2-5 貧民街の少年少女(その5)
第2部 第11話です。
宜しくお願い致します<(_ _)>
<<登場人物>>
キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。
魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。
フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強いが、重度のショタコン。
レイス:パーティの斥候役で、フィアをお嬢様と慕う眼鏡メイドさん。お嬢様ラブさはパない。
エーベル:貧民街でフィアが出会った少年。十歳程だが、生活のために窃盗を繰り返している。
ユーフェ:エーベルと共にいる猫人族の血を引く少女。表情に乏しいが、エーベルを心配している様子を見せる。
結局、二人の身を清めるのはレイスの役割となった。というか押し切られた。なお、そこにエーベルとユーフェの意思が介在する余地は無い。
裸にひん剥かれてシャワー室に入ったエーベルとユーフェは、初めて見るシャワーを珍しそうに見上げていたが、浴衣を纏ったレイスが入ってくると様子は一変した。初めて間近で見る大人の女性にドギマギしていたが、そのような感情はレイスによって徹底的に磨き上げられる内に霧散していった。
これでもか、というくらいに全身の汚れを落とされ悲鳴を上げるエーベルにも容赦は無い。シャワーを終える頃にはエーベルの瞳は死んだ魚と化していた。一方でユーフェは黙ってレイスにされるがままになっていたが、温かいお湯が気持ち良かったのか、シャワー室から出ても温もって紅潮した頬を名残惜しそうに浴室に向けていた。
そして――
「……うん、二人共よく似合っているぞ」
レイスが用意した新しい衣服に身を包んだエーベルとユーフェを見てフィアは満足そうに頷いた。
エーベルが着ているのは真っ白なワイシャツに黒いベストとスラックス。首にはネクタイを締めており、ボサボサの頭は整髪料でオールバックにしつらえられている。どこからどう見ても少年執事だ。
対するユーフェは濃紺の生地をベースとしたエプロンドレス。白く長い髪はアップにまとめられ、その上にはフリルの着いたカチューシャが乗っている。こちらはメイド見習いといった感じか。
エーベルは慣れない服が落ち着かないのか、自身の姿をマジマジと眺めながら不満そうだ。ユーフェは左手にぬいぐるみを握ったままスカートの端を持ち上げてみたり、その場でクルリと回ってみたりと、どことなく嬉しそうだ。
「……何か動きにきぃ服だな」
「そう言うな。すぐに慣れるさ」
「で? こんな服まで着せて俺に何させようって言うんだ? どっかの貴族の屋敷に忍び込んで何か盗んでくりゃいいんだな?」
「どうしてそうも危ない方向に行くんだ……」
苦笑を浮かべるフィア。そこに、濡れた服を着替えてきたレイスがやってきた。
「貴方達にはハウスキーピングをして頂きたいと存じております」
「はうすきーぴんぐ……? なんだそりゃ?」
「簡単に言えば部屋の掃除とか洗濯とか、そういった事だな」
フィアの補足に、どんなヤバい仕事を持ちかけられるのかと内心心配していたエーベルは安心したような、肩透かしを食らった様な気がして複雑だ。
「どうだろうか? 引き受けてくれないだろうか?」
「まあ、それくらいの事で金くれンなら……でもそっちのメイドの姉ちゃんが居るんだろ? 部屋も別に掃除いらないくらいに綺麗だし、俺みたいなの雇う必要ねーだろ?」
「当然です。迷宮ならいざしらず、お嬢様がゆっくりお休み頂く場所を綺麗に保っておくのは私に課せられた義務ですから」しかし、とレイスはそこで一度話を区切った。「お嬢様も私も一度迷宮に潜れば、長ければ数日は戻ってきません。そしてその間にも部屋に埃は溜まります。本来ならば私が埃一つ無い部屋に保つべきですが、お嬢様に同行する以上それも難しい。したがってお二人を雇おうという話になりました次第です」
「他にも鎧を磨いたり、食材を買い出しに行ってもらったりしてもらおうと思ってる。流石に毎日というわけにはいかないが、私の仲間にも話は通しているから、そちらの方で雇われる事もあるだろう。
