17-11 彼と彼女は迷宮で踊る(その11)
第78話です。
宜しくお願い致します<(_ _)>
<<主要登場人物>>
キーリ:本作主人公。体を巡る魔力は有り余っている反面、各要素魔法との相性が壊滅的に悪い。教会の聖女を始め、英雄たちに復讐するために冒険者としての栄達を望んでいる。
フィア:赤髪の少女でキーリ達のパーティのリーダー格。自分が考える「正義の味方」を追い求めている。可愛い少年を見ると鼻から情熱を撒き散らす悪癖がある。
シオン:魔法科の生徒で、キーリ達のパーティメンバー。攻撃魔法と運動が苦手だが最近成長が著しい。実家は食堂で、よくキーリ達もお世話になっている。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。時々毒を吐く。お嬢様ラヴ。
ユキ:キーリと共にスフォンへやってきた少女。暇さえあれば男をひっかけているビッチ。
アリエス、カレン、イーシュ:キーリとフィアのクラスメート。いずれも中々の個性派揃い。
シン、ギース:探索試験でのアリエスのパーティメンバー。二人はマブダチ。(シン→ギースの一方通行)。
フェル:キーリ達のクラスメイト。実家は地方貴族だが反対を押し切って冒険者を志している。
オットマー:キーリ達の担任教師。筋肉ムキムキで良く服をパーン!させている。
クルエ:キーリ達の副担任教師。魔法薬が専門だが味覚は壊滅している。
反響するアリエスの怒鳴り声にキーリとフィアは落下しながらも苦笑いをしていた。だが彼女に見せた表情ほど二人に余裕があるわけでは無かった。
眼下に広がるのは底抜けとも思える漆黒の闇の中。穴の先は見えず、上空からは砕けた欠片たちがおびただしい数で襲いかかってきている。嬉しくもない未来が容易に想像できる。
「ふっ!!」
鋭く息を吐き出すと共に落下する岩石を足場にし、鍛え抜いたバランス感覚で何とかキーリは体勢を整える。フィアも風神魔法によって姿勢を制御し、キーリに向かって手を差し出した。
「捕まれっ、キーリ!」
「恩に着るっ!」
礫を蹴った反動でフィアの方へ近づき、彼女の手を掴む。
「シオンはっ!?」
「あっちだ!」
キーリが指差した場所ではシオンもまたもがいていた。フィアと同じく風神魔法で落下速度を弱めながら姿勢を整えようとしている。しかし突然の事態に焦っているのか魔法の構成が乱れて上手く制御できていない。自由落下と浮遊を繰り返している状態だが、この突発的な事態の中で魔法を行使できただけでも十分凄い事ではある。しかし肝心の魔法が上手く制御できていない事がますます焦りを呼んで悪循環に陥ってしまっていた。
「落ち着けシオン! 深呼吸して、ゆっくりでいいから丁寧に術式を構築しろ! まだ下までは余裕がある!」
「は、はいっ!」
信頼しているキーリの声が聞こえたためか、やや落ち着きを取り戻したシオンは一度深呼吸をして再び浮遊魔法を唱える。今度は何とかキチンと構築できたようで、キーリから見ても魔法は安定して発動しており、ホッと胸を撫で下ろした。
フィアも顔を綻ばせ、何気なく視線を上げる。そして何かに気づくと切羽詰まった表情で叫んだ。
「避けろシオンっ!」
「え?」
瞬間、落下してきた岩石がシオンの体を弾き飛ばした。鞠のように跳ねられたシオンの体があっという間に遠ざかっていき、壁に激突するとそのまま頭から落ちていった。
「シオォォォォォンっ!!」
「フィア! 俺の手を離せっ!」
フィアが悲痛に顔を歪めて絶叫し、キーリは追いかけようとフィアの手を引き剥がそうとした。だが直後に白い何かが凄まじい速度で二人の横を追い抜いていった。
「クルエっ!?」
魔法で加速したクルエが自由落下を超える速度でシオンを追いかける。同時にシオンに対しても魔法を掛けて落下速度を減速。小さな体を抱き留めていくのが見えた。
「良かった……」
溜息とともにフィアの口からそれだけが零れた。安心したせいで集中力が途切れてしまい、一瞬だけ落下速度が増して慌てて集中し直した。
「……頼むぜ?」
「すまない、風神魔法はあまり得意じゃなくてな」
「キーリ君、フィアさん、大丈夫ですか?」
シオンを抱えたクルエが二人に近寄って声を掛ける。腕の中のシオンはぐったりと力なく、頭からは血を流して意識を失っていた。暗がりの中でも分かる出血にフィアの顔が青ざめる。
「私達は大丈夫ですがシオンは……」
「……頭を強く打っているようです。骨も何箇所か……」
意識を失った状態で岩壁に叩きつけられた時だろう。シオンの左腕は不自然な方向に曲がってしまっていて、出血も多い。抱きかかえたクルエの白衣も赤く染まってしまっている。
キーリはシオンのその様を見て下唇を噛み、フィアは痛ましそうに顔をしかめた。
「早く治癒魔法を掛けなければ危険です。ともかく、下に降りて寝かせられる場所を探しましょう」
会話の時間も惜しいとばかりに話を打ち切ってクルエが地面目掛けて加速する。徐々に暗闇にも眼が慣れ、眼下からは次第に迷宮の壁が発する光が強くなってきているのが分かる。薄ぼんやりとだが地面の様子も見え、地に足が着くのもまもなくだろう。
一刻も早くシオンの治療をしなければ、とフィアも落下の速度を更に上げた。
(頑張ってください、シオン君……!)
