17-14 彼と彼女は迷宮で踊る(その14)
第81話です。
宜しくお願い致します。
<<主要登場人物>>
キーリ:本作主人公。体を巡る魔力は有り余っている反面、各要素魔法との相性が壊滅的に悪い。教会の聖女を始め、英雄たちに復讐するために冒険者としての栄達を望んでいる。
フィア:赤髪の少女でキーリ達のパーティのリーダー格。自分が考える「正義の味方」を追い求めている。可愛い少年を見ると鼻から情熱を撒き散らす悪癖がある。
シオン:魔法科の生徒で、キーリ達のパーティメンバー。攻撃魔法と運動が苦手だが最近成長が著しい。実家は食堂で、よくキーリ達もお世話になっている。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。時々毒を吐く。お嬢様ラヴ。
ユキ:キーリと共にスフォンへやってきた少女。暇さえあれば男をひっかけているビッチ。
アリエス、カレン、イーシュ:キーリとフィアのクラスメート。いずれも中々の個性派揃い。
シン、ギース:探索試験でのアリエスのパーティメンバー。二人はマブダチ。(シン→ギースの一方通行)。
フェル:キーリ達のクラスメイト。実家は地方貴族だが反対を押し切って冒険者を志している。
オットマー:キーリ達の担任教師。筋肉ムキムキで良く服をパーン!させている。
クルエ:キーリ達の副担任教師。魔法薬が専門だが味覚は壊滅している。
「こ、のぉぉぉぉぉっっ!」
アリエスはもう何度目か分からない魔法を壁に叩きつけた。氷の杭で穴が穿たれ、砕ける。そこにオットマーが拳を叩き込み、レイスへの治療を終えたシンもメイスで壁を殴る。イーシュとフェルは剣の柄を使って穴を少しずつ掘っていく。
少しずつ壁は削れていっているがまだ貫通はしない。穴の上が崩れないようにアリエスが氷で固めながらの作業となっているが、キーリ達が落下していった広間の方から断続的に振動が続きその度に開けた穴が崩れて少し埋まっていく。
埒が明かないと分かっていても今はこうした地道な作業しかできない。耳を澄ませば微かに穴の奥から何かの声の様なものと爆発音が聞こえてくるが、そうした音が嫌な想像を膨らませていく。焦燥と苛立ちを覚えつつもアリエスは手を動かし続けた。
そうした不安を誰もが覚えている中、ぽつりと微かな、呟くような声が背後から聞こえた。
「お嬢様……?」
アリエスは恐る恐る振り返る。先程まで意識を失っていたレイスが眼を覚ましていた。
レイスは無表情のまま周囲を見回した。そしてアリエス達をじっと見た。眼だけが瞬きせずに細かく動く。一人ひとりの顔を確認する。違う。お嬢様ではない。ただの確認作業を繰り返し、元々感情に乏しかった顔から更にそれが抜け落ちていく。
最後の一人を確認し終わり、やがて彼女は立ち上がるとふらりと体が揺らしながら歩み寄ってくる。
「お嬢、様?」
全員が壁を掘っている様子を見て何かを悟ったのか。レイスは重い足取りで一歩ずつ五人の方へと近づいてくる。その様はさながら幽鬼。或いは子を失い、感情を壊してしまった母の様でもある。危うい儚さを纏い、同時に狂気が垣間見えてアリエスは怖気にも近い感情を抱いた。
アリエスの背に冷たい汗が流れた。
「ダメですよ、レイスさん。まだ立ち上がっては体に障ります」
レイスが精神的に不安定になっている事にシンも気づいたようで、優しく語りかけながら肩を貸して座らせようとした。だがレイスはシンの腕をすっと辞すると、落ち着いた様子で礼を述べる。
「お気遣いありがとうございます、ユルフォーニ様。ですが私は大丈夫です」
「……そうですか? でしたら良いのですが、無理をしないで下さいね? 僕の回復魔法ではダメージを完全に取り去ることはできませんから。具合が悪くなったらすぐ声を掛けてください」
