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17-13 彼と彼女は迷宮で踊る(その13)

 第80話です。

 宜しくお願い致します。


<<主要登場人物>>

 キーリ:本作主人公。体を巡る魔力は有り余っている反面、各要素魔法との相性が壊滅的に悪い。教会の聖女を始め、英雄たちに復讐するために冒険者としての栄達を望んでいる。

 フィア:赤髪の少女でキーリ達のパーティのリーダー格。自分が考える「正義の味方」を追い求めている。可愛い少年を見ると鼻から情熱を撒き散らす悪癖がある。

 シオン:魔法科の生徒で、キーリ達のパーティメンバー。攻撃魔法と運動が苦手だが最近成長が著しい。実家は食堂で、よくキーリ達もお世話になっている。

 レイス:フィアに付き従うメイドさん。時々毒を吐く。お嬢様ラヴ。

 ユキ:キーリと共にスフォンへやってきた少女。暇さえあれば男をひっかけているビッチ。

 アリエス、カレン、イーシュ:キーリとフィアのクラスメート。いずれも中々の個性派揃い。

 シン、ギース:探索試験でのアリエスのパーティメンバー。二人はマブダチ。(シン→ギースの一方通行)。

 フェル:キーリ達のクラスメイト。実家は地方貴族だが反対を押し切って冒険者を志している。

 オットマー:キーリ達の担任教師。筋肉ムキムキで良く服をパーン!させている。

 クルエ:キーリ達の副担任教師。魔法薬が専門だが味覚は壊滅している。






「ぬぉぉぉぉぉおおおおおっっ!!」


 オットマーは眼を見開き、籠手を着けた右拳を瓦礫目掛けて叩きつけた。瞬間、爆発音が響き、拳をぶつけた場所が大きく弾け飛ぶ。窪みが穿たれるが、しかしすぐにまた上から土砂が崩れてきてせっかくできた穴を塞いでいってしまう。それを見たオットマーは眉間に皺を寄せた。


「ぬぅ……! これでは埒が明かんか……!」


 オットマーの悔しそうな声が虚しく響く。

 キーリ達が巨大な孔へと落ちていった直後、アリエス達は助けに飛び込もうとした。だが彼女らの目の前で突然天井や壁が崩れ落ちた。

 フィアやキーリの名を叫ぶ彼女をオットマーが何とか押さえつけ、瓦礫や土砂の下敷きになることは免れたが、今や広間と通路を完全に分断してしまっていた。

 先程から今のようにオットマーが塞いだ瓦礫を破壊しているが、その度に降り積もった天井が崩れ、努力を嘲笑うかのようにその跡をかき消していく。


「くそっ! 何とかならねーかよ!」

「喚いたって何の役にも立ちませんわ! 騒ぐ暇があったらその空っぽの頭でも考えなさいな!」

「俺だって考えてんだよっ!」


 無力感に苛立ち騒ぐイーシュをアリエスが叱りつけ、またイーシュが怒鳴り返す。早くフィア達を助け出さなければ。その思いばかりが先立ち、アリエスの中で焦りばかりが募っていく。


「焦っても仕方ありません。落ち着いて、冷静に考えましょう」

「シン! お前どうしてそうも落ち着いて……」


 平素と変わらない声色で諭すシンだが、その冷静さがイーシュを更に苛立たせる。思わず怒鳴り返しかけるが、意識を失ったレイスに回復魔法を掛けている彼の顔を見て口を閉ざした。

 レイスに視線を落とすシンの横顔。だがその眼は彼女を見ておらず、魔法を掛ける傍らで思考に没頭しているのが分かる。額にはびっしりと汗が浮かび、握りしめられた拳は震えていた。彼もまた出来ることを必死で考えているのだと分かり、イーシュは己の幼さに舌打ちした。


