1-3 ある冒険者たちの疲れる一日(その3)
第二部 第3話です。
宜しくお願い致します<(_ _)>
「いい? 勝負は一対一の三回戦。武器はこの訓練場にある木製のものだけ使用が可。魔法の使用も勿論問題ないわ。ただし、相手を殺してしまいかねない攻撃をした時点で負け。勝敗は私の方で判断するわ。当然、判定に関してどちらか一方に肩入れする事はないわ」
ギルド地下の鍛錬場に移動した一同に向かってシェニアはルールを説明していく。キーリは、面倒くさそうにストレッチをしながら耳だけを傾けている。対する馬・虎・熊の三人組は嫌らしい笑みをその顔に浮かべ、模擬戦の開始を今か今かと待っていた。
「ルールに関しちゃ問題は無いな。殺しもするつもりはねぇが、だが万が一運悪く相手を殺しちまった場合はどうなるんだ?」
「何事に関しても事故は付き物よ。意図的でない限りギルド側から処分を下すことは無いわ。そうならないよう治癒魔法が使える治癒院の魔法使いも待機させてる。
――心置きなく戦いなさい」
「そりゃありがてぇな。やっぱ訓練とはいえ、本気で戦わなきゃ意味がねぇからな」
虎人族の男が獰猛な笑みを浮かべた。
体こそ質問をぶつけてきた虎人族の大男に向いているが、シェニアの言葉は果たして誰に向けられたものか。男たちはそれが自分たちに向けられたものだと思っているようでニヤニヤと笑っている。こんな連中の相手をしなければならないかと思うと心底面倒だ。だが、シェニアの意図を何となくだが察しており、それが自分たちの利となるものである為に拒否もし辛い。さっさと終わらせてしまうか、とキーリは首を鳴らした。
「シェニア支部長、ちょっと宜しいでしょうか?」
三人組が用意された武器を物色しているタイミングを見計らい、フィアはシェニアの元へ赴いて小声で話しかけた。
「何かしら? ……と言っても聞きたいことは分かるわ。どうしてこんな勝負を私が持ちかけたか、でしょう?」
フィアはコクリ、と頷いた。
シェニアが享楽主義的で、面白いと思ったら即実行しようとする癖のあるのはこの四年でフィアも薄々察している。だが同時に彼女は意味の無い行為はせず、特に誰かを巻き込む時は何らかしらの意図を持っていることが多い。その意味で信頼はしているがフィアの頭ではその意図までは察することはできなかった。
フィアはパーティのリーダーだ。仲間を不要な危険から守らなければならない。そう思っての質問だったが、シェニアは手招きをすると三人組に背を向けてフィアに耳打ちをした。
「パーティのリーダーである貴女にはキチンと伝えておくわ。
意図は三つ。まずは貴方たちの実力を他の冒険者達に明確に分かる形でアピールすること。特にキーリや貴女のね」
「私達のですか? しかし私達がCランクであることは既に他の方々も知っているはずでは……?」
「ギルドの職員達は別に実力を疑ってはいないわ。でも、あの三馬鹿じゃないけれど中には貴女達が贔屓でここまで上がったんじゃないかって疑ってる連中もまだまだいるの」
そう言ってチラリとシェニアは訓練場を見回した。
それなりの広さのある訓練場だが、今は先程まで上の窓口に居た冒険者の殆どがここに押し寄せていて奇妙な熱気が包み込んでいる。
「直接貴女達が戦っているのを見たことある連中はそんなこと無いだろうけど、卒業して初っ端から貴女とキーリは目立ってたわ。人である以上嫉妬とかをなくすことはできないし、かと言って貴女達に手を抜けとか言うのもお門違いだしね。