「承知致しました。重ね重ねありがとうございます。ところで、ですが――」
レイスはシンの眼を見た。次いでフェル、イーシュと順にそれぞれを見つめ、やがてアリエスを通過すると彼女の視線は穴だらけになった壁へと向けられた。
「――お嬢様はどちらでしょうか?」
彼女の声に、アリエスは体をゾクリと震わせた。
本当の事を告げて良いものか、誰もが口を噤んだ。しかし答えないわけにはいかない。彼女の視線は壁に注がれている。であればどちらにせよ、ここで口を閉ざせば彼女の考えを肯定することになるのだから。
「う、む……実はだなレイス嬢。落ち着いて聞いてほしいのだが――」
「まさかその土砂の中だとは仰いませんよね? それともお嬢様は壁の向こうでお一人でいらっしゃるのでしょうか?」
説明しようとしたオットマーを遮るレイス。瞳の狂気が深まる。彼女に気圧されるのを感じながらもオットマーは眉間に力を込めた。
「うむ……一人ではないのだが、地面の崩落にアルカナ、ユースター、それとカイエン先生が巻き込まれて転落した」
「……」
「カイエン先生は翼人族なのである。彼が居る以上、大事には至っておらんとは思うのであるが……」
「――ああ、そうでしたか」
ゆらりと揺れながらもレイスは覚束ない足取りで壁へと近づいていく。そして跪くと細い指を伸ばし、ガリガリと壁を削り始めた。
「レイスさんっ!」
「大丈夫ですよ、お嬢様。私がすぐに助けて差し上げます」
シンの声に反応する事無く、レイスは壁だけを濁った瞳で見つめた。指先は壁を引っ掻いて止まらず、普段は口を開くことが少ない彼女の口から止め処なく言葉が溢れ出して止まらない。
「全く、世話の焼けるお嬢様です。昔からお転婆ですぐ傷だらけになって……ですがそういったところを含めてお慕いしています昔みたいに私がすぐに助けて差し上げます。私にかかればこの程度の障害など無いも同然ですどんな所にいらしても見つけ出してみせますですから今しばらくお待ち下さいお待ち下さいお待ち下さい――」
メイド服が汚れるのも構わず壁にすがりつき、平坦な口調で呟く。すぐそこにフィアが居るかのようにレイスは語りかけ続けた。
指は土色に染まり硬い石で切れて赤い血が滲む。だがレイスは止まらない。爪が割れようとその動きが止まることはない。
「レイスっ!」
その異常な様子に、アリエスとシンは急いでレイスを壁から引き剥がした。だがその途端にレイスは大声を上げて暴れ、もがき、二人の拘束から逃れようと激しく身を捩った。
「お離し下さいっ! 駄目です、私は早く、早くお嬢様を助けないといけないのです!」
「落ち着いてくださいレイスさん!」
「レイスっ! 落ち着きなさいっ!!」
「お嬢様が待っているのです! 私がお側に居ないといけないのです! 私は誓ったのです! 何があっても! どんな時でもお嬢様のお傍でお支えすると! だからだからだから! だから離しなさい! 離して離して離してっっ!」
「こっちを見なさい、レイス!」
「離せェェェェェェェェェェェェっ!」
「落ち着きなさいっ!!」
シンの怒鳴り声が響いた。
初めて聞くシンの怒声に、全員が息を飲み静まり返った。レイスもまた、自分の顔を強く、だが優しく両手で包み込むシンの顔を見て驚いたように呆けた。
涙に濡れたレイスの瞳をシンは覗き込んだ。ジッと彼女の眼を見て、我に返ったレイスは顔を逸らそうとするもシンが頭を掴んでいるためそれもできない。
それでも逸らそうと瞳だけでもシンから外す。だがシンの手の甲が眼に入り、そこには彼の腕を掴んだ自分の手と引っかかれた跡。指を少しずらせば、薄く血が滲んでいた。それは自分が暴れたせいだと容易に想像がついて、彼女は視線を彷徨わせるしかできなくなった。
「落ち着きましたか?」
