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七夕祭の革命  作者: 夏葉夜
三日目
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第36話・不可解(後)

 「この事件、初めから不可解なところがあった」

 そう切り出した貴史は、一つ一つ当時の情景を思い出していた。

 「二日前の午前中、幾野恵美が失踪したのは覚えているか?」

 「えぇ、山頂まで誘拐されたって話だったわよね」

 「それがまず一つ目の不可解なんだ。ただ殺す為だけに、山頂まで連れて行く理由があるのか? しかも、死亡推定時刻は深夜から明け方。それまでの間、ずっと人が来るかもしれない山頂に拘束していたと考えられるか?」

 これだけなら有り得なくはない。

 だがそれは無意味な行動であり、事件が露見してしまうかもしれない悪手だった。

 では、なぜ幾野は山頂に行ったのか?

 「そもそも誘拐されたんじゃないんだよ。恵美ちゃんは、自分の足で山頂まで登ったと俺は考えている」

 誘拐ではなく自らの意思で、幾野は山に登ったと貴史は言う。

 「……貴史くんの見解が正しいと仮定しても、幾野さんが山に登る理由がないのではないでしょうか? しかも連絡せずに登るなんて、彼女の性格では考えられない」

 森はすかさず反論に出た。

 だが貴史は、その反論が来るのが分かっていたのだろう。すぐさま推理を述べていく。

 「恵美ちゃんには時間が必要だったんだろう。だから朝から姿を消して山頂にこもった。花火倉庫から花火を盗み、爆弾に加工して、山頂まで運ばなければならなかった」

 そして、貴史たちが境内で短冊を作っている夕方までかけて、山頂に爆弾を埋め込んだ。

 山頂が丸ごと吹き飛ぶほどの爆発である。スケジュールが埋まっていた森では到底こなすことの出来ない作業量。これが出来るのは彼女しかいなかった。

 「ねぇ、それってまるで、幾野さんが共犯者って言っているように聞こえるのだけれど」

 宮野は、貴史の推理を聞いて、目を丸くしていた。

 だがあり得ない。森は語気を強めて突き返す。

 「それは推論であり証拠がないでしょう。それに、幾野さんは僕が殺したんだ。共犯なんてバカバカしい。全部僕一人でやったのさ」

 「なら、もう一つの不可解。山頂に置いてあった木箱と、山道に残っていた正体不明の靴跡はどう説明するんだ? あれは隆太兄さんが残した証拠なのか?」

 爆発前に、山頂で松塚やあかりと話し合っていた疑問。

 それの答えに貴史はたどり着いていた。

 質問攻めにうんざりとした表情で答えようとする森に、被せるように結論を告げる。

 「僕が……」

 「正体不明の足跡も、木箱を山頂に運んだのも恵美ちゃんだ」

 そう宣言する貴史に宮野は慌てた。

 「正体不明の靴跡は、成人男性の物だったって言ったでしょう? 幾野さんでは明らかに体格が違うわよ」

 「体格が違うからこそ証拠として成立するんだ。恵美ちゃんは爆弾が詰まった木箱を背負っていたって言っただろう? そして重荷を背負った彼女が男物の靴を履いていれば、山道に残る証拠は成人男性の靴跡ってことになる。そう考えると、運んだのは隆太兄さんじゃありえない。それなら靴跡がもっと深くなっていたはずだ」

 畳み掛ける貴史の推理。小柄な女性でないと、このトリックは使えないのだ。

 だから貴史は、幾野が男物の靴を履いていたと推測した。

 「……そこまで分かるものなんですね。しかし君は、根本的に勘違いをしています」

 森は、平静を保って訂正する。

 「僕が、彼女に爆弾を運ばせたんですよ。爆弾を運ぶのには一人では厳しかったですからね。それに加えて、靴跡を偽装するといったことも、君の推理を混乱させるいい道具になったようです。何も最初と変わっていませんよ。幾野さんは僕が脅して、山頂まで手伝わせた。それが真相です」

 一応、筋は通っているように見えた。

 森は一貫して、単独犯だと供述を繰り返している。

 だが、貴史はそれを許さない。その戯言を否定する。

 「だったらどうして、その靴が寺社長の殺害現場にあったんだ?」

 一日山頂にいたはずの宮野が履いていた靴が、寺の殺人現場にあることがまずおかしい。

 「……っ!?」

 驚愕する森に、貴史は続けて確認した。

 「わざわざ靴だけ脱がせて、これから殺人を犯そうって現場に持っていくか? ありえないだろ。こう考えたほうがよっぽど納得が行く。恵美ちゃんが、寺の殺害現場に来ていたっていう事実だ。そうだろう?」

