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七夕祭の革命  作者: 夏葉夜
三日目
38/48

第32話・動機と証拠

 「犯人が事件を起こした動機よ」

 「動機?」

 「これのおかげで、私の中に一つの推測が浮かんだわ」

 一枚の手紙。そこには今からもう三年前の日付が印字されている。

 そして差出人の強い意志が感じられる力強い筆跡があった。

 『大切なものを奪われた痛みが癒えることはあるだろうか』

 そんな一文で始まった手紙には、その詳細が書かれている。

 「高速道路建設で失った……ぶどう園?」

 「おそらく、それが彼の彼の大切な宝だったってことでしょう」

 手紙のその一文を目に通した瞬間に、貴史は差出人が誰なのか分かった。

 磐舟村でぶどう園を所有していた知り合いは、彼しかいない。

 「この手紙の差出人は、隆太兄さんか?」

 思わず零したそのつぶやきに、宮野は首を縦に振る。

 彼女が手紙の入っていた封筒を貴史に見せると、そこには間違いなく森隆太と書かれていた。これが事件の動機という事は、森が犯人だと暗に言っているようなものである。

 「いったいどうして……」

 貴史には、これだけで森を疑う宮野が信じられなかった。そもそも貴史の本心では、知り合いが犯人であって欲しくなかった。それが小さな頃からの付き合いがある人となると尚更だ。

 だが、その本心とは裏腹に、貴史は宮野の推理が気になった。

 宮野は言う。

 「この手紙が捜査本部に上がってきたときに、私はこれが動機だってピンと来た。でもそれだけならただの推測の一つだったわ。だけど、貴方がこの場所を教えてもらってから推測は確信に変わったの」

 「この場所?」

 貴史は周囲を見渡す。

 新興住宅街のさらに北。山の斜面と麓を分断する高速道路の高架下。

 新しく引っ越してきた住民には、この光景が当たり前。

 だが、昔から岩船村に住んでいる貴史は、この場所に何があったか知っていた。

 「ここって……隆太兄さんのぶどう園があった場所じゃないか……」

 それを思い出した瞬間に、当時の情景が浮かび上がる。

 山の斜面に広がる広大なぶどう園。それだけではない、蜜柑の木もあったし、下流には彩り豊かな畑もある。もともとの甘草区の由来は、この豊富な果物や野菜から来ていた。

 七夕の今頃は早い品種だともう収穫時で、幼馴染たちと共にぶどうの収穫を手伝うこともあった。採ったぶどうをひと房丸ごとつまみ食いしたことも、既に懐かしい。

 そのぶどう園があった場所が、今では高速道路に覆われ見る影もなかった。

 かつての楽園が、血飛沫に染め上げられている。

 なるほど、これほどまでの偶然があるだろうか。

 「そう。だからさっき言った木箱も花火も、すでに森さんとの関連で調べ出しているの」

 そして、彼女の言葉で思い出した。

 「その表面が削られた木箱……あれだ。果樹園とか畑で採れた商品を入れている木箱だ!」

 間違いない。一年前、暗渠に流れたと言っていた木箱も、同じものだったはずだ。

 そこには森家の物だとわかるロゴが判で押されていた。だからこそ、山頂にあった木箱は表面が削られていたのだろう。

 それを聞き、宮野は納得の顔をした。

 「やっぱり。この木箱も、森さんのものという訳ね」

 「花火も、元はといえば隆太兄さんが例年よりも多く用意していた物だ。この為に、用意したとも考えられる」

 ここまでくれば、もう容疑者は絞り込めたようなもの。

 動機がある。状況も森が犯人だと告げていた。

 だが、決定的な証拠が足りない。

 どれもこれも、状況からの推測。

 ほぼ間違いないと言い切れるが、その『ほぼ』が取り払えない。

 貴史は頭を抱える。

 そんな貴史に、宮野は少し焦りを含んだ声音で言った。

 「そうなると少し厄介ね」

 「まだ何かあるのか!?」

 俯く宮野に嫌な予感を駆り立てられ、思わず叫びそうになる。

 「盗まれた花火の火薬の量と、旭家を爆破した火薬の量が合わないの。ここに来るまでは余分に盗んだのかとも思っていたけれど、花火の量を増やした頃から考えていたのなら話は変わってくる」

