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2-3 貧民街の少年少女(その3)

第2部 第9話です。

宜しくお願い致します<(_ _)>


<<登場人物>>

キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。

    魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。

フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強いが、重度のショタコン。





「へい、お待ちどう! 特製肉サンド五つ! 合計で二五〇ジル、と言いたいとこだが、姉ちゃんはいつも買ってくれるから今日はおまけだ! 二百でいいぜ!」

「ありがとう、ご主人。恩に着るよ」

「良いって良いって! お得意様なんだからたまにゃサービスしなきゃな!」


 屋台の主人である腹の出た男は、フィアから代金を受け取りながら豪快な笑い声を上げた。

 少年からウインクに対して冷ややかな視線を浴びつつもフィアは二人を引き連れてサンドイッチを買いに向かった。その場を動こうとしない少年の手を強引に引いて、フィアの好物である肉サンドをまとめ買いする。

 フィアが連れた二人は明らかにスラムの住人という感じで、通り過ぎる通行人の中には眉をひそめる者も居たが、屋台の主人は二人を一瞥するとニィ、と笑みを向けた。盗賊の親分の様な笑い顔は子供には少々刺激が強かったか、少年は警戒したように一歩後ずさった。失礼な態度ではあるのだが、主人は特に気分を害する事もなく「嫌われちまったなぁ!」などとうそぶいてガハハと笑った。


「……すまないな」

「良いって良いって。俺だって自分の顔と何十年と付き合ってんだ。子供に好かれる顔じゃねぇことくらいは良く分かってら。それに、死んだウチのお袋が言ってたんだよ。子供が元気な国は良い国だってな。

 おっと、次の客だな。いらっしゃい!」


 いつも買ってくれる礼として安くしたと主人は言ったが、それは他の客の手前の方便だろう。痩せた少年二人に元々サービスするつもりだったようで、それを察したフィアはぼやかして謝罪を口にしたのだが、それも主人には見抜かれたようだ。敵わないな、と頭を掻いたフィアは他の客の相手を始めた主人に軽く手を上げて謝意を示し、少年たちを連れて広場にある緑地の縁に腰掛けた。


「ほら、食べるといい。あの主人の作る肉サンドは絶品なんだ」

「……」

「ああ、もちろん私の奢りだ。遠慮しなくていい。さ、ほら。そっちの君も」


 差し出しても受け取ろうとしない少年の手に強引にサンドイッチを握らせ、次いで隣の少女にも手渡す。こちらは素直に受取はしたものの、どこか眠そうに見える眼を、握ったままの肉サンドと少年の間で彷徨わせていた。

 それを見たフィアは自分の肉サンドにかぶりつく。うん、いつ食べても美味い。特製ソースの甘辛い味が口いっぱいに広がり、虜になっているフィアは幸せそうな笑みを浮かべながらあっという間に一個目を平らげていった。

 そんなフィアの美味しそうな食べ方に我慢がならなくなったか。少年は親の仇のように肉サンドを睨みつけていたが、肉から湧き上がる湯気と香ばしい匂いが、ただでさえ空っぽの胃をこれでもかと刺激してくる。

 ずるいじゃないか、と言わんばかりにフィアを睨みつけるが、フィアは既に二個目に手をつけようとしていて少年の視線に気づいていない。少年は意地を張るのを観念して、隣の少女に頷きかけた。

 少年が肉サンドにかぶりつき、少女も小さな口で肉の部分に噛み付く。その途端、訝しげだった少年の眼が大きく見開かれた。そのまま無言で一心にサンドイッチに食らいついていく。

 少女もまた眠たげな印象を与える眼をびっくりしたように大きくして食べていく。少年よりは当然ながらゆっくりしたペースだが、白い髪から覗く耳が忙しく動き、尻尾も小刻みに揺れていた。その姿は愛くるしい。


(気に入ってくれたようだな)


 少女の尻尾に眼を奪われながらも、フィアはホッと胸を撫で下ろした。二人して瞬く間に平らげ、フィアは手に持っていた肉サンドを少年に差し出す。少年はフィアには目もくれずに奪い取るようにしてサンドイッチをつかみ取ると少女に向かって差し出した。

 だが少女は首をフルフルと横に振った。それを見た少年は、肉サンドを半分に分けてそれをもう一度差し出した。少女は嬉しそうに白い頬を綻ばせながら、今度は味わうようにゆっくりと口に含んでいく。その様はさながら小動物だ。少年の方は、今度もあっという間に自分の分を食べてしまい、隣の少女の様子を眺めている。


「二人は兄妹なのか?」


 仲睦まじい様子に、フィアが尋ねる。しかし少年はフィアを見上げて難しい顔をするだけで答えない。少女も少年の顔色を伺うが、少年が答えないのを見て少女も食べるのにまた集中した。

 ダメか、とフィアは小さく嘆息した。だが気を取り直して質問を変える。


「そういえば自己紹介もまだだったな。フィア・トリアニスだ。宜しく、少年。それからそっちの少女も」

「……」

「おいおい。名前くらい教えてくれてもいいじゃないか? 肉サンドだって奢ってやっただろう?」


 我ながらズルいな、と思いながら一方的に押し付けた肉サンドの事を引き合いに出す。すると少年は悔しそうに顔を歪めながらも渋々といった感じで答えた。


「エーベルだ」

「……ユーフェ」

「エーベルとユーフェか。いい名前だな」ようやく名前が聞けた、とフィアは微笑んだ。「一応聞くんだが……失礼だが、二人共ご両親は?」

「居たらこんなナリしてねぇよ」


 ぶすっとした不機嫌な態度でエーベルが予想通りの答えを返す。それを聞いたフィアはもう一度「失礼した」と丁寧に謝罪の言葉を口にした。


「それで、強引に飯までくれて俺らに何の用だよ? 何をすればいい? 誰かの家から盗んでほしいもんでもあるのかよ? それとも適当な噂話でもばらまきゃいいのか? 暗殺の囮くらいならやってやるぜ?」

