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七夕祭の革命  作者: 夏葉夜
三日目
35/48

第30話・監視記録

 「どうだい進捗は?」

 「春香ちゃんと、十条さんのお陰で随分と捗ったわよ!」

 昨日も短冊を作っていた境内の縁側に、森が様子を見に来た。

 しかし境内は昨日の様子とまるで違う。

 「それはよかった。祭の準備は盛り上がっているみたいだし、なんとか七夕祭は形になりっそうだね」

 「えぇ、屋台を出す店主さんやその手伝いの人たちだけで、これだけの大盛況だもの」

 あかりの言うとおり、商品を搬入したり展示したりで行き交う人々は、それだけで祭の雰囲気を醸しており、誰もが祭に浮かれていた。中には村で起きた連続殺人事件を憂う声も聞こえたが、七夕祭の関係者が容疑者とされているなどとは露も知らない彼らにとっては、やはり世間話の一環でしかない。

 七夕祭の準備は予定通りに終えることが出来るだろう。

 そう安堵するあかりに対し、森は隣に座って声を潜め尋ねた。

 「今朝、大きな爆破事件が起きたって聞いたけど、大丈夫なのかい?」

 「そのことならこの通り、運良く免れたわ」

 両手を広げて健常なことをアピールし、あかりは微笑んで続ける。

 「それで……隆太兄さんは大丈夫なの?」

 「どういう意味だい?」

 「容疑者かもって疑われているんでしょ? 見張っている警察官の人が邪魔したりして、七夕祭の準備が遅れたりしていないのかなって気になったのよ」

 あかりは、森からつかず離れずの距離で彼のことを監視している警官の方に目を向けた。

 「その点については大丈夫。僕もあかりちゃんと同じで、七夕祭に対する思い入れは深いんだ。捜査にも協力するけど、なにより本命は七夕祭さ」

 「それなら良かったわ。私、七夕祭でどうしても叶えたいことがあるもの」

 事件の趨勢よりも、あかりに取っては七夕祭が通常通りに行われるかが悩みの種である。

 彼女は決して口にも顔にも出さないが、殺人鬼に命が狙われている現状など、今回の七夕祭に懸ける願いに比べれば心情的には優しいものだった。

 それを聞いた森は、潜めていた声を険しくして頷く。

 「僕もだ。僕も、今年の七夕祭は悲願だよ。絶対に中途半端な終わらせ方はしない」

 そう宣言し、森は立ち上がった。

 彼は祭の本番直前で忙しいから、また次の現場に足を運ぶのだろう。

 「それでも気をつけるんだよ。犯人は警察の目を奪って爆破事件を起こしている。いつどこにいても、油断しない方がいい」

 さり際に一言残し、森は準備で賑わう境内の向こうへと姿を消した。

 それを黙って見送って、あかりは作業を再開する。

 隣では、春香と仲良くなったらしい警官の十条が、一緒になって短冊を結んでいた。

春香には、あかりが事件に巻き込まれたことは伝えていないし、十条にも黙っているようにお願いしている。その甲斐あってか、どうやら会話は弾んでいるようで、春香の顔には笑顔があった。

 彼女が笑っているのをみて安堵するあかりに、またしても声がかかる。

 「あかり君。忙しいところをすまないが、森君を見なかったか?」

 ふと声がかかった方を見上げると、松塚議員とその秘書が立っていた。

 「隆太兄さんなら、ついさっきまでここにいたわよ。境内のどこかですれ違ったんじゃないかしら?」

 「なんだ行き違いになってしまっていたか。今年は早めに山に入ると伝えておきたいのだが……」

 あかりが聞かれたままに答えると、思わぬ誤算に松塚は落胆の溜息をつく。

 しかし、あかりは首をかしげた。

 「でも境内なんてほとんど一本道でしょう? すれ違った時に気づかなかったのかしら?」

 「私は気付かなかったが……菱佳君は見てないか?」

 それもそうだと、一緒になって首をかしげる松塚が次に尋ねたのは、秘書の菱佳ひしよである。

 「いぇ……かなり注意深く探していたはずなのですけれど……すいません、見つかりませんでした」

 「ふむ、この人ごみだ。見つからないのも仕方がないか」

 眼鏡を外し、額に浮かぶ汗を拭う松塚。菱佳もスーツ姿は暑いらしく、ワイシャツのボタンをいつもより多めに外している。

 そんな彼らの様子をみて、あかりは一つ気になった。

 「携帯は? 隆太兄さんも持っているはずよね? 繋がらないの?」

 暑いのなら、先に連絡を取って待ち合わせをすればいいのにと言うことは、なんとか心の中に押しとどめる。

 「それが……すいません。森さんの携帯電話が故障中らしく、連絡がとれないのです」

 「故障中?」

 「そうらしい。だから、彼の予定に合わせて境内に来てみたのだが、入れ違いになったのなら仕方がない。もう少しだけ、自力で探すとしよう」

 「あの……ありがとうございました」

 さっさと立ち去ろうとする松塚と、律儀に礼まで言う菱佳。

 そんな彼らをあかりはまた見送って、あかりはふと思い出す。

 そういえば、昨晩あかりが絹の短冊を見つけたあと、森は電話で連絡せずに直接刑事の元へ行っていた。あの時は不思議に思ったが、携帯が故障中ならそれもそうかと考えられる。

 そして……その突拍子もない情報で、あかりは一つ確信を新たにした。

 「ふぅ、一体どうしようかしら……」

 今日乗り越えなければならない苦難を考えて、思わずあかりは溜息を声に出す。

 もう短冊の作業は終わり、七夕祭のボランティアとしては屋台や看板の設置の準備などを手伝うだけである。動くのはその後でも遅くない。祭が始まってからで十分だ。

 あかりは、貴史が見事事件を解決してくれることを夢見ながら、七夕祭の準備に取り掛かった。その表情は、祭りに意気込んでいる関係者とは、少し毛色の違うやる気に満ちている。

 ……その様子を、誰にも悟られずに観察する視線があった。

 「……」

 視線――十条――は、手の内にあるメモ帳取ったメモを携帯のカメラで撮る。

 『・旭あかり、容疑者二人と接触。七夕祭に悲願あり(事件と関係?)

  ・松塚萩、登山予定。森と接触を望んでいる発言あり(注意)

  ・森隆太、携帯故障(要確認)七夕祭に悲願あり(事件と関係?)』

 その写真をメールに添付して、そのまま捜査本部のパソコンに送った。こうして、捜査本部のもとには多くの現場から大量の情報が集められる。そして宮野を筆頭に確認していき、随時指示が飛ばされる仕組みになっていた。

 暫くすると携帯が震える。

 『会議は欠席していいので、旭あかりと倉治春香の監視を続行するように』

 メールの文面には、簡素にそう書かれてあった。

 十条は、それを一読して携帯を閉じる。彼はそれだけで、するべきことは把握した。

 捜査本部……そして宮野は、少なからず彼女らの動向を重視している。

 彼はその方針で最大限の成果を上げるまでだ。

 そんなことを脳裏で考えつつ、表向きは話しかけてくる春香に笑顔で言葉を返す。

 捜査本部には、すでに多くの情報が届いているはずだ。

 そろそろ、宮野が犯人の目星をつける頃だろう。


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