1-5 ある冒険者たちの疲れる一日(その5)
第二部 第5話です。
宜しくお願い致します<(_ _)>
「おいおい……」
氷の壁は第四級の水神魔法の中でもかなり簡便な魔法だ。だがそれでもこれだけの数を一瞬で構築するにはどれだけの技量を必要とするか。水神魔法を使いこなすアリエスやシェニア、そして周囲の冒険者たちの中でも魔法を生業とする者たちはシオンの技術のレベルに驚きを隠せない。
しかし、生粋の剣士であり魔法に対する造詣を持ち得ないセイヌは鼻で笑うばかりだ。
「ハッ……俺を近づけさせねぇための打ち手のつもりか? 馬鹿にされたもん……だなぁっ!!」
壁の隙間から覗くシオンの姿を眼にし、獰猛に笑いながら手当たり次第に氷を砕き始める。無数の微小な欠片が瞬く間にセイヌの周りに飛び散り、四散し、空間での密度を高めていく。そしてそれらが、セイヌが動く度に彼の表皮にまとわり付く。踏み込む度に、いつの間にか水浸しになっていた彼の足元で水が跳ね、ズボンに染みを作っていく。
だが壊しても壊しても終わりは見えてこない。壊す端からシオンが壁を作り出し、セイヌは一向に近づけない事に苛立ちを高めていく。
「こな、クソがっ! どうした! 逃げ回るだけしか能がねぇのか? ああん!?」
「否定はしません。でも、これが僕なりの戦い方ですから。
風精の戯れ」
挑発にも、律儀に冷静に返答しつつシオンは第五級魔法を唱えた。瞬時に構築された魔法陣から突風がセイヌの体に吹き付けられていく。
「今度は第五級魔法かぁ!? 俺も舐められたもんだな……!?」
『風精の戯れ』は単なる強風を吹き付けるだけの魔法だ。殺傷力も無ければ相手の動きを押し留めるだけの圧力もない。だが不自然に宙に浮いたままの微小な氷の粒が浮いたままの現状では話は変わる。
溶けずに残った砂程度の粒が高速でセイヌの体を打ち据えていく。一粒一粒は小さく、それ自体が傷を負わせる事は無い。だが顔にぶつけられば眼を開けて置くこともできず、体に当たったそれは小さな痛痒となりセイヌの集中を妨げる。また、当たって砕けた氷は溶けて水となり全身を次第に濡らしていった。
「く、そ……さ、さみぃ……」
濡れた体に氷を含んだ極寒の風が吹き付ける。濡れた体から温度を奪い去り、筋肉が硬直し、セイヌの意思を無視して震え始める。
何とかこの風から逃れなければ。動きを止めていればガキの思うツボだ。吹き荒ぶ風から顔を保護しながら逃げようとする。しかしセイヌの足が動かない。地面に縫い付けられているようだ。
顔をしかめながら足元を見る。そこで再びセイヌは驚きに眼を剥いた。
床に広がっていた水。そこから伸びた氷がセイヌのブーツごと足を包み込んでしまっていた。
「なっ……いつの間に……!?」
必死で抜き取ろうとするが、しっかりと縫い付けられた足は氷から抜けない。いくら相手が非力なガキだとしても、ここでこうして棒立ちになっていればただの的である。焦りばかりが募り、セイヌの意識は足元ばかりに向かっていた。
その時、風が止んだ。そして喉元に突きつけられる杖。凍えた体を震わせながらセイヌが振り向けば、シオンが落ち着いた表情で見上げていた。
「……僕の勝ちです」
「勝者、シオン・ユースター!」
シェニアの宣言に、セイヌはガクリとうなだれた。また試合が終わり、すぐに足元の氷が溶かされ温かい風が優しく吹き付けられる。
「ごめんなさい、寒いですよね? すぐに温めますから」
温風の正体はシオンの唱えた魔法らしく、申し訳なさそうにしながらシオンはセイヌに手をかざしていた。先程まで戦っていたばかりだというのに敵という感覚はないらしく、セイヌが散々馬鹿にしていたにも関わらずそれに対して憤った様子もない。
人間としての器の広さが違うのか、それとも勝者の余裕か。セイヌは悔しさに歪んだ顔をシオンから背けた。
「シオンくん、おめでとう!」
「やったな、シオン! こんにゃろ! また強くなりやがって!」
カレンとイーシュがシオンの元に駆けつけ、後ろから抱きついたり頭を撫で回したりする。少し遅れて残るキーリ達もやってきて、労ったり祝福の言葉を口々に掛ける。
「セイヌ……」
意識を取り戻したらしい虎人族と熊人族の二人がセイヌに近づき、だがどう言葉を掛ければ良いのか分からず惑うばかりだ。
