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七夕祭の革命  作者: 夏葉夜
三日目
37/48

第31話・高架下(中)

 ほどなくして宮野が現場に駆けつける。

 「ひっどい有様ね」

 開口一番に現場に対する端的な感想を述べた彼女は、顔をしかめながら貴史に尋ねた。

 「ここは見つけた時のままかしら?」

 「そうだ。ぱっと見つかったのは、この飛び散った血の跡と橋脚に立て掛けられた笹だな」

 発見したものを指差していると、宮野とともに駆けつけた複数の警官たちが、写真やらなんやらの現場の捜査を忙しなく取り掛かり始めた。

 そこまでやって宮野は貴史の肩を軽快に叩く。

 「ありがとう! やっぱり、貴方に協力してもらった甲斐があったわ」

 随分と上機嫌な彼女は、そのまま続けて質問する。

 「それにしても、暗渠だっけ? そんなものよく知っていたわね。濁った水底に覆い被さる草の下にある暗渠なんて、完全に盲点だったわよ」

 「偶然だ……偶然、去年の七夕祭を夢に見た。そこでこの暗渠があったことを思い出したんだ。そういえば、その時、隆太兄さんに会ったな……」

 説明しながらふと、去年の出来事を思い出す。

 あの時森は、暗渠のことを知っていた。となると、寺の流されてきた場所も知っていたのではないだろうか。

 「森さんも、この暗渠のことを知っていたってわけね……もしかして、他にもこの暗渠がある場所を知っているかもしれない人っている?」

 「いや……他の人の事情は知らない。村長や松塚さんなら、村の開発に関わっているからあるいはと思うが」

 「ありがとう。それじゃあ地元の人でも、この暗渠を知っている人は少ないわけね」

 「そうなるな」

 隣町の市長である長尾も、暗渠の事を知っていただろう。だが去り際に交わした口約束がある。彼女が犯人だった場合は悲惨だが、貴史は彼女を犯人だとはほとんど疑っていなかった。

 彼女の性格や言動一つをとっても、こんなリスクとリターンの見合わない事件を起こすとは思えない。彼女の目的は壮大だ。常人の貴史には実現の可能性すらない野望を持っている。それが、たった数名の殺人事件で終わるわけがない。

 それに加えて、直感が貴史にそう囁きかけていた。

 犯人は彼女ではない。明らかに怪しい人物がいるだろう。そうやって貴史を急かしてくる声があった。だが真犯人が分からない貴史にとって、その声は悶々とするばかりである。

 自分の世界に入っていた貴史は、捜査が進む現場に意識を戻す。

 「捜査本部の会議で、新しく犯人の残した証拠が上がってきたわ」

 すると、ちょうど宮野がノートを広げて見せてきた。

 「新たな証拠?」

 「えぇ、昨夜に視点を変えてみたおかげでね」

 「ってことは、やっぱり動機に七夕祭は関係なかったってことか?」 

 七夕祭をいくら調べても、証言どころか動機も手がかりも得られない。そんな状況だった宮野と貴史は、一度考えを改めて、被害者が殺された理由から捜査を進めていた。

 それが実を結んだということだろう。

 「ええ、お陰でおおよそ分かってきたわよ。犯人も、犯人の動機もね」

 「そこまでわかったのか!?」

 「やっとここまで分かったって感じよ。もう事件発覚から丸一日が経とうとしているのよ? 連続殺人事件だから実は大規模な人員が導入されているの。起こった事件を別々に捜査しても十分にお釣りが来るくらいにね。それで、これがその成果」

 宮野は自慢げにノートを指差す。

 そこには書きなぐられた文字が、線やら点やらで結び付けられていた。

 集められた情報を彼女がまとめた物である。

 「二件目の幾野恵美さんが殺害された場所で、新しい証拠が見つかったの」

 そう言いながら彼女が持ち出したのは、無理やり繋ぎ直された壊れた木箱であった。

 電子レンジほどの大きさの木箱で、表面にはヤスリで削られたような痕跡がある。

 「これが証拠?」

 「ちょうど磐舟山の頂上にあったわ。この木箱に、幾野さんの衣服の繊維が引っかかっていたのよ。事件に関係するものと見て間違いないわ」

 「でも、それだけじゃ何も進展してないだろ」

 「今は、木箱の出処と何を入れていたのかを調査中よ。貴方も、何か思い出したら教えてね」

 最初に見たとおり、この木箱は表面を削られている。

 犯人が削ったのだとしたら、犯人にとってそうしなければならないだけの理由があったはずだ。それが犯人自身に繋がると、宮野は考えているのだろう。

 貴史には、少し思い当たる節があった。これも夢で見た記憶だ。

 木箱と言われて一番に思い出すのは、森が暗渠に流されたと言っていた木箱だろう。

 宮野は続ける。

 「三件目……旭あかりさんの寝室が爆破された事件ね。こっちは前の二件と比べると少し杜撰な犯行だったと言わざるをえないわ」

 一晩の内に神器を盗み出し二人を殺害しただけでなく、こうして証拠が集まるのに一日近く時間を要したのに比べて、爆破事件では半日もしない内に十分な証拠が上がってきたらしい。

 ノートに書き込まれた文量が、それを物語っている。

 「花火?」

 貴史は、宮野のノートに書かれた似合わない単語を呟いた。

 「そう花火。貴方も聞いたでしょう? 今年の七夕祭の花火は例年の倍打ち上げるって。その花火が、爆弾の元だったってわけ。花火師に確認をとったら、持ち込んでいた花火の数が三分の一ほど足りなかったわ」

 「そんなことまで分かったのか!」

 「えぇ、初動捜査で判明していたように、アレは素人に毛が生えた程度の人間が作った即席の爆弾でね。そうなると、手に入れる手段なんて限られてくるわけ」

 彼女はボールペンをくるくる回しながら語る。

 「だけど、花火を爆弾に転用するなんてできるのか?」

 「量さえ揃えればね。実際に過去には大量の花火が爆発して工場が全壊した事件もあるほどよ。今回はその事件よりも小規模だけど、人一人に死傷を与えるには十分な量の火薬が使われていたと判断しているの」

 花火は安全に安全を重ねて作られている物だと思っていた貴史は、その威力に狼狽した。

 例年、七夕祭の空に打ち上げられる花火を貴史は見ている。

 それが、あかりに牙を剥いた物の正体だった訳かと、貴史は怒りに震えた。

 だが貴史を驚かせたのはそれだけに留まらない。

 「最後にもう一つ。殺害された寺栄一さんの自宅を家宅捜査していた班が、これを見つけたの」

 そう言って彼女が見せたのは、寺に宛てられた一枚の手紙だった。

 「それには何が書いてあったんだ?」

 貴史が尋ねると、宮野は回していたボールペンをピタリと止めて言い切る。

 「事件の犯人の……動機よ」

 

  

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