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七夕祭の革命  作者: 夏葉夜
終章
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第38話・エピローグ



 西の空が朱から紺に色を変える頃、貴史は村の診療所で目が覚めた。

 「よかった貴史くん。具合はどうですか?」

 気が付くと、穂谷がベッドの横で貴史の手を握っている。随分と長い時間、付き添ってくれていたらしく、彼女の表情には疲労があった。

 「あぁ、大丈夫だ。体も気分も快調だよ」

 上体を起こして体を捻って見せると、穂谷はようやく安心したようにため息をつく。

 「突然倒れたと聞いたときは、どうなるかと思いましたわ。でも、大事なくて安心です。一応、要経過観察となっていますので、無理はしないでいただけると助かりますわね」

 穂谷はそう言って微笑んだ。

 貴史も、今回は素直に頷く。連続殺人事件を引き起こしたのが森だと判明し、今頃宮野が事情聴取でもしている頃だろう。焦る必要は無い。

 だが気がかりがあった。

 「俺のことより……あかりは大丈夫なのか?」

 目が覚めたとき、隣にあかりがいなかったことに、貴史は少し寂しさを覚えていたのだ。手を握ってくれていたのが彼女なら、失った意識なんて一発で吹き返していただろう。

 「あかり様は、すぐに目覚めて七夕祭に出て行きましたわよ」

 「七夕祭? 中止になったんじゃないのか?」

 七夕祭の主催者が殺人犯の犯人で、関係者が二人も死んでいる。それだけに留まらず、境内まで爆破で被害に遭っているのだ。とても開催できる状況ではなかった。

 しかし、穂谷は「ふふっ」と微笑み窓の外を指す。

 「そろそろですわね。見ていてください」

 彼女の指先に釣られて貴史は外を見た。

 そこにはいよいよ暗くなってきた夜空が広がるばかり。

 そうして「何を見せたいのか」と、貴史が焦れて問いただそうとしたとき、地上から一つの火球が打ち上げられた。

 「あっ!」

 そして花開く。

 ドンッと、花火の弾ける音が遅れてやってきた。

 そうして一度外に意識を向けると、他にも聴こえてくるものがある。

 「この音……篠笛か!」

 「えぇ、村の有志の方々……あかり様を筆頭に、七夕祭を何とか開催できるように、あちらこちらを奔走したと聞いていますわ。もし、貴史くんが元気なようでしたら、七夕祭に行きませんか? きっと、いい事があるはずです」

 にこやかに笑顔を絶やさない穂谷と、七夕祭が何とか開催されたという事実。

 そこにあかりも関わっているというのなら、事件の解決に尽力を尽くして正解だったと達成感を得た。安堵のため息がでる。

 「あぁ、ここ2日間、気の休まる時がなかったんだ。これで肩の荷もおりるってもんだ」

 貴史は穂谷の提案に乗ることにして、病院をでた。

 会場に行けば、あかりたちもいるだろう。

 穂谷曰く、河川敷が主な会場らしい。あそこなら、確かに祭りには最適だ。

 村長の手伝いをしないといけないと言っていた穂谷とは別れて、貴史は単身で河川敷へと向かう。そしてたどり着いた貴史は思わず感嘆の声を上げた。

 「おぉ、すごいな。アレだけのことがあったのに、人で溢れかえっている」

 神憑川の川沿いに、ズラリと何百メートルにも渡ってテントやら長机やらが設置されており、屋台や出店が軒を連ねている。当初より規模は小さいが立派に祭りの様相を呈していた。