そんな三人に近づく影が一つ。
「さ~て、そこの三人」
「……ひっ!」
朗らかに笑うシェニアが立っていた。彼女のまとう雰囲気に思わず熊人族の男は悲鳴を上げた。
「上では散々に馬鹿にしてた彼らにコテンパンにやられた気分はどうかしら?」
「……」
「それに、あの子達だけじゃなくてここの冒険者全体を侮辱してくれたわよね? それに対して何か言うことがあるんじゃないの?」
「……そうだな。申し訳なかった」
「新しい街に来て調子に乗ってたんだ。反省してる……」
「すまんかった……」
「うん、宜しい」
それぞれが反省の言葉を口にし、それを聞いたシェニアは満足そうに頷いた。その言葉が聞けただけで彼女としては、窓口での無礼は手打ちとしたつもりだ。だが三人はそれきり黙りこくり、バツの悪そうに動けないでいた。
明らかに意気消沈した様子に、もうちょっと張り合いのある展開を予想していたシェニアは小さく溜息を吐くと、ピンと指先でセイヌの鼻先を弾いた。
「貴方達、名前は?」
「カーマン……」
「マッセだ」
「……セイヌだよ」
「噛ませ犬……」
三人の名前を聞いて思わずキーリはそんな単語を呟いてしまうが、日本語だったため誰にも気づかれなかった。
「ほら、負けてショックなのは分かるけどシャキッとしなさい。これからこの街で冒険者としてやってくんでしょ? 一度負けたくらいでクヨクヨしない!」
「……だけどよ、俺らみたいなよそ者、それも亜人が弱っちくて上手くやっていけるわけねぇよ」
「俺らももう若くねぇし、これ以上強くなれるとも思えねぇし……」
「他の奴らを敵に回しちまったしな……自業自得だから仕方ねぇが。ま、アンタにゃ迷惑かけたしな。素直にここを出て、また亜人でもちゃんと受け入れてくれる街を探すさ」
溜息を吐く三人組。どうやら亜人である事がコンプレックスになってるようだ。
シェニアは三人組から眼を離すと、その場にいる全員に向かって「全員聞きなさい!」と叫んだ。
「ギルドの理念は?」
シェニアの突然の問い掛けだったが、その意を察したギャラリーの中から即座に返答の声が上がる。
「公正・誠実!」
「如何なる種族においても平等ってやつだぜ」
「宜しい! では、彼らは先程の侮辱について反省し、謝罪したわ! それでもまだ後腐れがある者はこの場にいるかしら?」
「何の話だかわかんねぇなぁ?」
「ここにいる奴らは、どんな連中だって全員仲間だぜ?」
「全員シェニアちゃんを慕ってるって意味でな!」
そらっトボけた返答にあちこちから馬鹿笑いが上がる。元々がカラッとした性格の多い冒険者である。三人組に抱いた怒りなどすでに過去のもの。彼らを受け入れるのにわだかまりは無いようである。
それでも全員がそうという訳では無い。場の雰囲気のせいで声を上げる事ができないまま、顔を僅かにしかめたままのものもいる。彼らの顔を覚えたシェニアは呆然とした三人組に目線を合わせると、彼らだけに聞こえる声で囁いた。
「聞いての通りよ。何人かはまだ納得してないみたいだけど、後で彼らを呼んであげるから面と向かって謝罪するなりなんなり、自分たちでケツは拭きなさい。もっとも、これからも貴方達がこの街で活動する気があるなら、だけど」
「あ、ああ……」
「貴方達も良いわね? 文句があるなら今のうちに言っときなさい」
集まっていたキーリ達に向かってそう呼びかけるが、フィアは頭を振った。
「いや、私からはこれ以上謝罪を望む気は無いさ」
「過ちを認めて反省したのであればワタクシも含むところはありませんわ」
「俺も! それよりもさ、アンタら先輩なんだろ? なら色々話聞かせてくれよ!」
全員が異論を唱える事無く、またイーシュは一切のわだかまりを見せずに懐っこく笑いながら三人組にまとわりついていく。人族であるイーシュのその人懐っこさに三人共揃って面食らって戸惑い、情けない表情でセイヌはシェニアに助けを求めた。
「そういう子なのよ。でも悪い気はしないでしょ?」
「……いいギルドだな、ここは」
「そう言ってくれると嬉しいわ。これでもそれなりに頑張ってきたつもりだもの」
「アンタも……いい女だな」
