3-2 入学試験にて(その2)
第9話です。
よろしくお願いします。
<<主要登場人物>>
キーリ:本作主人公。冒険者養成学校に入学するため、スフォンへやってきた。
ユキ:キーリの同行者。同じく養成学校に入学を希望している。見た目美少女だが男好き。
フィア:街の食堂で出会った少女。赤い髪が特徴。
レイス:フィアの友人。無表情眼鏡少女。
「それでは……始め!」
試験官の掛け声と同時に、教室中から一斉に紙を捲る音が響く。そして静かな教室に、用紙に回答を書き込んでいく時間だけが淡々と刻まれていく。
スフォンの養成学校の試験は大きく分けて二つある。
一つは今行われている筆記試験で、もう一つは午後から行われる適性検査だ。
本来は午前中に行われる筆記試験で合格者の大半が決まり、午後の適性検査では冒険者としてやっていくだけの才能・素養があるかどうか判断するだけのものだ。ギルドとしても一般の人に初めから戦闘能力や罠抜けの判断能力を期待してはおらず、実践以外で育ちにくいそういった能力は在学中に鍛えていくという方針だ。
とは言ってもそれが全てでは無く、午前中の座学は壊滅的だが類まれな才能を午後の検査で見せつけたりした人間は合格判定がもらえる事もあるらしい。また適性検査の結果、本人が希望したコースの才能が検査官の眼で見て認められなかったら他のコースへの変更を勧められる事もある、とは試験開始前にフィアとレイスから教えてもらった情報だ。
それをキーリは窓の外を眺めながら、何とはなしに思い出していた。頬杖を突き、手に持った鉛筆をクルクルと回して弄んでいた。
試験時間はまだ後一時間程残っているが、キーリの答案用紙は白紙――ではなくすでに全てが埋められていた。
そもそも、キーリ――霧医・文斗は前世で勉強は出来た方だと自負があり、そのための努力もしてきた自信もある。県内トップの高校に入学し、有名国立大学にも現役で合格した。応用問題こそ若干の苦手意識はあるが、教科書レベルの問題であればほぼ問題なく解けていた。
(暇だな……)
そんなキーリからすれば、筆記試験の問題は簡単過ぎた。就学割合が低い世の中であり、公立の学校も大きな街以外には基本的に存在しない世界であるから仕方ないとは思うが、まず文字の読み書きができるかどうかを問う問題が出るのはどうかと思う。前世でいえば数学に当たる学問も、殆どが小学生教科書レベルの問題で、数問中学生レベルの問いが出ている程度。受験を終えて十数年が経過しているとはいえ、その程度の時間で忘れてしまうほど浅い勉強はしていない。
不安だったのはこの世界の歴史や宗教、それに前世の世界には存在しなかった魔法に関する知識関連の問題だったが、どういった内容が問われるか分かっていれば大した話では無い。十分対策済みだ。
見直しも終わり、すでに暇を持て余したキーリはカンニングにならない様注意しながら周囲の様子を窺う。ユキもまたすでに問題を解き終え、完全に机に突っ伏して眠ってしまっている。少し離れた位置に座っているフィアとレイスは、流石にまだ解き終わっては居ないみたいで、レイスは淡々と手を動かして、フィアの方は時折頭を抱えながら問題を解いているようだ。
「……そこまで! 筆記具を置いて、解答用紙には手を触れないように!」
強面試験官のドスの聞いた声が教室に響き、一斉に緊張感が解けていって口々に溜息が漏れだす。それはフィアも例外では無いようで、答案用紙の回収が終わった途端、机の上に突っ伏した。
「大丈夫ですか、お嬢様?」
「何とか、な……私はレイスが羨ましい。紙と向かい合い続けても苦じゃないのだからな」
「恐れいります」
「おーっす。二人共どうだった?」
「キーリとユキか」やってきた二人に虚ろな眼を向けた。「恐らくは落ちることは無いと思うが精神的に疲れた……二人はどうだったんだ?」
「んー、まあ」
「余裕ってところかしら?」
「なん、だと……!」
突っ伏したままフィアは絶句した。
「ユキはともかくとして、キーリは私よりも遥かに脳筋だと思っていたのに……」
