2-1 貧民街の少年少女(その1)
第2部 第7話です。
宜しくお願い致します<(_ _)>
<<登場人物>>
キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。
魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。
フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強いが、重度のショタコン。
アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。
シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。フィアの被害者。
レイス:パーティの斥候役で、フィアをお嬢様と慕う眼鏡メイドさん。お嬢様ラブさはパない。
ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖でいつも不機嫌そうな顔をしている。
カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。
イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。
ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。
シリ:シオンの妹。可愛いは正義。
「えー、それでは」
エール酒の入ったジョッキを掲げてフィアが立ち上がった。それに合わせてキーリ達も全員泡が零れそうな程に注がれたジョッキを手にする。
「シオンのDランク昇格を祝って、それからパーティランクもBに上がった事を祝して、今日は全て忘れて楽しもう」
「おう! 何もかも忘れて今日は飲むぜ!」
「フラれた女の事をな」
「馬鹿野郎! 思い出させるんじゃねぇ!」
フィアの挨拶に応じて声を上げたイーシュをギースがからかい、ドッと笑いが起きる。フィアもクツクツと喉を鳴らして笑いながら話を続けた。
「ああ、今日は幾ら飲んでもお前の懐は痛まないからな。ただし飲み潰れた人間は、迷惑にならないよう店の前に打ち捨てていくからそのつもりで」
「キーリ! 今日こそお前を酔い潰してやるぜ!」
「はっ! 返り討ちにしてやるよ」
「それじゃ、シオン! 昇格おめでとう! ――乾杯!!」
「乾杯っ!!」
ジョッキがぶつかり合い、全員のジョッキが瞬く間に空になる。空になったそれを勢い良くテーブルに置き、イーシュは豪快に口元の泡を拭って歓声を上げた。
「くぁ~! やっぱ気分のいい酒はうめぇなぁ!」
「旨い酒に美味い食事。これ以上の幸せはねぇよなぁ」
「爺クセェな、キーリは。だが俺もそれには同意する」
キーリが幸せそうに溜息を吐きながら、隣り合うギースに酒を注ぐ。二人は既に二杯目から持ち込んだ、少々値の張る酒に切り替えていた。
と、そこへ奥の厨房からシオンの母親の嬉しそうな声が響く。
「もうちょっと待っててねぇ! もうすぐお料理が出来上がるから!!」
「あざっす! おばちゃんの料理はうめぇからいつも楽しみなんスよ!」
「嬉しいこと言ってくれるわねぇ! それと、今日はシオンの為にありがとうね!!」
「良いんですのよ。ワタクシ達がお祝いして楽しみたいだけですもの」
「あらあら! なら私も雰囲気だけでも参加させてもらおうかしら?」
「どうぞどうぞ! ぜひ参加してください!」
感謝を述べる母親に向かって、イーシュに続いてアリエスやカレンも「気にしないで」とばかりに声を張り上げる。母親の姿は後ろ姿しか見えないが、声の調子から彼女も嬉しいのが伝わってくる。
シオンの喜びは自分の喜び。そんな雰囲気が伝わってくるからこそ、ぜひ一緒に参加してほしくていつも決まってこの店に集まるのだ。それが彼らの無言の承諾だった。
「お待たせしました~!」
少女の元気な声が届く。視線を少しずらせば、大きなお皿に隠れた小柄な少女の笑顔が覗く。シオンの妹であるシリだ。
普段から家の手伝いをしているのだろう。まだ十歳くらいのはずだが、彼女は自分の体の半分ほどもある大きな皿にも関わらず、しっかりとした足取りで料理をテーブルへ置いて、ぺこりと頭を下げた。
「ごゆっくりどうぞ~!」