 唾を飲み、宮野の言葉を逃さないように聴く貴史に、彼女は続けた。

 「森さんは、旭家を爆破した三倍近くの火薬を、爆弾にしている可能性があるわ!」

 「隆太兄さんは……まだ何か企んでいるってことか?」

 あかりの家を爆破したのは前座。

 火薬の量から考えると、むしろ本番はここからか。

 それまで黙って聞いていた穂谷も息を呑む。

 家を一件半壊させる爆薬が、まだ三倍も残っているのだ。

 「だったら……早く隆太兄さんに事情を! 合って話を聞かないと……手遅れになる」

 警察官の見張りが付いているかどうかなど、既に安心できる要素ではない。

 彼はその目すらかいくぐって、あかりの家の爆破を実行してみせたのだ。

 物的証拠のあるなしなどを論じていれば、取り返しのつかないことになるのは明白。

 流石に宮野は分かっている。

 貴史が言葉にする前に、携帯を耳に当てていた。

 おそらく森の見張りに付いている警察官に連絡をとっているのだろう。

 森に話を聞いて、犯人ならば捕まえるしかない。若しくは、これまでの推理が全部間違いで、犯人が別にいるなら貴史としてはそれでもいい。森の事は、生まれた時から兄として慕ってきたのだ。殺人鬼であって欲しくない。

 しかし貴史の一縷の望みは、無情なる携帯の通知音で終わりを迎えた。

 『……只今、電話に出ることが出来ません。発信音の後にお名前とご要件を……』

 貴史の耳にも、携帯電話から漏れる音が聞こえてくる。

 「繋がらない……」

 ボソリと宮野が呟く。その表情は唖然。

 そして繰り返す。

 「いつでも連絡を取れるように徹底していたのに繋がらない……」

 どうして繋がらないんだ、などと聞けるような余裕はもう無かった。

 これまでの状況がある。貴史は察することが出来てしまった。

 森が、見張りの警察官の口を封じた可能性。

 それが一番しっくりくる。

 そうでなければ、なぜ警察官が電話に出ないのか説明がつかない。

 そしてここは事件現場。

 宮野と貴史の混乱を、さらに増長させる単語が飛び込んできた。

 「靴だ! 水中の柵に掛かっていやがった靴から全部わかったぜ!」

 壮年の鑑識が手招きし、宮野と貴史はその場所に寄っていく。

 「いまさら靴がどうしたんだよ……」

 その様子を見ながら貴史は溜息をこぼす。今は落し物に構っている暇では無いだろう。

 連絡の取れない警察官のことが先ではないのか。

 だが、その考えはすぐに改められた。

 「靴って……もしかして犯人の履いていた靴かしら!?」

 宮野の問いかけに、鑑識はすぐさま頷く。

 「間違いねぇ。水に浸かってしまって随分落ちちゃいるが、血もついている。染み込んだ血と泥を見れば一発だ! それにだ……靴裏の足跡もピッタリ合ってやがる」

 そこでようやく貴史も気が付く。

 とうとう犯人に直接繋がる物的証拠が出てきたのだ。

 「誰のものかまで分かるのかしら?」

 「こいつがあっさり判明した。靴ひもと足を突っ込む穴の周りに指紋がびっしりだ」

 壮年の鑑識は、靴を持ち上げて見せつけるように指して続ける。

 「こっちの血痕が寺氏の血で……ついている指紋は森氏の物だ」

 「本当に、犯人は森さんって事で間違いないようね」

 次々と判明していく新情報を、なんとか頭の中で整理しながら話す宮野。

 しかし貴史は、そんな宮野のように順序建てて考えている余裕が無かった。

 「だとしたら尚更だ! 尚更連絡の繋がらない警察官が危険なんじゃないか!?」

 犯人は、もう森で間違いない。

 そしてその森を見張っていた警察官との連絡が途絶。

 いくら推理をしたとしても、肝心の森が行方をくらましてしまった。

 「いったいどうなっているのよ……」

 宮野が焦りに溜息をこぼし、貴史は状況の激変に頭痛に襲われたような気分になる。

 「隆太兄さんの行方まで、推理しないといけねぇのかよ」

 「それに、まだ彼は火薬を使う気でいる可能性があるわ。一刻も早く見つけ出さないと」

 宮野は新たな捜査の指針を打ち出す。

 「容疑者は森隆太! 彼を大至急捕まえるために全力を尽くすこと!」

 それは、磐舟村に広がった全ての警察官にも通達される。

 そして貴史も、事件現場に別れを告げて走り出していた。

 その額には、ベッタリと嫌な汗をかいている。

 今、貴史の思考の大半が嫌な予感に対して警告を発していた。

 森が持っている爆弾は……一体誰を狙うために用意しているのだろうか。

 思い浮かぶのは最愛の彼女。

 再びあかりが狙われるかもしれない。

 そう考えると、もう足は止まらなくなっていた。

 まず先に、あかりの安否を確認しなければならない。

 それが、貴史の最優先事項であった。

 


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