というわけなんだが、雇われてみないか? 大した給金は出せないが罪を犯すよりも安全に安定してお金も稼げるし、私達が不在の間は留守番としてこの部屋を使ってもらっていい」
レイスとフィアの話をエーベルは黙って聞いていた。聞きながら思ったのは、この話が「怪しい」ということだ。
学もなければ肉体的にも弱い子供を雇うという。それも素性の知れない貧民街の、だ。まだ十歳のエーベルだが馬鹿では無い。頭を働かせなければスラムでは生きていけず、嗅覚が鋭くなければ騙されるだけ。だからまずは疑ってかかる事を覚え、幼い彼なりに必死に考えを巡らせる。
エーベルにとって大人は「自分を食い物にする人」でしかない。話を聞く限りは安全な仕事のように思えるが、本当にそうだろうか。最初は安全な仕事だけをさせておいて、後からやばい仕事を命じてくるのではないだろうか。もしくは自分を雇うと何か、彼女にとって良いことがあるのか。しかし、言ってて悲しくなるが自分にそんな価値はない。だとすればユーフェが本命だろうか。世の中には「ヘンタイ」的な趣味を持つ人間だっていると聞いたことがある。さっきもユーフェを見て鼻血を出していたし、この人もそういった類か。だとすれば、ダメだ。ユーフェを危ない目に合わせるわけにはいかない。
黙りこくって考えるエーベルの袖を、クイッとユーフェが引っ張る。視線をそちらに向けるとユーフェが彼を見てフルフルと首を横に振った。
「たぶん……大丈夫……」
「ユーフェ……」
「そう警戒しないでくれると嬉しいんだが」
頬を掻くフィアをエーベルは睨んだ。
「ンなこと言ったって、どう考えても怪しいだろうが。俺みたいなガキを雇うとか、本気で言ってるならアンタ、頭大丈夫かよ?」
「辛辣だな……」明け透けな言葉に思わずフィアは苦笑した。「だが、そうだな、なら正直に話そうか。私がエーベルとユーフェを雇いたいのは、簡単に言えば同情だ」
同情、という言葉が出てきた途端エーベルの顔色が目に見えて変わる。悔しそうに顔を歪めてフィアに噛み付きかけるが、「最後まで話を聞いてくれ」と制した。
「エーベルの言うとおり、雇うならもっと素性の明らかな人物を雇うべきなのだろうな。だがそれでも二人を雇うのは、君達がまだ子供だということ。そして子供は大人に頼っていいということを知ってほしいからだ」
「……俺は大人になんか頼らねぇ」
「だが大人に頼らず生きる事がどれだけ難しいかは、エーベルならばよく知っているんじゃないか?」
フィアの指摘にエーベルは下唇を噛み締めてそっぽを向いた。その先には自分を見上げるユーフェの顔があった。
「エーベルが昔、大人にどんな眼に合わされたかは知らない。信頼できる大人ばかりじゃないことも確かだ。けれど私を信用して欲しいと思っているし、私は助けられる人が居るのなら助けたいと思っているんだ。偶然にも私は君に出会った。そしてエーベル、君とユーフェは、本来ならばする必要のない苦労をしていた。苦労しながらも一生懸命生きていた。だから私はできることをして君達を助けたいと思って雇う事を申し出ているんだ」
「……」
「勘違いしてはなりません」
押し黙ったエーベルに対し、レイスがフィアの後ろに控えたまま口を開いた。レンズの奥から覗く鋭い瞳がエーベルを捉えた。
「貴方のすべき事は何でしょうか? 感情に任せて反発することですか? そして――ユーフェ様と危険な生活を続ける事ですか?」
エーベルはハッとした。自分を見つめるユーフェ。その瞳は心配そうに揺れていた。
「大人に頼らずに生きていきたいと思うのであれば、もし早く大人になりたいと考えているのであればつまらない感情には蓋をしてしまうべきです。自分の目的が何か、それを考えて判断なさる事をお勧め致します」
「……」
「レイス」
「差し出がましい口を挟みました。申し訳ありません」
厳しい口調で叱責するレイスに対して非難がましい視線をフィアは向ける。レイスはもう一度「失礼致しました」と頭を下げ、再びフィアの後ろで控えた。
「……すまない、エーベル。ああは言ったが、何を選ぼうと――」
「いいぜ、やるよ」
