第22話・一心不乱 ~あかりside~
貴史らが、まだ滝壺で捜査の報告を聞いている頃、あかりは神憑川の河川敷にいた。
「貴史はどうやら警察の人と一緒に、犯人探しをしてくれるみたいだから、私たちは私たちのやることを始めましょうか」
軽トラの荷台から飛び降りて、載せていた笹を取る。
隣では春香と運転をしていた森と、護衛をしてくれている警察官の十条の三人が、あかりと同じように笹を抱えていた。
十条は、滝壺で悲鳴をあげてしまった春香をいち早く助けてくれた若い警官で、そのまま春香やあかりの護衛を行っている。
彼は、貴史という男手が無くなった準備のメンバーを手伝うと申し出てくれた。
「これを、どうするのですか?」
「川沿いにある木の柵に、等間隔で括り付けていってください!」
その好意をありがたく受け入れた森は、短冊の垂れ下がる笹を一本飾り終えたところだった。
どっさりと積まれた笹を、短冊がちぎれないように慎重に持ち上げて、同じ作業を繰り返していく。
神憑川の河川敷は、村の中心に伸びる神社までの一本道だ。
七夕祭の明日は、村の参加者みんながこの短冊の道を歩くため、カラフルな短冊の配置バランスは、何度も試行錯誤されながら徐々に形作られていく。
「こうして並べてみると、やっぱり壮観ね!」
いくつか柵に括りつけては、離れて確認しては歓声をあげるあかり。
「はい! まだまだ沢山ありますが、一気に片付けちゃいましょう!」
その度に、春香もあかりのテンションに釣られて、両手を軽快に叩いて歌う。
「薄情にも事件について行っちゃった貴史の分まで、バリバリ行くわよ!」
「えぇ! 貴史兄さんを驚かせてやりましょう!」
彼女らは、手際よく軽トラの荷台に乗せた笹を二人がかりで括りつけていく。
委員長になる前から毎年この作業をしてきた森よりも、息のあった二人はテキパキと作業をこなして行く。
否、一心不乱だった。
「そっち持ってて!」
「任せてください!」
二人はずっとこの調子で、互いに掛け声を交わしている。
というよりも、あかりが一瞬でも春香の気を途切れさせないように、必死で言葉を紡いでいるようにも見えた。
それがもう一時間。
春香は手を動かしていないと、幾野の無残な遺体が脳裏に過ぎり嘔吐感を抑えられない。
それほどまでに、無残な遺体だった。
そしてあかりも、とうとう参ってきたようで、当初の饒舌さはなりを潜めている。
しかし春香はそんな親友の機微にも気づいていない。
そして森や十条が何か具体的な策を思いつく前に、軽トラに載せていた短冊の笹を全て飾り終わった。
正確には、神社にまだ倍近くの笹と短冊が置いてあるため作業は終わりではないのだが、問題は今そこにない。
「あ……」
機械的に作業をしていた春香の思考に、一瞬の空白が生まれそうになった直前で、森は彼女の意識に割り込むように、少し語気を強めて呼びかけた。
「……春香ちゃん。一旦休憩にしましょうか」
「え……?」
「そうね、一旦休憩しようよ春香ちゃん。私もう疲れちゃったよ」
森の表情と声音から、彼の意思を汲み取って、あかりも便乗する。
そして彼女は腕を広げて笑顔で畳み掛けた。
「それにほら、こーんなに飾り終えたんだし、明日の七夕には余裕で間に合うよ!」
それでようやく、春香は顔をあげて頷く。
「はい、あーちゃんが疲れているなら、一旦休憩を取らないと可哀想ですもんね」
「そーゆうことにしておいて」
木の柵に腰掛ける春香を見て、ようやくあかりは一息ついた。
そしてそれに割り込むことも出来ずに、遠目から様子を見守っていた森と十条も胸をなでおろす。
春香の様子は、それほどに危なっかしい。
事件は、人の命だけでなく、心にも深い傷をつける。
そんな事を考えながら、あかりと春香には、ここに残っていてもらったほうが良いとも結論づける。いまの春香には、あかりの笑顔が必要だ。
そんな風に、一人で短冊を取りに戻ることも考えていた森は、あかりに掛けられた言葉に耳を疑った。
「短冊を取りに行くの? 私も手伝うわ」
「大丈夫さ。あかりちゃんは春香ちゃんと一緒に待っていてくれていいんだよ」
あかりは、何を考えているのだろうか。
運転席に乗り込んだ森の隣に、彼女はスルリと滑り込む。
「春香ちゃんは大丈夫よ。十条さんについて貰ってる。護衛してくれている警察官なら、十条さんとは別のもう一人がやってくれているみたいだし何の問題もないわ。私は、さっきの事で話がしたいの」
どうやら彼女の意思は決まっていると見て、森は頷きアクセルを踏んだ。
すると彼女の言っていた見張りの警察官が、軽トラの進行に合わせてついて来ている。
つかず離れずで様子見をしてくれているのだろう。
そしてある程度進んだところで、森は訊ねた。
「さっきの事って?」
「隆太兄さんが言っていたでしょ。七夕の伝説に殺されてるかもしれないって」
彼女の説明で、ようやく合点がいった森は苦笑いする。
「あぁ、そのことか。そうだね……僕はそうじゃないかと睨んでいるよ。刑事さんには一蹴されちゃったけどね」
森やあかりの言うことを、妄言だと一刀両断した宮野のことは、記憶に新しい。
どうやら彼女も、何か思うところがあったようで話してくれた。
「私ね、隆太兄さんの話を聞いてから、考えてみたんだ。私も隆太兄さんの意見に賛成……神器を犯行声明文のためだけに盗むなんて、どう考えても割に合わないでしょう? 宮野って刑事さんと貴史は、なんだかオカルトを信じていないみたいだから言い出せなかったの。だからね、私たちは私たちだけで、事件の真犯人を探さない?」
彼女の突飛な提案に、さすがの森も、
「まさかとは思いましたが……」
呆気に取られて言葉が詰まっていた。
あかりは、ダッシュボードから七夕祭のパンフレットを取り出して説得する。
「私は今年の七夕祭にどうしても開催して欲しいのよ。隆太兄さんもそうでしょう? 勿論準備はちゃんとする。その合間に私の推理に付き合ってくれるだけでいいの」
そこまで熱心に言われては、森も断る理由が無い。
彼は首を縦に振った。
「僕も、相当頭にきてるんだ。七夕祭を順当に開くためにも、ぜひ協力ささしてもらうよ」
ここで、あかりと森が手を組んだ。
貴史と宮野のペアとは別に、彼らが見ないオカルト方面から事件の真相に迫る為に。




