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七夕祭の革命  作者: 夏葉夜
断章・一年前
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第27話・過去の記憶(後)

 だが結論から言うと、村長の遅刻はあまりにも間抜けというか何というか……笑い話で済むようなオチがついた。嫌な予感なんて余すとこ無く霧散してしまっている。

 「待たせて申し訳ないのぉ。実は子供らにせがまれて七夕伝説を話しているうちに、熱が入りすぎてしもうたわ」

 笑いながら頭を掻く村長に、待たされた一同も理由を聞かされて文句も言えずに苦笑した。

 村長の後ろには、一緒に話していたであろう神主と、ワイワイと騒がしく付いて来た子供たちがいる。どうやら子供らは、途中で途切れてしまった話の続きを聞きたいらしい。

 なんて純粋でいい子達なんだと、神主が勝手に感動していたが、それよりも俺は「まだ話終わっていなかったのか」と呆れて笑ってしまった。

 祭の雰囲気が、この場の人たちを大らかにしている部分もあるだろう。

 鬱屈とした気持ちが、幾分か晴れた。それだけで、ここに来て良かったと少しだけ思えた。

 村長が舞台で挨拶をするとわかると、子供たちは諦めてどこかへ走り去っていく。

 その時の会話が俺の耳まで届いてきた。

 「そんちょー忙しいみたいだから、あかりのねーちゃんに話聞きに行こうぜ!」

 「お、それいいな!」

 「でも、あかりお姉ちゃんどこにいるの?」

 「そういえば、今日会ってないねー」

 「じゃあ、あかりのねーちゃんを一番に見つけた奴勝ちな!」

 最後の少年の一声を皮切りに、子供たちは騒ぎながら散っていく。

 当初の目的は、もう彼らの頭の中からは消え去っているのだろう。

 そんな四方に駆け出した子供らのひとりが、一目散に貴史の方へとやってきた。

 「ねぇ貴史お兄さん。あかりお姉さんがどこにいるか教えてっ」

 その少女は、小さなささやき声で訊ねてくる。

 なるほど、賢い子だ。あかりと仲のいい俺に居場所を聞いて、華麗に勝つ腹積もりなのだろう。だが、今は時期が悪かった。

 「悪い。俺もあかりがどこに行ったか知らないんだ」

 客観的に見れば、俺があかりから逃げているのだが、そんな事情は少女には関係ない。

 「お兄さんも知らないの!?」

 少女は俺の返事を聞くなり飛び跳ねて嬉しそうに言う。

 「じゃあお兄さんとも競争だね!」

 「え?」

 一瞬、少女の言っている意味が分からずに唖然とする俺に、少女は指を指して宣言した。

 「負けないからねー!」

 とてつもない切り替えの速さで人ごみの中に走り去っていく少女。

 そこまで眺めて俺は、ようやく理解した。

 「あかりを探す競争の挑戦をされたのか……?」

 呟いて、思わず溜息をつく。少女は気付かなかったようだが、俺は鏡を見なくても、自分がひどい顔をしているがわかる。浮かれて騒ぐ祭の参加者たちと、今の俺の表情では、雲泥の差があるだろう。少女の弾けるような無垢な笑顔を見ても、今の俺の心にはなんの感慨もわかせなかった。

 あかりの名を聞いて、再び精神的にどっと疲れたのだ。

 「参ったな。全然そんな気分じゃねぇ……」

 祭の陽気に当てられたのも束の間でしかなかった。

 勝負を挑んでくれた少女には悪いが、今日はもう疲れたし帰るか。

 心の中で呟いて、挨拶を続ける村長を尻目に俺は祭の灯りから遠ざかる。


 夢の時間が少し進んだ。


 俺は頭を空っぽにして、篝火を目印に神憑川沿いの道を下っていく。

 すると「貴史君! いいところに」と、河原から声が掛かった。

 どうやら、一人で静かに過ごすことは出来ないらしい。

 「隆太兄さん。こんな所でどうしたんだ?」

 諦めた俺は、手招きする彼に従い土手を降りていく。彼は懐中電灯で水面を照らして、顎で指して見せた。

 「あの木箱を待っていたのさ」

 「どうしてこんなところに木箱が?」

 「僕の家で採れたスイカを、村長たちに差し入れしようと思ってね。それを入れていたんだけど、途中で落としちゃったんだ」

 スイカを入れた木箱を落とすなんて、隆太兄さんに似合わずドジなことだ。

 「ほら、今木箱が浮いている場所。ちょうどあの辺りが伏流の出処でね。そこから出てくる木箱を待ち構えていたのさ。出てきてくれて良かったよ」

 木の枝を持って引き寄せて、木箱を川から取り上げる。中身が無事なことを確認して、二人で安堵の溜息をつく。丁寧な包装のおかげで、スイカには傷一つ無かった。

 「貴史君の分もあると思うから、一緒に食べないかい?」

 隆太兄さんは、俺に提案してくれるが断ることにした。

 今日は帰ると決めている。

 だから、俺は偶然の出会いと考えていたし、この時の会話になんの意味も感じていなかった。そもそもこんな会話、記憶の片隅にすらとどめていない。

 それも当然だ。

 なぜならこの時、事件は起きていない。全て事件が起きなければ必要のない情報である。

 夢を見ている俺の脳裏に、一つのキーワードが浮かび上がった。

 『寺さんの遺体がどこから流されたか分からない』

 この一つ目の謎。

 これを解く鍵はもう手に入ったかもしれない。木箱が通るほどの伏流が地下に流れているのなら、そいつを辿れば見つかるはずだ。警察はこの伏流に気づいていない。

 だから、目を覚まして調べよう。

 早ければ、早いほうがいい。

 

