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七夕祭の革命  作者: 夏葉夜
二日目
16/48

第15話・第二犠牲者

 暑さがピークを過ぎたかと思われる午後の三時。

 普段なら流れ落ちる滝の飛沫と川のせせらぎで、快適に涼める絶好の探索ポイントの滝がある。

 だが現在は、慌ただしく往来する警察官や、張り巡らされた立ち入り禁止のテープのため、物々しい雰囲気に包まれていた。


 走る宮野刑事の後ろに着いてきた貴史たちは、その光景を見てハッと息を飲む。

 「――っ!!」

 それはブルーシートの上に横たわっていた。

 フラッシュをたく警官の背に隠れて顔は見えない。

 しかし、横たわる人影には明確な特徴があった。

 ずぶ濡れの白いワイシャツが、染色するかのように滲んだ血で赤く染まっていたのだ。

 力なく地面に垂れ下がっている腕には、もう血の気がなくふやけていた。

 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 その紛れもない遺体を見て、春香が悲鳴を上げた。

 幸い顔は見えない。だがそれは、どこからどう見ても、昨日から行方不明の幾野恵美の遺体であった。

 ひと目で、死んでいると分かるような悲惨な状態の彼女を直視して泣き崩れる春香を、あかりは抱きかかえて唇を噛み締める。

 そうして気丈に現場を睨みつけるあかりも、非現実を受け入れる許容量が飽和しかかっているのが、貴史には感じられた。

 「あかり、春香ちゃんを連れてここを離れておけ」

 貴史は極めて冷静に振舞って、あかりたちの視界から幾野の遺体を遮るように場所を変える。

 遺体を検分していた警官たちも、春香たちに気づいて慌てて遺体を体で隠す配慮をしてくれた。

 一人の男の警官が寄ってきて「ごめんね。嫌なものを見せちゃったね」と、春香に謝り現場を離れさせる。

 春香は警官に付き添われて神社の方へ帰ったが、あかりは貴史と森の後ろに残っていた。

 あかりは貴史の手首を握っていたが、そんなことを気にする余裕もないほどに、彼の頭は真っ白だった。 

 ついさっき、あかりたちを気遣うような言葉が出たのは、まるで考えなしに発しただけのものだった。

 「どうやら……僕たちは勝手に事件を楽観視していたみたいだね……」

 隣で森が呟いた。

 貴史はその台詞で現実に引き戻される。

 決して寺の死を軽く流していたわけではない。

 だが宮野刑事たちが来て油断していた。

 てっきり非日常はあの一件で終わりだと考えていた自分がいることに気づいて、愕然としていたのだ。


 「これで二人目ね」

 そんな宮野刑事の声が遠くに聞こえる。

 彼女は写真を撮っていた鑑識と話をしていた。

 立ち尽くす貴史は、次々と降りかかる現実に、耳を塞ぐことなんて出来なかった。

 「幾野恵美二七歳。大学と高校で講師を勤めており、昨夜から行方不明……」

 「死因は?」

 「背中を三回、刃物で刺されていたのでショック死。もしくは気絶したあとに、滝壺に落とされた溺死でしょう」

 「寺さんの時と似ているわね」

 捜索願が出された時に渡されたであろう、幾野恵美の顔写真。

 横たわる遺体には、その明るい笑顔は残されていなかった。

 「それに加えてこんな物が、遺体の口の中に詰め込まれていました」

 「……七夕祭の神器に付いている絹の短冊。それをこんな……なんて悪趣味なのよ」

 短冊には、これまた判で押したような筆跡の無い文字が並んでいる。

 『幾野恵美ニ、死ヲモッテ失ッタ者ノ憎シミヲ受ケサセル』

 やはりこの点でも、寺の遺体発見時と状況が似ていた。

 というよりも、名前の部分以外の全てが同じ文面である。

 宮野刑事は、見せてもらった短冊を鑑識に返し質問を続ける。

 「死亡推定時刻はわかったかしら?」

 「寺氏の場合も死亡推定時刻の幅が広かったように、幾野氏の死亡推定時刻にも大幅な時間差がありますね……」

 「……そうみたいね」

 宮野刑事はしゃがみ込んで幾野の遺体を確認する。

 「死斑はかなり薄いわね。寺さんの時と一緒で、背中に開いた傷からの出血と、滝壺で濁流に揉まれていたせいね。そのせいで死後硬直も若干遅れている可能性がある……」

 「大体、今朝の六時から十一時の間と見るのが妥当でしょう」

 宮野刑事と鑑識は、困ったように二人して唸る。

 そのころ貴史は、必死で今日の状況を考えていた。

 しかし最初に出てきたことといえば「俺が寝ている間に、恵美ちゃんは殺されたのか」という、犯人の候補では無いと主張するための材料でしかなかった。

 「……参りましたね」

 皆頭を抱えていた。

 森は漏れる溜息を抑えきれずに吐き出す。

 その方向性は悲愴というより恨み言に近い印象があった。

 「そりゃこんなもの見せつけられて平気でいる人の方が、どうかしているわよ」

 「……そうなんだけどね。七夕祭に意欲的に協力してくれた人たちばかりが、次々に被害に合っているのを見ると、いったい七夕祭になんの恨みがあるんだって、問い詰めたくなるよ」

 「恵美ちゃんも、七夕祭の関係者だったのか?」

 貴史は驚いて森に聞き返した。

 宮野刑事から、七夕祭の関係者が事件に関わっているかもしれないという話は聞いていたが、実際に当事者の口から聞くのは初めてだった。

 「そうなんだ。ほら、彼女の専門は地域政策だからね。村おこしのイベントには、よく彼女にアドバイザーとして来てもらっていたのさ」

 「そうだったのか」

 あの若さで、恵美ちゃんがそんなことまでしていたことは初耳だったが、大学の教師も兼任しているくらいだ。 

 貴史が思っている以上に賢かったのだろう。

 「短冊の件もあるし……七夕祭の関係者の中に犯人がいるかもしれないって言うのは、いよいよ現実味を帯びてきたな」

 貴史は苦虫を噛み潰すようにして声を絞り出す。

 この言葉を言うのには勇気が必要だった。

 それこそ……一度は否定した「言葉を交わした顔見知りの中に犯人がいるかもしれない」という可能性を、増長させるものだったのだから。



 

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