第18話・残り一日
「村長のじいちゃんと、隆太兄さんと、あの松塚って議員か」
頭の中でそれぞれの顔を思い浮かべて整理する。
そこであることに思い至った。
「なぁ、じいちゃん達を容疑者かもしれないって、監視をつけていることは聞いた。だけど、犯人が狙うかも知れない人たちは大丈夫なのか?」
現に貴史には、宮野刑事が付いている。疑われていたあかりにも、おそらく護衛はいるのだろう。
しかし、七夕祭に直接携わっていた寺だけでなく、アドバイザーとして参加していた幾野にまで犯人の凶手は伸びている。
「いつどこで、誰が襲われるのかも分からない現状で、限りある警官たちを護衛に割くことなんて出来るのか?」
「まぁまぁ、そんなに慌てなくても対策はしてあるわよ」
彼女はその得意げな表情を崩すことなく、教えてくれた。
「今回の事件で、特に事件に近しい人……神主さんや、旅館の女将の旭洋子さん。ボランティアの倉治春香さんには、特別に個別でついてもらっているのよ。そして七夕祭の委員会や寺さんの建設会社、幾野さんが教鞭を取っていた学校には、それぞれ警戒するよう、すでに呼び掛けているわ」
幾野の遺体が発見されてから、まだ一時間。
これだけの対応をすでに終えている宮野刑事の手腕には、舌を巻くばかりだった。
「村人たちには……?」
「一般の人たちには、混乱を避けるためにまだ公表していないわ。貴方だって、村全体に混乱が広がって、七夕祭が中止になるのは嫌でしょう?」
「確かにそうだな」
なるほど、宮野刑事はそこまで考えてくれているのか。
内心感謝しつつも、貴史はそれまでに超えなければならない問題を考える。
「祭りを中止にせざるを得ない状況になる前に、犯人を捕まえなければならないわけか」
「そういうことね。だから、頼りにしているわよ」
彼女はそう言って、貴史の肩を叩いた。
ここまで言われては、貴史も覚悟を決めるしかない。
犯人を突き止めることで、あかりや春香と一緒に決意した七夕祭の成功に導いて行くこと。
それが貴史の描く物語。
「そうなると……隆太兄さんの判断にもよるが、タイムリミットは明日六日の夕方まで。七夕祭自体がもう明日の夜からだから、本当に一刻の猶予もない」
六日の夜から、日付が変わって七日になるまでの数時間。
磐舟村では、その期間に七夕祭が開かれる。
村人たちが一同に介する七夕祭の真っ只中に、連続殺人犯が潜んでいるような状況になっては、中止以外はありえない。
貴史は辺を見渡した。
今でも警官たちが、現場検証を続けている。
蔵と滝のどちらにも、少なくない人員が割かれていた。
貴史も、事件について考える。
勘違いしてはいけないが彼に期待されているのは、警察顔負けの専門知識や技術ではない。
目の付け所と発想力。
そして一番重要なのが、磐舟村で生まれ育ったという莫大な情報量であった。
川の流れも山道も、開拓された頃からあるようなあぜ道も、彼の頭の中には経験として詰まっている。
それらを総動員して、事件を俯瞰する。
寺の発見された神津川は村の中央を流れており、その源泉は磐舟山の麓の滝。
神憑川の昔は、複数の支流が南北問わず流れ込んできていたが、再開発の埋め立てや河川工事で今はほとんど一本道らしい。
その神憑川の沿道には、神器盗まれた神社に始まり駐在所や旅館が立ち並ぶ。
それをさらに西へと下っていったその先に、隣町との小中高一貫校が建っていた。
村民たちの母校である。
貴史と宮野刑事は、揃って事情聴取をする為に、並んでここにやってきた。
『市立第一学校』
隣町と村の堺。正確にはギリギリ隣町にあるこの学校。
その高校生が集まる高等部の正門の前で、彼らは意外な人物と出会った。
「……どうだ? 事件の方は」
貴史たちが来るなり、白髪とメガネが特徴的な男性が声をかけてくる。
磐舟村出身の、府議会議員の松塚萩だった。
「私の支援している七夕祭だ。まさか中止にするなどとはいわないだろうな」
旅館で見せた爽やかな作り笑顔はなりを潜め、少々威圧的にも感じられる口調で彼はまくし立ててきた。
「えぇ、そのためにこうして捜査をしているのよ。議員こそ、こんなところで何をしているのかしら?」
高圧的な態度にも全く屈せず、宮野刑事は訪ね返す。
彼は犯人候補の一人。彼女が強く当たるのも、どこか納得できた。
彼女は、一つでも多くの情報を松塚議員から得ようとしている。
「私か? 村の今後のための打ち合わせをしに来ただけだ」
「打ち合わせの内容を、教えてもらえるかしら?」
あくまで素っ気ない彼に対して、宮野刑事は遠慮なく探りを入れている。
「……今は答えられん内容だ」
しかし彼は答えることなく口を固く閉ざした。
これには宮野刑事も肩をすくめる。貴史も釣られて苦笑いするしかなかった。
だが、幸いにして気まずい沈黙が流れる前に、校舎の方から一人の男性が姿を現す。
「げっ、武藤先生……」
頑固な鬼の生徒指導部長として有名な先生の登場に、貴史は思わず声が漏れた。
貴史のうめき声に反応し、振り向いた松塚議員の様子を見ると、どうやら彼が呼び出していたようだ。というよりも、武藤先生が迎えに来たという表現が適切だろう。
松塚議員を招き入れるために門を開く武藤先生に、宮野刑事はすかさず近づいてこういった。
「私たちも、一緒に話を聞いてもいいかしら?」
その表情は微笑みであり、同時に松塚議員が困惑するのを楽しむような意地悪な笑みが浮かんでいた。