セイヌはシェニアの前に跪いた。憑き物が落ちたようなつぶらな瞳には尊敬の色があった。
「どうだい? ガチで聞きてぇんだが今晩俺と――」
「シェニアさーん! 何処ですかぁー!?」
セイヌの口説き文句を遮る形で階段の方からシェニアの呼ぶ声が響いた。シェニアはその声を聞き「あっちゃぁ……」と頭を抱えた。
彼女を探して姿を現したのは、タイトスカートとジャケットに身を包んだ栗毛色の髪の女性。クリっとした大きな眼と口元から大きく左右に伸びた洞毛が特徴的な鼠人族であり、シェニアの秘書を務めるミーシアだ。彼女はシェニアの姿を見つけると「いたーっ!」と叫び、プンプンと頬袋を膨らませた。
「シェニアさんっ! いつまで仕事サボってるんですか!?」
「……別にサボってるわけじゃないわよ。ほら? 冒険者の状況を見て把握しておくのも大切な仕事じゃない?」
「冒険者の人たちと話すのが好きなのは知ってますけど、せめて支部長決済の書類を全部片付けてから来て下さい!!」
「し、支部長……?」
シェニアの事を窓口嬢だと思っていたセイヌ、カーマン、マッセの三人は揃ってあんぐりと口を開け、震える手でシェニアを指差した。
「も、もしかしなくてもアンタ……いえ、貴女様は支部長でいらっしゃいました……?」
「そうよ? 知らなかった?」
「あら? 新しい冒険者の方々ですか? はじめまして、シェニア支部長の秘書のミーシアと申します。シェニアさんが仕事さぼってるのを見かけたらぜひ注意してあげて下さい。この人、すぐに仕事をサボりたがって……」
「は、はは……」
「ほら! 貴方達からも言ってよ! 別に私はサボってた……」
「大変失礼致しましたーっ!!」
「あ、ちょっとぉ!! 待ちなさーい!」
今までの無礼を思い出し、もはや泣き笑いしか出ない三人は、助けを求めるシェニアを振り切って訓練場から飛び出していく。階段を転びながらも一目散に逃げ出す三人に、キーリは小さく嘆息した。
「別に逃げることねぇのにな」
「しかしあの様子で、三人とも上手くやっていけるのだろうか……?」
「大丈夫だろ? おおかたもうすぐユキに捕まって、残った膿も全部吐き出させんだろ」
当然夜の相手をするという事だが、フィアは未だにすぐにそれに思い至らないらしく首を傾げた。
「そういえば、ユキは今日はどちらに居りますの? 今晩の事を知らせませんと」
「なら、俺から伝えとくぜ」
スフォンに居ることは分かっているが相変わらず神出鬼没のユキだ。連絡を取りたいと思っても自分以外では捕まえる事は無理だろう。アリエスからユキへの声掛けを請け負ったところでギースが痺れを切らしたように舌打ちをした。
「シオンを祝うんだろ? さっさと準備に行こうぜ」
「せっかくだし高い酒買ってこうぜ! こないだ珍しい酒扱ってる酒場見つけたんだ! そこ行って譲って貰おうぜ!」
「なら酒の準備はギースとイーシュの二人に任せた。私はご母堂にご挨拶に向かうとしよう」
そう言いながらフィアは、パーティで管理しているお金を手渡し、三人で連れ立ってギルドの外へと出ていった。
「それでしたらアリエス様、私達はデザートを買っていきましょうよ!」
「そうですわね、偶には甘いものも悪くありませんわね」
「おいおい、酒に甘いもんは勘弁してくれよ……」
「えー、甘いお菓子も合うと思うけどなぁ」
「カレンの味覚はアテになんねぇんだよっ!」
「あはは……」
カレン達を羨ましげに指を加えつつ、シェニアは襟首をミーシアに掴まれて引きずられていく。だが、不意にやらなければならなかった事を思い出してキーリとシオンを呼んだ。
「そうだ! 二人共、例の件でチェックしてもらいたいのがあるから後で私の部屋にきてちょうだい!」
「ああ、了解した」
「どうして仕事の前に自分の趣味に走ろうとするんですかっ!!」
「痛いっ! ちょ、ミーシア! 耳は、耳はやめてっ! 千切れるからっ!」
「私の胃の痛みと思って我慢してくださいっ!」
シェニアの悲鳴を残しながら、ミーシア達は訓練場から消えていく。その姿を見送りながら、キーリとシオンは肩を竦め合い、そして笑いながら彼女らの後を追いかけていった。
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