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17-16 彼と彼女は迷宮で踊る(その16)

 第83話です。

 宜しくお願い致します。


<<主要登場人物>>

 キーリ:本作主人公。体を巡る魔力は有り余っている反面、各要素魔法との相性が壊滅的に悪い。教会の聖女を始め、英雄たちに復讐するために冒険者としての栄達を望んでいる。

 フィア:赤髪の少女でキーリ達のパーティのリーダー格。自分が考える「正義の味方」を追い求めている。可愛い少年を見ると鼻から情熱を撒き散らす悪癖がある。

 シオン:魔法科の生徒で、キーリ達のパーティメンバー。攻撃魔法と運動が苦手だが最近成長が著しい。実家は食堂で、よくキーリ達もお世話になっている。

 レイス:フィアに付き従うメイドさん。時々毒を吐く。お嬢様ラヴ。

 ユキ:キーリと共にスフォンへやってきた少女。暇さえあれば男をひっかけているビッチ。

 アリエス、カレン、イーシュ:キーリとフィアのクラスメート。いずれも中々の個性派揃い。

 シン、ギース:探索試験でのアリエスのパーティメンバー。二人はマブダチ。(シン→ギースの一方通行)。

 フェル:キーリ達のクラスメイト。実家は地方貴族だが反対を押し切って冒険者を志している。

 オットマー:キーリ達の担任教師。筋肉ムキムキで良く服をパーン!させている。

 クルエ:キーリ達の副担任教師。魔法薬が専門だが味覚は壊滅している。






「グギュ■■ィィィ■■■■ァァァァッッッッッ!!」


 全身が頑強な鱗に覆われたドラゴンの肉体の中で唯一剥き出しの場所。そこを貫かれて、ドラゴンは初めて苦痛に屈し耳障りな悲鳴を上げた。

 同時にフィアの肉体は限界を迎えた。腕から力が抜けて剣を手放し、落下しながらその悲鳴を聞いた。ざまあみろ、と彼女は笑ってみせた。

 対するドラゴンは怒り狂う。生まれてからどんなモンスターでも自分を傷つけることなどできなかった。痛みなど感じたことは無かった。なのに矮小な人間に初めて傷つけられた。

 殺す。今すぐにでも殺す。レッドドラゴンを支配するのは怒りのみ。ブレスで焼き殺すなどしない。喰らう。喰らい尽くしてやる。憎悪のこもった、無事な右目で足元に落ちていくフィアを睨みつけ、口を開けた。

 その時、ドラゴンの頭上にもう一度影が降り注いだ。


「――人間を、舐めんなよ」


 フィアの背後でキーリもまた跳躍していた。

 キーリもドラゴンを見下ろし落下していく。その顔に浮かぶのはフィアの死という恐怖から解放された安堵と危険に晒したという悔恨。そして何よりも、フィアが作ってくれたこの機会を必ず活かすという強い意志。

 両手は徒手。ドラゴンの瞳に映るのは、ナイフも持たずに接近するキーリの姿。キーリはただ、左腕だけを天に向かって突き出していた。

 キーリの腕から影が溢れる。腕の先を完全に覆い隠し、その中からキーリは引き抜いた。

 握られていたのは、一振りの剣。否、剣とはとても呼べない。柄は無く、握っているのは刃だけだ。

 それは、かつてフィアが折った剣の刃だった。初めて出会った時に彼女が折ってしまい、キーリが拾うも落胆したフィアに渡しそびれて彼の荷物入れ()の中に仕舞ったまま忘れ去られていたものだ。

 彼女曰く、竜殺しの剣。フィア自身も眉唾物だったが、それは真実、竜を貫くための剣。強く握りしめたキーリの手のひらから血が流れ、使用者の魔力()を吸った剣が輝いた。


「うおおおおおぉぉぉぉぉぉっっ!!」


 ドラゴンの瞳に映るキーリの姿が大きくなる。腹の底からの雄叫びが思考を収束させていく。ただ、斬る。その一点に集中していく。

 鋭く、最速。かつ最短距離で振り下ろされた。これまで一切の攻撃を通さなかった堅牢な()が斬り裂かれていく。紙を斬るような易さで刃がドラゴンの体に沈み込み、鱗を、皮膚を、肉を、そして骨までも斬り裂く。剣は分厚い頭蓋の奥に大事に仕舞われていた脳に達し、その瞬間、ドラゴンの瞳から光が消えた。同時に、役目を終えたとばかりに剣は甲高い音を立てて粉々に砕け散った。