「やっぱり皆で少しずつでも掘り進めていくしか……」

「誰か地神魔法を使えればすぐですのにっ……!」


 これだけの瓦礫を一掃するにはそれなりの適性を持った地神魔法の使い手が必要だ。だがこの場にはそこまで地神魔法に長けた者はいない。

 苦し紛れにアリエスが水神魔法で作り出した氷杭をぶつけてみるが、先端が刺さるだけで貫通する前に衝撃で崩れてしまう。試しに地神魔法を試みてみるが彼女の適正は乏しく、地面付近の瓦礫を僅かに変形させるくらいしか変化はみられない。それも少し時間が経てば重みに耐えきれず崩れていってしまった。

 ままならない現状に歯噛みするしか出来ず、アリエスは思わず瓦礫の壁を蹴りつけた。カレンもそんな彼女を見ているしかできず、それが悔しくてカレンはグッと手を握りしめていたが、やがて顔を上げた。その表情には何かの決心めいたものが浮かんでいた。


「わ、私、やっぱり急いで外に出て地神魔法を使える人を探してきます!」

「お待ちなさいっ! 一人では危険ですわ!」


 アリエスの制止の声を振り切り、カレンは出口と思われる方に向かって走り始める。魔法も皆ほど上手く使えず、賢くもない自分にできる事は何か。それは走ること。スタミナだけは誰よりもカレンには自信があった。


(なら……私は私が出来ることをやるだけ……!)


 迷宮内を一人で闊歩できる程の強さは無いし、上手くモンスターとの遭遇を避けられる程の技量も無い。気は弱いし、こんな危険な世界で生きている事を考えれば運の良さなんて以ての外。それでもやらないといけない時だってある。


(女は愛嬌って聞いた事はあるけど……)


 今必要なのは度胸。ひるまない勇気。それは大切な人を助けるため。緊張で心臓が痛むのを覚えながらもカレンは必死で走る。


「きゃっ!」

「のわっ!」


 そうして走り始めて間もなく。枝分かれした道に差し掛かったところでカレンは角から出てきた誰かにぶつかりかけた。既のところで体の向きを変えて避け、たたらを踏みながらも踏ん張る。ごめんなさい、と勢い良く頭を下げかけるが、すぐに出てきた人物がよく知った人と気づいた。


「フェル君! ギース君!」

「ウェンスター! お前何処行くんだよ!?」


 姿を現したのは、別の横穴から広間に行くルートが無いかを探しに出ていたフェル、そしてギースだった。もしかしたら、と縋るような気持ちでカレンは二人に成果を尋ねた。しかし無情な答えが返ってくる。