「お前ん中で俺のイメージどうなってんの?」
「どこでもトラブルを引き起こす短気なトラブルメーカー」
「濡れ衣だと断固として主張する」
「それよりも、午前の試験はこれで終わりでしょ? この後どうすればいいの?」
「確か、この後はすぐに適性検査が始まるはずです。養成学校の中庭で行われます」
「えー、お昼は抜きってこと?」
「そうなりますね。貴族の方々はすでに開始しているはずですので、日暮れ前には全てが終わるはずです」
「昼抜きは少々辛いが、冒険者になれば昼を抜くこともそう珍しい話ではない。合格発表前にこう言うのもおかしな話だが、冒険者になるための訓練と思えばいい。実際に入学後にはそういった訓練も行われるらしいしな」
行くか、とフィアが立ち上がって教室を出て行く。他の受験生はまだ筆記の疲労から抜け出せないらしく、多くがまだ椅子に座って魂が抜けてしまったように呆けていた。
彼女の少し後ろをレイスが付き従い、検査場所を知らないキーリたちもフィア達に付いて行きながら、ふと思いついた疑問をキーリが口にした。
「そういや、適性検査って何をすんの? 筆記はともかく、そっちは全然知らねーんだけど」
「……確か魔力検査や魔法適正について調べる、という事だったと思うが……」
キーリに目線を向けられるが、フィアは眼を逸らしながら頬を掻く。どうやらはっきりと覚えていないらしい。
そんな主人の様子を見かねたレイスが説明を引き継いで淀みなく答えていく。
「基本的に冒険者に関係する全ての事柄が検査されます。筋力や瞬発力、手先の器用さといった身体能力を調べるものから、五つの魔法要素それぞれに対する素質、体を流れる魔力流路の有無や大きさが調べられ、試験官が受験生の入学コースを判断します」
「それって普通の冒険者向けコースを希望してても適正が無かったら、例えば鍛冶工作コースに回される、みたいな?」
「冒険者コースを希望していれば、余程魔法適性が無くて身体能力も低くない限りそのまま入学できると思いますが、そこは私には判断しかねます。ご存知の通り冒険者は危険ですし、また公平な精神性が求められますので試験官が不適当と判断すれば他のコースに回されるかと存じます」
「貴族たちが偉そうにしてる時点で公平性も何も無いと思うけどね」
「確かにな」
キーリ達の発言にフィアは頬を掻いた。レイスは彼女の様子を確認しながらも説明を続ける。
「……一番多いのは魔法科を希望しながらも適正が無かったり、鍛冶をしたくても器用さが足りなかったりするケースと聞いております。それでも年に数名程度、という話だそうですが」
「ふ~ん」
「意外と少ないんだな。ちなみに、魔法の検査って具体的にどうやんの?」
「検査をするための装置があってな、私たちはただその装置に手を触れればいいだけのはずだ」
「そんだけ?」
「ああ。他の検査だと結構大変で、例えば筋力検査だとある重さのものを持ち上げたりだとか、或いは瞬発力検査では短距離を走ったり不意打ちで物を投げつけたりといった風に原始的な検査が多いんだが、魔法だけは装置の開発が進んでるんだ。昔は壁に向かって全力で知ってる魔法をぶちかます、とかの検査が行われていたようだが……」
「へぇー、そんな装置があるんだ。やっぱり時代は進んでるんだねぇ」
ユキが感慨深げな声を上げる。キーリは、まるで学校の体力測定みたいだな、と思ったが、検査場所も学校であり強ち間違いでもないのかもしれない、と思い直した。
そんな会話をしながら四人は養成学校の中庭に降りていった。先に筆記が終わっていた貴族たちだったが、キーリ達が来た時にはまだ彼らの検査もあまり進んでいないようだ。
というのも、彼らは一つの検査が終わる度に使用人を呼び寄せてお茶を飲み始めたり、知己のある貴族と談笑し始めたりとマイペースで過ごしていたからだ。そこに平民のキーリ達が次々に降りてきたが、場所の大半を貴族たちが占めているため、中庭は更にごった返していて四人が降りてきた階段の方まで人が溢れかえっている。