 地面に何とか着地していたフィアは見上げてキーリの姿を認め、微笑んだ。ドラゴンの体が力を失い、重力に引かれて沈んでいく。転倒に巻き込まれまいと逃げ出したフィアだったが、ドラゴンの膝が半ばまで折れたところで止まった事に気づいた。

 フィアは心臓が止まりそうな心地でドラゴンを見上げた。頭蓋から血を噴き出しながらも、しかしその口が微かに動いていた。


「キーリっ!!」


 フィアが叫ぶ。数瞬遅れてドラゴンの瞳に光が戻り、その頭が大きく持ち上げられてキーリの体は宙へと投げ出された。


「■■ァァァ■■ァァァ■ッッッ!!」


 憎悪を輝く金色の瞳に焼き付け、絶望の怨嗟を撒き散らしながらドラゴンは宙を舞うだけのキーリ目掛けて襲いかかる。頭蓋からの血に顔を真っ赤に染めて、それでも鋭い牙を剥き出しにしていた。キーリは何とか体勢を整えようとするが、風神魔法も使えなければ足場に出来るものもない。

 だが、何も問題はない。


「うおおおおおおおおおおおっっっっっ!!!」


 キーリは左腕を牙に向かって突き出し――そして喰われた。

 ドラゴンの(あぎと)がキーリの左腕を飲み込む。肉が斬り裂かれ、骨が砕かれる。ねじる様な動作で左腕が千切り取られ、キーリの体はもう一度宙へと放り投げられた。


「キィィィィリィィィッッッ!!」


 肩から先を失い、雑にちぎられた断面から血が噴き出していく。力なくキーリは空間を漂い、激痛に脂汗を流し、歯を食いしばって悲鳴を堪える。そんなキーリに向かってドラゴンは今度こそ、とキーリの頭に向かって喰らいつこうとした。

 ドラゴンが再度迫りくる中、苦痛に顔を歪めていたキーリは眼下のドラゴンを見下ろす。

 そして――中指を立てて嘲笑った。


「くたばっとけよ、トカゲ野郎が」


 ドラゴンの濁った瞳にキーリの嘲笑った笑顔が映る。その瞬間、ドラゴンは異変に気づいた。喉が寒かった。否、寒いではない。冷たいでも無い。ドラゴンの内部から襲い来るその感覚をドラゴンは知らない。熱が失われ、意識が薄くなっていく。光が届かなくなっていく。燃えたぎるような、腹の底で滾っていた圧倒的な熱量が失せていく。まるで、まるで、これでは自分が――

 意識が途絶える前、ドラゴンは最期の言葉を聞いた。


「――喰らえ(・・・)


 途端、ドラゴンの鼻から、口から、耳から影が溢れ出した。影がドラゴンを内側から喰らっていく。強力な対魔法力で覆われた鱗には効果が無くても、内側から次々とドラゴンが喰われていく。命が、影に食い潰されていく。

 強い生命力の象徴であった金色の瞳から光が消える。やがてドラゴンのその巨体が、バランスを失って横に倒れていった。

 キーリは朦朧とする意識の中で全てが終わった事を見届けると、満足したように、そして疲れたように溜息を吐いて眼を閉じた。

 頭から落ちていく。だがそれも半ば意識を手放したキーリにはどうでも良い事だった。今はただひたすらに眠たい。それだけが僅かに残った思考を占めていた。


「キーリっ!」


 落下してきたキーリをフィアが飛び込んでしっかりと受け止める。その柔らかで暖かい温もりに、キーリは閉じかけていた瞼を開いた。


「よう、フィア……やってやった、ぜ……」

「喋らなくていい! 今すぐ止血を……」


 食い千切られたキーリの左腕からはおびただしく出血していた。このままでは命が危ない。しゃがみこんで膝の上にキーリを寝かせるが、流れ続ける血でフィアのズボンが見る見るうちに真っ赤に染まっていった。それを眼にしただけでフィアは涙が溢れてきた。