「……」
「レイスさんがフィアさんをどれだけ大切に想っているかは、普段のお二人を見ていればよく分かります。彼女の事を想えば心中穏やかで居られないのも分かります。ですが、レイスさんには及ばないかもしれませんが、僕達だってすぐに彼女を助けに行きたいのは同じなんです。そしてそのために今、何とかしようともがいています。カレンさんとギースも外に助けを求めに一生懸命走っているんです」
「はい……」
「焦りはあります。大事な友達なんです。僕だって不安で気は狂いそうです。けれど何とか気持ちを落ち着けて、出来ることをしています。だからレイスさんも冷静に、一緒になって考えましょう。そして、力を合わせてフィアさん達を助けましょう」
「……申し訳ございません」
顔を伏せ、レイスの眼から涙が零れ落ちる。気持ちが鎮まったのを確認したシンは、腰の道具袋からハンカチを取り出してレイスの涙と土に濡れた目元を拭ってやる。
「大丈夫です……汚れてしまいます」
「構いません。それと」
シンはレイスの両手を握って回復魔法を唱えた。優しい光がレイスの傷ついた手を癒やしていく。
「フィアさんもレイスさんの事を大切に想ってます。彼女が戻ってきた時にレイスさんが怪我をしていたら心配するでしょうから」
「……ありがとうございます」
「おーおー、モテる男はやる事も違うねぇ」
「ヒューヒュー! やっぱ女誑しのアダ名は伊達じゃねぇってか?」
「誰ですか、そんなアダ名をつけたのは。お二人と一緒で僕だって女性とは縁が無いのは知ってるでしょうに」
場を和ませようとイーシュがシンを茶化し、フェルもそれに便乗してからかう。それが分かっているからシンも苦笑いで軽く否定するだけだ。もっとも、嫌らしく口の両端を広げている二人の顔を見る限り、どこまで演技でやっているのかは不明であるが。
レイスはそっとシンの手を離すと、全員に向かって深々と頭を下げた。
「……お騒がせ致しました。皆様も、申し訳ありませんでした」
「気にしていないのである。我輩ももう少し配慮が必要であったと反省しているところであるが、武骨者故に勘弁願いたいものである」
「謝罪は受け取りましたわ。
さて、それでは一刻も早くこの土砂と瓦礫を何とかして、あの馬鹿達を助けに行きますわよ!」
「おうっ! 気合い入れて掘るぜっ!」
アリエスの掛け声に応じてイーシュが腕まくりをする素振りを見せる。そして、剣の柄を再び壁へぶつけようとした時だった。
「みんなーっ!!」
背後から叫ぶ声に全員が振り向いた。二つであるはずの影が四つあり、どんどんと大きくなっていく。
「カレンっ! ギースっ!」
正体に気づいたアリエスが顔を綻ばせて名前を呼んだ。カレンは大きく手を振って応え、笑顔でアリエス達の前に帰還した。
「カレンっ、貴女って子は本当に……!」
「にゃにゃっ、痛いです~!」
アリエスは戻ってきたカレンをしっかりと抱き留め、そしてグリグリと拳を彼女の頭へと押し付けた。その痛みにカレンは身を捩るがアリエスは離さない。一頻りそうして彼女を解放すると、アリエスは溜息を吐きながらもう一度ぎゅうっと抱きしめた。
「無事でよかったですわ……ワタクシがどれだけ心配したか」
「……ごめんなさい、アリエス様。でも私に出来ることって他に無いですから」
「だからって一人で迷宮を走破しようなんて馬鹿げてますわ。今回は偶々ギースとフェルミニアスに会ったから良かったものの……せめて誰かを連れていきなさいな」
妹を相手にしているようにカレンを諭し、カレンはバツが悪そうに体を縮こまらせながらもアリエスを見て微笑んだ。少女二人の仲睦まじい様子に、周囲も何処かほっこりとしながら様子を見守っていた。
そんな中――
「あー、仲が良いところは分かったが急がなくていいのか?」
