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七夕祭の革命  作者: 夏葉夜
三日目
33/48

第29話・暗渠(前)


    ***

 「貴史くんの方は、見つかりましたか?」

 「地図を見てるだけじゃわからないから難航してるよ。その様子だと穂谷さんも同じみたいだな」

 静かな図書館に、二人の声が響く。

 開館直後だったためか、地元の老人たちもまだ来ていなかった。

 「ええ、やはり資料では特定することは難しいかと。現場を歩いて回った方が早いかもしれませんわね」

 「それじゃあ、穂谷さんにもこの暑い中を付き合ってもらうことになるんだが……」

 「やっぱり……今のはなかったことにしてください」

 溜息を吐く家政婦の穂谷は、貴史の隣で開いた地図を閉じる。

 単独行動をするなと釘を刺された手前、誰かを自分の捜査に付き合わせなければならなかったが、その迷惑を被ったのが彼女だった。

 まだ陽は低いが夏の暑さは健在である。そんなか、地下に流れる川が無いかと外を走り回るのは不毛なため、先に大まかなあたりをつけようと二人は考えていたのだ。

 「木箱が流れるほどの水路なんだ。たぶん、元々あった川に蓋をして暗渠になってしまった物だと思ったんだが……」

 「暗渠ですか?」

 「あぁ、地下に隠れた水路のことだ。暗渠になる前の川がどれか分かりさえすれば、それを遡って寺さんが遺棄された場所も判明するかもしれないって考えだったんだ」

 だがそれが見つからない。貴史も地図を投げ出して、図書館の椅子に背を預ける。

 「再開発が進む以前は、神憑川も支流だらけですわね」

 そう、候補の川が多すぎるのだ。古い地図と新しい地図を比べても、ごっそり全てなくなっている。神憑川以北の新天草区を流れていた川は、ほぼ全て埋められたか暗渠化していた。

 しかもその出口は、警察でも見つけるのが困難な草葉の影の川の底。

 「それに加えて、昨日は川が濁っていた。星田巡査が見つけられないわけだ」

 かくいう貴史も、夢で見るまでは新天草区に流れていた川の存在など忘れていた。

 そこで思い至る。

 「隆太兄さんなら、暗渠の場所を知っているんじゃないか?」

 一年前、この暗渠のことを教えてくれたのは彼である。

 「しかし……森様は容疑者の一人です。今直接会うのは得策ではないですわ。それに、もしも地下水路の場所を教えることが、彼にとって不利益だった場合、上手くはぐらかされるかもしれません」

 「穂谷さんは反対か」

 「えぇ、万が一にでも貴史くんに被害が及ぶようなことがあれば、わたくしは旦那様に顔向けできません」

 貴史自身も、声に出してみてから得策ではないことに気づいた。

 犯人でないにしても、今日は七夕祭の当日。森の仕事の忙しさはピークであり、推測に付き合ってもらえないだろう。

 「くっ……もう時間がねぇってのに、ようやく実になりそうな手がかりすら使えねぇ」

 役に立たなかった本を閉じる貴史の声音から、徐々に余裕が失われていく。

 今朝には、寺や幾野を殺害しただけに留まらず、あかりにまで手を掛けようとしたのだ。

 貴史の心中はすでに穏やかではない。

 焦りは思考力を奪っていく。それが分かっているから、彼は努めて冷静を装っていたが、限度がある。貴史は、重い腰を上げた。

 「穂谷さんには悪いが、こうなったら足を使うしかない」

 「そうするしか方法がなさそうですわね」

 彼女も、渋々頷く。彼女としても、陽が登りきらないうちに外での作業を終わらしたいのだろう。二人は割と即断即決型である。早々に席を立つ。

 しかし、そこに老女の声が掛かった。

 「ほぅ、なんや面白そうなことしとるなぁ」

 「……長尾市長か」

 貴史よりも頭二つ小さい市長がそこに立っていた。

 彼女の表情は、言葉通り心底愉快なものを見る色をしている。

 その性格の悪い言動に、余裕のない貴史は苛立ちを隠せない。

 受付が常駐していないような閑散としたロビーで、貴史の行く手を阻むように立つ彼女は、不機嫌を隠さない彼に対してそれでも笑い掛けた。

 「つれへんなぁ。面白そうな話をしとるから、協力したろう思ったのに」

 「協力?」

 「あぁそうやぁ。小僧らの話、だいたい聞かせて貰ったから……暗渠を探してるんやろ?」

 思わぬ提案と、盗み聞きされていた事実に、貴史は口の中で悪態をつく。

 神出鬼没な彼女の行動は心臓に悪い。

 それをひとまず飲み込んで聞き返す。

 「……その通りだが、それでどう協力しようって言うんだ? まさか、暗渠の場所を知っているとかじゃ無いだろ?」

 だが、そんな取り繕った彼の冷静さなど、全て彼女の手のひらの上であった。

 「くくく、そのまさかや」

 失笑する長尾を見て、貴史は遅まきながらそれに気が付く。

 しかし、僅かな情報でも欲しい貴史は彼女の話を聞かざるを得ない。

 「聞く気になったようやねぇ」

 満足そうに頷く彼女は、貴史と穂谷に少し待っているように言ったあと、外に停めてあった車から、ノートパソコンを持ち出してきた。

 「それは……?」

 その画面に映し出された情報を見て、それまで成り行きを見守っていた穂谷が声を漏らす。

 それは磐舟村の地図。だが図書館にあった昔の地図でも、現在の地図でもない。

 「これはなぁ。磐舟村開発中の概要でなぁ。どこがどう変わったか……全部、纏められてるんや」

 ちょうど貴史が探していた情報。

 それが提示されていた。

 


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