 卒業と同時にDランクを目指すとキーリは言っていた。そして冒険者として活躍して、いつかAランクになると目標を語っていた。そうすれば、英雄たちと対等な立場になれると。そうして復讐を果たすのだと言っていた。私達と共に強くなるのだと、言ってくれていた。

 なのに――


「っ……!」


 今、彼の夢は半ば潰えてしまった。隻腕でも栄達出来るほどに冒険者は甘い世界ではない。キーリならばそれでものし上がっていきそうではあるが、それでも英雄たちは片腕で勝てるような生半可な存在ではない。広がっていたはずの未来が大きく狭まり、かつての彼が味わった絶望と憎悪の一端に触れたからこそ、キーリの心中を思えば思う程にフィアの両目から涙が溢れてくる。

 しかし。


「……泣くんじゃねぇよ」

「しかし! お、前っ、その腕で、はっ!」

「大丈夫、だ……」ふぅ、とキーリは大儀そうに深く息を吐いた。「フィア、頼みが、ある……」

「な、なんだ!? 私にできることならば何でもするぞっ!」

「お前も女なん、だから何で、もするなんて簡単、に言うんじゃねぇよ……」


 もう意識が持たないのだろう。キーリの瞼は半分落ちていて、それでもいつもの皮肉げな笑みを浮かべてみせた。


「今か、ら、ちょっち寝、る……その間、気持ち悪、いもんを見せちま、うけど……」

「……キーリ?」

「これまで、と同じように……付き合って、くれよな……?」


 キーリの瞳を瞼が完全に覆い隠した。同時にキーリの全身から力が抜けていく。

 そして、無事だった右腕が力なく地面を叩いた。


「……キーリ?」


 フィアが呼びかける。だが返事はない。揺らしてみる。弛緩した彼の体だけが左右に揺れるだけだ。


「おい、キーリっ! おいっ!」


 何度も呼びかける。悲痛な叫びが静かになった迷宮に虚しく響く。

 嘘だ。きっと私をからかっているだけだ。そうだろう、キーリ。

 震える声。喉が引きつって声が出ない。それでも何とか絞り出せどもキーリは眼を閉じたまま、動かない。

 ああ、きっとそういうことなのだ。信じたくないが、こんな結末なのだ。最低で、最悪な終わり。

 体を震わせ、溢れる涙と衝動そのままにフィアは名を呼んだ。


「キーリィィィィィィィっっ!!」


 空気が慟哭に震える。悲しみが満ちてフィアの瞳が歪み、そして――キーリは盛大なイビキを掻き始めた。


「……………………は?」


 涙が引っ込んだ。

 フィアはキョトン、としてキーリの顔を覗き込み、無言で手をキーリの顔の前で振る。キーリから反応が無いと分かると今度は頬を軽くつねってみる。しかし熟睡したキーリは寝息を立てるだけで反応はない。鼻息が軽くフィアの手の甲をくすぐった。


「は、はは……心配させおって」


 安心して腰が砕け、涙を拭ってフィアは笑った。これなら大丈夫だ。例え片腕を失ってもキーリはキーリだ。隻腕というハンデに絶望などせず、きっとこれまでと同じ、いや、それ以上に強くなるのだろう。そんな気がしてフィアはキーリの失われた左腕を見た。

 そこで彼女は言葉を失った。

 ドラゴンに食い千切られた左腕。応急処置により出血は収まる気配を見せていたが、今は完全に血は止まっていた。だがそれだけでなく彼女が見ている眼の前で腕が再生を始めていた。

