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閑話 月は影に、陽は陰る

お待たせ致しました。

本日より第二部連載開始です。プロローグ的なサムシングなので短いですが。


なお、「間が空いたから今までの話、忘れちまったよ!」という方は、連載開始に先立って第一部のあらすじと登場人物まとめを投稿しておりますので、そちらに目を通して頂けると助かります<(_ _)>







「……本当にやるのだな?」


 豪奢な装飾が施された椅子に座った男は薄暗闇の中でそう尋ねた。

 夜も更け、空では分厚い雲が月を覆い隠している。稲光が雲間を貫き、今にも雨が降り出しそうだ。室内の明かりは意図的に落とされ、照らすのは肥え太った男の傍に置かれたランタン一つだけ。使用人も全て部屋を辞させて、誰かに聞かれる心配が無いことは確認している。


「うん、もちろん。貴方だってもっと素敵な椅子に座りたいでしょう?」


 顎の肉が緩みきった男の正面から、問いかけに対する答えが戻ってきた。灰色のローブに全身を包み、更にはフードを深く被っていて、光量が抑えられた部屋の中では顔を確認することさえ難しい。

 加えて、その声や容姿からも人物像を特定するのも難しい。

 体格は小柄。ローブのせいで分かり辛いがシルエットも細く女性的な印象も受ける。話す声はやや甲高くてやはり女性の様にも思えるが未だ声変わりしていない少年の声にも取れる。だが領主たる男を前にしても臆した様子は無く逆に男の方に、余裕ぶった態度の裏で強い怯えが見え隠れしていた。


「そんなに不安そうな顔しなくてもいいじゃない」


 クスクスとフードの下から楽しそうな笑い声が響いた。表面だけを取り繕った男の虚勢を見透かし、何処か嘲るような色が含まれている。それを感じ取った男は渋面を作るが、それを咎める勇気も気概も無い。

 それでも侮られるのを嫌い、目の前の人物――ひいてはその背後にいる、ここには居ない御方からされた提案を敢えて渋ってみせた。


「しかしだな……事は重大だ。幾ら私と言えども決断には勇気と時間が必要だ」

「何を今更言ってるのかな? 時間は十分に与えてきたし、道具もこっちで準備した。事を為すためのルートだってこっちで手配してる。後は貴方が実行するだけ。これ以上何を望むというのかな?」

「こちらから逆に聞きたい。何故そこまでして私にやらせようとする? 全てそちらでお膳立てできるのであればそちらで実行すればいいではないか」

「あれ? もしかしてあの(・・)席は要らない?」

「そうは言っていない!」男は声を荒げ、咳払いをして気持ちを落ち着ける。「しかし解せないのも確かなのだ。それが余計に決断を鈍らせるのだよ」

「面倒な人間だね」


 呆れたようにフードの人物は溜息を吐いた。それを男は眉間に皺を寄せて咎めた。


「私の前で無礼ではないか?」

「そりゃ失礼。でも何もかもこっちでしてしまって、そのお零れに与ろうだなんて貴方も随分と都合の良いことを考えすぎじゃない? 少しは『共犯者』として手を動かして貰わないと」

「むぅ……」

「やる気がないならこっちは別に構わないんだ。こちらとしても名声を得て、なおかつ野心を持つ貴方が一番都合が良かったってだけで、他にも候補者がいないわけじゃないんだし。

 ってことでそれじゃこの話は無かったってことで」


 クルリと翻り、白く細い腕をローブから出して男に手を振って扉へと向かっていく。それがポーズでないことを感じ取った男は慌てふためいて「ま、待てっ!」と呼び止めた。


「……分かった。私の方で実行しよう」

「その言葉を待ってたよ」


 フードの端から除く口元が嬉しそうに弧を描き、男の元へトコトコと近づくと小さな包を手渡した。


「これが……」

「そう。毒は毒だけど、すぐには効果が出ないから毎日少しずつ摂取させるよう実行役には指示しといてね。それと忘れないように。私達と貴方は一切関係ない(・・・・・・)から」

「わかっている。その代わりに手はずは全てそちらが整えて、上手くいった暁には――」

「心配しなくても大丈夫。一度腰掛けの王を据えた後にはちゃんと貴方を玉座に着かせてあげるし、万一失敗しても逃げ道くらいは確保してあげるから。

 それから、『アレ』も取ってくるの忘れないでね?」

「ああ、分かっている。しかし本当に迷宮の外に持ち出すだけで良いのだな?」

「うん。アレは外に出す事が大切だからね。その後は貴方のコレクションにしようが何処かに売ってしまおうが好きになさいな。

 それじゃ頑張って。未来の『王様』」


 気安く男の肩を叩くと、フードの人物は暗闇の中に紛れていき、扉が閉じる音だけが響いた。領主の男はその音にハッと我に返ると、目元を抑えて柔らかな椅子に深く身を沈めて息を吐き出した。


「そうだ……これはチャンスなのだ」


 男は呟く。指が強く皮膚に食い込む。指の隙間から覗く、怯えと野心が滾る昏い瞳が灯りに反射する。


「もう後には退けん。俺は成り上がるのだ……如何なる手を用いても」


 自分に言い聞かせる様に独りごち、台の上にあるワインをボトルのまま咥える。乾いた喉をアルコールが微かに焼き、一気に飲み干すと乱暴に口元を拭った。


「見ていろ……俺は全てを手に入れてみせる。いつまでも貴様の掌で踊らされ続けていると思うなよ」


 ボトルを掴んだ大きな手に青筋が浮かび上がる。そして次の瞬間にはボトルは粉々に砕け散った。

 震える手のまま、男の掌はボトルだった残骸を握りしめた。

 赤く滴り落ちる血は、まるで赤ワインのようであった。




お読み頂きましてありがとうございました。


2017/07/17 一部改稿。

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