第9話・第一犠牲者
旅館で昼食を食べ始めた頃には、正午をとっくに過ぎていた。
進展の少ない神器探しに疲労も蓄積していた貴史たちだったが、ゆっくりとしている時間など無かった。
短冊の準備が進んでない……なんて生易しいものではない。
それは、唐突にやってくる。
「村長!! 森委員長!!」
切迫した星田巡査の声が、旅館の玄関で響き渡る。その表情と声音は、人に不安を与えるのに十分なものだった。
昼食を食べていた貴史たちは、何事かと聞き耳を立てる。
「あ、洋子さん。……よかった。……村長と森さんは?」
肩で息をしながら切れ切れに質問する星田巡査。
「二人なら、奥の広間で打ち合わせを……」
声に驚いて出てきたあかりの母の洋子が、困惑した様子で対応する。
「今すぐ彼らを呼んできてください。至急、伝えなければならないことがあります」
「は、はい」
気圧された洋子は、二つ返事で奥の広間に走っていく。
「何か……あったのでしょうか?」
「神器の話では無さそうよね。……恵美ちゃんが見つかったのかしら?」
何やら緊迫した空気に、春香とあかりは不安そうに呟く。
「そんな吉報では無さそうなのは……確かだよな。ちょっと聞いてくる」
気になった貴史は、いてもたってもいられずに、席を立ち星田巡査のもとへ向かった。
「何かあったんですか?」
「あぁ、貴史君……君もいたんだね。……君になら言っても問題ないでしょう」
貴史が突然質問したことに、少し驚いた様子を見せながらも、星田巡査はため息を付いて答えようとしてくれた。
そしてそこに、タイミングよく森と村長がやって来た。今日、偶然打ち合わせに来ていた松塚議員も騒ぎを聞きつけ、「何事ですか」と星田巡査に問い詰める。
全員集まったことを確認した星田巡査は、額の汗をハンカチで拭いながら言った。
「寺社長が、川原で殺されているのが発見されましたので……七夕祭の委員会の皆様に報告を……」
「……寺さんが……殺された?」
森が唖然と呟いた。冗談では無いのかと聞き返す。
貴史にも、現実のことでは無いかのように思えた。しかし昨日初めて挨拶しただけの、人間が死んだというだけ。感慨少なく、捉え方によっては不謹慎とも思われかねない思考に至った貴史だが、寺が死んだ事実よりも寺が殺されたという状況に、意識が完全に傾いていた。
「はい。現在、隣町の警官たちが、現場を調べているところでして……」
「場所は?」
松塚が尋ねる。貴史はありがたいと思った。彼も丁度、現場を見たいと思っていたところだった。
「えぇ……これから連れて行こうと思っていたところです。警察としても、聞きたいことがありますので……」
星田巡査も、説明する手間が省けたとため息をつく。
知らせるためだけでなく、事情聴取という目的もあったようだ。
「ここでは、旅館の客人の目もあるかもしれんからのぉ。話は場所を移してからがよかろう」
村長は目を細めて周囲を見渡す。彼の言うとおり、ここは旅館のフロントである。
殺人事件の話をするのに適した場所とはいえないだろう。
星田巡査に連れられて、四人は現場に向かうことにした。
***
村の中央を横断する川。昨日も今日も、貴史たちが歩いた道に沿って流れている川。
ようするに、もう何度も出てきている川だが、如何せん表現がまわりくどい。
村民の間では、川と言えば大体この川を指すため、固有名詞を省く人が多い。しかしこれから何度も登場するので、以降はちゃんとした名称で呼ぶ事にしよう。
「神憑川……ここに?」『かみがかり』と書いて、『こうづ』と読む。
星田巡査に着いてきた貴史は、集まっている警察官たちを見て呟いた。
あかりと春香はついてこさせなかった。殺人現場なんて、見て楽しいものではないだろうという、貴史なりの配慮である。
貴史も自身も、祖父である村長に睨まれたが、無理を言って着いてきた。どうやら彼の彼自身への配慮はないらしい。好奇心が勝っていた。
神憑川の、丁度中流。駐在所と旅館の間くらいの場所で、慌ただしく作業するのは隣町の警官である。貴史たちが到着したのと同時に、死体袋に入れられた遺体が運び出されていくのが見えた。おそらくそれが寺だろうと、貴史はどこか冷静に判断する。
作業している警察官たちの中から、一人の若い女性がやってきた。
「府警、捜査一課の宮野渚です。貴方たちが、委員会の人たちでいいのかしら?」
短く切りそろえた黒髪が特徴的な小柄な彼女は、警察手帳を見せて挨拶をした。
先頭に立っていた森と村長が頷く。
「貴方たちだけ? 後ろの二人は誰かしら?」
「松塚議員と、村長のお孫さんです。委員会のメンバーではないですが、私たちに協力してくれている関係者ですよ」
森が笑顔で説明する。
「……それなら、そちらの二人にも話を聞いた方がいいのかしらね」
納得した様子の宮野刑事は、「少し時間を下さいね」と事件の説明を始めた。