 ズタズタの切断面から肉が盛り上がる。醜く不格好に、まるで液体に息を吹き入れたようにボコボコと塊が膨れ上がり、ピンク色の生々しい肉が再生していく。その速度は回復魔法だとかそういったレベルではない。例えどんな高位の魔法であってもここまでの再生速度は再現できない。

 骨が伸び、肉が生まれ、表皮が形作られる。数分も経たずに表れたのは、食い千切られる前と何ら変わる事のないキーリの腕だ。白く、細く、かつ靭やかな筋肉のついた、ともすれば女性と見紛うような見知った腕が何食わぬ顔で元の場所にあった。


「何が――」


 目の前で起きた出来事は、一体何なのか? どうして腕が生えた? 何か、高位の回復魔法でもキーリの体に掛けられているのだろうか? 疑問が溢れ、フィアの頭を埋め尽くす。しかし知識として学生レベルを抜け得ないフィアが、正否はどうあれ答えを出せるはずもなかった。


「フィアさん! キーリさん!」


 呆けていると、シオンとクルエが駆け寄ってくる。どうやらシオンも軽く走れるくらいには回復したらしい。クルエも問題なく動けている事から、シオンに回復魔法を掛けてもらったのかもしれない、とフィアは思った。


「大丈夫ですか!? どこか痛いところは……」

「あ、ああ。大丈夫だ。痛いといえば全身が痛いが――」

「分かりました。ジッとしててください」


 フィアの答えを最後まで聞かずシオンは回復魔法を掛け始めた。フィアの全身がポカポカと温かくなり、このままキーリと同じように眠りについてしまいたくなるような心地よさが包んでいく。フィアは、ほぅと溜息を吐いた。


「……キーリ君も大丈夫そうです。擦り傷や切り傷はありますが、命に関わるような怪我は無さそうです」


 シオンの治療の隣でクルエがキーリの体を触診した結果を聞き、フィアは視線を地面に落とした。あれだけ大量に出血していたというのに、血溜まりがあった場所は乾いた地面があり、真っ赤に染まっていたフィアのズボンも今はただ土に汚れているだけだ。

 もしかして、先程のは自分が見た幻だったのだろうか、とフィアが考えていると、不意に白衣が掛けられた。


「ボロボロで恐縮ですが」

「……ありがとうございます」

「いえいえ。それに……僕らも眼のやり場に困りますので」


 困ったように眼を逸らすクルエに、フィアは自分の体を見下ろした。

 ドラゴンのブレスに焼かれたせいで服はボロボロ。かろうじて大事なところは隠されているが、乳房の端が少し見えていた。怪我の事で頭がいっぱいだったシオンもようやく気づいたのか、顔を真っ赤にして逸した。


「しかし……最後はヒヤリとしました。キーリ君もドラゴンに食い千切られたかと思ったんですが」

「幸いにもシャツを食い千切られただけですんだみたいです」


 フィアは咄嗟に嘘を吐いた。それは未だにキーリの腕が再生したのが信じられないというのもあるし、知られてはならないものなのではないかと直感したからだ。

 クルエの位置からはキーリの姿はキチンと見えなかったのだろう。特にフィアの説明を追求するでもなく「運が良かったんですね」と納得していた。

 シオンの治療を受けながら、フィアは膝の上で眠り続けるキーリを見下ろした。眼を閉じた彼の顔は穏やかで柔らか。眼を閉じてるからだろう。目付きの悪さが消えて女の子と見間違える程に端整で、同時に幼くも見える。灰色がかった銀色の、少し固い質の髪を優しく撫でるとくすぐったそうに彼は寝顔を動かした。


「……馬鹿だな。あの程度でお前を見る眼を変えるわけないだろう」


 呟き、もう一度撫でる。キーリがどういう人間であろうと、私達は仲間だ。キーリが非常識な人間である事くらい知っている。腕が突然生えて来ようが、それだけで距離を置くような人間だと思っているのか。外見がどうとか、能力がどうとかではない。大事なのはお互いに信頼できるか。そんな事は分かっているだろうに。