「ダメだな。結構奥まで進んでみたが道は見つかる気配はねぇ。もっと本格的に時間掛けねぇと無理だ」

「そう……なら二人はアリエス様たちにその事を伝えて! 私は外に助けを呼んでくるからっ!」

「あ、おい! 一人で行くつもりかよ!?」


 フェルが叫ぶが、そんな余裕は無いとばかりにカレンは振り返らない。フェルの隣でギースは舌打ちをした。


「ちっ! ……おい、フェル!」ギースはめんどくさそうに頭を掻いた。「テメェは皆ンとこ戻って成果なしって伝えてこい。俺はあのクソボケを追いかける」


 一方的にそう告げて、彼女の後を追いかけ始める。だが「ギース!」と呼ばれて振り向くと、フェルの道具袋が投げ渡された。


「持ってけよ! 魔法薬は多いに越したことはないだろっ!?」

「仕方ねぇから受け取ってやるよっ!」


 走りながらギースは道具袋を掲げ、いつも通り皮肉っぽい笑みを見せる。そうしてすぐにフェルからの視界から消えていった。


「……てか、俺が成果なし(手ぶら)なのを報告すんのかよ……」


 報告の途端、アリエスが落胆し肩を落とす姿が見えるようだ。或いは罵られるか。いずれにしても気が重くなる未来しか見えない。


「キーリ達も、ギースの野郎も……頼むから無事で居てくれよ」


 じゃないと、永久にお前らに追いつけなくなるからな。フェルは独りごちてアリエス達の待つ場所へと走り出した。




「はっ、はっ、はっ……」


 軽快な足音に混じって弾むような呼吸が静かな迷宮に響く。

 カレンが疾走り始めて五分程が経過していたが、ここまでモンスターにも遭遇せずに順調な進みを見せていた。

 しかし不意に彼女の脚が止まった。空気がおかしい。より正確に言うならば、臭い。血の混じった不快な獣臭さが微かに流れてきて、彼女は鼻をひくつかせた。


「こんな時にっ……」


 悲壮な声を上げつつも背負った矢筒から矢を取り出し、弓を構える。そうして程なく曲がり道の奥から現れたのはゴブリンが数体。Eランクのモンスターであることに安堵を覚えつつ、カレンは小さく呟いた。


「『加速(セット・アクセル)』」


 それは彼女だけの詠唱。本来は矢に風神魔法を付与する正式な詠唱があるのだが、こちらの方が彼女には馴染んだ。大事なのはイメージ。脳裏に、この後に引き起こす未来を思い描く。

 矢の周りに風が唸り、集合する。螺旋状に渦を巻き、矢の通り道を作り上げていく。弦を限界まで引き絞り、弓が大きくしなった。狙われている事に気づいたゴブリンが聞き苦しい声を上げつつ、粗末な武器を振り上げてカレン目掛けて走り迫っていった。


「――『解放(リリース)』」


 無感情な瞳でカレンは右手を矢からそっと離した。弦から押し出された矢は即座に加速。一瞬で最高速に達すると突風を撒き散らしながらまっすぐにゴブリンに突き刺さり、正面に居たゴブリンの胸に風穴を開け一瞬で絶命。貫通した矢はその後ろに居たゴブリンの肩に突き刺さるとそのまま吹き飛ばし、そのまま壁へと縫い付けた。


「私だって――」続けざまにカレンは矢を番えた。「――一人で戦えるんだからっ!!」


 即座に次弾が放たれ、また一体ゴブリンを屠っていく。残りは一体。焦燥を抑えて矢を取り出したカレン。弦を引き、手を離して正確にゴブリンの頭を撃ち抜く。しかし血の臭いに惹かれたか、奥からまた一体、もう一体と次から次へとゴブリンが姿を見せる。そして更には通常のワームやスモールスパイダーといった小型のモンスターも続々と大量にカレンの方へと押し寄せてくる。


「うそ……」


 一瞬その数の圧力に気圧されるが、立ち止まっている暇は無い。一刻でも、一秒でも早く助けを呼ばなければならないのだ。間髪を入れずカレンは矢を放ち続けモンスターの死体の山を築いていった。

 だが矢とて限りがある。矢筒に伸ばした手が空を切る。矢の圧力が途絶えた途端にモンスターたちは何かに急かされる様に迫る。すぐさまカレンは腰の短剣を構えた。


「やあああぁぁぁぁぁぁっ!」


 声を張り上げて自らカレンはモンスター達の群れに突っ込んだ。

 振り下ろされた棍棒をヒラリとかわしゴブリンの体を斬り裂いていく。悲鳴を上げるがカレンは振り向かない。

 時間は掛けられない。カレンは強引にでも突破するつもりだった。幸いにしてここに居るモンスターはEランクがせいぜい。矢が無くても、カレンとて人並みに剣は使える。アリエスに鍛えてもらった剣の腕を信じてモンスターをかき分けていく。

 だが彼女の腕は他のメンバーに比べれば劣るのも事実。膂力が優れているわけでもない。素早さは人並み以上だが、それとて十分な広さがあればこそ。彼女の脚は隙間なくひしめくモンスターによって止められ、四方から迫る攻撃に対処しなければならない事態に追い込まれていた。


「にゃぅっ!」


 錆びたゴブリンの剣が頬を掠め、彼女の茶色の髪を斬り裂いていく。辛うじて避けたがその隙に足元でワームが絡みつき彼女の脚を拘束した。そしてスモールスパイダーの突進をまともに受けてしまった。


