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七夕祭の革命  作者: 夏葉夜
三日目
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第36話・不可解(前)

 ――五感が全て、吹き飛んだ。

 腕の中にしっかりと、抱きしめて庇う彼女の柔らかさだけが、意識の端に微かに過る。

 そんな走馬灯のように緩やかで冷静な思考の片隅で、貴史はある事に気がついた。

 「あぁ、それなら辻褄が合う」

 薄れゆく意識の中、貴史は静かに確信した。

 「それなら、全部説明がつく」



   ***

 磐舟山の山頂で、爆発音と共に土煙が舞い上がる。

 神社の境内で起きた爆発の規模と、ほとんど差がないほどの爆発であった。

 「どれだけの爆弾を仕掛けてんのよ……」

 「……これほですか」

 一連の事件を革命と称した森も、噴火の如き爆発に圧倒されて溜息をついている。

 だがこの惨事、呆然としてその場にいた誰もが動けなかった。

 「あーちゃん! 貴史兄さん!」

 ただ一人、春香が悲鳴を上げていた。

 村長が何とか抑えていたが、彼女は今にも山へ走り出しそうな勢いである。

 そこでようやく宮野も現実に追いついてきた。

 「貴方! まだ爆弾を仕掛けているとか言わないわよね?」

 彼女は森に詰め寄り問う。

 「そうだね。これより先は計画に無いから安心して欲しい」

 溜息をつく彼の表情は、それまでと変わらず緊張した表情であった。

 彼の言葉が本当かどうかなんて、疑っている猶予はない。

 それよりも、爆発に巻き込まれた彼らが心配だ。春香の言葉通りなら、最低でも四人が巻き込まれていることになる。

 「大至急、四人の救助を!」

 宮野の掛け声で、警官たちが慌ただしく動き出す。

 そんな中、宮野は改めて森の方を向いた。

 「どうして……こんなことをしたの?」

 それは最後の確認である。今一度、彼の罪を明らかにせねばならない。

 「その前に、一つ訪ねてもいいですか? どうして私が犯人だとわかったのでしょうか?」

 森は努めて冷静に、しかし警戒心はむき出しのまま、ゆっくりと聞き返してくる。

 これは最後の勝負だと、宮野は感じ取った。ここで全ての証拠を上げて、一から彼の罪を認めさせなければならないのだ。森は、それを宮野に求めている。

 「貴方は最初に、幾野恵美さんを誘拐した。それが二日前の早朝の出来事」

 そうだ。最初に、星田巡査から幾野の失踪という報告が上がってきたのだ。

 それを聞いて、森は頷いて目を瞑る。「えぇ、その通りです」と強く彼は頷いた。

 宮野は、事件の流れを回想しながら森の犯行を白日のもとに晒していく。

 「二日目の夜。貴方は昼間に履いていた靴とは別の靴を履いて、神社の倉庫に忍び込んだ」

 靴の履き替え、これが正体不明の靴跡の正体であった。

 既に森の自宅にて確認が取れていた。

 この日。青山食堂で飲んでいた森が、十一時前に帰ったことも既に判明している。

 神器を盗んだ彼は豪雨の中、寺を高架下まで呼び出して殺害した。寺が誰かに呼び出されたという事は、寺が務める建築会社の社員たちの証言で分かっている。それが夜の十一時半。

「その時に、寺さんが抵抗したんですよ。そして靴が脱げてしまったんです。気づいていましたか?」

「えぇ、そこから貴方が犯人だという確証が強くなったわ」

 森が宮野を確かめるかのように肩をすくめて尋ねると、当たり前だと言い放つ。

 掬い上げられた靴からは、森の指紋と寺の血痕が検出されていた。

 寺の事件現場発見を遅らせるために、暗渠を使った遺体の輸送トリックは貴史が見破っている。それに加えて暗渠を知っていたのはごく少数。森もその内の一人であった。

 その後、山頂に拘束していた幾野を殺害し、滝壺に落とした。彼女の胸に刻まれた刺傷は、森と幾野の身長差とピッタリ合っている。

 「貴方は、捜査に来た私たちの目を盗んで、それ以降も犯行を実行したってわけね」

 「えぇ、監視が付いたのは予想外でしたが、一度人ごみに紛れれば数分撒くことなど造作もありませんでした。なにせ僕は多忙でしたから、笑って謝ればすぐに許してくれましたよ」

