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1-2 ある冒険者たちの疲れる一日(その2)

第二部 第2話です。

宜しくお願い致します<(_ _)>




「まずはおめでとう。はい、これが新しいシオン君の冒険者証」

「これが……」


 ギルドの窓口でシェニアから手渡された真新しいピカピカの冒険者証に、シオンは眼を奪われた。

 これまでの銅色と違い、鮮やかに光を反射して輝く銀色のカード。そこには確かにシオン・ユースターの名前が刻まれていた。


(本当に僕なんかが……)


 こうして実際に手にしても未だに信じられない。マイナスがつくとはいってもDランクであれば正真正銘立派な冒険者だ。駆け出しとは違い、Dになれば周囲の見る目も違ってくる。そもそもD-ランクだって、通常ならば何年も何年も冒険者として活動し、腕を磨いてその中の一部がやっとなれるレベルだ。そんなところに未だ十代の自分が居るなんて、養成学校に入る前の自分が知ったらどんな反応するだろうか。


「どうだ? 少しは実感湧いたか?」

「いえ……正直、まだ半信半疑です」キーリの問いに首を横に振る。「でも、キーリさん達は三年も前にこれを手にしてたんですよね。あの時は単純に凄い人が正しく評価されたのが嬉しかっただけだったけど、今ならそれがとんでもないことだったんだってよく分かります」


 カード自体の重さは変わらないはず。しかし手に持ったシオンには、それがこれまでよりも遥かに重く感じられた。


「ふふ、シオンもそんな場所にやっと足を踏み入れたんですのよ? これからは周りから羨望と嫉妬の眼差しが大変ですわ、きっと」

「お、脅かさないでくださいよ」

「そうですよ、アリエス様。むしろシオンくんは可愛いから、女性冒険者の間で大人気になるんじゃないですか?」

「むぅ、確かにそうかもしれないな。十代でD-ランクとなれば前途有望であることは間違いないだろうし、妙な女が寄ってくるかもしれない。シオン、擦り寄ってくる女性には十分気を付けなければならないぞ?」

「だからって剣に手を掛けるのはお止めなさいな、フィア」

「お前が一番危ねぇんだよ」

「ぬ、私の何処が危ないというのだ、キーリ?」

「シオンの尻尾を目で追いながら鼻血垂らしてるテメェの顔を見てこい」

「おー、シオン達じゃん」


 そうしたやり取りを交わしていると、入り口の方から名を呼ばれて一斉に振り向く。それが誰であるか、姿を見るまでもない聞き慣れた声。三年経っても変わらない悪ガキっぽさの抜けない顔立ちのイーシュが「おっす」と軽く手を上げていた。そしてその後ろには、やはり変わらず仏頂面でキーリに負けず劣らず目付きの悪いギースが立っている。


「イーシュくん、もしかしなくてもまた深酒したの?」

「あ、臭う? いやー、女の子が俺を寝かしてくんなくてな」


 後頭部を掻きながらハッハッハッと笑うイーシュだが、キーリが可哀想なものを見る目をしながら肩に手を置くと首を横に振った。


「またフられたんだな」


 その途端、ジワッとイーシュの眼から涙が溢れ始め、ギルドのカウンターに突っ伏してオイオイと泣き始めた。


「そうなんだよ! メッチャクチャいい女だったのに昨夜突然『私達、別れた方が良いと思うの』なんて言い出してよ!」

「それは……残念でしたわね」

「今回はって思って俺だって頑張ったんだぜ!? アイツの為ならって思って、アイツの欲しがる物は何でも買ってやったし、お前らとの付き合いよりも優先して俺なりに大事にしてやったんだぜ? だってのになんで……」

「そんなに落ち込まないで下さい。きっとまた良い(ひと)と巡り会えますよ」

「買い与えすぎて破産寸前だったけどよ」

「はい、アウト」


 金の切れ目が縁の切れ目。モテたいという願望が強すぎるためか、イーシュは養成学校卒業直後からこうして女性に貢いでは振られるというサイクルを繰り返していた。決して女性を蔑ろにしたり暴力を奮ったりといった事は無いのだが、どうにも彼には女性を見る目がないらしい。キーリ達が客観的に見ても、いつだってイーシュに寄ってくるのは派手で遊び好きそうな女性ばかりで、カレンも度々注意していたのだが――