心の中でクルエは必死で呼びかける。彼の顔には強い焦燥が浮かんでいた。腕には零れ出る血の熱量が伝わってきて、それが周囲の空気に奪われていく。冷めていく熱はシオンの命が手のひらから零れ落ちていっているようで、否が応でも死を意識させる。
だらりと垂れ落ちたシオンの手のひらを見つめ、三人とも祈るように眼を閉じた。
そうして間もなく無事に着地した。足の裏から伝わる地面の感触に三人が期せずして同じように安堵の息を吐き出した時だ。
ゾクリ、と全身の毛が逆立った。何かが、恐ろしい何かがそこに居る。だがキーリとフィアは、背を向けた方から感じる確かな気配に眼を向ける事は出来なかった。
全てが警告していた。直感も感じる気配も、理性も本能も知性も何もかもが動くことを拒絶していた。
呼吸すらも禁ずる。微かな身動ぎもダメだ。思考すら放棄しろ。自分の全てを否定し、ここに自らは存在しない。そうでなければ――背後に居る巨大で濃密な死を撒き散らすナニカからは逃れられない。
だが、好奇心だけが裏切った。何が居るのか、知らなければならない。自らに死をもたらすものをこの眼で認めなければならない。他の全ての感覚を否定して脳に直接そう訴えてくる。そうして、二人は振り返った。
「……っ、ぁ……」
そこには、自分などとはレベルが違う存在が居た。フィアの喉は強く引き絞られ、悲鳴さえ出てこない。
ただ、見上げる。そこに居るのは、如何に自分が矮小な存在であるのかを強調する巨体。全身が赤黒い鱗に覆われ、全てを弾き返す鎧で包まれているかの様だ。脚の指の一本一本が自分の胴体ほどの太さがあり、その先には鋭い爪。腹の底に響くような呼吸音はそれだけで存在を圧迫。背には両端が見えないほどに大きな翼。口らしき場所には全てを貫くだろう牙に強靭さがこれでもかと伝わる顎。そして暗がりの中でもハッキリと分かる凶悪で、同時に神聖ささえ覚える鋭い双眸。
人族、亜人含めた人間を遥かに超えた、この世全ての万物の頂点に位置するだろうランクAモンスター――レッドドラゴンがそこには居た。
「逃げなさいっ!!」
唯一その存在感に飲み込まれることのなかったクルエが叫ぶ。そして同時にキーリとフィアの二人を風神魔法で吹き飛ばした。激しい風に乱暴に押されて宙を舞いキーリは我に返る。未だに萎縮してしまって体が動かないままでいるフィアを抱き留め、着地する。そこで目撃した。
クルエが目の前で弾き飛ばされる姿を。
殴り飛ばされた体がキーリの真横を一瞬で通り過ぎていく。柔らかいものが壁にぶつかり、潰れたような音が聞こえた気がした。彼が立っていた場所には丸太よりもなお太い、硬質感のあるドラゴンの尾が揺らめいていた。
「クルエっ!!」
「だい、じょ……早、く……逃げなさ……」
壁が砕ける程の勢いで叩きつけられたクルエだがそれでもシオンの体は離さなかった。流石は英雄が一人と言うべきか、多少は尾撃の勢いを殺すことには成功していたがシオンをかばいほぼ無防備に受けた威力は凄まじく、全身から血が滲んで彼の白衣を汚していた。絞り出した声も絶え絶えで、決して彼の負ったダメージが軽いものではないことを明白に示していた。
レッドドラゴンとしては戯れだったのか。それとも矮小な存在が目障りだっただけか。それ以上にクルエには目もくれずグルリと、まるでここは何処かと確認するかのように首を回すだけだった。
(興味を持ってないだけ幸いか……)
だがいつドラゴンの興味が自分たちに移るか分かったものではない。シオンもクルエもこのままでは危険だ。
「フィアっ!」
ドラゴンの興味を惹かないよう小声で呼びかける。だがフィアは震えるばかりでキーリに反応を示さない。
「ちっ……フィアッ!」
心の中でスマン、と謝罪しながらキーリはフィアの頬を張った。パンッ、と小さな破裂音が響き、フィアの眼の焦点がキーリに集まり力が戻ってくるのが分かった。
「あ、キーリ……」
「大丈夫だな? もう動けるな?」
「す、すまない、私は……」
「時間が惜しい。謝るのは後だ。まずはシオンとクルエを助けるぞ。いいな?」
二人の名前が出てハッとフィアは眼を見開き頷く。同時に、ドラゴンの圧力に飲まれてしまった自分を恥じた。
(私は……また……!!)