現実に引き戻す低い声が何処か申し訳なさそうに響いた。
「バッカ野郎。せぇっかく可愛い子がお互いの無事を喜び合ってる感動的で微笑ましいシーンだろうが。邪魔してんじゃねぇよ」
「そうは言うが状況は切迫しているんだろう。グズグズしている暇はないはずだろうが」
「かーっ! 分かってねぇ、分かってねぇな! 相変わらずの場の空気と女心が読めない真面目野郎だな、テメェは。それだから商売女にしか相手されねぇんだよ」
「……そういうお前こそ軽いところと口の悪さは変わってねぇみたいだな。今度こそ女の事しか入ってない煩悩だらけの頭を叩き割ってやるぜ」
「おう、望むところだ。やってみろや」
アリエス達の与り知らぬところで剣呑ないがみ合いが勃発。カレンとギースが連れてきた二人はどうやら知り合いらしいが果たして仲が良いのか悪いのか。少なくとも現状を打破できる人間を連れてきたはずだが、果たして役に立つのか。アリエスは不安を禁じ得ない。
だが、アリエスの隣でフェルは二人の内の一人を見て震えていた。
「て、鉄壁のガルディリス……二日連続で会えるなんて」
感激しているフェルの様子を見てアリエスは、大柄な男の方が昨日迷宮に入ってすぐに出会った男だとようやく気づいた。
そして、先程からガルディリスに突っかかっていっている男も何処か見覚えがあった。
「あん? 何だテメェ、そんな名前で呼ばれてんのかよ? 昔は突っ込んでいくしか能のねぇ脳筋野郎だったくせによ」
「昔の話をするな。それに俺が自分で名乗ってるわけじゃない。周りが勝手にそう呼んでるだけだ」
「はっ! やだねやだね、これだからお前って野郎は。否定しねぇって事はどうせ自分でも満更でもねぇって思ってんだろ?」
「何だと?」
「お? やるかテメェ――」
「――言い争いは他所でやって頂けないでしょうか?」
再び諍いを始めようとした二人の間に凍える様に冷たい声が吹き荒んだ。
「これ以上下らない言い争いで時間を無駄に消費するというのなら――」
レイスは眼鏡のレンズを光らせながらナイフを取り出して二人の――下半身を見据えた。
「あ、ああ……すまない」
「お、おう……悪かったからそんな物騒なもん仕舞ってくれ。頼むから」
冷や汗をどっぷりと流し、若干の内股になりながら二人は謝罪した。
「……ゴホン、宜しいですかな?」
オットマーの咳払いに、微妙に弛緩した雰囲気が再び引き締まる。
「おう、妙なトコ見せちまって悪かったな」
「構いませぬ。それで、そちらはガルディリス殿でしたな? 昨日は貴重な情報を、そして今回のご助力感謝致します。それとそちらの方にも感謝を」
「……ガルディリスさんの方は昨日も会ったから分かるんだけどさ、そっちのおっちゃんもどっかで見覚えあるんだけど……どっかで会ったことあったっけ?」
イーシュが軽薄そうな長身の男を見ながら尋ねる。するとシンも口を開いて同意する。
「奇遇ですね。僕もこの方を知ってる気がするんですが……」
「おいこら、お前ら。俺はまだおっさんなんて歳じゃねぇし、ジェナスって名前があるんだからそう呼べや。それと俺の事見覚えあんのも当たり前だろうが。お前らが街を出入りする時に誰がチェックしてると思ってやがる」
「……ああっ! 入門審査のお兄さんっ!」
カレンもここまで連れては来たが、その正体には思い至っていなかった。二人のやり取りからせいぜいガルディリスの知人程度の認識だったが、言われてみればいつも街の外に出る時に通過する門に居た気がする。いつ見てもやる気無さそうに頬杖を突き、欠伸をしながら審査書を眺めてる姿しか思い出せないが。
「ジェナス殿、ですか。そう言えばいつも門でお見かけ致しますな……居眠りしてる姿を」
「ジェナス、お前という奴は……」
「ち、ちげーんだよ! そ、そう! たまたまこのおっさん」