「俺だってモテたいんだよ……」


 ――と言って忠告を聞かないのが常であった。その度にこうしてやけ酒をあおって泣きつくのだが、変わらず話を聞いて慰めてやるシオンとカレンは相当な人格者であるとキーリは常々感心していた。


「このバカの話はどうでもいいんだよ」


 ギースはバッサリとイーシュの醜態を斬り裂くと、シオンの横に並んで手の中のカードを見下ろした。ギースの視線に気づいたシオンは照れくさそうに笑って冒険者証を差し出した。


「お陰さまで無事に合格できました」

「そうか、よく頑張ったな」


 そう言ってギースはシオンの頭を荒っぽく撫でる。その顔には、ギースにしては珍しく優しい笑みが浮かんでいた。

 キーリが知る限り、昔からギースはいつも不機嫌そうでムスッとしていることが多かったが、最近はこうした表情が増えてきた。もしかすると、ギースもシオンを弟のように思っているのかもしれない。或いはギースも無印のDランク冒険者として安定した生活が出来て気持ちに余裕ができてきたからかもしれない。いずれにせよ、いい傾向だとキーリの顔も自然と綻ぶ。


「お、そうだそうだ! シオン、どうだった!?」


 泣きながら愚痴っていたイーシュだったが、今日がシオンの審査日だった事をやっと思い出したのか、ガバッと体を上げてシオンの方へ寄ってくる。


「テメェは何を聞いてたんだ? 今言ったじゃねぇか」

「はい! ちゃんと合格できました」

「おぉっ! やったな! これでシオンも俺らの仲間入りだな!」


 ガッチリとヘッドロックを固めて、イーシュは人好きのする笑顔を浮かべながら手荒い祝福をしてやる。

 シェニアはそうした彼らを、成長した子供たちの姿を温かい眼差しで見つめた。


「本当はいっそのこと無印のDランクくらいまで上げようかとも思ったんだけどね」

「うぇ? いきなり俺より上? え? マジで?」

「流石にそうすると、前例も無いし余計な反発を招くからやめとけってミーシアに怒られちゃった」


 テヘペロ、と悪びれずに舌を出して反省の色を見せないシェニアを見てキーリは頭を抑えた。歳を考えろと言いたいが、長耳族故の見た目の若さのせいで中々に様になっているからタチが悪い。


「ま、確かにシオンはすげー頑張り屋だもんな! 今日の審査までずっと努力してたから当然っちゃ当然だな」

「イーシュは逆にもっと努力しなさいな」

「俺だって頑張ってるよ。剣と女心はな」

「後者は報われていないようだがな」

「うるへ!」傷口を抉ってくるフィアに怒鳴りながら、イーシュはシオンのカードを貸してもらってマジマジと見つめた「いやー、しかしシオンもついにDランク冒険者か。俺もうかうかしてらん――」

「おいおい、スフォンのギルドってのは託児所か何かか?」

「ああ?」


 小馬鹿にしたような笑い声がギルド内に響き、ギースがドスの利いた声を発しながら後ろを振り返る。そこには三人の獣人が立っていた。先頭に立っているのは馬人族で、これみよがしに鞘に入れた剣を肩に担いでいる。その後ろでは虎人族と熊人族らしい二人が巨体を揺らしている。熊人族に至っては、ギルド内だというのに両手には鋼鉄の爪(アイアン・クロー)を装着している。三人共獣側の血が濃いのか、人族よりはそれぞれの種族の元となった動物の顔立ちだ。