四方を校舎で囲まれているためか風の通りも無く、そこまで日差しが強くないにも関わらず熱気がこもり、わずかに吹く風も生温く気持ちが悪い。
「これじゃ動けないね」
「……なあ、このまま帰っていいか?」
「気持ちはわかるがもうしばらく待て。じゃないとますます終わるのが遅くなっていくぞ?」
「フィア様、足元にお気をつけください」
キーリは辺りの空気にうんざりするも、後ろから次々と降りてくる受験生たちに押されてどんどん内側へと進んでいく。もみくちゃにされながらある程度進んでいき、やがて密度の小さいスペースがあってそこにキーリの体が押し出された。
「わっ!」
「おっと」
タイミング悪く、キーリたちと反対側からも同じように少年が人混みに押し出されていた。キーリとぶつかり、少年は声を上げて尻もちを突いた。
「悪い、だいじょう……」
「ご、ごめんなさい!」
キーリが謝ろうとするが、それよりも早く少年の方から謝罪の言葉が飛んできた。
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ! あ、あの、僕背が小さくて、だけど皆大きい人ばかりだから前が全然見えてなくて……本当にゴメンナサイ!」
キーリが少年の腕を掴んで立ち上がらせると、少年はあたふたとしながらペコペコと何度も頭を下げる。少年の茶色の柔らかい髪の毛が垂れ下がり、その奥から垂れ下がった犬耳が覗いた。
「あーいや、そんなに謝らなくてもな。こっちこそ悪い。大丈夫か?」
「はい! その……お、怒ってませんか?」
「怒るも何も、ぶつかったのはお互い様だろ?」
垂れ下がって気弱そうな眦の奥で瞳を潤ませて少年が尋ねる。小柄な体がキーリを前にして更に縮こまって、まるで猛獣を前にした小動物のようだ。
キーリとて別に怒っているわけではないが、こんな顔をされたら強くは出れない。
(朝に出会ったゲリーが相手だったらぶん殴ってるだろうけどな)
キーリが笑顔を浮かべてみせて怒っていないことをアピールすると、少年は心の底からホッとしたように安心した笑顔を見せ、しかしすぐにハッとした表情をした。
「あ、あの! その、僕もう検査に行かないと……」
「おう、お前も頑張れよ!」
「はい! ありがとうございます!」
キーリの檄に満面の笑みで応え、少年は小さな体をまた人の壁の隙間に滑り込ませていく。そしてしばらくするとざわざわとした人混みの何処かから「あうっ! ゴメンナサイィィッ!!」という声が聞こえてきた。
「ああいうのをドジっ子属性っていうの?」
「男がンな属性持っててもウケねーつうの」
頭を掻きながらユキに答えて振り向くキーリ。すると、少年が去っていった方向をぼーっと眺めているフィアの姿があった。
「どうしたんだ、フィア?」
「……」
「フィア?」
返事が無いフィアにもう一度声を掛けると、彼女はハッと我に返ってコホン、と咳払いをした。
「ん、んん! ど、どうした、キーリ?」
「いや、別にどうってわけじゃねぇけど。むしろお前の方がどうしたんだよ、ボーッとして」
「い、いや! ちょっと考え事をしていただけだ。うむ、何でもないぞ! さて、それよりも我々も検査の列に並ぼうか!」
尋ねてきたキーリに対して、明らかに誤魔化すような態度を取るフィア。そんなフィアの様子が気にならないわけではなく、必死さがハッキリ見える彼女の嫌がる事をつついてまで追求したいわけでもない。
したいわけでもないのだが――
「……鼻血出てるぞ、フィア」
「はっ!?」
そこは突っ込まねばなるまい。
半ば義務感に駆られつつキーリが指摘してやると、フィアは袖で乱暴に拭いながら慌てて弁明を始めた。
「違う! 違うんだ! 別にだな、さっきの人狼族の少年が可愛くて見とれていたとかついついprprしたい衝動に駆られたとか、あの愛らしさに興奮してhshsしたくてたまらないとかそういうわけでは無くてだな!」
フィア、語るに落ちる。
前世の記憶があるキーリは、彼女の様子を見て何となくそうでは無いかと感づいていたものの彼女の名誉のためにも黙っておくつもりだったが、最早そんな彼の気遣いは無用の長物と化した。