 ――だが、夢はそう簡単に終わりを告げてくれなかった。

 

   ***

 祭の喧騒も遠くなった夜の九時半。微かに聞こえる祭囃子が哀愁を誘う。

 「貴史……」

 そんな篝火だけが頼りの薄暗い夜道。色とりどりの短冊の下。神憑川の畔に腰掛けるあかりに声を掛けられた。本当に、今日は一人になれないらしい。薄地のシンプルな浴衣を着た彼女は、俺と遭遇したことに驚いている。俺もこの想定外の遭遇に、思わず押し黙ってしまった。

 「……」

 立ち止まり目が合ってしまった今では、流石に無視することは出来ない。

 立ち止まる俺に、あかりが申し訳なさそうに謝罪する。

 「さっきは突然ごめん」

 なんのことだ? なんて野暮なことは聞かない。

 祭が始まった夕焼け空を背景に、ムードも何も無いまま、何やら焦ったあかりが唐突に告白してきた件のことだろう。俺の気分を意図せず害してしまった事を後悔している表情だった。

 友達としてしか見ていなかったあかりからの、突然の告白。

 困惑して逃げてしまったのも無理はないと、何度も自己弁護してきた。

 だから言ってしまったのかもしれない。

 「……どうして、あんな唐突に告白なんかしてきたんだ?」

 この質問は黙っておくべきだったかもしれない。

 聞かずに、何事もなかったように明日から友達を再開すればよかったではないか。

 フッた相手に、図々しくも訳を聞く。今この時、この一瞬。俺の心が荒み、あかりが下手に出たこの瞬間に聞いていなければ、一生話されることの無かった話題のはずだ。

 それでも、言葉は俺の思考よりも先に飛び出していた。

 「どうして、俺に告白しようなんて考えた?」

 声音はあくまで穏やかだったが、口調には刺がある。そんな言い方しか出来ないのかと、自己嫌悪に陥りつつも、俺は糾弾めいた質問しか出来なかった。

 「……最後に、確認しておきたかったの」

 「最後?」

 「ここじゃなんだし、場所を変えよ」

 不自然にもひどく落ち着いた様子のあかりは、そういって俺に背を向けて歩き出す。

 俺は仕方なくその後をついていくことにした。

 ここで、はっきりとさせておかねばならない。


 神憑川のせせらぎと二人の足音。篝火に照らし出された夜道に伸びる二本の影。

 遠目に見れば、仲のいいカップルに見えたかもしれない。

 だがそんな光景の全てが、積み重なる疑問に塗りつぶされて息苦しささえ感じる。

 気づけば俺は、祭の花火が打ち上げられる湖に来ていた。

 もう彼此一時間。ゆったりとした間隔で、湖に浮かぶ船上から夜空に花火が打ち上げられている。ここに来るまでの間にも、二発ほど打ち上げられていたはずだ。

 どうしてこんな場所を選んだのだろうか。

 尋ねようと口を開く直前に、再び花火が打ち上げられた。それも、一際大きな花火が連続で夜空を明るく染め上げる。

 七夕祭最後の花火だ。

 それを見上げるあかりと共に、俺も花火に目を奪われるだけの一時を過ごす。

 そして火の粉が闇に溶けた。あかりは深呼吸して振り向く。答えてくれるのだろうか。

 祭の会場は遠く、篠笛の音も太鼓の音も聞こえない。完全な静寂。

 俺は息を飲んだ。あかりが口を開く。その一挙手一投足に目を奪われた。

 「最後に……確認しておきたかったの」

 俺は黙って聞いている。彼女は、必死に言葉を選んでいた。

 「貴史が、私のことを……どう思っているのか。私には分からない。分からないから知りたかったの。今日ここで、確認しないといけなかったのよ」

 何かに突き動かされるように、あかりは言葉を紡ぐ。だが内容が見えてこない。

 「どうしてそうしたのかは言えない。でも最後にもう一度だけ伝えさせて」

 あかりは、俺の理解を置いたまま意を決したのか息を吐く。

 その頬には汗が流れていたが、彼女は気にする様子もなく自分の胸に手を当てる。


 その時、何の前触れも無く世界が一転した。

 突然、心に何か沸き立つものが溢れてくる。


 そして……暗がりでもハッキリと見える彼女表情に、思わず俺は息を呑んだ。

 なぜなら――


 「私は、貴史のことが何よりも大好きなのよ」


 ――これほどまでに、あかりの事が愛おしく感じたことはなかったからだ。

 今日この時、この一瞬で世界は見違えた。


 彼女の、感極まって涙する表情が愛おしく感じた。


 彼女の、思いの丈をぶつけて荷が降りたような、爽やかな笑顔が輝いて見えた。


 彼女の、不安そうに返答を待ち泳ぐ目が、何より守らなければならない物に思えた。


 もしかしたら、ずっと己を偽っていたのかもしれない。

 親友という間柄を壊したくないがために、素直な気持ちを伝えることを忘れていたのだ。

 だから俺も男を見せるべきだろう。

 「俺も……あかりが好きだ」

 だから――

 「これからは、何があってもあかりは俺が守る」

 ――もう、彼女を不安にさせない。

 俺の返事に立ち尽くすあかりを抱きしめて、自分の心に偽らず、あかりのことを愛そうと誓った。二度と彼女を離したりはしない。

 



 だが、当時の俺は一つ見落としていた。

 抱きしめたあかりの表情に、喜びが無かったのだ。

 あるのは諦観。

 全てが終わってしまったかの様な絶望と後悔。

 その意味が俺には分からない。

 そして彼女は、誰にも聞こえないように言葉を紡ぐ。

 



 しかし俺の夢は、言葉を聞く直前で急速に暗転した。



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