守れなかった。同じことを繰り返す自らに怒りを覚え、圧倒的な威圧感を醸している竜種を睨みつける。ただ在るだけであるのにドラゴンを見ているだけで怒りさえも恐怖に飲み込まれていきそうだ。だが、二人を助け出す。そしてこの暗い世界から脱出する。その思いで怒りに火を焚べ、震える脚を殴りつけた。
キッと眉に力を込めて、フィアはキーリの顔を正面から見据えた。
「分かった。もう大丈夫だ。あのようなトカゲ如きに戦いていては冒険者の名折れだからな」
「上等。ならこいつを刺激しねぇようにソッと動くぞ」
自分も震えそうになるのを叱咤しながらキーリは気配を極力消して歩き始めた。
ドラゴンは低い唸り声を上げるだけ。キーリ達に注意を払うこともなく近くをうろつき始める。一歩踏み出す度に地響きの様に地面が震え、恐怖で脚まで震えてしまいそうだった。
人間よりも生物の「格」として遥かに上位に位置するように思えたドラゴンだが、迷宮の広間が崩落して出来たこの穴は狭すぎた。数歩歩いただけですぐ壁にぶち当たり苛立たしげな声を発する。上に行こうにも羽ばたくには狭く、結果キーリ達のすぐ近くをうろうろとするだけしかできない。
「……大丈夫ですか、クルエ先生」
そうした中でフィア達はドラゴンに気づかれる事無くクルエ達の所に到達できた。そこで確認したクルエの状態は酷い有様だった。
背中で尾撃を受けたためか、白い羽根は不格好にひしゃげて片方が千切れかけていた。シオンと同じように頭部からの出血がひどく顔の左半分を真っ赤に染め上げていて、肺も傷つけてしまったか口からの呼吸音は掠れていた。凄惨な状態のクルエにフィアは思わず息を飲んだ。
「はは……全員をまも、るつもりだったのにこのざま、です……格好つけるものじゃ、ないで、すね……」
だと言うのにクルエは治癒魔法をシオンに掛け続けていた。どうやらシオンの出血は止まったようだが、意識を取り戻す気配はない。
キーリは、自身よりも生徒を優先する彼の姿を見て不格好に顔をしかめると、腰のポーチからクルエ謹製の魔法薬を取り出して彼の口の中へ押し込み、無言でクルエの体を持ち上げた。
「もういい、しゃべんな……
フィアはシオンを頼む」
「……承知した。だが、ここからどうする?」
膝裏と背中の下に手を差し入れて、軽いシオンの体を抱え上げながらフィアは尋ねた。
ここは恐らくは迷宮の最深部に近い場所。落ちた距離を考えれば、もしかすると未だ発見されていない未知の場所かもしれない。遥か上層から転落してきたために戻る道もなく、助けを呼ぶこともできない。そして、腕の中には重傷者が二名。これまでのどんな事態より、あの前回の迷宮探索試験の時よりも絶望的な状況であった。
そうした中、キーリに背負われたクルエがある方向を指差した。
「あ、ちらに……隠れられそうな穴があり、ました……」
「穴?」
夜目が効くキーリが、ドラゴンを挟んで反対側の壁に眼を凝らす。そこには確かに、体を屈めれば入れそうな丸い穴が空いていた。
その穴がどこまで続いているのか、そもそも迷宮の通路なのかも分からない。しかしこうして身をドラゴンの眼前に晒し続けるよりはマシだ。フィアはキーリに目配せして頷いた。
「ならばそちらに行くぞ……シオン、もう少し頑張ってくれ」
それは自分を奮いたたせるためだろうか。フィアは聞こえはしないと分かっていながら腕の中のシオンに呼びかけ、ドラゴンの背後を回り込むようにして慎重に歩いて行く。
しかし――
「ギュィィィィィァアアアアアアアアアッッッッッ!!」
甲高い、泣き喚く様な声が頭上から轟いた。同時にドラゴンの尾がデタラメに振り払われ、所構わず体当たりをし始めた。
