2-2 貧民街の少年少女(その2)
第2部 第8話です。
宜しくお願い致します<(_ _)>
<<登場人物>>
キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。
魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。
フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強いが、重度のショタコン。
アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。
シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。フィアの被害者。
「……」
フィアの顔から酔いの香りと感傷が消え去り、音がした方を睨みながら静かに腰の剣に手を掛ける。
物取りだろうか。十分に有り得る話だ。夜は更け、細い路地は暗く姿を隠すにはもってこいだ。だが断言はできない。慎重にフィアは息を殺して近づいていった。
物音がしたのは小さな物置だった。決して立派とは言えないそれに頭を突っ込んで動く陰があった。しゃがみこんで蠢く影は、近づいてくるフィアに気づかない。
「何をしている?」
「っ!?」
影は驚嘆した雰囲気を露わにし、フードで隠れた眼でフィアを見上げた。そして脱兎のごとく逃げ出した。だが酔っているとはいえフィアもCランク冒険者。単なる物取りに遅れを取るはずもなく、逃げるその腕を掴み上げて強引に自分の方に引き寄せた。
風が吹く。剥がれかけた軒がカタカタと笑い、雲が流れて月明かりが一瞬注がれた。
「子供……?」
掴んだ腕は細く、纏った布切れは襤褸。腕を引っ張った拍子にフードになっていた襤褸布が剥がれ、そこで幼い顔が月明かりに照らされた。
汚れてくすんだ白い髪に日に焼けた肌。見た感じでは、年齢はシリと同じくらいか。顔には擦り傷や切り傷の跡がアチコチにあり、顔立ちは明らかにまだまだ少年であるのにその眼は歳に似つかわしくなく酷くギラついていた。
「離せよっ……!」
声変わり前の少年特有の甲高い声がフィアの耳に届く。同時に、掴んだ腕とは逆側の手にある何かが微かに光を反射した。
捕まえた盗人が少年とは思わなかったフィアは一瞬呆けるが、少年の害意を即座に察して上半身を捻った。
鋭く突き出されたナイフがフィアの鼻先を通過する。それを目で追いながらフィアは体を反転。ナイフを持った腕を左手で掴むとそのまま捻り上げ、ナイフが地面に落ちてカランと音を立てた。
「痛ってぇ!」
少年が悲鳴を上げ、拘束から逃れようともがく。だがフィアはしっかりと少年の腕を掴み離さない。
「何をしようとしていた?」
「何もしてねぇよっ! クソ、離せよっ!」
「……腹が減っていたのか?」
横目で倉庫の中を見ながらフィアは尋ねた。暗がりのためによく見えないが、倉庫の床に転がる壊れた鍵と野菜らしき物が目に入り、少年の襤褸のポケットにも乱暴に突っ込まれただろう食べ物らしき物が入っていた。
「ちっ……そうだよ! ああ、そうだ! 食いもんが欲しくて盗もうとしたんだよっ! 役人にさっさと突き出せよ!」
言い逃れができないと気づいたか、やけくそ気味に叫ぶ。だがそれでも逃げ出す気概は失っていないのか腕を左右に動かしてもがく。
フィアははたと困った。
やせ細った体躯からして満足に食事が取れていないのだろう。だとすればスラムの子供だろうか。或いは親から虐待されているのか。
齢十程度の少年に就ける職業など殆ど無い。いつもこのように盗みを働いてその日の食事を得ているのかもしれない。
勿論盗みは悪である。罪は罰せられなければならないとは思う。しかし、少年の細腕を握っていて思う。庇護されるべき年齢にも関わらず困窮しているのは何故か。答えは簡単。庇護してくれる大人が居ないからだ。それでも懸命に生きようとしている子供を、ただ生きようとしている少年を牢屋にぶち込むべきなのだろうか。
煩悶とするフィアだったが、視線を感じて顔を上げた。そこには一人、少女が立っていた。
少年と同じように白い髪と、少年と違い真っ白な肌。髪の上には三角の獣の耳が覗いていて、汚れた白いワンピースの裾からは尻尾らしきものが揺れていた。
