18-2 誇りを胸に、花びらに武器を捧げよ(その2、第一部完)
第86話です。
今回で第一部最終話になります。
ここまでお付き合いありがとうございました。
<<主要登場人物>>
キーリ:本作主人公。幼い頃に故郷を「英雄」達に滅ぼされ、冒険者として成り上がり、英雄たちに復讐を望んでいる。最近は仲間と一緒に成長することを望み始めた。
フィア:キーリ達のパーティのリーダー格。真面目な性格で「正義の味方」を希求している。ショタっ気があり、可愛い少年を見ると鼻から情熱を撒き散らす悪癖がある。
シオン:魔法科の生徒で、キーリ達のパーティメンバー。実家は食堂で、よくキーリ達もお世話になっている。攻撃魔法は苦手だが防御や索敵魔法、魔法陣の作成に関しては非常に優秀。
アリエス:オースフィリア帝国出身の金髪縦ロール少女。知識・剣術・魔法・指揮の全てにおいて優秀。貴族らしく厳しく振る舞う性格のため友達がおらずぼっちをこじらせかけていたが、キーリ達と仲良くなり性格も丸くなってきた。
レイス:フィアに付き従うメイドであり、優秀な探索科の生徒。フィアに全てを捧げているつもりで、ヤンデレ気質あり。フィアをからかうのが実は密かな趣味。
イーシュ:キーリのクラスメートで実家は剣術道場。三歩進むと色々と忘れる鳥頭。
カレン:キーリのクラスメート。アリエスを慕っており、妹の様に思っている。
シン:魔法科の生徒でアリエスのパーティメンバーで貴族。一見細身だが脱ぐと凄い。攻撃魔法の代わりにメイスによる打撃がダメージ源。
ギース:探索科の生徒でアリエスのパーティメンバー。スラム出身で貴族に良い感情を持っていないが、シンとは何だかんだで仲が良い。
フェル:キーリのクラスメート。地方の貴族だが実家に反発して冒険者となった。イーシュと仲が良い。
クルエ:キーリ達の副担任教師。魔法薬が専門だが味覚は壊滅している。かつての英雄の一人。
オットマー:キーリ達の担任教師。筋肉もりもりで筋肉があれば全て解決。よく筋肉で自分の服を破いて、自室でちまちまと縫製しているのは内緒。
シェニア:スフォンの養成学校の校長であり、ギルド・スフォン支部長。元はAランク冒険者で魔法の研究が趣味。
ユキ:キーリと共にスフォンへやってきた自由気ままな少女。底知れない実力を持つ。幼い容姿ながら不思議な魅力をまとい、街中の男女を問わず体を重ねている。
「――シリルフェニア校長、ありがとうございました」拍手が収まり場が落ち着いたのを見計らって、進行役のオットマーがマイクに向かって声を発した。「それでは最後に、今回卒業する生徒達の中から成績優秀者を発表する。なお、発表された生徒には明日からD-ランクの冒険者証が授与される。名を呼ばれた生徒は返事をして登壇するように」
「いよいよ、か……」
フィアが緊張した面持ちで姿勢を正した。この一年半、キーリと二人でこの瞬間を待ち望んでいたと言っても過言ではない。
入学当初からD-ランクを望んでいたわけではなく、最初はただ自分が何処まで出来るのかというのを知りたいが為の分かり易い目標として設定しただけだった。それはキーリという同じ目標を持った存在が居たことも大きかった。二人で切磋琢磨し、強くなりたい、単純なその想いだけだった。
だが、今はその目標が持つ意味も大きく変わった。
「悪いな、皆。こいつは俺がもらうぜ」
「冗談は目つきだけになさいな。主席の座はワタクシの物に決まってますわ」
フィアの両隣でキーリとアリエスが視線をぶつけ合い、不敵に笑う。そんな二人を見ているとフィアの緊張が少し解けた気がした。
彼らと、共に今後も歩んでいきたい。並び立つ存在で在り続けたい。それが今のフィアの目標だ。