「……そんな事を普段やってるのか?」

「そうじゃなきゃ、俺達みたいなガキが生きていけるかよ」


 エーベルの口から出てきた物騒な言葉の数々にフィアは眉をひそめる。だがエーベルは「分かってねぇな」とフィアを嘲るように鼻で笑ってみせた。


「姉ちゃんこそ何でスラムなんて場所に居たんだよ? ……まさか俺らを探してたとか言うなよな?」

「正解だ。何となく君らの事が気になってな」

「アンタみたいな人間が来る様な場所じゃねぇだろ。冒険者なんだろ? 冒険者は金持ってるから真っ先に狙われる。今までも何人も冒険者が殺されて身ぐるみ全部はがされてるんだ。アンタも後ろから刺されても文句言うなよな」

「心配してくれてるのか?」

「……別にそんなんじゃねぇよ」


 ぷいっとフィアから顔を逸したエーベル。口を尖らせたその態度が子供らしくて、フィアもつい綻ぶ。それを見咎めたエーベルはますます不機嫌さを増していく。


「何笑ってんだよ」

「すまないな。心配されたのが嬉しくてね。だが大丈夫だ。これでも私はC-ランクの冒険者だからな。スラムの人間に遅れを取るつもりはないさ」

「Cランク冒険者……」


 エーベルはCランクという言葉に少しだけ眼を輝かせた。スラムの人間でもCランクというのがどれだけ凄いかくらいは知っている。エーベルは羨望の眼を向け、しかしすぐに口をへの字に歪めた。


「そうかよ。恵まれた人間ってのは良いよな。

 それで? いい加減教えろよ。俺は何をすればいいんだよ?」

「別に何か頼みたい事は無いんだが……実は本当にただ単に、君らがあれからどうしてるか気になっていただけなんだ。食べ物を探して夜中の倉庫を漁るくらいなんだ。満足に食べることもできていないと思ったから、飯の一つでも奢ってあげようと思っただけだしな」

「……施しは受けねぇ」エーベルはキッとフィアを睨みつけた。「俺は俺の力だけで生きていく」

「しかしエーベル、君はまだ子供だ。本来ならばまだ大人に頼りながら少しずつ自分でできる事を見つけていく時期だ。

 ……いきなり私を信用しろとは言わないが、施しを受ける事は恥ずかしい事ではないと思うのだが。まして悪いことをして生きるよりはよっぽど――」

「大人なんて頼りにならないんだよ」


 エーベルはそう吐き捨てた。

 大人は信用ならない。まだ齢十にしてエーベルはそれを身に沁みて知っていた。大人は殴って自分の憂さを晴らすか、稼いだ金を暴力で奪っていくだけ。助けを求めても汚い物を見るような眼で蔑むか、見て見ぬふりをしていく。施しとしてスラムに偶に金を投げ入れることがあるが、それだって地面に転がった汚い銅貨に大人がプライドも無く這いつくばって奪い合いを始める。金を投げ入れた人間は、そんな醜い有様を見て楽しそうに笑うのだ。そんな大人になんて、絶対になりたくない。エーベルは、昨日もまた一つ増えた顔の痣を撫でた。


「コイツだってそうだ」エーベルはユーフェを指差した。「どっかの貴族だかが遊びで猫人族の女を孕ませてあっさり捨てやがった。ユーフェを産んだ後にこんなクソみてぇな場所に転がり込んで、挙句にコイツを残して死んだ。母親が死にそうになって、必死に医者を探して回っても俺らの格好を見るなり足蹴にして門前払いだ。他に誰も助けてくれなくて、ただ黙って死ぬのを見てるしか無かった。教会だってこんなトコにはやってこねぇ。俺らが近づけば笑ってた神父がすんげぇ形相で叩き出してくるんだ。これでどう頼れってんだよ?」

「それは……」


 一気にまくし立てたエーベルの話に、フィアは返す言葉を持たず口ごもった。エーベルも下唇を噛み、怒りとも悲しみともつかない、何かを必死に堪える様に顔を歪めた。その中でユーフェだけは表情を変えず、二人を眺めていた。自分の事を引き合いに出されているというのに、まるで他人事のような彼女の様子。エーベルから聞かされた話の内容もあって、感情を何処かに置き忘れたような彼女の姿にフィアは痛ましさしか覚えない。


「……もういいや。行くぞ」


 エーベルは言葉を無くしたままのフィアを見ること無く立ち上がる。ユーフェの手を引いて走り出した。途中一度もエーベルはフィアを振り返る事なく、ユーフェは一度だけ振り返るもすぐにエーベルの後ろを付いて行った。左手に握られたボロボロの人形が揺れて前と後ろを交互に見ていた。


「……」


 雑踏に消えていく二人をフィアは見ているしかできなかった。眉間に皺を寄せて俯き、拳を握りしめて震えた。

 彼らのために残していたサンドイッチが一つ、すっかり冷めきってしまっていた。



お読み頂きまして誠にありがとうございました<(_ _)>


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