「……」


 穏やかに眠るキーリの顔を見ながらそう考えていると胸の奥がムカムカしてきた。人の気も知らないで、とフィアは悪戯心からキーリの頬を摘んでウニウニと揉みしだいた。羨ましくなるような肌質だが、千切れた腕が瞬時に回復するのと何か関係があるのだろうか、と思っているその時、キーリの眼が突然見開かれた。

 ガバリと上半身を起こし、キーリは真剣な眼で周囲を見回した。


「す、すまないっ、起こして――」

「■■ゥゥゥ■■■アァァァァッッッ!」


 その時、突如として死んだはずのレッドドラゴンが雄叫びを上げた。大きく口を開けて牙をむき出しにし、跳ねるようにしてフィア達に覆いかぶさってきた。

 完全に死んだと思っていたフィア達は、現実に理解が追いつかず唖然としているしかできなかった。キーリだけ立ち上がり、迎え撃とうと鋭く睨みつけた。

 しかし――


「フィアァァァァァァァァァッッッッ!」


 叫び声とともに高速で落ちてくる影。真下に向けて突き出したアリエスのエストックがドラゴンの頭を貫いた。

 キーリが斬り裂いた頭蓋。そこにエストックが吸い込まれ、ずぶりとした感触がアリエスに伝わってくる。

 ドラゴンの首から力が抜け落ち、紅い舌を口からだらしなく垂れ出して最後の唸り声が消えていく。両瞼が落ち、夥しい量の血が地面を濡らしていた。

 影に喰われてもなお生きる。恐るべき生命力を誇ったレッドドラゴンだったが、今度こそ完全にその生命を終えた。


「フィアっ!」

「お嬢様っ!」


 瀕死とは言え、レッドドラゴンに止めを指したアリエスだったが、彼女は仕留めた大物には目もくれず、一緒に降りてきたレイスと共に一目散にフィアへと駆け寄った。ドラゴンと対峙しようとしていたキーリなど眼中にないらしい。完全に居ないものの様に横を通り過ぎてフィアに抱きつき、必死の形相で詰め寄った。


「お嬢様、お怪我は!?」

「無事ですのよね!? 心配したんですのよっ!!」

「あ、ああ……大丈夫だ。しかしドラゴンが……」

「ドラゴンなんてどうでもいいですの!」

「いや、しかしだな……」

「お嬢様が無事であること。それこそが何より大事でございます。それ以外は全て些事でございます」

「……はい」


 矢継ぎ早に言葉を重ね、フィアに反論を許さない。あれだけ苦戦し、今度こそ死を覚悟したドラゴンの事を些事と言い切られて、何とも言い難い気持ちになるが今の二人に立ち向かう勇気はフィアにはない。今はドラゴンよりも彼女らの方が怖かった。


「ああ……お嬢様の美しかった御髪が……」

「髪ぐらい……」

「ダメですわよ、フィアっ! 髪は女性にとって命とも言える大事なものなんですのよっ!」

「アリエス様の仰るとおりです。だいたいお嬢様は――」

「そう言えばワタクシを投げ飛ばしてくれましたわね! ワタクシを助けようとした末の行動とは言え、どうしてこうもキーリといい貴女といいバカな事ばかり――」


 困惑するフィアを他所に、二人はペタペタとフィアの全身でもこれでもかとばかりに触りまくる。そして怪我が無いことを確認すると今度は説教が始まった。

 助けてくれとフィアは周囲に視線を飛ばすが、クルエは仲睦まじさに微笑み、シオンはいつの間にか巻き込まれないように離れており、キーリは二人の剣幕に冷や汗を流しながらポリポリと頬を掻いて眼を逸したのだった。

