―」

 「助かります」

 二人の賛同を得たところで、三人は下山する。

 下り道で三人は、短冊の作業が何も進んでいないことに気づいたが、後の祭りであった。

 

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