「オットマーと申します」
ジェナスの「おっさん」発言に、オットマーは眼を光らせて被せるようにして名乗った。
「こ、このオットマーさんが俺が居眠りしてる時に来てるだけで、普段はちゃんと仕事してるって! 俺を信じろっ!」
必死にジェナスは真面目さをアピールするが向けられるのは溜息と冷たい視線だけだ。形勢の不利を悟ったジェナスはすかさず話題の転換を図った。
「と、ともかく! 状況は切迫してるんだろ!? ならさっさとやることやっちまおうぜ!」
「……そうですな。正直、我々だけではどうにもならない状況です。何か手段があるのであれば是非ともお願いしたい」
オットマーがそう言って頭を下げるとジェナスはガルディリスの方を向いて頷く。
ガルディリスは瓦礫と土砂の山へと歩を進める。今や壁となった、かつて天井だったものの成れの果てに手を当て、何かを確認するように触っていく。そして何事かを小声で呟き、手から光が発せられて壁を伝っていく。
「地神魔法ですの!?」
「ああ、魔法に関しては地神魔法しか能はないがね」
驚きに声を上げるアリエスにそう応えると、ガルディリスは集中するために眼を閉じた。
「ところでおっさん」
「おっさんて言うな。で……ギースっつったか、何だよ?」
ガルディリスの後ろで腕組みしているジェナスの隣にやってきたギースが声を掛ける。
「連れてくる時は聞けなかったけどよ、アンタ入門審査官なんだろ? そんな人間が何で迷宮なんかに居んだよ?」
「あ、それは私も気になってました。ガルディリスさんも昨日迷宮から出ましたよね? なのにどうしてまた迷宮に居たんですか? しかもパーティの人も居なくて一人だったし」
「あー、それなぁ……」
ギースとカレンの二人に問われ、ジェナスは頭を掻いた。他のメンバーも同じ疑問を抱いたのだろう。ジェナスの方を向いて答えを待っている。
「言いにくいことですの?」
「いや、そういう訳じゃねぇが……たぶん信じてもらえねぇだろうなって思ってな」
「せっかくわざわざここまで来てくれたんだ。何言われたって俺らは信じるぜ」
フェルにそう言われ、ジェナスは事情を話そうとするも先にガルディリスが答えた。
「ここに来るように言われた気がしたんだ」
「誰にですの?」
「それが分からねぇんだよな……こいつと同じ理由ってのは気に食わねぇがそうとしか言いようがねぇ。頭ン中でそう言われた気がしてな。そしたらほんっとに何となく迷宮に行かなきゃならねぇって気になってどうしようもなくてよ。自分でもおかしいとは思っちゃいるんだが、気がついたら自然と脚がここに向かってたんだよ」
「……奇妙な話ですわね」
「何か、魔法的な操作でも受けたようにも思いますが……」
「ま、事情が変だってのは俺も思うけどよ、今はこうして助けに来てくれたんだから理由なんてどうでも良くね?」
「うむ。そうであるな」イーシュの意見にオットマーも頷く。「助けに来てくださったのだ。怪しくはあるが、そういった詳細な事情は全て片付いた後で明らかにすればよかろう」
「そう言ってくれると助かるぜ。で、そこの性癖のガルディリスさんよ」
「鉄壁だ。下らない間違い方をするな」
「なんだかんだ気に入ってんじゃねぇかよ……で、どうなんだ? その崩れた壁をどうにかできそうなのかよ?」
「そうだな……」ガルディリスは土砂と岩石の塊を睨みつけた。「……端的に結論だけ言えばどうにか出来るとは思う」
「本当ですの!?」
アリエスとカレンは顔を見合って綻ばせる。思わず手を取り合って喜びを露わにするが、ガルディリスは未だ渋い顔をしている。
「浮かねぇ顔してんな、おっさん。何か問題があンのか?」
「正直に言えば……俺の地神魔法だけでこの壁をどかすには厚すぎて無理だ。時間を掛ければ何とかなるかもしれないが、そこまで時間は掛けられんだろう?」