「にゃああああっ!」


 大きく弾き飛ばされ、地面を転がる。彼女の柔らかい肌が荒れた地面で擦れて血が滲む。腹部の痛みと打ち付けた背中の痛みに涙が滲む。それでも痛みを堪えて立ち上がろうとするが、顔を上げた彼女の眼に入ったのは今にも飛びかかろうとしていたモンスターの姿だった。

 ダメだ。自分にはやっぱり無理だったんだ。殺されてしまう恐怖に怯え、彼女は顔を逸して眼を閉じた。ごめんなさい、アリエス様。そう心の中で謝罪した。

 だが、その時彼女の体が不意に引っ張られた。宙を舞い、視界がクルリと回転した。そして誰かに抱き上げられているのにようやく気づく。


「生きてるか? 大バカが」

「ギース、君……?」

「めんどくせぇことさせやがって。テメェ一人で突っ込んでいって何が出来るっつうんだよ」


 ギースは吐き捨てながら壁を蹴ってモンスター達の頭上を飛び越えていく。スモールスパイダーの体を踏み潰して着地し、カレンを抱えたまま周囲を蹴散らしていく。周りのモンスターが離れたところで再び跳躍してモンスター達を飛び越え、そして置き去りにして走り去った。


「ごめんなさい……」

「謝んならさっさと一人で立ちやがれ」


 背後からモンスターたちが積極的に追いかけてくる気配はない。十分な距離が取れた事を確認したギースは脚を止め、カレンを放り投げるようにして手放した。


「にゃっ!?」


 突然再び宙を舞うも、カレンは何とかバランスを取って着地した。


「おら、ぼさっとしてんな。助けを呼びに行くんだろうが」

「う、うん」

「ンならさっさと行くぞ」


 雑な扱いをされたカレンはギースに苦情を言おうとしたが、顔を苛立たしげにしかめた彼に気勢を削がれた。平時から仏頂面で苛立ったような素振りを見せる事が多いギースだが、今は本当に腹を立てているのがカレンにも分かった。

 有無を言わせない、ぶっきらぼうな言い方でギースはカレンをにらみながら鼻を小さく鳴らし、背を向けた。不愉快さを背に滲ませるも、それ以上何も言わずに前に向かって走り出そうとした。


「っ、そんな……!」


 しかしギースとカレンの目の前に現れたのは、またしても数十匹に及ぼうというモンスターだった。赤い目をしたモンスターたちが暗闇の中で蠢いている。先程と同様にゴブリンやワームが大半を占めるが、奥からはダンジョンスパイダーといったEからDランクに掛かるような手強いモンスターらしき姿をギースの眼は捉えた。大きな舌打ちの音がカレンの耳に届き、しかしモンスターたちの蠢く音にすぐに掻き消される。

 絶望感がカレンを襲う。膝から力が抜けて倒れてしまいそうだった。それでも崩れ落ちなかったのはギースがカレンを庇うように前に立ちはだかったからか。

 迫る数の暴力。ギースはナイフを逆手に構えるが動かない。大群を睨みつけ、こめかみから頬を汗が伝って落ちていった。

 モンスターが明確にギースとカレンを捉え、進む脚が更に早くなる。そしてその時――

 後方のモンスターが大きく弾き飛ばされるのを見た。

 ぎょっとしてモンスターたちが一斉に後ろを振り向く。その間にも蹴散らされたモンスターが宙を舞い、血を撒き散らしながら叩き潰されていく。その様子を二人は唖然として見ていた。


「よう、お嬢ちゃん。可愛い素敵な顔に傷はついてないかな?」

「二人とも、怪我はないか?」


 軽薄そうな声と真面目さの滲む低い声。

 モンスターを蹴散らしながら二人の男が近づいてきて、ギースとカレンはどちらともなく安堵の息を漏らすのだった。






 2017/6/25 改稿


 お読みいただきありがとうございます。

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