 先頭に居た馬人族の男は睨みを利かすギースよりも頭一つ程大きく、彼を見下ろしながら鼻を鳴らして笑った。


「おっと、聞こえちまったか。ワリィな、ガキ。あんまりにも乳臭くて我慢できなくてよ」

「ここは俺達みたいな一人前の冒険者が集まる場所なんだよ」

「駆け出しはとっとと出ていって雑用でもしてな」


 口々にキーリ達を馬鹿にして三人は笑い合う。イーシュやギースのみならず、すでにギルド内の空気がすっかり剣呑なものに変わっている。ギルドの受付嬢たちからも睨まれているのだが三人は鈍感なのか、それに気づかず馬鹿笑いを続けていた。


「そうか。んじゃ一人前の冒険者様たちに任せて俺達は帰ろうぜ?」

「そうだな。このような場に長居するものでもないしな」

「でしたらこの後はシオンのお祝い会でもしませんか? もちろんシオンくんのお家で」

「あ、それ良いですわね! シオン、構いませんの?」

「そんな! 僕の方はありがたいばかりですけれど……皆さんは良いんですか?」

「当たり前だ。私達がシオンのお祝いをしたいんだから遠慮するな。おい、イーシュ、ギースも行くぞ」


 対してキーリ達も沸点はそれほど低くはないし、特にキーリ・フィア・アリエスの三人は卒業後にいきなりD-ランクとなった事で多くのやっかみを受けてきた。冒険者の中にも程度の低い煽りをしてくる輩も多く、いちいち相手をするようでは自分の程度も知れたものと心得ているため、今の三人組の煽りも適当に聞き流すだけだ。

 ギースはチッと舌打ちをして睨み続けるイーシュの首を引っ張り、六人はギルドの出口へと向かった。


「おい、ちょっと待てよ」


 だがそこを呼び止められる。また面倒な輩に眼を付けられたな、とキーリは溜息を吐くと馬面がこちらを睨みつけながら近づいてくる。だが馬面男が睨んでいたのはキーリ達ではなく、イーシュが手にしたままになっていたシオンの冒険者証だ。


「ちょいとそれを貸しな」

「あ! おい!」


 断る前にイーシュの手からそれをひったくると真新しい銀色のカードを睨めつける。そして「シオン・ユースターってのはテメェか?」と尋ねた。


「違ぇよ。俺はイーシュ・カーシオだ。覚えとけ。シオンはそっちの」イーシュは親指で、フィアに抱きつかれたままのシオンを指差した。「赤髪のレディに抱きつかれた狼人族の奴だ。まだ十代だけどD-ランクになったすげぇ奴なんだぜ?」


 どうだ、とばかりに胸を張るイーシュ。その後ろでアリエスは「あんのバカ……」と頭を抑えた。

 馬面の男はイーシュの顔をポカンと見ていたが、口元を抑えてプッと噴き出す。そのまま仲間二人を巻き込んでの大爆笑へと変わるのにそう時間は掛からなかった。


「お、おい! 聞いたかっ!」

「ああ、聞いたぜ! くくっ……腹いてぇ!」

「面白すぎんだろ、スフォンってとこはよぉっ!」

「な、何がおかしいんだよっ!」


 イーシュはいきり立つが、三人組はやれやれ、と肩を竦めてみせる。


「これが笑わずに居られるかってよ。流石は凋落した街、スフォンだ。こんなガキにまでDランクに認定しなきゃやっていけねぇくらい冒険者のレベルが低いんだもんよ」

「もしかしなくても俺らがここで一番強ぇんじゃないか?」

「だとしたら俺ら一生ここで悠々自適に暮らしてもいいんじゃねっ?」


 腹を抱えて笑い転げる三人によって、いよいよ空気が悪くなっていく。周りの冒険者の中には、ご法度にも関わらず抜剣しようとして仲間に止められている者もいる。

 シェニアは阿呆を見るような眼で三人を眺めていたが、いい加減に限界か、と三人に声を掛けて注意を引く。


「はいはい。ウチを馬鹿にするのは勝手だけど御用は何かしら?」

「お……へへ、冒険者のレベルは低いが受付の姉ちゃん達は皆レベル高ぇじゃねぇか」


 馬面がシェニアの前のカウンターに肘をついて、必要以上に顔を近づける。臭い息が掛かり、一瞬シェニアは他人に見せられないような顔をするが、幸いにも馬面はそれを見逃していた。