たぶん七つか八つくらいか。少女はじっと、無表情でフィアと少年を見ていた。いや、そこに微かに感じるのは不安と心配だ。ボロボロになった何かのぬいぐるみを大事そうに抱えて少年を見つめていた。
それに気づいたフィアはつい、と少年を見下ろした。ひょっとすると彼は、あの少女を養っているのだろうか。スラムでの子供たちの生活は想像はつかないが、子供は子供同士で力を合わせて生きようとしている。そんな考えが浮かび、フィアは黙りこくった。
「どうしたよっ? さっさと連れてけよ。それとも俺から何か奪おうってか? 残念だったな、俺から奪い取れるような物なんて全然ねーよ」
「……そのポケットの中身もそこから盗んだものか?」
フィアの質問に少年はバレたか、とばかりに舌打ちをした。
「そうだよ! 泥棒なんだからポケットに盗んだものが入ってるくらい当たり前だろ? なに? 大人のくせにアンタはそんな事も分かんねぇの?」
挑発して苛立ちをぶつけてくる少年。フィアは不要な部分を聞き流しながら考え込み、やがてそっと少年の拘束を解いた。
「盗んだものを元の場所に戻すんだ。そうすれば役人に突き出しはしないさ」
「……っ、分かったよ」
拘束を突然解かれた事に少年は驚き、手を擦りながらフィアを見上げる。彼女の言葉を無視して逃げようとするが、その素振りを見せた瞬間にフィアの体が動く。直感的に少年は逃げられないと察したようで、渋々といった様子を見せながらもポケットの中の物を元の倉庫へと放り投げていく。
「誤魔化さないようにな?」
「ちっ、分かってるって!」
その際に少しだけポケットに残そうとしたのだが、フィアに目ざとく見つけられ、ぶっきらぼうに応じながら結局中身全部を倉庫に投げ戻していった。
「ほら、アンタの言うとおり全部返したぜ? もう良いだろ?」
「ああ、良い子だ」
キチンと言うことを聞いた少年の頭をフィアは撫でようとした。しかし髪に触れようとした途端、少年は勢い良くフィアの手を払い除けた。
「……俺に触るんじゃねぇ」
「……気に障ったならすまない」
怒りを静かに滲ませる少年にフィアは謝るも、少年は怒りを収める気配は無い。
少年が示しているのは本気の怒りだ。盗みを見つかった事に対する反発ではなく、彼自身が奥底で抱える何かの発露だ。しかしフィアにはその何かが分からない。
それでも自分が本気で少年を怒らせてしまったのは確かだ。もう一度フィアは頭を下げた。
「申し訳ない」
頭を下げた事で少年の雰囲気が少し変わったのをフィアは感じた。少年は戸惑っているようではあるが、すぐにそれを小さな体に押し込めると黙って踵を返して駆け出していった。
「少年!」
フィアが呼び止めると、少年は足を止めずに肩越しに振り返った。だが自身の方に飛んできた小さな袋に驚いて立ち止まり、受け取ってそれとフィアを交互に見比べた。
「私の非常食だ。味はイマイチだが腹だけは膨れる。彼女と一緒に食べるといい」
「……」
施しを受けたことがまた彼の気に障ったようで、少女の隣からフィアを睨んでくる。だが袋の中身を確認すると悔しそうな表情を浮かべた。それでも空腹が勝ったか、それとも少女のためだろうか。睨みながらも何も口にすること無く、少年は少女の手を引いて家の影へと消えていった。その姿を見送るフィアは一人嬉しそうに微笑んだ。
「おーい、フィアー? まだかー?」
店の中からフィアを呼ぶキーリの声が聞こえてくる。そういえば、思いの外ここに長居してしまったと気づいた彼女は、店の中に向かって「今戻る!」と叫び中へと体を滑り込ませた。
だがその前、フィアはもう一度少年が居た場所を見た。当然そこには誰も居ない。半分壊れかけた街灯が不規則に明滅を繰り返すだけだった。
何か気になってしまい、何も無い場所を見つめたフィアだったが、もう一度彼女を呼ぶ声に押されて今度こそフィアは仲間の元へと戻っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
数日の後、フィアは貧民街へと足を踏み入れていた。
前日から今日の昼過ぎに掛けて迷宮に潜り、シオンと共に初めてCランクエリアへ足を踏み入れたが、特に問題は起こらず順調に迷宮を脱出。持ち帰ったモンスターの素材や迷宮内部の状況をギルドに報告し、得られたお金を仲間で分けた彼女は翌日をいつも通り休みにする旨を告げて解散した。