でも偶然にしろ、あの三人があれだけ空気読まずマヌケなことを口走ってくれたのは有難いわ。貴女やキーリが三人を思い切り叩き潰しても、今なら実力を示すだけじゃなくて、『よくやってくれた!』って批判的な眼を向けていた連中も好意的に見てくれるようになるかもしれないわ」
「なるほど……」
「で、二つ目の理由だけど似たようなものね。貴方達の実力が本物だっていうことが大勢に示すことができれば、パーティに属するシオンに対するやっかみも減るんじゃないかと思ってね。そもそも、シオンの役回りはパーティのフォローが主だから戦闘能力を重視されないし、徹底的にやって『仲間に手を出そうとするとこうなるぞ!』って分かり易く示せれば、周囲も下手な手出しもしづらくなるもの」
「……シェニア支部長の意図は分かりました。しかし……話を聞けば聞くほどあの三人が少し可哀想になりますね」
「それが三つ目の理由よ」
クスリ、とシェニアは笑ってみせた。その時、最初に戦う虎人族の男が大声を上げた。
「おい姉ちゃん! こっちゃ準備できたぜ!」
「分かったわ。では先鋒は両者とも中央に」
スカートを翻しながらシェニアは訓練場の中央へ行き、虎人族の男とキーリを呼び寄せる。
「時間は無制限。相手が基本的に戦闘不能になるか戦意を喪失した時点で試合は終了だけど、それ以外でもこれ以上は危険と私が判断すれば止めるわ。それまではお互いに全力を尽くしなさい。良いわね?」
最終確認の言葉に向き合った二人は頷く。だが虎人族の男は目の前に立ったキーリを見て怪訝な表情を浮かべた。
「おい、男女……いや、女男か?」
「俺は男だ。今日限りで会うことねぇだろうけど一応伝えておくぜ。だから遠慮なく掛かってきていいぜ?」
「口の減らねぇガキだ。さっさと終わらせてやるからママのおっぱいでも飲みながら慰めてもらうんだな。
で、だ。テメェ……武器はどうしたよ?」
虎人族の丸太の様な腕にはハルバートを模した木の斧が握られているが、対するキーリの手には何も握られていない。背負っていた大剣も今はアリエスに預けてある。手首の当たりを解したり首を回したりとリラックスした様子で立っていた。
「ああ、まあハンデってとこだ。アンタごときに武器を使うまでもねぇ」
事も無げにサラリとそう言ってのけた。本心でもあるが、半ば以上相手を挑発するために敢えて口に出したのだが、その試みは容易く成功した。虎人族の男はこめかみに幾つもの青筋を浮かべ、怒りに口元を震わせている。
「防具も無しとは見上げた根性じゃねぇか……」
「それでは――試合開始っ!」
キーリの目配せを受けてシェニアが開始の声を上げる。
「いいぜ、お望みどおり――ボコボコに甚振ってやるよっ!!」
同時に虎人族の男は斧を大きく振り被り、俊敏な動きで巨体を踊らせた。
「はーい、そこまで」
シェニアが呑気な声で試合の終了を告げた。
床の上には死体――もとい、ボコボコに殴られて顔を変形させた虎人族の男が横たわっていた。一方のキーリは汗一つ掻くこと無く、一仕事終わったとばかりに両手を叩いた。
試合時間、約十秒。文字通り秒殺であった。
「な、何やってやがる! あんなガキに……」
「つ、つえぇよ……油断するな……」
「お、おい! しっかりしろ!」
虎人族はキーリから逃げるように、驚嘆して空いた口が塞がらないでいる仲間の元へ何とか這っていって一言だけ告げるとガクリと意識を失った。
まさか、仲間がこんなにも簡単に。動かなくなった虎人族の男を前にして唖然とする馬面と熊男。そんな二人だが、ヒソヒソと話すギャラリーの声が耳に入った。
「キーリ・アルカナ……贔屓だなんだと噂されてたけど、やっぱCランクになれたのは本当に実力だったんだな」
