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七夕祭の革命  作者: 夏葉夜
二日目
8/48

第7話・神器盗難

 

 数分歩いたところで、ようやく春香の実家に到着した。

 「春香ちゃーん!」

 あかりは声を張り上げて春香に呼びかける。

休日とはいえ既に十時を過ぎているのだ。流石に起きているだろう。

 「はーい!」

 すぐに元気のいい声が返ってきた。

 彼女ももともと貴史たちと同じ考えだったのだろう。準備は出来ていたらしく、大した時間も経たないうちに顔を出した。

 白のワンピースに薄手の長袖のカーディガンを羽織っている。

 「それじゃあ、行くわよ」

 あかりの掛け声で、神社へ向かう。

 昨日と同じ道を行く。この道は、村人にとって歩きなれた道だった。

 神社は山の麓に建っている。川沿いの道から石段を登り、踊り場を挟んでもう一度石段を登り、鳥居を潜ると広い境内に到達する。

 境内に組み立てずに置かれている屋台のテントや、中央の櫓は、すっかりびしょ濡れになっていた。あちこちに水たまりができており、水たまりをうっかり踏んでしまうと、泥が靴にまとわりついてしまう様な散々な状況である。

 そこで貴史は、雑談を一旦区切って頼みごとをした。

 「ちょっと勝手なんだけど、作業をする前に山に登ってもいいか? 久々に山頂から村を見ようと思っていたんだ」

 神社の裏手には、標高数百メートルの山がある。

 決して高い山ではないが、登山家の間ではそれなりに名の知れた山である。

 「そういえば、最近登る機会がめっきり減っていましたね」

 「そうね。そういうことなら皆で登りましょうか」

 そびえる山を見上げて、春香とあかりが頷いて賛同した。

 雨が止んだばかりで、土はぬかるんでいるかもしれないが、幸いにも山道は比較的綺麗に舗装されており、初心者でも登りやすく整備されているため、大きな障害にはならないだろう。

 「お、着いて来てくれるのか?」

 「ええ、短冊の括りつけは、降りてきてからでもゆっくり出来ますし、貴史兄さんが久々に帰ってきたんです。少し発展した村を山頂から見るのもいいのではないでしょうか」

 貴史は、春香とあかりの好意に甘え、神社を横目に山道へと向かおうとした。

 その時、後ろから不意に声がかけられた。

 「いいところに来てくれた、あかり君」

 振り返ると、やや腰の曲がった神主が立っている。

 落ち着かない様子から、彼が焦っていることは容易に想像できた。

 額にはじんわりと嫌な汗をかいている。

 「何かあったんですか?」

 あかりたちの姿を見てから走ってきたのだろう。

 肩で息をする神主は、一度深呼吸をしてから本題を告げた。

 「神器が……盗まれた」

 「うそでしょ?」

 あかりは信じられないと、苦笑した。

 しかし、神主の様子から見るに、冗談ではないと察すると、彼女は真剣な顔つきで神主に質問した。

 「あの、盗まれた……って、失くしたとかじゃないってことよね?」

 「はい。昨日あかりさんに貸して見せたあと、確かに蔵の箱の中にしまって鍵も閉めていたはずなんですが」

 神主は、記憶を確かめるように坊主頭を掻く。

 最後に見たのは、貴史たちも同じである。それ以降は、全く見ていない。

 あかりが神主に神器を返したあと、神主は蔵の方へ向かっていたから、神主の記憶は恐らく間違いではないだろう。

 「星田さんには知らせたの?」

 「先ほど駐在所に向かったのですが、どうやら入れ違いになってしまったようで、書置きだけして帰ってきたところ、丁度あかり君たちを発見したところなんです」

 「タイミングが悪いな」

 困り顔をした神主の話を聞いて、貴史は唸る。

 「どういうことですか?」と春香が尋ねると、彼は答える。

 「ほら、昨日駐在所で聞いただろ? 恵美ちゃんが行方不明だって。多分星田さんは、そっちの聞き込みで忙しいんじゃないかな?」

 この村には一つの駐在所と、一人の警官しかいない。

 大きな事件が発生すると、隣町からの応援が来るが、事件性の低い案件は中々応援が来ない例が多い。

 「多分、恵美ちゃんの捜索の方はじきに応援が来るだろう。だけど、同時に神器の紛失までとなると、どこまで相手にしてくれるか……」

 正直厳しいだろうなと貴史は思う。

 いくら由緒で伝説がある神器といっても、人命には変えられない。

 「だったら、私が探すのを手伝うわ。神器は大事だもの、恵美ちゃんの安否も気になるけど、警察の人たちが捜査するよりもいい結果がでるとは思わないし、邪魔になるだけでしょうから」

