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七夕祭の革命  作者: 夏葉夜
二日目
11/48

第10話・凶器

 神憑川の川原に寺が倒れているのが発見されたのは、午前十二時半頃。貴史たちが、神器の捜索を切り上げて、既に旅館へ戻ってきたあとくらいだろうか。

 発見したのは、建築会社の新人社員。

 「昨夜から帰ってきていない社長を探してこい」と上司に頼まれ、村を走り回っている途中で偶然見つけたという。

 昨晩の大雨で増水した神憑川に流されて、ここまで流れ着いたらしく、遺体の損傷は激しかった。それに加えて、発見される直前まで遺体は水面の下に隠れていたらしい。

 だから行きも帰りも、貴史たちは何も発見できなかった。

 何気なく見ていた川の中に、寺の遺体が沈んでいたと、春香が聞いたらショックで倒れてしまうかもしれない。

 それでも寺の遺体には、背中に深く刻まれた刺傷が、消えることなく生々しく残っていたらしい。

 人の遺体に残された傷なんて、見ていて愉快なものでは決してないが、貴史は一つ質問をした。

 「それって、丁度これくらいの刃渡りなんじゃないですか?」

 そう聞きながら、両手でサイズを表現する。想像したのは、盗まれた神器。あかりと話している時に、実物を間近で見ていたから大体覚えていた。

 「……そうよ。よくわかったわね」

 宮野刑事は感心するように頷いた。そして貴史は理由も説明した。この場にいる全員に伝えとかなければならないことだと、判断したのだ。

 神器の捜索なんて、二の次にされると思っていたが、どうやら杞憂に終わるだろう。凶器を探すことも、犯人逮捕までの手掛かりとして、重要なピースとなっているかもしれないのだ。

 「神器が盗まれたじゃと!?」

 話し終え、真っ先に反応したのは村長。そして宮野刑事だった。

 「ただの窃盗と考えるには、タイミングが良すぎるわね」

 彼女は、寺の遺留品を置いてある台の上から一つ、ビニール袋を引っ張り出す。

 袋の中には、一枚の布切れ。川に流された寺の胸ポケットに、ねじり込まれていたそれは、水に濡れてぐしょぐしょに縒れた跡があった。現在は証拠として見やすいように軽く伸ばされてある。

 「それはもしかして、神器の短冊ですか!?」

 森が驚愕する。彼だけではない。貴史も村長も神器を知っていたので、同じ気持ちだった。

 「えぇそうよ」と、宮野刑事が頷いたのをみて、確信に変わる。

 「神器の短冊?」

 唯一反応に遅れたのは、神器を詳しく知らない松塚議員だけだった。ひと目で分かった三人が特殊なだけで、ほとんどの村人は、松塚議員と同じ反応になるだろう。

 「私も星野巡査から聞いて知ったところなのですが、神器に詳しい皆さんが口を揃えておっしゃるなら間違いないのでしょう。願いが叶うと言われている短冊……でしたよね」

 「あぁ、そうじゃ。そういう伝説が、この村では語り継がれておる」

 村長は深く頷く。

 神器に、束になって結ばれている短冊の枚数は四九枚。七月七日を掛け算したとか、織姫と彦星が送りあった手紙の総数が四九枚だったとか、諸説ある。

 なににしろ今回、その内の一枚を犯人の犯行に使用されたのだ。

 宮野刑事は、袋のまま短冊を裏返して貴史たちに見せる。

 そこには綺麗に整った文字で、こう綴られていた。

 『寺栄一ニ、死ヲモッテ失ッタ者ノ憎シミヲ受ケサセル』

 「失った者の憎しみを受けさせる……?」

 貴史は書いてある文字を読みあげる。手書きでは無い文字が、いっそう不気味さを際立たせていた。犯人の怨嗟が文面を通して響いてくるように感じる。

 「加害者の犯行声明と見て間違いないでしょう」

 「そのようだな」

 宮野刑事の結論に、松塚議員がメガネの位置を整えながら同意する。

 「犯人の目星は付きそうなのでしょうか?」

 落ち着かない様子の森は、不安そうに宮野刑事に尋ねた。

 彼は終始、顔を手で覆っていた。七夕祭の準備もいよいよ佳境というところで、二人三脚で歩いてきた寺が突然殺されたのだ。そのショックを、貴史には計り知れなかった。

 そして彼の質問は、誰もが気になるところだろう。この村に、悪意を持って殺人を犯す人間がいるかもしれないのだ。殺人鬼が村にいるかもしれないと知って、心中穏やかでいられるものは少ない。

 見知った顔が殺されたということも、一層彼らの心を犯人追求に駆り立てていた。

 しかし、宮野刑事の反応は芳しくない。

 「今のところ、犯人と直接繋がる手掛かりは少ないわ……。犯行声明に使われた短冊の文字は、ハンコで押してあるから筆跡はわからないし、犯行現場の目撃者も見つかっていないのよ」

 「犯人の手掛かりは無しってことか……」

 貴史が俯き呟くと、宮野刑事は「ようやく本題を切り出せる」と、微笑んで告げる。

 「えぇ、現段階ではそうね。だから、貴方たちに来てもらったの。事件の内容を教えたのもこのためよ。……事情聴取……任意ですが、ぜひ協力してくださいね」

 その笑顔が脅迫に見える。有無を言わさぬ強制力があった。そういった駆け引きの得意な村長や、松塚議員まで引きつった笑みで首を縦に振るしかなかった。

 森は「これは頼もしい刑事さんが来てくれたようですね」と、貴史に耳打ちする。

 「早く犯人を見つけてもらうためにも、しっかり協力しないとな」

 貴史は森に、そう返事をした。しかし半分ほど上の空であった。

プロによる推理が聞けると、彼は柄にも無く緊張していたのだ。

 あとに予定が控えていた松塚議員が、事情聴取を先に受けている間も、いつもの推理がうまく纏まらなかった。

 寺が殺された今、七夕祭が予定通り開催されるのか。神器は一体どこへ消えたのか。それに、昨日から失踪している幾野は、一体どこで何をしているのか。

 自分の脳みそでは、それぞれの解決を導くには少々難易度が高いようだと、彼は頭を抱える。

 次第に思考は逸れていき、短冊の願い事をまだ書いていなかったことや、あかりと春香はどんな願い事をするのか……しまいには、恋人のあかりのことばかり考えるようになっていた。

 「帰郷したばかりなのに、あかりと二人でいられる時間が取れていないな」

 貴史は一人でポツリと呟いた。


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