第17話・容疑者候補
「宮野さん……忙しいんじゃないのか?」
あかりや森が、七夕祭の準備に戻ったあとで、貴史は宮野刑事に訊ねる。
二人は今も、幾野の遺体が発見された現場に残っていた。
「もちろん、忙しいわよ。だから貴方に協力してもらうことにしたわけ」
「……?」
貴史はポカンと目を白黒させて首をかしげる。
宮野刑事の言っている意味が、一瞬理解できなかった。
「け、警察の人に協力って……素人なんていたら足手まといだろ?」
遅れて理解して、苦笑しながら貴史は宮野刑事に聞き返す。
しかし、彼女の表情はいたって真面目だった。
「貴方が素人なのは百も承知よ。けれど、貴方の洞察力や発想に関してはかなり優秀な部類だと、私には思えたのよ」
それを聞いて、貴史はいつの間にか下されていた高い評価に驚き呆れる。
「もしかして、この采配は独断で?」
彼女がそう言って、わざわざ貴史の見張りに着いたのだ。
貴史には、そうだろうという確信があった。そして、宮野刑事も悪びれることなく頷く。
そして鼻歌でも歌うように訊ねてきた。
「七夕祭の関係者に、犯人がいるかもしれないし、連続殺人の対象がいるかもしれない。だけど貴方は犯人じゃないでしょう?」
ニコリと怪しげな笑みを見せて、宮野刑事は貴史の目を覗き込んだ。
その瞳に、貴史は驚きながら聞き返す。
「どうしてそんなことが言える? 俺以外の祭関係者を疑っておいて、俺だけ疑わないのは不自然だろう?」
「そうかしら。現時点では、貴方が犯人の可能性はないと考えているわ。というよりも、貴方以外、皆アリバイがはっきりしていない。唯一、貴方だけが完全に潔白ってところね」
「そうなのか?」
一体そんな可能性、どこから出てきたのだろうか。
貴史は少し考えて、すぐに答えに至る。
昼に行われた事情聴取だ。
彼女の中で、貴史は信用するに値して、その他の関係者たちを容疑者に当てはめるだけの十分な理由を得た。
そんなところだろう。
「じゃあ、一人ずつ特別に教えてあげるわ」
彼女は見張りをつけた関係者たちの名前を上げていく。
最初に……村長は、昨夜神社にいた。
それなら神器は簡単に盗めるし、幾野の殺害も滝なので時間はかからない。寺ほどの巨体を老体でどうやって運んだかは謎のままだが、寺の死亡推定時刻前後の午前中には、一人でいる時間が十分にあった。
そして松塚議員。
彼は今日村に来たと言っていたが、彼は昨日隣町で講演会を開いていた。その隣町から村までは車で三十分。幾野を誘拐する時間は十分にあっただろう。それに加えて、旅館に到着したのは今日の十時十分前、寺を殺害するだけの十分な時間があった。
次に森委員長。
彼は昨晩、青山食堂を早々に立ち去っている。それが深夜のうちの犯行をするための布石だとしたら、村長や松塚のように犯行は容易に行える環境にあった。
最後にあかり、祭の関係者で一番自由に活動出来る人間だ。
彼女の場合になると、寺の遺棄の過程や、幾野を誘拐するにあたって、そこまでの力仕事がこなせるのかと言う疑問が残るが、アリバイは一切無いと言っても過言では無かった。
「どう? 参考になったかしら?」
宮野刑事は四人の名前と候補に上げた理由を、さらりと言ってのけた。
未だに彼らの中に、犯人がいると信じたくない貴史は、何か反論はないかと熟考するが、これが思いつかない。
犯人が七夕祭の関係者という前提。
これは貴史にも理解できる。
神器だけが理由ではない。
寺と幾野の共通点を、貴史は他に知らないのだ。
「しかし……今の説明だと犯人を絞ることは難しそうだな」
そこが問題だった。
貴史は、あまりに彼らの動向を知らなすぎる。
「だから、もっと証拠を集めるのよ」
あっさりと煮詰まってしまいそうになった彼に、宮野刑事は説くように言う。
彼女は続けてこうも言った。
「そして貴方を選んだのには、もう一つ理由があるのよ」
「……?」
彼女の言葉に首をかしげていると、蔵の周辺を捜査していた警官がやってきた。
「あら、もう何か出たみたいよ」
宮野刑事は嬉しそうに警官の方を振り返って、報告を促す。
警官は、メモをしていたノートを読み上げた。
「蔵の付近に残っていた足跡がわかりました。ここの神主、それに天野貴史・旭あかり・倉治春香の以上四名の足跡と一致しました」
「それだけかしら?」
「蔵の付近の足跡は、巧妙に消されていましたが、山道に入ると新たに一つ、成人男性のものと思われる足跡が残されていました」
報告を聞きながら、貴史は内心感嘆する。
足跡が雨の降ったあとについたものなら、犯人はその足跡を残した人物の可能性がぐんと高くなるではないか。
なおも彼女らは報告を続ける。
「山頂にあったっていう刀傷はどうだったの?」
「はい確認できました。周囲に正体不明の足跡も、一緒に発見されました。刀傷は神器の物で間違いないかと」
警官の報告を聞いて、宮野刑事は満足げに頷く。
そして彼女は貴史に向かって結論を言った。
「今の報告で私たちがしたことは、貴方の教えてくれた推理を元に再検証しただけ……貴方の推理力には、私も正直驚いている。そんな推理力の持ち主に協力を持ちかけることは、そんなにおかしい事かしら?」
「なるほど、俺にも手伝えというわけか」
それが、宮野刑事が貴史の監視についたもう一つの理由だった。
素人に頼るなんて、貴史は想像もしていなかった。警官全体がそうなのではなく、宮野刑事が特別に、状況を利用することに長けているのだろう。
それに貴史にとって、警官から聞いた情報は、最悪の可能性を消してくれるものだった。
「神器を盗んだ犯人は、成人男性か……これで、あかりが犯人って可能性は消えるわけだ」
村長も森も、犯人であって欲しくはない。だが何よりもあかりが犯人という可能性は、一番に消しておきたかった。
宮野刑事は、それを伝えたかったのだろう。その口元には僅かだが笑みが浮かんでいた。
貴史の安堵の溜息を聞いて、両手を叩いて仕切り直す。
「さて、これで容疑者は三人ね」
これで一歩進展した。
しかし、この進展は貴史にとって大きな一歩では無かった。
成人男性の足跡。
村長たちの靴と照らし合わせることが出来れば、犯人は特定出来るのだろうか。
容疑のかかっている全員が、この岩船村にとって重要なポジションにいる事は、誰の目にだって自明の理だった。
誰も犯人でいて欲しくない。
だが同時に、顔の見えない犯人に憤りを感じていた。
もしかすると犯人は、寺や幾野を殺害したあとで、平気な顔をして貴史の目の前で笑っていたかも知れないのだ。