正直なところ剣や炎神魔法については自負するところがあるが、知識、咄嗟の判断力、総合的な戦闘能力についてキーリとアリエスには及ばないかもしれない。二人はこの先もずっとずっと自分の先を歩き続けるだろう。
特にキーリが目指す頂は遥か遠い。D-ランクはその足がかりとなるものだ。何の後ろ盾を持たない亜人の平民が、ただ自分の実力一つで、何人も無視できない存在まで登り詰めようというのだ。だが、それを成し遂げた時には、このギルドにさえ明確な身分の差が存在する世界に一石を投じる事になるだろう。
そしてその手伝いを彼女は、ただのフィア・トリアニスとしてしたいと思った。ならばその足手まといとならないだけの力を手に入れる必要がある。
間もなく二人のどちらかの名が呼ばれ、差を、自分が劣っているという事を明確な形で見せつけられるのだろう。悔しいだろう。そしてそれを自分は受け入れて、今まで以上に努力を重ねるための糧にするのだ。そう自分に言い聞かせてフィアは発表の時を待った。
「……やっぱ凄ぇよな、お前らは」
「だよなぁ……選ばれる自信があるってことだもんな。俺らには関係ねぇ話だ。黙って傍観者に徹してよーぜ」
イーシュとフェルが自信たっぷりに主張し合うキーリ達を見て、呆れたように溜息を吐いた。他の生徒、特に普通科の生徒は一年半、これまでのキーリ達三人の実力を目の当たりにしてきているのだ。大半が自分には縁遠い話だとイーシュ達同様に他人事のような感覚で、しかし誉れを誰が手にするのだろうかと、今か今かと俄に高まる緊張と共に発表を待っていた。
「それでは発表する。本年の卒業生主席は――」
オットマーがマイクの前で手に持ったファイルに視線を落とす。フィアが膝の上で両手のひらをきつく握りしめ、傍らでキーリはリラックスした様子で、アリエスは腕を組んで胸を張って時を待った。
そして――
「アリエス・アルフォニア!」
「――え?」
おぉぉ! と一斉に歓声が上がった。そして一拍遅れて始まった拍手が講堂全体に広がっていく。耳をつんざくような激しい祝福の音を、アリエスは唖然として聞いていた。
「やっぱな。おめでと、アリエス」
「ああ。予想通りと言えば予想通りだった。おめでとう、アリエス」
キーリとフィアから、肩を叩かれて祝福の言葉を投げかけられ、そこでようやくアリエスは自分が選ばれた事を理解した。
「わ、ワタクシ、ですの?」
「他の何処にアリエスなんて名前の生徒が居んだよ。ほれ、さっさと返事して壇に上がってこいよ」
「で、でもワタクシは……」
先程はキーリと張り合っていたアリエスだが、その実、本心では自分が主席になるとは微塵も思っていなかった。もちろん努力は重ねてきたし、学年で上位に居る自信はある。自信家の彼女だが過信家ではない。冒険者としてはキーリとフィアの方が優れていると、敵わないとずっと疑っていた。
だからまだ信じられない。もしかすると、自分が貴族だからではないか。入学の時もそうだった。キーリの方が成績は上位だったのに、貴族だからという理由で新入生の代表の座を譲られた。
冒険者にとって実力が全てだ。強い人間が、優れた人間が正しくそれのみで評価されるべきである。アリエスは思い詰めたように視線を落とし、即座に決断。キッと鋭い視線をシェニアに向け、自分の意思を伝えようとして――
「……キーリ?」
「どうせまたくだらねぇ事考えてんだろ、お前」
キーリが彼女の肩を掴んで止めた。
「……」
「安心しろ。別にシェニアは色眼鏡で判断するような人間じゃねぇ。正当に評価した結果、お前が主席なんだよ」
主席の座は狙ってはいたが、キーリも最初からアリエスが取るだろうと思っていた。だから特別不満など無い。それどころかアリエスが取れなかったらシェニアに決め方を抗議しようと思ってたくらいだ。