 一連の事件の状況が、貴史にそう告げている。

 「……」

 森の顎から汗が垂れた。

 目は泳ぎ、必死に次の言葉を紡ごうとするが出てこない。

 その様子を見て、宮野もようやく貴史の想像で補われた推論に現実味を覚えてきた。

 「貴方の言うことにも一理……いや、かなり有力な推理ね。私たちも改めて捜査を確認しないといけなくなったみたい」

 彼の言うことが本当かどうか。証拠を集めるのは宮野たち警察の仕事だ。

 貴史は彼女の発言を聞き「ぜひそうしてくれ」と頼む。

 だが、それで納得がいかないのは張本人の森だった。

 「たった? たったそれだけで、幾野くんを犯人扱いするのか!?」

 怒声も孕んだ彼の口調からは、いつもの柔らかい印象が消えていた。

 森は唾を飛ばしながら叫ぶ。

 「ちょっと状況が揃ったからって、ただそれだけだろう!」

 「隆太兄さん。どれだけ主張しても、恵美ちゃんが共犯だったっていう確固たる証拠はすぐに出てくるぞ」

 熱くなる森とは対照的に、貴史はクールダウンして冷徹に告げていた。

 「それともまだ、秘策でも残っているのか?」

 残っていても、貴史にはまだ追求する準備があった。今はまだ、彼が自供してくれさえすればいい。警察が本格的に捜査を再開すれば、いずれ証拠も見つかるはずなのだ。

 だが、森は諦めていない。

 「ッ彼女の動機は!? 僕はぶどう園を潰された復讐だ! だけど彼女には肝心な動機がないだろう!」

 確かに彼の言うとおり、貴史は幾野の動機について語っていない。これでは、矛盾が残っていることになる。しかし、それも予想の内、焦ることはない。

 「恵美ちゃんの動機は、隆太兄さんと同じだ。高速道路建造に対する恨みだろう。彼女の専門は地域政策だ。磐舟村の再開発で、寺や松塚と意見が合わなかったってところだろ」

 さらりと言ってのける貴史。

 だが、それを聞いて森は嘲笑するように笑った。

 「はっ、やっぱり何も分かっていないようじゃないですか! 刑事と一緒に捜査をして天狗になっていたようだね。貴史くんの言っていることは全くの見当違いさ」

 森は笑う。貴史は、幾野の動機の推理で間違えたのだ。貴史の言葉の信憑性は失われたと、森は確信した。やはり子供の戯言なのだ。

 しかし宮野は、森の発言に困惑した表情を作ってこういった。

 「貴方……どうして彼の推理が間違っているだなんて言えるわけ?」

 「え?」

 森は、一瞬彼女がなにを聞きたいのか分からなかった。間違っていると言える理由なんて、貴史の推理が正解では無いからに決まっているだろうと、疑問が浮かぶ。

 そこでようやく気がついた。

 「幾野さんがただの被害者なら、動機なんて無いのが普通。なのに貴方は、間違っていると言った。いったい何をもって間違いと弾じたのかしらねぇ?」

 つまり貴史の狙いはそこにあった。

 貴史にとって、幾野の動機なんて当たっていても外れていても関係なかったのだ。森がどう答えるかだけが重要だったのである。彼は罠に引っかかった。硬く閉じていた口から、思わず致命的な失言が飛び出す。

 幾野の動機を知っていると、言外に表してしまっていたのだ。

 そして森が口をパクパクと開閉させているのを見れば、もう疑う余地もなかった。

 今度こそ、森の目は焦点を失い、諦めたように空を仰ぐ。

 「潮時だね……認めよう」

 冷静沈着に計画だけを遂行してきた男が、ついに折れる。

 「すまない……すまない……僕は、君の期待に応えることが出来なかったっ!」

 その声は苦痛に満ちていた。慟哭を交えたその告白で、森はついにその場に脱力するように膝をついた。

「……森隆太さん、貴方には容疑者として署まで来てもらいます。全部、話してもらいますから、覚悟しておいてください」

 土を叩き嗚咽する彼を、宮野は睨み付けて立ち上がらせる。

 ヨロヨロと、力なく連行される森に、貴史は尋ねた。

 「まだ、一番聞きたい不可解が残っている。どうしてあかりの命まで狙った?」

 貴史が、一番に森を許せない点もそこだった。寺が殺されたことよりも、幾野が共犯だったことよりも、爆発に巻き込まれたことよりも……あかりの命を危険に晒した森に憤慨していた。

 そうして尋ねられた森は、うな垂れたまま自嘲気味に答える。

 その様子だけで、彼の傷心は伺える。

 そんなこともすべては自業自得で、貴史には一切の同情を与えなかった。

 「計画が……僕が犯人だと、彼女にバレてしまったんじゃないかと思ったんだ」

 「どうしてそう思った?」

 「本当に何でもないことさ。様子を見る限り、僕の思いすごしだったみたいだけどね」

 思いすごしだと? と貴史は耳を疑った。

 カッと頭に血が上る。

 「たったそれだけで、あかりを殺そうとしたのかよ!!」

 その場に、宮野がいるなど関係なかった。拳をかたく握り締めて、森に詰め寄る。

 完全に、森の顔面に一撃決めてやる気でいた。

 だが、それがいけなかった。フッと、視界が眩み、立っていられなくなった。

 爆破で受けた衝撃が、いまさらぶり返してきてしまったのだ。

 「え、ちょっと! しっかり      急車を    早く!」

 急激に遠のく意識の中、宮野の声が聞こえている。

 あぁ、事件の顛末は後で聞かないといけねぇのか……と考えながら、貴史の意識は闇に落ちていった。



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