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2-4 貧民街の少年少女(その4)

第2部 第10話です。

すみません、今回もちょっと短いです。

宜しくお願い致します<(_ _)>


<<登場人物>>

キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。

    魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。

フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強いが、重度のショタコン。

レイス:パーティの斥候役で、フィアをお嬢様と慕う眼鏡メイドさん。お嬢様ラブさはパない。

エーベル:貧民街でフィアが出会った少年。十歳程だが、生活のために窃盗を繰り返している。

ユーフェ:エーベルと共にいる猫人族の血を引く少女。表情に乏しいが、エーベルを心配している様子を見せる。




「すんませんでした……」


 エーベルは項垂れながら一軒の家から出てきた。そのこめかみには真新しい痣があった。

 彼が出てきたのは貧民街にありながらも、その他の家に比べればかなりマシな作りをした家だ。黒く変色し、幾分傾いた感はあるが風に吹かれて屋根がガタガタと音を立てる事もなく、戸をしっかりと締めてしまえば風が吹き込む事もない。エーベルが寝泊まりする掘っ立て小屋に比べれば遥かにまともだ。羨ましそうにその家を見上げ、そしてクイと袖を引っ張られて視線を下ろす。


「……大丈夫だよ。そんな顔すんな。ちょっと親分に殴られただけだ」


 相変わらず無表情に見上げてくるユーフェの、しかし一緒に居るエーベルだからこそ感じる彼女の心配そうな眼差しを受けてエーベルは笑って強がってみせる。「行こう」とユーフェの手を小さな手で引き、だがエーベルの心中は穏やかではない。

 ポケットに手を突っ込み、小銭を取り出す。銅貨ばかりが数枚擦れてキィと悲鳴を上げる。それを眺めてエーベルは肩を落とした。これでは小さなパン一つ買えるかどうか。

 思わず溜息を吐いてしまいそうになるが、隣にユーフェが居ることをすぐ思い出し顔を軽く叩いて気合を入れる。


「そんな顔するな。お前の晩飯は確保できるからな」


 ユーフェの白髪を撫でて「ヘヘッ」と鼻の下を人差し指で擦った。常に空腹の腹はいまにも音が鳴りそうで、それでもエーベルはユーフェに悟られないようなけなしの力を込めて堪えた。


「エーベルの分……」

「俺の? 俺の分は大丈夫だ。さっき通りでちょいとパンを盗って口に詰め込んできたからな」


 言葉足らずのユーフェの言いたい事を理解し、安心させるために口端を上げて笑った。だがそれが嘘だという事はユーフェも分かっている。それでもエーベルがユーフェに心配かけまいとしている事は感じていて、だからユーフェは悲しそうにエーベルを見上げるだけで何も言わない。


(でもどうすっかな……)


 正直なところエーベルの空腹は限界に近かった。残った銅貨でユーフェの分を買えば自分の分はとても買えない。


「……もう一仕事してくるか」


 時刻は夕暮れ。街の方に行けば多くの買い物客で賑わっているだろう。まして、この時間であれば皆買い物をするために財布に対する警戒が比較的緩い。人混みなのでスリをしても逃げやすい。反面、もしスッたのが自分だと分かって叫ばれれば瞬く間に取り押さえられてしまう危険はある。だがあくまで犯人がエーベルだとバレなければ問題ない。


「ゴメンな、ユーフェ。ちょっと広場に行ってくるから家で待ってな」

「……うん」


 エーベルはユーフェにそう告げ、歩く速度を速める。盗むのは一人からだけでいい。そうすれば明日か明後日くらいまでは空腹に苦しむ事はないんだ。

 駆け出そうとしたエーベル。だがその足がすぐに止まった。そして顔をしかめて舌打ちをした。

 彼の前に立つ人物が行く手を遮っていた。フィアだ。三日前にサンドイッチを恵まれて以来近寄って来なかったためにもう関心が薄れたのだろうと思っていたのだが、そうでは無かったらしい。


「また姉ちゃんかよ……今度は何の用だよ? 悪いけどこれから仕事なんだ。じゃあな」


 うんざりだ、と言わんばかりの表情を浮かべてエーベルはフィアの横を通り過ぎようとする。二人がすれ違い、背中を向けあう。距離が開き始めた時、フィアは口を開いた。


「また何処かに盗みに行くのか?」


 エーベルの脚が止まった。フィアの口調はただ事実を述べているだけで、そこに責める響きは無い。しかしエーベルは自分の行いが咎められたように感じた。


「……ああ、そうだよ。悪いかよ?」

「……」


 フィアは答えない。


「アンタらと違ってそうしなきゃ俺らは生きていけないんだよ。金持ってる連中からちょっと分けて貰って何が悪いんだよ?」


 盗みは悪いこと。エーベルだって分かっている。だがそれ以外に生きる術を知らない。無力な子供にできることなど無く、これまでだって奪われてばかり。ならこっちが奪ったって神様だって責めることなんて出来やしない。