未だダラダラと鼻血を滝のように流し続けて弁明を続けるフィアだが、説得力は皆無。いつの間にか彼女の周囲一メートルはこの混雑の中でも空白地帯と化して周囲からは何とも言えない視線が彼女に向けられていた。
そんな中で唯一人。
「お嬢様は昔から可愛いものが大好きでしたから」
フィアの性癖を熟知しているらしいレイスだけは、平然と彼女の鼻の穴に布を詰め込んでいたのだが。
「フィアってショタなの?」
「ショタ、というのが何を指しているのかは存じませんが、先ほどの少年の様な方を指すのであれば仰るとおりです。もっとも、少年に限らず可愛ければ女の子についてもお嬢様は大好きですが、圧倒的に少年がお好みでございますね」
「そっか、フィアはそっち系の人間だったのか……」
「勝ち気そうな女の子ほど可愛い系が好きだって聞いた事があるけど、ホントなんだね。でも、別に隠そうとしなくてもいいのに」
「違う、違うぞ! ご、誤解だ! 私はただ純粋にだな……そ、そうだ!」
フィアは大きく息を吸って、そして声を張り上げた。
「小さい子どもが好きなだけなんだっ!」
――風が、吹いた。
「フィア、お前やっぱり……」
「これは言い逃れできないわ」
「お嬢様、見事な自爆です」
周囲の空気が凍る中、三人が揃って後ろに下がった。
近くに居た、小柄なタイプの獣人種や人族でも背丈の小さい受験生は露骨に彼女から距離を取って身を隠した。鼻から下を、彼女の髪と同じように真っ赤に染めているその姿で何を言おうともすでに遅い。単なる変態である。
そんな周りの冷たい空気に気づいたフィアは、鼻血の色とは違った意味で顔を朱く染めた。
そして。
「し、失礼するっ!!」
「あ、逃げた」
自身に突き刺さる余りに冷たい視線に耐え切れず、唐突に踵を返してフィアは受験生の波を押しのけて何処かへ向けて走りだした。彼女が通る度に「きゃあ!」とか「うわ、新調した鎧に血がついた!?」といった悲鳴が聞こえてくる。そしてフィアが進んだ場所には、拭いきれなかった赤い血の跡が点々と続いていた。
「それでは私はお嬢様を追いかけますので失礼致します。お二人はこのまま検査を続けてください」
「……一応確認なんだが、レイスってフィアの親友ってことで良いんだよな?」
「はい、お嬢様からはそう認識して頂いております」
それが何か、とばかりにレイスは首を傾げた。いつも通りの無表情の中に、注視すれば分かる程度の薄っすらと笑顔を浮かべているが、何処か楽しそんでそうに見えた。
「いや……悪い、何でもない」
きっとレイスが言うのならばそうなのだろう。例え自分の想像が当たっていたとしてもフィアとレイスはそれで上手く回っている関係なのだ。キーリはそう言い聞かせてそれ以上の追求は止めた。
「そうですか。それではまた。入学式でまたお会いしましょう」
「うん、わかった」
「ああ、んじゃフィアを頼む……ホントに頼むな? このままだとアイツ、マジで試験を放棄しかねん勢いだったからな」
キーリの念押しにレイスは小さく頷くと、メイド服の長いスカートを優雅に翻して血の跡を辿っていった。
「ってわけでフィアの事はレイスに任せて……俺らは検査に並ぶか」
「うん。じゃあ私はあっちの魔力検査の方から受けてくるから」
「……頼むから人間社会の常識を考えてやってくれよ? 頼むから、な?」
「分かってるって。んじゃ終わったら勝手に宿に戻ってるからね」
人混みの中に消えていくユキの姿を見送り、キーリは適当な仕草で手を振る。
そして俺も並ぶか、と手近な列に並んだ。
「待つしかねーんだよなぁ……」
目の前に広がる人海を改めて見て、キーリは深々と溜息を吐いた。胃は空腹を訴え始め、いつやってくるか分からない列には陰鬱さしか覚えない。暴れる空腹の虫を鎮めるため、荷物入れの中に手を突っ込み、祈る。
何か食べ物が入っていますように、と。
2017/4/16 改稿
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