すっかり暗くなった空には、時たま思い出したかのようなテンポで打ち上げられる花火が咲いている。

 「貴史! 目ぇ覚めたか!」

 「あぁ、すっかりこの通り元気さ。慎二兄こそ店を空けてて大丈夫なのか?」

 「今日は出店をしてるんだ。そっちを美香保に任せてるから俺は自由時間さ」

 青山食堂の慎二の声に、貴史は手を振って答えた。

 慎二も事件にめげずに七夕祭に出店しているようで、貴史は笑う。

 「みんな楽しそうで……頑張った甲斐があったって思うと気分がいいな」

 「存分に楽しんどけよ。祭りはいくらでもあるが、七夕祭は来年までおあずけだぞ」

 「わかってるさ。短冊だって、去年までより圧倒的に多いんだぜ。見とかないと損だろう」

 河川沿いにライトアップされた笹の葉と短冊は、長い列を作って神社の方まで伸びていた。

 事件で幾度となく見た気味の悪い絹の短冊ではない。

 村民の様々な願い事が書かれている。

 眺めていると、そこに春香や美香保がいた。

 「あれ? 美香保、店はどうした?」

 「貴史くんに慎二じゃない。それなら親父に丸投げしてきたのよ。普段はちっとも店のこと見ないんだからたまにはいいでしょ」

 「あ、お二人も屋台を巡っているのですね」

 「さっき偶然会ったところだけどな」

 貴史はそう答えながら、周辺を見渡す。

 「あかりは一緒じゃないのか」

 「あら? 貴史お兄さんも知らないのですか?」

 てっきり春香と一緒にいるものだと思っていたが、あてが外れたようだ。

 となると、貴史は当初予定していた通りの人物に会いに行かなければならない。

 「あとでブラブラするついでに探しとくよ。三人は祭りを楽しんでおいてくれ」

 適当に手を振ってその場を後にする彼は、まだ事件の爪痕が鮮明に残る神社へと向かった。

 結局貴史の推理は正しかったのか。それが知りたかった。

 おそらく警察の関係者がそこにいるだろうと、漠然とあたりを付けて立ち寄った結果、事件の顛末を話してくれそうな警察官に出会うことが出来た。

 「星田さん! ちょうどいいところに」

 境内は、検分というよりか片付けに駆り出されている様な恰好の警官が多くいる。

 都合よく顔見知りだった星田巡査に声を掛け、手招きした。

 「これは貴史くん。元気そうでなにより。どうしたのですか?」

 「俺が気絶したあとどうなったのかなって思ってさ。結局ちゃんと答えをもらえてないからな」

 意識を失う前、貴史は推理に確信を得た。

 だが、答え合わせができていない。どれだけ自信のあるテストでも、点数がでなければモヤモヤが残る。これはそう言う自己満足だった。

 「そのことかい。それなら森さんに事情聴取した宮野さんから話を聞いたよ。貴史くんの推理でほぼほぼ間違いないらしいよ」

 幾野と森が共犯だったという証拠も、出てきているのだろう。

 「ほぼほぼって言うのは……?」

 「それがねぇ、どうやら犯行に使われた神器がまだ見つかっていないらしいんだよ。凶器と言うだけならともかく、アレはここの神社の大切なものでしょ? なくしたまんまっていうわけにはいかなんだよね」

 神器が見つかっていないというのは、初耳だった。

 「てっきり隆太兄さんが持っているのだとばかり思っていたんだがな」

 七夕祭に必要なものだというのは、あかりの話で聞いている。

 そういえば貴史は最初、神器の捜索から始めたんだとも思い出した。神主に頼まれて磐舟山を登ったのだ。寺の死体が見つかってからは、それどころでは無くなっていた。

 だが結局見つかってないとなると、神主はどうするのだろう。

 そんなことを貴史が考えていると、タイミングよく神主がやってきた。

 「今年……見つかるまでは、形式だけで済ませるしか無いでしょうな」

 「やっぱりそうなりますか」

 曲がった腰を摩りながら神主が溜息を付くと、星田も一緒に嘆息する。

 神主にとっては、なかなかに深刻な問題なようだ。

 「あかりも、七夕祭を何としてでも成功させるって息巻いていたはずなんだが……結局どこに行ったのかわからないままだし」

 神器の捜索に一番躍起になっていたのが彼女だったと貴史は記憶していた。彼が宮野と共に殺人事件に奔走しているころも、あかりは神器を探していたように思う。

 そのボヤキが神主に聞こえたようで、彼も首をかしげた。

 「あかりくんかい? そうだねぇ、彼女も私と同じくらい七夕を大事に思っていてくれたから、きっとどこかでまだ神器を探しているのではないかねぇ?」

 どうやら、彼もあかりの居場所を知らないらしい。

 「暗いのにまだ探しているのか」

 貴史は神主のヒントに呆れながら呟く。

 こんな状況では神器なんて、とてもじゃないが見つからないだろう。

 それに加え、七夕祭はあかりと過ごすために帰郷したようなものなのに、あかりと祭りをまわれないままに終わってしまう可能性が出てきた。

 「こっちから探さないとダメか」

 貴史はそう決心すると、星田や神主との話もほどほどに境内を離れる。

 「あと行っていない場所はどこだっけか」

 神社を降りて再び河川敷の人ごみの中をすり抜けていきながら、貴史は記憶を思い返す。

 そして、一年前の今日を思い出した。

 いまも花火を打ち上げ続ける南の湖畔。彼女はあそこにいるだろう。

 彼女から告白され、貴史があかりを好きだと始めて自覚した場所である。

 事件のことは忘れて今夜は彼女と過ごそう。

 花火を見上げながら、貴史は一人呟いた。

 「俺の願い事は、お前と一生幸せになることだ」


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