「そりゃ真正面から戦えば俺はお前にもフィアにも負けるつもりはねぇ。けど冒険者ってそれだけじゃねぇだろ? 俺は魔法がまともに使えねぇし誰かを守る戦い方は苦手だ。リーダーシップも取れねぇし、そんなガラじゃねぇ。フィアはリーダーとして優れてっし剣も魔法も使えるが、まあなんだ、オツムがお前と比べるとちっとばかし足りねぇ」
「その言い方だと私がイーシュみたいではないか」
「そこで俺を引き合いに出すんじゃねぇよっ!?」
「戦闘も魔法も、知識も戦い方も指揮も、全部が高いレベルなのはお前だけなんだよ。だから余計な事考えてねぇで素直に受け取ってこい」
「キーリ、でも貴方は……」
「心配すんな。D-ランクを逃したのは惜しいけど、なぁに、いよいよ冒険者として活動すりゃ実績が物を言う世界だからな。すぐにテメェを追い抜いてやるから覚悟しとけ」
キーリとフィアが強く、だが優しくアリエスの背中を押した。未だにアリエスの表情には戸惑いがあるが、彼女はオットマーを見る。視線の先でオットマーが大きく頷いた。
彼女は大きく深呼吸し、そして「はいっ!」と大きな声で返事をし、壇上で待つシェニアの元へ歩いて行く。その彼女の後ろ姿をキーリはフィアと並び、互いに頭を掻いたり苦笑いを浮かべたりして見つめていた。
まだ会場にざわつきが残る最中、オットマーが再び「静粛にするのであるっ!」と声を張り上げた。
「キーリ・アルカナっ! フィア・トリアニス!」
「はい?」
「へっ?」
「二人は、成績こそアリエス・アルフォニアに及ばなかったものの、教員一同で協議した結果、今後D-ランク冒険者として活動するに申し分ない実力であると判断するに至った!」
「おいおい、それってもしかして……」
「よって本年は合計三名をD-ランク冒険者として推挙し、了承を得られた事をここに報告する!」
前例の無い発表に静まり返っていた講堂が静まり返った。だがクルエが拍手が始めるとそれは瞬く間に全体へと伝播していく。それは先程のアリエスに向けられたものと遜色の無い祝福だ。
「やったな、キーリ、フィア!」
「マジかよっ! やっぱすげぇな、お前らっ!」
「二人共、おめでとうですっ!」
イーシュとフェルがキーリの首に飛びついて手荒い祝福を投げかけ、カレンもフィアの両手を握りるとブンブンと大きく振って歓びを目一杯表した。
その一方でキーリとフィアの二人は戸惑いを隠せない。皆の祝福に為されるがまま互いの顔を見合うだけだ。
「キーリさん、フィアさんっ!」
仲間全員が二人を祝っているのを見て我慢できなくなったシオンが、はち切れんばかりの笑顔で飛び込んでくる。
「おめでとうございますっ! 僕は、僕は……凄いお二人と一緒に戦えて本当に良かったです!」
熱気に当てられたか、珍しくシオンが感極まった様子でキーリの手を握りしめ、そして跳び上がってフィアに抱きついた。瞬間、フィアの鼻から何時も通り鼻血が噴き出し、撒き散らしていく。
「おめでとうございます、お嬢様」
「あ、ああ……ありがとう」
夢心地とはこの事か。脳のキャパシティを超えてクラクラし始めたフィアの体を支え、レイスが溢れ出す情熱を丁寧に拭き取っていく。表情は乏しいが、口元が小さく弧を描いたその顔は誇らしげだ。そのレイスの向こうから遅れてギースとシンも手を叩きながら姿を現した。
「皆さんの内のどなたかがDランクになるとは思ってましたが……まさか三人共とは驚きました」
「ちっ、まあテメェらなら納得だ。良かったじゃねぇか、キーリ。せいぜい余裕ぶっこいて待ってな。テメェらの場所まですぐ追いついてやるからよ」