 孤立無援。ドラゴンよりも手強い存在が居る事を、フィアは黙って実感しているしかできなかった。


「うわっ! なんでこんな所にドラゴンなんてもんが居るんだよっ!」

「そう騒ぐな。もう完全に絶命してるんだからみっともない真似をするな」

「ンな事言ってテメェも膝震えてんじゃねぇか!」

「取り繕うくらいはしろと言ってるんだ!」


 遅れて着地した足音と騒ぐ声。ガルディリスとジェナスの二人は、初めて見るドラゴンに死してもなお消えないその存在に圧倒されながらも言い合いを欠かさない。


「アンタら……」

「よう、坊主。なんとか無事みたいだな」

「なんだ、崩落に巻き込まれた生徒ってお前だったのかよ。

 ……一応確認だけど、お前は俺の事は覚えてるよな?」

「……ああ、よく覚えてるさ。あん時はずいぶんと世話になったな」


 ジェナスをキーリは恨みがましく睨んだ。この街にやってきた時に何だかんだと入市審査で散々人の説明を疑って足止めしてくれた人間だ。英雄以外に関しては執念深くはないキーリだが、久々に彼を前にすれば流石に恨み言の一つは言いたくなる。

 だがその足止めがあったからこそ、フィアに出会い、あの剣を手に入れる事ができたのかもしれない。災い転じて福となす、では無いが、そう考えると別にこれ以上責める気も起きなかった。


「だー! もう、悪かったよ! けど俺だって仕事だったんだぜ!? 仕方ないだろうが」

「その割にはユキの誘惑にあっさり落ちたけどな」

「んぐっ!」

「ジェナス……」

「し、仕方ねぇだろ! あんないい女に誘われて断る方が男の恥ってもんだ! テメェみてぇなインポ野郎とは違って健全だからな!」

「……やはり貴様とは決着をつける必要があるみてぇだな」

「おお、やってみろや。返り討ちにしてやるぜ」


 どうやら二人の相性が大変よろしくないのは分かったが、ここに来る前も同じような感じだったのか。アリエスに視線を送ると、アイコンタクトで「放っときなさい」と返された気がした。


「喧嘩なら脱出した後でやってくれよ。しかし何で二人が迷宮にいるんだよ? 特にジェナスは冒険者じゃねぇだろ?」

「……あの嬢ちゃんたちにも聞かれたんだけどな。理由は分かんねぇよ。ただここに来なきゃダメだと何となく思ってな」

「何者かに指示されたような気もするんだがな、俺もコイツも理由はさっぱりだな」


 アリエス達にしたものと同じような説明をする二人。変わらず二人共理由は分からないようだったが、キーリの頭に閃くものがあった。

 ジッと二人を睨むように見つめるキーリ。二人に近づき肩に触れると眼を閉じて何かに意識を集中させる。そんなキーリに、仲の悪い二人も顔を見合わせ訝しげな表情を浮かべた。

 眼を開けたキーリはもう一度二人を見つめたかと思うと、右手で頭を抱えて思わず天を仰いだ。


「やっぱりユキか……いや、まあ確かに助かったっちゃ助かったんだけど、素直に喜べねぇ……」

「おいおい、何がやっぱりなんだよ? ユキちゃんがどうかしたのかよ?」

「ん? ちょっと待て、ジェナス? お前さっきもユキに誘われたと言ったな?」

「おう、言ったぜ? それがどうした……って、おいおい、待て待て待て待て! ちょぉっと待った!」


 何かに気づいたジェナス。ガルディリスも閃くものがあったのか、強面の顔を引きつらせてジェナスを指差した。

 顔を青ざめさせる二人。キーリは深々と溜息を吐くと、ポンと二人の肩を叩いた。


「良かったな。これで二人共仲良しだ――なぁ、兄弟?」


 ガルディリスとジェナス、二人の狂ったような叫び声が静まり返った迷宮の奥底で響いた。

 自分たちを助けてくれた男たちの突然の発狂。訝しげにアリエス達は彼らを見るのだが当然――その理由を女性陣が知る由はない。



 その後、崩落した穴から脱出し、退路を確保していたオットマー達とキーリ達は合流し、喜びを分かち合った。

 そのまま無事に迷宮を脱出し、そうしてキーリ達の最後の迷宮探索試験は、またしても波乱に満ち溢れたまま終わりを迎えたのだった。






 2017/6/25 改稿


 お読みいただきありがとうございます。

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