「ありがとう。いい子だな、シリは。お母さんにも御礼を言っておいてくれ」
「分かりました~」
キーリが頭を撫でて褒めると照れながらも嬉しそうに笑い、少し間延びした口調で返事をして母親の元へ戻っていく。それを見ていたイーシュが酒を飲みながら相好を崩す。
「いい子だよな~、シリちゃん。将来立派なお嫁さんになるぜ。俺が保証する」
「なんだ? 大人の女性に相手にされないからっていよいよ子供にまで手を出すのか?」
「はっはっはっ! 面白ぇ冗談だな、キーリ」
「ンな事言いながらちょっと鼻の下伸びてるぜ」
「うっせぇよ、ギース」
「だが良い娘なのは間違いないな」フィアも会話に混じり、エール酒を傾けた。「器量良しで愛想も良い。成長したら引く手数多だろうな。そうなる前に私が嫁に欲しいところだ」
「お? フィアも立候補か?」
「シオンと兄妹で手を出すとは、やるな」
「ならフィアに取られる前に俺が旦那に立候補するぜ!」
「あ、なら私も~!」
「ユキ、お前は絶対ダメだ」
「ぶー」
「てな訳で俺も立候補しよう。ユキの毒牙から守ってやる」
「なんだ、結局お前ら全員かよっ!」
酔いが回り始めた頭のまま興が乗り、五人で「シリの旦那杯争奪戦」を開始。イーシュの突っ込みに一斉にドッと笑い声が上がった。
だがその時、「ドンッ!!」と五人の真ん中に空になったジョッキが叩きつけられた。
ギョッとして恐る恐るそちらに眼を向ければ、頭を垂れて前髪で顔を隠したシオンが居た。
「……シリは何処にも嫁にはやりませんから」
据わった眼でギロリと一同を睨みつける。自分でエールをガッポガッポと注ぎ、また一気に飲み干すとジョッキを叩きつけ、問い直す。
「分かりましたね?」
「はい……」
萎れた五人の返事に満足したように頷くと、そのままシオンは早くもテーブルに突っ伏して寝息を立て始めた。
「……」
無言で五人は顔を見合わせ、息を合わせたように揃って溜息を吐いた。
「……もうシオンの前でシリの話をするのは止めよう」
「そうだな……」
一気にお通夜の様な雰囲気になり、気まずさを誤魔化すようにチビリチビリと酒を傾けていく。そんな彼らを、我関せずとばかりに眺めていた残りのアリエス達だったが、カレンがつまみをかじりながらぼやいた。
「バカばっか」
その後、何とか気を取り直して再び楽しい宴は続いた。
シオンはしばらくして眼を覚まし、正気に戻ったのだがシスコン発言の記憶を完全に彼方へ飛ばしてしまったようで何も覚えていなかった。叱られた五人から敬語で話しかけられオロオロとして、そんなシオンの様子に興奮したフィアが情熱を垂れ流したり、酔いが完全に回ったイーシュが懲りずに冗談でシリに触れようとしてアリエス・カレンのコンビににしばき回されたりといったハプニングはあったが、概ね楽しい会であった。
夜も更け、ほぼ全員がすっかりいい感じに酔っぱらい、楽しそうな声が留まるところをしらない。腹も膨れ、持ち込んだ酒や菓子類もそれぞれの胃の中に吸い込まれてテーブルの上にはそれぞれのコップと軽いつまみが寂しく皿に転がっているだけだ。
ふとそれに気づいたフィアはそろそろ頃合いか、と背伸びをして少々凝り固まった肩を解す。まだ幼いシリは既に二階の自宅に戻っている。注文が無くなったシオンの母親は明日の仕込みをしているようだ。もうこの場はお開きにするべきだろう。その前に、とフィアは一人席を立った。
「お~、フィアぁ~……あぁ? フィアが三人いるぜぇ~? どういうわけだぁ~?」
「やれやれ、今日もイーシュの一人負けか」
テーブルに突っ伏してベロベロになってしまったイーシュを見て、頬杖を突きながらキーリは小さく溜息を吐いた。キーリもだいぶアルコールが回っているようで、眼が眠そうだがまだ正気は保っているらしい。
立ち上がったフィアを見てキーリは「何処に行くんだ?」と尋ねた。
「厠だ。すぐ戻る。キーリ、アリエス、悪いが片付けを始めておいてくれ」
「……そうですわね」
アリエスも億劫そうに息を吐き出すと、背筋を伸ばす。「ん……」と色っぽい溜息が漏れた。ギースがイーシュを指差して「どこに捨ててく?」と尋ね、カレンが「ちゃんと連れて帰ってあげてね?」と念を押すとキーリが舌打ちをしながらイーシュの頬を叩いていく。どうやら完全に潰れてしまったのは今日もイーシュだけらしい。
片付けを任せたフィアはシオンの母親に声を掛けて手洗いを借りる。