その後は軽く訓練でもして体を休めようかと思いながら、平民街に借りている宿へ戻っていたが、すぐ脇を楽しそうにはしゃぎながら走りすぎていった子供たちの姿を見て、ふと数日前に逃してやった少年と少女の事を思い出した。
結局あの時は逃してあげたが、果たしてその判断は正しかったのか。キチンと食事は取れているだろうか、与えた非常食は食べてくれただろうか。その時は腹は満たされても、安定して収入を得ることができなければまた盗みを働くだろう。今もまた、何処かで盗みをしているかもしれない。
そんな事を考えていれば、いつの間にか彼女の足は貧民街へとたどり着いていた。
「……いつ来ても不気味な場所だな」
まだ陽は高く、街は全体として賑やか。しかしここ貧民街だけはひっそりと、しかし確かな存在感を醸していた。
近くには誰もいない。だが、内部の方から様子を伺うような視線をヒシヒシと彼女は感じ取った。
呟きながらも臆する事無くフィアは進んでいく。あの二人がこの時間に貧民街にいる保証はなく、また居たとしても何処にいけば会えるかなどのアテもない。だが今一度、この街の実情を知るのも意味がある事だろうと自分を納得させた。
デタラメに拡張していったせいで複雑な作りの小道を、気の赴くままに歩く。時折襤褸に身を包んだ男や痩せこけた女性がフィアに物乞いしてくる。彼女は僅かばかりの小銭を彼らに握らせる。その途端、彼らは気味の悪い笑い声を上げて何処かへ消えていった。
まるで幽霊にでも会ったような気分だが、彼らが与えた金で一時でも腹が膨れるのならば悪い気はしない。ただし、フィアが金を持っていると睨んだらしい、比較的肉付きの良い男たちが背後から襲いかかってくるが、彼らには容赦なく反撃をお見舞いしておいた。
意識を失って地面に転がる男たちには目もくれずに適当に進んでいったフィアだが、当たり前だが少年たちに出会うことのないまま貧民街の端についてしまった。
まだ貧民街の傍故に活気は乏しいが、離れた場所からは景気の良い喧騒が聞こえてくるし、人通りも少ないながらもある。何より、立ち尽くすフィアを見ても取れるものを奪いにかかろうというギラギラとした欲望を感じる事もなければ生気の無い虚ろな眼で見られる事もない。やはり貧民街の中と外では違う世界なのだ、と否が応でも感じざるを得ない。
空を見上げれば、空は茜色に変わろうとしていた。
「収穫は無し、か」
フィアは軽く息を吐きながら独りごちた。そもそも本気で会えると思っていない。単なる戯れ程度のつもりだったので落胆はない。
縁があればまた顔を合わせることもあるだろう、とフィアは肩を回して気持ちを切り替えると通りを歩く人の流れに身を任せていった――
「おや」
「げっ……」
――のだが、人も物も探すと見つからず、諦めると見つかるもの。歩き始め人混みに紛れて程なく、フィアは向かいからやってくる少年、それと少女と出くわした。
「偶然だな、少年。元気に――」
警戒させないよう出来る限り朗らかな笑みを心がけ、フィアは気安さを醸しながら手を挙げて話しかけた。だがその笑顔が逆に胡散臭く感じたのか、少年はフィアを見上げると露骨に顔を歪めた。そして隣の少女の手を引いて走りだそうとした。
「ま、待ってくれ!」
別に逃げられても問題ないといえば無いのだが、逃げられると追ってしまうもの。ついフィアはとっさに本気で走って少年の肩を捕まえた。少し強く掴んでしまったか、少年が「痛っ」と声を上げてフィアは慌てて手を離す。
「す、すまない! だが逃げないでくれ。別にこの間の事で咎めようという気は無いんだ」
「じゃあ何なんだよ。俺はアンタに用はねぇし会いたくもないんだよ」
「それは……」
勢いで捕まえたは良いが、では何の用だと問われてフィアは口ごもった。別に明確な用件があったわけではなく、ただどうしてるかと気になって様子を見に来たというだけである。だがこうして引き止めた以上、正直に話してしまうのも憚られる。
何か無いだろうかと、フィアは通りをキョロキョロと見回す。そんな彼女の眼に、少し離れた場所に、今まさに商売を始めようという屋台の姿が入ってきた。
そこを指さし、フィアは少年に向かって不器用なウインクをしてみせた。
「ちょっと、お姉さんとお茶でもしないか?」
お読み頂きまして誠にありがとうございました<(_ _)>