 なんでもないかのように、森は爽やかな笑顔で言い放つ。

 そのことに宮野は狂気を感じた。

 職業柄、殺人犯と対面することは珍しくないのだが、追い詰められてなお森のように表情一つ崩さない人間を見るのを、彼女はなかなか慣れられない。

 「そうやって犯行に及んだ動機は、ぶどう園の閉園ね」

 だから彼の核心をついた。

 森も、流石にこのことには驚いたようで、すこし狼狽する。

 狼狽し、頷いた。

 「しかし……そこまでバレていてなお、全ての計画を実行に移すことができました。僕の革命は達成されたといってもいいでしょう」

 森は両手を上げて「降参です」と言った。最後の最後まで食えない男である。

 その時、不意に山道の方が慌ただしくなった。

 境内の爆心地で被害状況を確認していた警官たちの群れが左右に割れた。

 「隆太兄さん。残念ながら革命は失敗だ。その報告をしにきた」

 その中から現れたのは、天野貴史。

 山頂の爆発に巻き込まれたはずの青年が、少女を腕に抱いて立っていた。



   ***

 貴史は満身創痍だった。

 爆発の炎に煽られた背中は軽く火傷を負っていたし、全身を叩く飛礫によって無数の打撲と切り傷が刻まれている。衝撃波に脳を揺さぶられて一時は意識も飛んでいた。

 それで残した全身全霊、あかりを守るためだけに注いだ。その献身の甲斐あって、あかりに怪我は一つもさせていない。ショックで意識を失っているものの、それだけですんでいることも、駆けつけた警官たちに教えてもらった。

 森の魔の手から守り抜いた最愛の少女を抱いている彼の姿は、さながら象徴的で、その場の全員の注目を集める。

 「隆太兄さんの計画は失敗だ」

 もう一度告げた。

 「……」森は怪訝な顔をして、境内から降りてくる貴史を見つめる。

 その表情はみるみるうちに状況を把握しているようだった。

 「松塚……松塚さんは、無事だったわけですか」

 彼にとっては復讐の最後の標的だったはずだ。その松塚が生きている。

 「その通りだ。宮野刑事の電話と、十条さんの咄嗟の指示のおかげでな」

 あと数秒。

 それだけ宮野の連絡が遅れていたら、即死圏内だったかもしれない。

 あと少し、貴史たちの緊張感が薄らいでいれば、反応が遅れたかもしれない。

 最後は限りなく奇跡的な偶然の積み重なりだった。

 「松塚さんと十条さんは重傷だって話だが、命に別状はない。最悪の事態は免れたわけだ」

 今頃、警官たちが丁寧に二人を運んでいることだろう。

 そしてついに正面で森と向かい合った貴史は、睨みつけるようにして言い放つ。

 「いくら隆太兄さんでも、あかりの命を危険に晒したこと……絶対に許さねぇぞ」

 「……あぁ、元々許してもらうつもりなんか無いさ。それと……訂正しておきましょう。僕の革命は失敗に終わったようです。私情で始まった革命と呼ぶのも烏滸がましい類のものですがね」

 宮野に核心を突かれた時と同じように、肩をすくめて嘆息する森。

 貴史は舌打ちした。あかりを狙ったという事実のあとに、貴史が森を尊敬する理由はなくなっている。すでに構図は被害者と加害者であった。

 貴史は、抱いていたあかりを安静な場所にそっと寝かせると、再び森の前に戻ってくる。

 そして、決意を固めるように深呼吸したあと、囁くように言う。

 「僕の……革命か」

 「……?」

 ぼそりと呟いた貴史の言葉。初め宮野は聞き取れなかった。

 「言っただろう、隆太兄さんの計画は失敗だって」

 「それは、松塚さんを殺しきれなかった時点で明白でしょう?」

 「そうじゃないんだよ」

 貴史は、ゆっくりと続ける。

 「僕たちの革命……いや、彼女の革命って言ったほうが正しいか?」

 貴史の突然の発言。

 宮野は始めて、森の表情が明確に歪むのを見た。

 「……貴史くん。なんのことをいっているんですか?」

 「分からないなら全部言ってやる。悪いが今の俺は頭に血が上っているんだ。適当な弁明じゃあ許さねぇぞ」

 その瞬間、貴史から発せられる圧力が増した。

 実際にどうこうという話ではない。だが、第三者となった宮野の視点から見ても、森の狼狽は明らかであった。

 森は、沈黙を選ぶしか残されていない。

 「突然どうしたのよ貴方?」

 宮野は尋ねた。彼がなにを言おうとしているのか、彼女には全く見当がつかない。

 そして貴史は宮野を置いてきぼりにしたまま、大前提をくつがえす。

 「そもそも、この事件は隆太兄さんだけが起こしたもんじゃないんだよ。単独犯じゃなかったってことだ。共犯者がいる」

 宮野の思考に空白がよぎった。

 森も、柔和な笑みを消して貴史の発言に眉をひそめる。

 「それは見当違いですよ。先ほど刑事さんともちゃんと結論に辿りていているんですから」

 「そうか。隆太兄さんにとって、そこが絶対に譲れないラインってことか」

 「……」

 「最初から事件を辿ってみよう。そうしたら俺の言いたいことがわかるはずだ」

 


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