店の手洗いの入り口は外にある。用を足したフィアは外の空気を大きく吸い込んでゆっくり息を吐き出した。これから暑くなる時期だがまだ夜風はやや冷たい。それが火照った頬に気持ちいい。
空を見上げれば半月。右半分が欠けているが、月明かりと通りに設置されている街灯の灯りがフィアの立つ路地に漏れてきている。端っこで少し雲が掛かっていた。
「三年、か……」
早いなぁ、とフィアは独りごちた。
過去を振り返ってみれば、卒業してからのこの三年は順風満帆だったとフィアは思う。卒業当初は、いきなりのDランクということで同業からのやっかみや嫌がらせもあり、嫌な気分にさせられる事もあったが、仲間が居て自分一人では無かったから大した事ではないと思えた。
真面目に迷宮に潜り、嫌がらせにまともに反応してトラブルを引き起こす事もなく、また当然だが礼儀正しく接し続けたことでギルドの職員からの覚えも良い。本当に困ったときはシェニアが助けてくれたし、鬱々とした気分の時は今日みたいに皆で飲み明かして憂さ晴らしもできていた。
C-ランクに上がれば流石に周りの見る目は変わり、表立って何かを言ってきたりすることは無くなり尊敬の眼で見られる事も多くなった。確かに二十そこそこでCランク冒険者となれば前例も少ないし、認められる事は嬉しい。それでも有頂天にならずに済んだのは、同じように努力を惜しまない仲間が居てくれたからだろう。
更にここ最近の懸念だったシオンも、ついにDランクへ昇格できた。頑なに自分を過小評価するシオンにやきもきしたものだが、今日という日を、冒険者という危険な職業につきながら誰一人欠ける事無く迎えられたのが嬉しく、そして誇らしかった。
「良い仲間に恵まれたものだな……」
月を見つめるフィアの眼に嘘はない。
眼を細めるフィアは、流れる雲に促される様にここには居ない仲間の事にも思いを馳せた。
冒険者という職から離れたシンに手紙を書かなければ。彼もきっと、自分の事のようにシオンの事を歓び、誇りに思ってくれるだろう。そういえばフェルはどうしているだろうか。元気に、新しい仲間と頑張っているだろうか。路地を吹き抜ける風が、彼女の赤い髪を揺らした。
そして――父親の事が不意に頭に過ぎった。
「……」
厳しい顔つきでフィアを見下ろす父親。記憶にある限り彼はいつだって仕事だった。兄が亡くなった時も、葬儀の時は感情を押し殺しているように見えたが葬儀が終わればまた仕事へと戻っていった。
当然だ。父は父にしかできない仕事をしていたのだ。手を離すわけにはいかない。まだ今より幼かったフィアはそれを理解しつつも納得できなかった。父親が、まるで自分とは違う、人間ではない何かに思えた。そんな父がフィアは苦手だった。フィアが自分の家を飛び出して冒険者になったのは家での籠の中の鳥のような生き方が苦しかったからだが、もしかすると父親から離れたかったのも無自覚な理由としてあったのかもしれない。
「父上……」
夜空に向かって呼んでみる。当然ながら声が届くはずもないし返事がくる事もない。ただ、今の自分を見たら父はどのような反応をするだろうか。
よくやったと褒めてくれるだろうか。はしたない事をするなと叱られるだろうか。危ない事はやめろと心配してくれるだろうか。それとも、無関心に「そうか」と囁くだけだろうか。どれもわからないがきっと最後がもっともありそうだと結論付け、そして益体もない事だと酔った頭を抑えて横に振った。
「馬鹿な事を考えるものだな……」
きっと父の中ではフィアはもう死んだものとして扱われているだろう。フィアも、家を出た時から父はもう居ないものと言い聞かせてきた。頼るべき後ろ盾を捨て、この腕一本で生きていく道を選んだのだ。今更父を思い出して何になるというのか。
無駄な感傷だ。もう一度フィアは、頭の中の父の姿をかき消そうと首を振った。偶に思い出してもすぐに意識の奥底に沈んでいく残像。しかし今日に限って中々消えてくれない。それはきっと、今日は少々飲みすぎたからだ。そうフィアは思い込もうとした。早く戻って仲間の醜態を眺めよう。そうすれば、きっと、きっといつもの自分に戻れるはずだ。フィアは店の方に踵を返した。
ガタン、という物音を聞いたのはそんな時だった。
「ばかばっか」←なんとなく言わせたかった。
いつもお読み頂きまして誠にありがとうございました<(_ _)>