ギースが拳を突き出し、一瞬遅れてその意味に気づいたキーリはギースと同じような皮肉っぽい笑みを浮かべて自分の拳を打ち付けた。
「無駄だぜ。ギースが追いついた頃には俺はもう更に前に進んでっからな」
「ちっ、変わらず口の減らねぇ野郎だ。ま、今だけは俺もテメェを祝ってやるよ」
「ぜぇぇぇぇいん静粛にィィィっ!」
止まないざわめきと興奮の声を、オットマーが地響きの様な大声を発して黙らせる。
そこでようやく全員が、まだ会の途中だったと思い出した。
静かになった講堂を見回し、オットマーは満足そうに一人で頷く。
「うむ、宜しい。仲間を祝うのは素晴らしい事だがそれは後ほどするように。
では、二人も壇上へ!」
「早く登ってきなさいな、二人共」
壇上からアリエスが腰に手を当てて見下ろしながら手を差し伸べる。
未だ戸惑いが抜け切らない二人だったが、互いに顔を見つめ合うとどちらからともなく顔が綻んでいく。
「行くか」
「ああ、そうだな」
差し出されたアリエスの手を順番にしっかりと握り、壇上に登る。三人は何も言わずに笑いながら拳を軽く打ち付けあってシェニアの前に並んだ。
「おめでとう、三人とも。まさか同じ年に三人もDランク冒険者を輩出する事になるだなんて思わなかったわ。私も鼻が高いわ」
「感謝致します」
「ありがとうございますですわ」
「でも良いのか? ありがてぇけど、前例の無いことを押し通すのにかなり無茶をしたんじゃねぇのか?」
「あら、心配してくれてるの?」
「まあな。シェニアには世話になった……っつうか、世話をしたっつうか」キーリは照れくさそうに頭を掻いた。「シェニアみてぇなさっぱりした人間は嫌いじゃねぇからな」
「ふふ、ありがとう。でも大丈夫よ。幼竜とは言え、Aランクのドラゴンを倒した人間をEランクになんか置いとく方が問題だもの」
「おいおい……まさか」
シェニアは人差し指をキーリの口元に当てて黙らせるとウインクをしてみせる。
「心配しなくてもいいわ。その事を知ってるのはカイエン先生とオットマー先生以外には私しか居ないわ。混乱を避けるために緘口令まで敷いたんだもの。そこは上手く隠してオットマー先生達が真剣に他の先生方を説き伏せてくれたから私も楽だったわ。彼に本気で正面切って逆らえる先生なんて居ないしね。
後でお二人に感謝しておきなさいよ」
「もちろんです」
フィアが頷き、キーリと一緒にオットマー達の方を見る。後ろに手を組んで直立し、三人を感慨深げに眺めていたが、二人の視線に気づくとオットマーは咳払いをするふりをして顔をそらす。そんなオットマーの隣で、クルエが楽しそうに笑っていた。
そうしていると、秘書のミーシアが卒業証書と真新しい冒険者証の入った箱を台上に置く。
三人の冒険者証が照明に反射して銀色に輝く。それはDランク以上――一人前の冒険者であることを示す色だ。他の生徒達よりも先んじて授与されるそれを目にするといよいよ実感が湧いてきて、同時に自然と身も引き締まる。
シェニアは卒業証書を手に取り、「アリエス・アルフォニア」と名を呼んだ。
「貴女はスフォン冒険者養成学校において、全ての科目について非常に優秀な成績を修められました。努力と、学生という枠を超えたその実力を称え、ここに主席卒業生の栄誉を授けるとともにD-冒険者として任命する。
これからは期待とやっかみが凄いでしょうけど、貴女ならきっと大丈夫ね」
「当然。そのような輩は全て実力で黙らせてみせますわ」
「頼もしい言葉ね。卒業後も暇な時があれば先輩として後輩を鍛えにでも来てちょうだい。歓迎するわよ」
アリエスはしっかりと頷き、卒業証書と銀色の冒険者証を受け取って一礼した。
「続いて、フィア・トリアニス」
「はい!」