「そりゃそうだろう……だって決めたのはシェニアさんだぜ? あの人がそんな依怙贔屓とかするかよ」
「い、いや、俺だって本気でそんな事思っちゃいなかったさ。けど歳考えりゃ、贔屓じゃなくても実力を高めるために将来性を加味しての昇格だとかいう話もあったし、シェニアさんならそれくらいはやりそうだったからよ……」
「なん、だと……?」
馬面は耳を疑った。あんなガキがCランク冒険者だと? 馬鹿な、そんな事は有り得ない。だって見た目からしてまだ子供っぽさが抜けきっていないというのに。
きっと聞き間違いだ。馬面が口元を引きつらせている横で、熊男が小声で話していた男達を見上げた。
「おい、お前ら! そう、今あのガキの話をしてたお前らだ!」
「あ? 何か用かよ? 次の試合はアンタだろ? 無駄話なんてしてる暇無いんじゃないか?」
「俺は真面目に話を聞きたいんだよ!」
牙を剥き出しにして威嚇する熊男。話しかけられた二人組は、周囲から向けられる視線に気づき心底迷惑だという顔を歪ませた。だが、片割れのタバコを咥えて観戦していた男は性根が親切なのだろう。嫌そうにしながらも「何を聞きたいんだ?」と返事をした。
「今、コイツをぶちのめしたあのガキ……あいつがCランクっていうのは本当なのか?」
「はぁ?」
何言ってんだ、コイツとばかりに怪訝そうにタバコの男は首を傾げた。その反応を見て馬面は、やはり先程の話は聞き間違いだったのだと胸を撫で下ろした。
だが。
「なんだ、お前らそんな事も知らずに喧嘩売ったのか?」
「は?」
「スフォンギルド史上最年少で――まあ最近更新されちまったが――Cランクになった坊主。恐らく今、この街で一番強い冒険者っていやぁお前らが喧嘩売ったあの坊主だよ。『アイツの眼を見るな。眼が合った瞬間殺される』って有名だぜ?」
「おい、おっさん! 聞こえてっぞ」
「馬鹿野郎、キーリ。俺が言ってるわけじゃねぇよ」
「無いことばっか吹聴すんのはいつもおっさんだろうがよ」
「ハッハッハッ、バレたか!」
「ちょっちは反省しやがれ! いつか本当に張っ倒すぞ!?」
タバコの男がキーリの新たな噂話をでっち上げ、それを聞いていたキーリが怒鳴りつけるも男は反省する様子もなく楽しそうな笑い声をあげた。
その横で熊男がガタガタと体を震わせて馬面へと縋り付いた。
「ど、どうすんだよ!? 明らかに俺らじゃ敵わねぇじゃねぇか!? お前がガキだと思って何も考えずに喧嘩なんか売るから――」
「い、今更ガタガタ言ってんじゃねぇ!」
体格に反して実は気が小さいらしい熊男。馬面は熊男を一喝して黙らせると、「落ち着け、落ち着け」と小声で繰り返す。何度かそうすることで、未だ顔はひきつっていたが気持ちは何とか落ち着いたようだ。熊男の堅い背中をバシンと強く叩いて気合を入れてやる。
「大丈夫だ、そんな化物みたいなガキがそんな何人も居るはずがねぇ。一番手で出ていったコイツの運が悪かっただけだ。ほら、見てみろ」馬面が次の試合の準備をしているフィアを指差した。「次はあの女だ。武器を持っちゃいるが、言ってみれば武器を使わなきゃお前に勝てる気がしねぇって不安の裏返しだ。だが大丈夫だ、お前のリーチと爪がありゃお前は勝てる。いいな?」
「お、おう……そうだよな、へへ、俺としたことが何をビビってたんだか」
オロオロとしていた熊男は馬面の励ましに元気を取り戻すと、大きな拳を掌に叩きつけながら気合たっぷりに試合場へ向かっていく。その後姿を見送って馬面は溜息を吐く。