「もちろんですわ。でも……最初にどうにか出来ると言ったからには何か方法があるのですわよね?」
「ああ。まるごとこの壁をどかすのは難しすぎる。だが一点に集中して穴を開けるのは何とかなる」
そう言ってガルディリスはとある一点を指差した。
「ここだ。内部の様子を調べてみたが、この近辺だけ脆くて壊れやすく、かつ薄くなっている。ここに俺が魔法で強度を弱くし、かつ貫通力の高い攻撃をすればそれなりに大きい穴を開けられるだろうと思う。だが穴が開きやすいということはそれだけ崩れやすいということだ」
「開けた穴を維持する必要があるってことですね?」
カレンの確認にガルディリスは頷いた。
「ある程度は俺の方で広げて維持できるかもしれないが、あいにく俺も魔力が多い方じゃないからな。何かで補強する必要がある」
「でしたらワタクシの水神魔法で支えますわ。穴の周りを氷で固定すれば魔力を消費しなくてもしばらくは持つはずですわ」
「お嬢ちゃんは水神魔法の使い手か。ならそれで頼む」
「であれば我輩の方で穴を……」
ガルディリスが指した場所に狙いを定めてオットマーは拳を構える。だがそれをガルディリスは止めた。
「拳だと威力が分散してしまうかもしれない。確実を期すためには――」チラリとジェナスを見遣った。「この男に頼るのは癪だが、剣による一突きが良いだろうな。オットマーさんにはその後に止めの一撃をお願いしたい」
「一拍遅れて殴れば良いのですな? 承知した」
「やれやれ。ま、可愛い後輩たちのためとあっちゃ仕方ねぇよな。その代わり剣が折れたら弁償してくれよ?」
「無論。出来る限りの礼はさせて頂こう」
「よし、なら商談成立ってやつだ」
ジェナスは腰の剣を引き抜く。そして剣を持った右手を後ろに引いて左掌を前に。切っ先を正面、ガルディリスが指定した場所に定める。
「……疑いたくはねぇけど、このおっさ、じゃなかった。この兄ちゃん頼りになるのか?」
小声でフェルがガルディリスに問う。ガルディリスはやや嫌そうな表情を浮かべるも、しっかりと頷く。
「心配はいらない。普段はおちゃらけた奴だが、剣の腕だけは確かだ」
彼の言葉通り集中が深まるにつれ、ジェナスのそれまでの軽薄な雰囲気は鳴りを潜めていく。視線は鋭く、突き出す先だけを睨みつける。呼吸が規則的に響いていく。
それに合わせ、アリエスは魔法を行使する準備を整えていく。オットマーもまた魔法を口にし、炎神魔法を拳に纏わせていく。ガルディリスは壁に近づいて手を当て、いつでも魔法を発動させる時を待った。
そうして緊張が高まる中、ギースとカレンは遠くから足音が近づいてくるのに気づいた。
「ギース君、もしかして……」
「ちっ……タイミングの悪ぃことだ」
少し前まで戦闘をしていた二人にはその足音がモンスター達のものだと容易に想像がついた。
「イーシュ、フェル」
「……分かってる。今ここを邪魔される訳にはいかねぇもんな」
「助けた直後にモンスターにタコ殴りされるのもお断りだしよ。結果を見れないのは残念だけど、仕方ないな」
「私も参ります」
「いえ、レイスさんはこちらで待っていて下さい」
モンスターたちを足止めするため、この場を離れようとするギース達。それに着いていこうとするレイスだが、シンに止められた。
「フィアさん達を迎えないといけませんからね。女性がアリエスさんだけっていうのも寂しいですし、フィアさんを真っ先に出迎えるのはレイスさんの役割ですから」
「……畏まりました。ご武運を」
恭しくシンに向かってレイスは頭を下げた。それにシンはサムズアップで応え、五人は暗闇の中へと走って消えていく。
レイスはそれを見送ると、一度眼を伏せ、しかし気持ちを切り替えてジェナス達の方へ向き直った。