 あかりがそう宣言した。

 「私も協力させてください!」

 「じゃあ、俺も手伝うよ。要するに宝探しだろう」

 あかりの言うことが最もだと感じた貴史と春香が同意する。

 盗まれたと聞いた時から、少しニヤけている貴史に、あかりは呆れてため息をついた。

 「貴史は本当に、推理好きよね。将来は刑事さんにでもなるつもり?」

 「謎解きは趣味だよ。趣味。それが生かせるなら何も悪くないだろう?」

 何しろ人では多い方がいい。山登りなんて、神器が見つかってからでも十分だろう。

 「ありがとうございます!」

 そのたのもしい言葉を聞いて、神主が礼を言う。

 「それじゃあ、短冊の作業も山登りも一旦中止ね」

 「早速問題の蔵を見てみるとするか」


  ***

 「あちゃぁ、こりゃ随分と大胆に……」

 神主に開いてもらった蔵の中を覗き込んだあかりは、思わず呟いていた。

 貴史も中身を見てみると、あかりが驚くのにも合点がいった。

 入口付近が酷く泥で汚れている。さっそく貴史は質問をする。

 「この泥は、神主さんが見たときにはもうあったんですか?」

 「はい。私が慌てて入ったせいで汚れが酷くなっている場所もありますが、もともとかなり汚れていて……そのおかげで、神器が無くなっていることに気づけたんです」

 「なるほどな」

 貴史は一旦蔵の中を見渡したあと、そのまま奥まで入っていく。

 彼は、進んだ先に置いてあった箱を手に取って蓋を開けた。

あかりは彼についていき、心配して忠告する。

 「ねぇ、貴史……あんまりいろいろ触りすぎない方がいいんじゃないの?」

 「適当に見て回っているわけじゃない。これが神器の納められている箱か……確かになくなっているな」

 貴史は、神器の箱の中身をあかりに見せる。彼女も手に取って中を確認したが、言ったとおり空だった。

 「貴史兄さん、これからどうやって探すのでしょうか?」

 蔵の入口から話を聞いていた春香が、困ったように尋ねてくる。

しかし、貴史は真剣に何かを探しているようで答えない。

 それを見て、あかりは肩をすくめて代わりに答えた。

 「うーん。蔵の中をしらみ潰しに探して何か出てくるのかしら?」

 あかりは困ったように蔵を見渡す。めぼしいものは見当たらない。

 だが、貴史は何かを見つけたようで、拾って外に持ち出した。

 それを見て春香が尋ねる。

 「それはなんでしょうか?」

 「裏の山に群生している木……ヤマボウシの花びらだ」

 貴史が手のひらに乗せて見せたのは、白い一枚の花びら。彼の言うとおり、この木があるのは村の中のどこを見回しても、神社の裏の山にしかない。

 「よく覚えているわね。でも、神器が盗まれたことと何か関係があるのかしら?」

 「まだなんとも言えないが、俺は犯人の残したヒントだと思っている」

 貴史は自信満々にそう言うと、彼の推理を披露する。

 「まず、この蔵には入口の扉と、反対側の高い位置にある風通し用の窓の二箇所にしか、花びらの入るルートがない。そして、窓には虫なんかが入らないように網戸が付けられていることから、花びらの入ってきた経路はこの扉しか無いわけだ」

 「まぁ、そうね。でも風に流されて入ったって可能性はないの?」

 「それは無い」

 あかりの疑問を否定し、手に乗せていた花びらをもう一度よく見せる。

 白い花びらには、泥汚れが刻み込まれていた。

 「ヤマボウシの花は、丁度六月の下旬から七月の上旬にかけて咲く花だ。今日は七月の五日、何週間も前からここにあったとは考えられない。それにこの泥汚れに加えて、花びらが湿っている。昨日の大雨で花が落ちたんだろう」

 「犯人がそれを靴で踏んだか何かして、ここまで持ってきたってことね」

 貴史の推理をようやく理解し、あかりも頷いて続きを言う。

 隣で聞いていた春香は「本当ですね」と何度も頷いていた。

 「あぁ、だから今度こそ、この花びらが落ちている山を登ってみるか」

 目的は多少変わってしまったが、貴史は当初の予定通り山を登ってみようと提案する。

 三人集まれば文殊の知恵とは言うが、警察のような捜査能力のない素人四人が集まり頭を捻っても、これ以上何か見つかるとは思えない。

 「私は蔵の中を探してから、もう一度だけ星田巡査に相談しに行くことにします」と言って、神社に残った神主を置いて、貴史とあかりと春香は、山に登ることにした。


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