そう、大丈夫なはずだ。化物なんて早々居ない。現にこれまでの冒険者人生の中でも、光る奴は偶に居たが図抜けた人間はせいぜい数人。それがこんな落ちぶれた街の冒険者の中で何人も居るはずがない。
「へっ……大丈夫、アイツと俺で二勝すれば――」
「それでは第二試合――始めっ!」
「俺らは晴れて、この街でも名の知れた冒険者として――」
シェニアの声とほぼ同時に鈍い音が轟く。それから数瞬遅れて、馬面の真横を大の字になった何かが水平に高速で通過していった。
相当な重量物がぶつかる。何かが壊れる音と同時に訓練場が揺れた。
「――やっていける……」
その場に居た全員が一斉に音の方を振り返れば、熊が壁に埋まっていた。
「……すまない。力加減を間違えた」
壁から剥がれ落ちて微動だにしなくなった熊男に、心底申し訳なさそうに謝罪するフィア。その手には折れた木剣が握られていて、折れた切っ先がクルクルと宙を待って、気を失った熊男の頭に落ちてスコーン、と軽い音を立てた。
「さて、これでもうチームとしての勝敗は決したわけだけど、どうするかしら?」
ポカンと、顎が外れそうな程に口を開け、眼をひん剥いて熊男の亡骸(存命)を見つめるだけの馬男だったが、いつの間にかすぐ後ろに立っていたシェニアから声を掛けられて我に返った。
振り返って見上げれば、照明で影になったシェニアの笑顔が浮かび上がる。だがその眼が全く笑っていないことに、ここに至ってようやく馬面は気づいた。
(ヤベェ、ヤベェよ……何なんだよ、この街は……!?)
何処が落ちぶれた街だ。この街に居ても何も得られるものが無いとは、自分がまだガキの頃にスフォンから流れてきた冒険者から聞いた話だが、全然違うじゃないか。馬面はシェニアを前にして腰が引け、顔に怯えを浮かべた。
「わ、分かった! お、俺らの――」
「あれだけ散々に私達をこき下ろしておきながら自分だけ逃げるなんて、そんな情けないことは言わないわよね?」
「ぐっ!」
降参しようとする馬男の言葉をシェニアが笑顔で遮り、逃げ道を塞ぐ。言葉に詰まった馬面だが、少し冷静になった頭で考える。
確かにこのままやられっぱなしというのも業腹だ。有望とは言えガキ相手に戦いもせずに尻尾を巻いて逃げるというのも性に合わない。
そうだ。要は勝てばいいのだ。何も無理して、あんな化物みたいなガキと戦って醜態を見せる事もあるまい。
馬面はククッと笑い、何故か自信満々な態度で立ち上がった。
「おう、いいぜ。俺だって冒険者だ。コイツらは呆気なく負けちまったが、二人共力任せに武器を振り回すしか能がねぇ単細胞だ。だが俺までコイツらと同じと思われちまっちゃあ今後の信用に関わっちまう」
「もう貴方達の信用なんて地面にめり込んでるくらいだと思うけれど……いいわ、それで、貴方も戦うって事でいいわね?」
「ああ、そうだ。だが俺が勝ってもチームとしちゃ負けだ。ならせっかくだしよ、戦う相手を俺が示しても良いと思わねぇか?」
「その理屈はよく分からないけれど、要は貴方が戦ってみたい相手が居るってことね? 双方の合意があれば私は別に構わないわよ?」
「その言葉が聞けりゃ十分だ」
ニタリと馬面が笑う。一体何処にその自信があるのだろうか、とシェニアは呆れた表情を浮かべるが、馬面はそれを気にする事無く人差し指を立てて手を振り上げた。
「俺が戦う相手。それは……テメェだっ!」
ビシィィッ、と擬音がつきそうな勢いで指差したのは先程戦ったばかりのフィア――ではなく、彼女の腕に抱きしめられて迷惑そうにしていたシオンだった。
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