「貴女は当校において、優れた剣術と魔法の実力を示すと共に、類まれなリーダーシップで他の生徒を導き、またその高潔な精神にも眼を見張るものがありました。今後もその精神を以てあるべき冒険者として成長する事を期待し、また優秀な成績を称えて次席卒業生として賞し、D-冒険者として任命する」
「まだまだ未熟ではありますが、今後も精進して参ります」
「最後まで真面目ね。もう少し肩の力を抜く事を覚えるともっともっと伸びると思うわ」
「恐縮です。心に留めておきます」
「ま、それが貴女の良いところですものね。学校は卒業するけれど、今後もあの個性豊かな面々のリーダー役として頑張んなさい。あとは……彼との仲が進展すると良いわね」
シェニアは小声で付け足し、チラリとキーリの方を見遣った。だがフィアは首を傾げるばかりだ。
「はぁ、今後も仲良く互いに切磋琢磨したいとは思っていますが……」
「あら? もしかして自覚無しかしら?」
「校長」
「はいはい、分かったわよ。ごめんなさい、最後のは忘れてちょうだい」
ミーシアに睨まれてシェニアは手をひらひらと振り、フィアに証書と冒険者証を手渡す。フィアは首を捻りながらも「はぁ」と生返事をし、とりあえず「激励の言葉だろう」と合点してキーリに道を譲る。
「最後ね。キーリ・アルカナ」
「へいへい」
「……貴方はもうちょっと緊張感を持ちなさい」
「悪ぃな。どうも真面目にシェニアに向き合うと気恥ずかしくてな」
「あら、もしかして私に惚れてる?」
「……シェニア」
「……そんなに睨まないでよ。冗談よ」
ミーシアからドスの利いた声が聞こえ、慌ててシェニアは咳払いをして誤魔化した。緊張感を持つのはどっちだ、とキーリは心の中でだけで突っ込んだが決して口にはしない。ミーシアに睨まれたくはないから。
「貴方はその優れた戦闘能力と頭脳、そして決して挫けない強さで仲間を助けてきました。また冒険者としても多大な功績を残したことを讃え、当校の次席卒業生とすると共にD-ランク冒険者に任命します。
……貴方の場合も他の二人以上にやっかみとかがあるだろうけど、気をつけなさい。過剰防衛はダメよ?」
「……何で俺だけそんな注意事項なんだよ」
「胸に手を当てて入学前の自分を思い返してみなさい。
あ、それと、貴方は卒業後も定期的に私の所に顔を出しなさい。じゃないと冒険者証を取り上げるから」
「何でだよっ!?」
「誰がアンタの魔法の答え合わせしてくれるのよっ!?」
「知るかっ!」
「普通の要素魔法の面倒も見てあげるから! お願いっ!」
シェニアに頭まで下げられて懇願されてはキーリも断れない。舌打ちをして嫌そうにしながらも渋々頷いた。
「分かった分かった。分かったからさっさと冒険者証をくれ。ミーシアがいい加減キレそうだぞ?」
「……そうね」
笑顔を浮かべながら握った拳をプルプルと震わせてるミーシアを見て、シェニアは急いでキーリに証書と冒険者証を手渡した。キーリは溜息混じりにそれを受け取って背を向けた。
と、そこでシェニアが呼び止めた。
「何だよ?」
「最後に真面目な話よ。
――入学時に比べて貴方、いい顔をしてるわ。素晴らしい仲間なんだから一生大切にしなさい」
「……ああ、分かってるさ。俺には過ぎた連中だよ」
小さくはにかみながらそう答え、キーリは今度こそシェニアに背を向けた。そして三人は並んで講堂に座る他の卒業生たちと向き合った。
「……では最後に、卒業生を代表してアリエス・アルフォニアより挨拶を行う」
「えっ!? わ、ワタクシですの!?」
「そりゃな。しっかり頼むぜ、よっ、主席卒業生」
「……仕方ありませんわね」
貴族らしく大勢の前に立つことには慣れているようで、突然の事に面食らいはしたものの、すぐに気を取り直してマイクの前にアリエスは立った。