グッと拳を握りしめてエーベルはフィアの眼を見つめ返した。そこには心を決めた、強い意志のこもった瞳があった。
「姉ちゃんの仕事、引き受けるぜ。キチンと金はくれるんだろ?」
「あ、ああ。もちろんだ。世の相場のこともあるから高い給金は払ってやれないが……」
「構わねぇよ。今のクソみたいな生活から脱出できるなら安くたっていい。
で? 今日から早速仕事ってことで良いのかよ? 飯食えるならどんな雑用だってやるぜ」
ニヤッと笑ってエーベルはやる気をアピールする。フィアの方も、断られる事も想定したためホッと胸を撫で下ろした。そのままついエーベルの頭を撫でてしまう。だが、今回はエーベルはムスッとしながらもフィアの手を払いのける事はしなかった。
「なら契約成立ということだな。ではもう日も暮れたことだし、今日は四人で夕飯を一緒に食べるとしようか。それじゃあ私は食材の買い出しに行ってくる」
「おいおい、それも俺の仕事だろ? 姉ちゃんはここで待ってなよ」
「ついでに仲間にもエーベルとユーフェを雇ったことを連絡しておきたいからな。二人はここでレイスから仕事について教えてもらっててくれ」
「ちぇ、まあそういうことなら分かったよ」
「頑張る」
ユーフェも小さな両拳を胸の前で握った。その姿は可愛らしく、フィアは微笑んで彼女の頭を優しく撫でてやると少し嬉しそうに眼を細めた。
「それじゃ、レイス。頼んだ」
「畏まりました。掃除に洗濯、色々と基本から教え込まなければなりませんが、まずはその言葉遣いから直さなければなりませんね」
「うげっ、マジかよ……」
「当たり前です。ここだけでなく他の方の家でも仕事をするのです。何処へ行っても恥ずかしくない立派な執事とメイドに教育して差し上げます」
スッと眼鏡のズレを直しながら宣言するレイス。彼女の事だ。きっと徹底的に手を抜くことも無く二人を立派に育て上げる事だろう。別に貴族の邸宅で働かせても問題ないくらいにまで育てる必要はないのだが、手に職をつけると言う意味でも無駄ではあるまい。レイスも珍しくやる気を表に見せているし、何も問題ない……はずだ。
灯りがレンズに反射し、エーベルが体をブルっと震わせるのを横目で見ながらフィアは買い出しに出かけていく。
「お嬢様、お出かけになる前に少々宜しいでしょうか?」
「ん? ああ、構わないが」
部屋の外にフィアが出たところでレイスが呼び止める。後ろ手で扉を閉めると、中に聞こえない様に小声でフィアに尋ねた。
「本当に……お二人を雇われるおつもりですか?」
「そうだが……レイスだって二人に教えるのを楽しみにしてるんだろう? 何か気になる事でもあるのか? もし不満があるなら言ってくれ」
「いえ、不満はございませんし、お嬢様の決定に異論を唱えるつもりもございません。確かに私の手が回らない時もございましたので、そういった点をカバーできるのは喜びこそすれ不満など……」
「すまない、私は察しが良くないし至らない事も多いからな。気に掛かるところがあるなら遠慮なく言ってくれないか?」
珍しく歯切れの悪いレイスにフィアは首を傾げて促す。レイスは少し眼を伏せ、しかしすぐに頭を振った。
「いえ、何でもございません。私が少々心配しすぎていたようです。お時間を取らせまして申し訳ございませんでした」
「いいのか? まあ、レイスもメイドとしての技術を教えるのは初めてだろうし、気負わずやってくれると助かる。それじゃあ行ってくる」
「はい、お気をつけて」
深々と一礼してレイスはフィアを送り出す。そして彼女の姿が完全に見えなくなるとドアノブに手を掛け、そこで立ち止まる。
(何事も無ければ良いのですが……)
レイスの胸にくすぶる不安。それが今日雇い入れた二人に起因する事なのか、それとも単なるきっかけに過ぎないのか。いずれにしてもこの不安が杞憂であって欲しい。
落ち着かない胸の疼きを押さえ込み、自分の仕事を全うするためにレイスはキッと前を向いて扉を押し開けた。
本作におつきあい頂きまして誠にありがとうございました<(_ _)>
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