「……終わったか? このカッコのままじっとしとくの結構辛ぇんだけど」
「……集中してたんじゃありませんの?」
「仲間を送り出そうってナイスなシーンで空気読まねぇ事できるわけねぇだろ」
どうやらレイス達の会話を邪魔しないようにしていたらしい。気遣いなのかそうでないのか、良く分からない空気の読み方をするジェナスにアリエスとガルディリスは深々と溜息を吐いた。
「くだらない事言ってないで早くお嬢様を助けてくださいますでしょうか?」
「へいへい。なら――今度こそ行くぜ」
「承知っ……!」
ジェナスはゆっくりとした呼吸を二度繰り返した。
そして三度目に息を吸い込んだその時――
「――ッ!」
浅く息が吐き出され、ジェナスの左足が大きく踏み出された。
同時に右足が力強く地面を蹴り、腰の回転と共に剣が空気を斬り裂く。ただ一点だけを穿たれた空気が押し潰され、けたたましい破裂音が響く。空気の抵抗を抜け出した切っ先は更に速度を上げて、そして――岩石の壁を確かに貫いた。
爆発にも似た勢いで飛び散る瓦礫。貫いた剣は根本から砕け、爆発音に混じって甲高い音を立てて散っていく。
「ぬおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!」
ちょうど半歩分遅れ、オットマーが拳を振り抜く。砕けた剣の破片を篭手が弾き飛ばし、ジェナスが貫いたその場所を寸分違わず撃ち抜いた。
「爆炎波!」
大きく拳が壁にめり込んだと同時にオットマーの口から魔法名が唱えられる。瞬間、籠手を中心として爆発。爆音とともに人が潜れる程度の穴が作り出された。
ガルディリスが地神魔法を唱え、その穴を即座に拡大。一瞬だけ大きくなった穴の全周をアリエスの水神魔法で作り出した氷が固めていった。
「おっしゃぁ! 上手くいったぜ!」
ジェナスが使い物にならなくなった剣を放り捨て、グッと拳を握りしめる。ガルディリスも上手くいってホッとしたように顔から緊張が解けていく。
直後、崩落してできた穴の奥深くから怖気を誘発する雄叫びが響き渡った。
「な、なんだぁっ!?」
ジェナスがその心胆が凍えるような声に慄き、ガルディリスは思わず背中の盾を引き抜いて構えた。作戦が成功した喜びを一瞬でかき消すその咆哮にじっとりと汗が滲んだ。
遅れて、地響き。ガルディリスが穴を乗り越えて覗き込むと、奥底で閃光が一瞬煌めく。しかしそれも深い闇に瞬く間に飲み込まれていく。
「一体何が……」
「穴の下にモンスターでも居るってのか?」
ジェナスも穴の縁に膝を突いて恐る恐る顔だけを出す。閃光は一度だけだったが、何かの雄叫びは尚も二人の心臓を冷たく掴んだままだ。
そんな二人を飛び越えていく少女たち。
「あ、おいっ!」
アリエスとレイスは迷うこと無く、漆黒が支配する穴の奥底に向かって身を踊らせた。
大切な仲間を救うために。
「レイスっ!」
どこまで続くかも分からない落下に浮遊感を覚える最中でアリエスはレイスに向かって手を伸ばした。レイスも迷わずその手を掴む。
アリエスが風神魔法を唱え、落下の速度が緩やかになる。二人は抱き合い、互いに身を寄せて眼下の闇を強く睨みつけた。
「お嬢様……どうかご無事で……」
「待ってなさい……今助けに行きますわ。だから……」
死んでたりしたら許しませんわ。声に出さずにアリエスが呟く。
その直後、より一層激しい、怒りを纏わせた咆哮が二人の肌をビリビリと叩いた。体が自然と竦み上がり、閃光が再び煌めくとすさまじい爆風が吹き荒ぶ。砂埃が舞い上がり顔を背けて眼を細める二人。
そして――二人は、目撃した。
2017/6/25 改稿
お読みいただきありがとうございます。
ご感想・ポイント評価等頂けますと励みになりますので宜しければぜひお願い致します。