そして数秒眼を瞑り、ゆっくりと開いて居並ぶ同級生の姿を見渡した。
「……急なことで驚きましたけれども、それでは皆様を代表してワタクシから挨拶をさせて頂きますわ。
まずはこのような評価を頂きまして、シリルフェニア校長を始め、ご指導くださった諸先生方に感謝致します。ここレディストリニア王国の出身ではなく、一昔前には敵国であったオースフィリア帝国の人間であるワタクシにも平等に接して頂いた先生方の寛大なお心に敬服致しますわ」
そこで言葉を区切り、一礼。壁際の頭の硬そうな貴族の教師が満足そうに頷いた。それを確認するとアリエスは横の二人に、他の人には分からないよう小さく笑ってみせた。
「振り返ってみればこの一年半、瞬く間に過ぎ去ったように思います。一日一日が濃密な時間でした。入学当初は、ワタクシにとって異国ということで舐められまいと自分自身を厳しく律し、また他の方々にもそれを自分勝手に要求していたところもありましたので、皆様にとってもさぞ取っ付きにくい同級生だったと自覚しておりますわ」
「それは今も大して変わってないぞーっ!」
「訓練が厳しすぎだー!」
「そこ! うるさいですわよっ!」
自虐してみせた彼女に、イーシュ達から野次が飛び、あちこちから笑いが零れた。本当に彼女が入学当初のままであれば、こうした暖かいやり取りは無かっただろう。キーリは小さく苦笑し、フィアも彼女の後ろ姿を見ながら少し微笑んだ。
「ったく……えー、ですが幸運にも、ワタクシには勿体無いくらいに素晴らしい仲間に出会うことができました。
普段から訓練を共にし、同じパーティを組んでいる友人を始め、それ以外にもクラスの方々や他の科の方々。彼らとワタクシの知識や経験を共有させていく中で自らの至らないところを自覚する事ができました。今、こうして挨拶の大役を仰せつかっているのも、皆様方のお陰だと思っております。心から感謝致しますわ」
「こっちこそお世話になりました!」
「アリエス様のお陰で無事に卒業できました!」
「ありがとうございました!」
アリエスが放課後に時々指導していた女子生徒達から感謝の声が上がる。その声を聞いてアリエスはややはにかんだように俯いた。
「ありがとうございます。そう言って頂けるとワタクシも嬉しいですわ。
厳しくも暖かい仲間と共に切磋琢磨できてワタクシは幸せ者です。
今日を持ちましてワタクシ達は卒業し、それぞれ別々の道を進んでいきます。卒業後も冒険者として顔を合わせる方もいらっしゃるでしょうし、逆に終生そういった機会が無い方もいらっしゃるかもしれません。ですが――」
言葉を一度区切り、アリエスは顔を上げた。そして、高窓から差し込む光に照らされる生徒達を見た。
「ワタクシはこの学校で共に学んだ事を忘れません。共に過ごした時間を忘れません。何年経とうと、決して。生まれも育ちも、身分も違うワタクシ達ではありますが、共に机を並べ、時に競い合い、時に助け合った仲間であり、そして――家族です」
彼女は澱みなく、胸を張って言い切った。その表情は誇りに満ちていた。
「卒業後も助け合い、競い合いましょう。家族が傷ついたら共に涙しましょう。そして誰かが栄達を成し遂げたならば共に喜びましょう。
同時に、ワタクシ達は家族に恥ずかしい姿を見せないように各々が自省し、誰もが誰にでも誇れる立派な冒険者とならなければなりませんわ。この、ギルドの紋章に懸けて」
アリエスの頭上に掲げられているギルドの紋章を全員が見上げた。剣とナイフ、杖の周囲に花びらがあしらわれた平等の証。アリエスは自分の拳を握りしめ、心臓の位置に掲げ、生徒達を見つめた。