 苛立ちを露わにしていたエーベルだったが、真っ直ぐにフィアに見つめられて眼を逸した。彼女の眼を見ていると、酷く悪い事をしている、そんな気になってくる。

 エーベルはフィアに再び背を向けて彼女の視線を振り切ろうとした。その背中に向かって、フィアはようやく口を開いた。


「二人に頼みたい仕事があるんだが、来る気はないか?」






「ここだ」


 立ち止まったフィアの横でエーベルは目の前の建物を見上げた。

 そこにあったのは石造りの三階建ての建物だ。平民街の迷宮寄りの場所に位置するその建物は、貧民街のそれとは違って傾いていたり穴が空いていたりはしない。建てられて年数が経っているからか外壁は汚れてはいるが、スフォンの街でも中流くらいの立派さだろうか。


「ここは?」

「私が住んでいる家だ」

「ふーん……建物まるごと姉ちゃんのか? やっぱ冒険者っていうのは儲かるんだな」

「ベテランの冒険者ともなれば買うこともできるんだろうが、幾らなんでも若輩の私には買えないな。家主は別にいて、私は一室を借り受けているだけさ。仲間も他に二人、別の部屋を借りているんだ」


 簡単に説明してフィアは扉を開けた。一階部分はエントランス部だけのようで、壁に取り付けられた魔道具の照明が柔らかい光を発している。掃除はされているようで一見キレイだが、よく見れば四隅には埃が溜まっている。もっとも、エーベルから見ればキレイに掃除されているとしか思えないが。

 フィアは入ってすぐの階段を登って二階に進む。その後ろをエーベル、そしてユーフェが付いていく。


「右手の部屋とその正面に私の仲間が住んでいるんだ。私の部屋はこっちだ」


 木の床と違って歩いても軋んだりしない石の床の上をエーベルは歩く。二人が二階の一番奥、左手にある部屋の前に来ると、フィアは扉を開けて中に向かって声を掛けた。


「ただいま、レイス!」

「おかえりなさいませ、お嬢様」


 部屋に入ると、扉の直ぐ側に控えていたレイスがフィアに向かって恭しく頭を下げた。そしてやや遅れて入ってきたエーベルたちの姿を認めると、レイスは彼らに向かっても同じように丁寧にお辞儀をする。


「いらっしゃいませ、エーベル様とユーフェ様。お待ちしておりました」


 まさか自分たちにも頭を下げられると思っていなかったエーベルは面くらい、まごつく。調子が狂って居心地悪そうに汚れた頭を掻くエーベルの横で、ユーフェは無言のままレイスに向かってペコリ、と見様見真似のお辞儀を返していた。


「やめてくれよ。俺らはスラムのガキだぜ? 『様』付けされるとなんかムズムズする」

「いえ、お二人はお嬢様のお客様でございますから」

「彼女はこういう性格なんだ。まあ慣れてくれとしか言いようがないな。

 ああ、先に紹介しておこう。彼女はレイスで、私たちのパーティでは斥候役を担っている」

「この女の人も冒険者なのか? メイドじゃなくて?」

「私は友人であり、冒険者仲間だと思っているんだけどな……」

「有難くもご友人を勤めさせて頂いておりますが、それよりも私はまずお嬢様のメイドであると考えておりますので」

「……というわけなんだ」


 眼鏡のレンズの奥から表情に乏しい瞳を覗かせながらハッキリと主張するレイスに、フィアは諦めた様に肩を竦めた。エーベルには二人の関係がよく分からなかったが、とりあえずはレイスはフィアのメイドだということで納得した。


「さて、それじゃあ仕事の話だが――その前にまずはシャワーを浴びてキレイになってくるといい」

「何でだよ? 別にこのままで良いだろ」

「そういう訳にはいきません」不思議そうに尋ねたエーベルにレイスが答えた。「どのような仕事であっても身なりを整えるのは最低限の心構えでございます。お召し物もこちらで準備しておりますのでお気になさいませんよう」

「そういう事だ。それに、シャワーを浴びると身も心もスッキリするぞ」


 それじゃあ行こうか。そう言ってフィアは渋るエーベルと為されるがままのユーフェの手を引いてシャワー室へ向かおうとする。

 が。


「お待ち下さい、お嬢様」レイスがフィアを呼び止めた。「私がお二人のお手伝いを致します。お嬢様はこちらでお待ち下さい」

「いや、二人を連れてきたのは私だし、レイスの手を煩わせるのも悪い。レイスは彼らの服を準備しておいてくれないか?」

「お召し物は既に準備済みでございます。それに、エーベル様をお嬢様とご一緒させるのは、その、教育上好ましくないものと考えます」

「まさかレイス、お前まで私が誰かれ構わず手を出すような人間だと思っているのか? それは心外だ。確かに私は小さい子が好きだ。シオンに迷惑を掛けているし、不服ではあるがそれは認めよう。

 しかし、だ。シオンからは一応愛でる許可は貰っているが、彼らからはまだ許可をもらっていない。それに彼らには仕事の話をするためにやってきてもらったんだ。真面目な話をしようというのに、そのような不躾な事をするものか」

「お嬢様……」


 自身の性癖に対して疑いの目を向けてくるメイド。フィアは大層不満そうに口を尖らせて疑惑を否定する。

 そんなフィアに向かって、レイスは静かに眼鏡の位置をクイッと整える。そしてまっすぐにフィアを見つめて口を開いた。


「そのような事は、ご自身の鼻血を止めてから仰ってください」






お読み頂きまして誠にありがとうございました<(_ _)>

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