「それはどうも。で、ご用件は?」

「なあなあ、どうせ暇なんだろ? 仕事なんかサボって俺らと遊びに行かねぇか?」

「あら、ナンパ? こんなオバサンを口説くなんて見る目がないのね」


 言いながらシェニアは、馬面がさり気なく触ろうとしてきた腕を捻り上げる。


「あだだだっ!?」

「でもダメよ。もっと貴方が歳取って熟成してたら美味しく頂けたかもしれないのに」


 馬肉的な意味でな。キーリは心の中で代弁した。


「へ、へへへ……気の強ぇ女は好きだぜ?」

「そう? なら相応に貴方も立派な冒険者になってね?

 ところで貴方達、見ない顔だけど何処から来たのかしら?」

「俺らか? へへ、ついさっきオーフェルスからやってきたところだ」

「オーフェルス……辺境伯領から。ずいぶんと遠いところから来たのね」

「まあな。ちょいとばかりあっちでやんちゃし過ぎてよ。三人で流れに流れて辿り着いたのがこの街だってわけだ。

 で、どうだ? 右も左も分かんねぇ俺らに街を案内してくんねぇかな?」

「今夜泊まる宿もまだ決めてねぇんだ」

「なんなら姉ちゃんの家でも俺らは一向に構わねぇぜ?」

「面白いのは顔だけにしてくれない?」

「あ?」

「いえ、なんでも無いわ」


 馬面だけでなく残り二人もシェニアに近寄ってきて、カウンターから身を乗り出し、鋭い口元の牙をむき出しにしたところで思わず本音が漏れる。顔が近いのは凄んでみせているのだろうが、シェニアが臆するはずもなく、「そうねぇ」と考える仕草を見せた。

「ねぇ、やんちゃしてやってきたって事はそれなりに腕が立つのよね?」

「おう、当たり前じゃねぇか」馬面が得意そうに自分の冒険者証を見せびらかす「あのガキ共と違って真っ当に実力でDまで上がってきたんだ。最近は昇格審査を受けてなかったからまだ無印のDだがその気になればCくらいまでは余裕で上がれるぜ?」

「へぇ、そうなんだ」


 適当な相槌を打つと、シェニアはチラリとキーリ達の方を見てニヤッと笑った。

 あ、これはヤバい。悪い予感がしてキーリはこっそりと出ていこうとするが、シェニアが逃がすわけもない。


「家に泊めてあげてもいいんだけどね、実はね、今日はそこの少年のお祝い会にお呼ばれしてるの」

「はぁっ!?」

「へっ?」

「お、マジっすか!?」


 素っ頓狂な声を上げるキーリ達と、一人眼を輝かせるイーシュ。三人組は途端に形相を鬼のように変化させてキーリ達を射殺さんばかりに睨みつけてきた。

 いきなり何を言い出すんだとキーリはシェニアを睨みつけるが、彼女は「任せなさい」とばかりにウインクを返してくる。


「……おいおい、冗談だろ姉ちゃん。俺らよりこんなガキ共の方が良いってか?」

「そりゃあねぇ……彼らはギルドでも期待の有望株だし? それにほら、若い子ってウブで可愛いじゃない?」

「オバサンの相手はマジでかんべ――」


 キーリがボソリと漏らしたと同時に何かが耳元を高速で通り過ぎていった。ドス、という音に恐る恐る振り向くと氷の杭が壁に突き刺さっており、キーリは閉口した。


「あ、でも」


 睨みつける三人組に向かってシェニアは満面の笑みを浮かべ、あたかも名案を思いついたと言わんばかりに自身の両手のひらをパンっと叩き合わせた。


「貴方達三人が――彼らより強かったら考えてあげてもいいかな?」


 笑顔でそう言い放ったシェニアの瞳は笑ってはいなかった。




お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>


気が向いたらご感想やポイント評価等頂けると幸甚でございます<(_ _)>

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