「何人にも媚びず、ひれ伏さず、自らの信念に基づいて正しき道を進む。今、申し上げた事をワタクシが身を以て実践し、皆様に終生誇りに思って頂ける冒険者になる。仲間に、将来生まれるであろう皆様の子孫に自慢してもらえる冒険者になる。
その事をここで誓って皆様に挨拶を終わらせて頂きます。ご清聴、感謝致しますわ」
「全員、起立っ!」
アリエスの言葉が終わると同時に、フィアが全員に向かって叫んだ。同時に、示し合わせていたかのように普通科と探索科の生徒達が即座に立ち上がり、一部がやや遅れて魔法科の生徒達も慌てて起立する。
「武器を構え、先生方の方へ回れ、右っ!」
突然の大声に戸惑ったアリエスだが、キーリの目配せに笑みで応じるとすぐに生徒達と同じように腰から各々の武器を抜き取って左胸に掲げた。
教師達は予定にはない生徒達の行動に戸惑う。その中でオットマーやクルエといった生徒達に接する機会の多かった先生達は彼らの意を汲み取り、特にオットマーは眼を閉じて天を仰ぐ仕草をした。
「泣いてるんですか?」
「……そのような事はない」
そうは言いながらもオットマーの声は掠れていた。
二人のやり取りを他所に、フィアはキーリを見た。キーリは小さく笑い、大きく頷くと声を張り上げた。
「一年半ご指導頂いた先生方に謝意を示せ! 礼!」
一斉に教師陣に一礼する。戸惑っていた教員達も、生徒達の姿に次第に顔を綻ばせていき、中には眼を潤ませる先生も居た。
「正面に直れっ!」
キーリの号令に全員が三人の方へ向き直る。キーリは一度頭上の紋章を見上げ、眼を閉じる。
駆け巡る記憶と感情。喜び、悲しみ、怒り、笑い合う。濃密で忘れ得ない思いが自分の心に刻まれているのを実感する。
ここに来て、本当に良かった。仲間に会えて良かった。ここに居たからこそ、仲間が居たからこそ絶望の只中に居続けたキーリの中に希望と未来が根付いた。アリエスが述べた通り、キーリもまた生涯ここで過ごした時を忘れないだろう。辛い事が多かったが、それでもこの世界で生まれた事を今、本心から喜べたことが何より嬉しかった。
アリエス、フィアと頷き合う。キーリは再び全生徒へと声を張り上げた。
「全員に問うっ!」キーリは自らに、この場に居る全員に問いかける。「汝ら、自らに恥じぬ冒険者となることを誓うかっ?!」
「誓うっ!」
「汝ら、我ら家族に恥じぬ冒険者となることを誓うかっ?!」
「誓うっ!!」
「誇り高き、正しき冒険者となることをギルドの紋章に誓うかっ?!」
「誓うっ!!!」
「ならば全員武器を構えろっ!!」
キーリが大剣を心臓の位置に構える。フィアが長剣を、アリエスがエストックを心に捧げる。
シオンが、カレンが、レイスが、イーシュが、フェルが、ギースが、シンが、そして全生徒が自らの武器を構えた。
「我ら、ここに誓う!!」フィアがキーリを引き継いで叫んだ。「卒業後も互いに助け合い、不正を許さず、ギルドの意思を体現することを! そして誇りを持って恥じぬ生き方をすることをっ!」
「ギルドの紋章と我らの武器に、我らは全員! ここに誓うっ!」
雄叫びのような叫びが講堂に轟き、全員の武器が天に向かって突き出された。
三つの武器が交差したギルドの紋章が、静かに見下ろしていた。
第一部 養成学校編 完
2017/6/25 改稿
これにて第一部「養成学校編」は完結となります。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
第二部も引き続き宜しくお願い致します<(_ _)>
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後書き的なもの↓
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