キーリ達の頭上から無数の欠片が振ってきて、すぐ脇に鋭く尖った瓦礫が突き刺さる。それもすぐに尾によって払い飛ばされ、砕けた破片が散弾のように壁に幾つもの小さな穴を穿っていく。
「くうっ……!」
「くそったれ! トカゲがいっちょ前に癇癪起こしてんじゃねぇよ!」
このままでは暴れたドラゴンの被害に巻き込まれかねない。壁の破片が頬を斬り裂いていき、その痛みを感じながらフィアは意を決して走り出した。
だがそうした動きもまたドラゴンの気に障ったのか、遥か高みから四人を見下ろし鋭く睨みつける。そして雄叫びを上げながら尾をキーリ達目掛けて振り抜いた。
「飛べぇっ!」
キーリの声と同時にフィアは跳躍した。そのすぐ真下を高速で尾が通り過ぎていき、堅い鱗で覆われた尻尾は壁に激突して容易く抉り取っていく。その暴力的で冒涜的な攻撃力に、フィアの背筋が冷えた。だが、脚を止めることはない。
その隣でキーリは意識を内面に集中させた。脳裏に描くイメージは虚ろ。漆黒の闇に飲み込まれていきそうな感覚を覚え、だがそれは錯覚だと自分に言い聞かせる。同時に、キーリの影がうねり、不定形に様々に形を変え始めた。
「■■、■■、■■――」
「キーリ?」
フィアの呼びかけに応える余裕はない。彼女には聞き取れない詠唱をキーリは口にし、暗い感情に飲み込まれそうになるのを堪える。幾度となく行使し、この魔法にも慣れ親しんでいるがそれでも心根が冷え込んでいく感覚には慣れそうもない。
走るキーリの背後から影が飛び出していく。全てを吸い込んでしまいそうな程に、影より尚黒いそれは宙に飛び出た瞬間に急速に体積を膨張させ、膨らんでいく。レッドドラゴンと同じくらいにまで巨大化し、凶悪な顔にまとわりついていった。
「グルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッッッッ!?」
影は視界を奪う。壁の発する僅かな光さえも遮り、真暗に包まれたドラゴンの口から零れる声は戸惑っている様にも聞こえた。
頭を激しく振り、体躯の割に小さな手で顔を掻き影を振り払おうとする。しかし形を持たない影は、払われた傍からそこを埋めるように流れ込み、ドラゴンに光を与えようとしなかった。
「あれは……?」
「ンな事より早く今のうちに逃げっぞ!」
全力で走り、瞬く間に穴に近づく。何とか逃げ切れそうだ。そうキーリが安堵しかけた時、背後でもがくドラゴンの周囲の魔素が有り得ない程に密度を上げていっている事に気づいた。
ドラゴンはいわゆる魔法は使えない。だが代わりとなり、そして魔法では決して代替できない甚大な破壊力を持った攻撃手段を持っている。それはつまり――
「やっべぇっ……!」
「グオオオオォォォォォォッッッッッッ――!!」
振り払われて途切れた影の隙間から、全てを照らし出すような眩く赤い光が溢れ出る。大きく開いたドラゴンの口の中が赤熱し、膨大なエネルギーが渦巻き始めた。キーリの作り出した影では到底吸収しきれない光のエネルギーが散乱していく。
「飛び込めぇぇぇぇぇっっっ!!」
キーリが叫ぶ。穴の中にフィアとシオン、一瞬遅れてキーリとクルエが身を投げ出すようにして飛び込み消える。それと同時に、背中の上でクルエが詠唱らしきものを唱えた。
直後――
「■アア■■オオ■ォォ■■ォォォォォッッッッッッ――!!」
灼熱を孕んだブレスが吐き出され、辺り全てを幻想的な光で包み込む。そして、四人を鮮烈な白が染め上げていった。
2017/6/25 改稿
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