17-9 彼と彼女は迷宮で踊る(その9)
第76話です。
宜しくお願い致します<(_ _)>
<<主要登場人物>>
キーリ:本作主人公。体を巡る魔力は有り余っている反面、各要素魔法との相性が壊滅的に悪い。教会の聖女を始め、英雄たちに復讐するために冒険者としての栄達を望んでいる。
フィア:赤髪の少女でキーリ達のパーティのリーダー格。自分が考える「正義の味方」を追い求めている。可愛い少年を見ると鼻から情熱を撒き散らす悪癖がある。
シオン:魔法科の生徒で、キーリ達のパーティメンバー。攻撃魔法と運動が苦手だが最近成長が著しい。実家は食堂で、よくキーリ達もお世話になっている。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。時々毒を吐く。お嬢様ラヴ。
ユキ:キーリと共にスフォンへやってきた少女。暇さえあれば男をひっかけているビッチ。
アリエス、カレン、イーシュ:キーリとフィアのクラスメート。いずれも中々の個性派揃い。
シン、ギース:探索試験でのアリエスのパーティメンバー。二人はマブダチ。(シン→ギースの一方通行)。
フェル:キーリ達のクラスメイト。実家は地方貴族だが反対を押し切って冒険者を志している。
オットマー:キーリ達の担任教師。筋肉ムキムキで良く服をパーン!させている。
クルエ:キーリ達の副担任教師。魔法薬が専門だが味覚は壊滅している。
「アリエス! 無事だったか!?」
「当たり前ですわっ! フィア達の方こそ怪我はありませんこと?」
「ああ、当然だろう?」
かんざしの飾りをきらめかせてアリエスは笑顔でフィアに抱きついた。フィアは身をクルリと反転させながらアリエスの体を抱きとめる。遅れてカレンもまたやってきて、女性陣三人は手を取り合った。友との再会に互いに笑みを浮かべるが、アリエスは心配そうにフィアの体をペタペタと触って無事を確かめ始め、フィアはそのくすぐったさに、カレンは相変わらず友人に対してのみ心配症な彼女の反応に苦笑を浮かべた。
「ほら、言った通りじゃないですか。フィアさんたちなら大丈夫だって」
「ワタクシだって分かってますわ。ですけれど、し、心配なのはあ、当たり前の事ではありませんこと?」
落ち着いたのか、吃りながらもアリエスはツンと腕を組んでそっぽを向いた。だが顔は赤らんでいて、未だに素直になりきれていない相変わらずの反応にフィアは微笑むのを禁じ得ない。
「そっちも無事みたいだな」
「たりめぇだろうが。そこらの坊っちゃん連中と一緒にすんじゃねぇよ。テメェらこそ余裕ぶっこいて怪我の一つでもしてりゃ笑ってやったんだがな」
「舐めたこと言ってくれるな」
彼女らとは少し離れたところで男子陣も顔を合わせた。
口はぶっきらぼうだが、キーリとギースは揃って皮肉げに口元を歪めつつも互いに軽く腕をぶつけ合い息のあったところを見せ、シオン達も握手を交わしたり、肩を抱き合って軽く小突きあったりと互いの無事を喜び合う。
そうした少年少女とは別に、クルエとオットマーも互いに握手を交わした。
「カイエン先生の方も息災だったようですな」
「ええ。彼らのお陰で何とかこうして無事に立てていますよ」
「……失礼ですが、何かありましたかな? カイエン先生の雰囲気も変わった様に思われますが。それに――このモンスターはカイエン先生が?」
サングラスの奥で違和感に気づいたオットマーの眉がピクリと動き、顰め面のまま訝しげにクルエを見つめる。それにクルエは恥ずかしさを多分に深んだ苦笑で応じる。
「ええ。そうですね、長年の懸念と言いますか、心に刺さっていた棘が取れまして」
「……なるほど。ではアルカナとの問題も解決なされたということですな」
「ご存知だったんですか?」
オットマーの言葉にクルエは驚きを顕わにし、オットマーは「うむ」といつも通りの重々しい声で返事をする。
「先日のアルカナが失踪した事件の時に、ですな。無論全てを知るわけではないが、カイエン先生がアルカナの故郷の事件に詳しい事からすれば素性を推察するのは容易かったのである」
「お恥ずかしい限りです。しかし、まさか今回僕をキーリ君達の担当にしたのも……?」
「さて、どうであろうな」
表情を変えぬままオットマーは言葉をはぐらかした。だがその言葉がそのまま答えを意味している。クルエは「敵いませんね」と頭を掻き、過去を乗り越えるきっかけを与えてくれたオットマーに内心で感謝を述べた。
「許してもらえた、とは思いませんが十年来のくすぶりは消えたと思います。それが嬉しくてはしゃいでしまいまして――まあこの有様です」
「生徒の無事が一番なので問題ないのである。如何にアルカナやトリアニス達であってもダンジョンワームとの相性は悪いであろうからな」
「なんとしても彼らを無事に外に届けなければなりませんからね。
ところで、そちらの試験開始からの状況をお聞きしても宜しいですか?」
「うむ。こちらとしてもぜひ摺合せをしたいと考えていたところである」
生徒たちがじゃれあう中で二人は手短にこれまでの経緯を確認し合う。そして分かったことは、オットマー達もまたエリアとモンスターのランクが合わない中を突破してきたという事実だ。
「やはりそちらもでしたか……」
「うむ。入ってすぐにガルディリス殿が情報を伝えて下さらなかったら、心構えも出来ずに少々苦戦したやもしれん」
そしてまた、オットマー達の班もモンスターの分布異常の他に、迷宮の状況においても違和感を覚えていた。
まるで何処かに誘導されているかのように塞がった道。塞がれていなくても、高ランクのモンスターに行く手を阻まれて別の道を進んで出口への道を探し迷う。そうした最中でこうして何者かに誂えられたかのように広い迷宮の中で偶然にも一同は同じ場所に居合わせた。
「……つまり、オットマー先生は何か作為的なものを感じてらっしゃると?」
「自然の創作物である迷宮を、たかが人間がどうにかできるとは思いませんがな。しかし、こうも他の冒険者とも遭遇せずに我輩達だけがここに立っているのは余りにも不自然ではありませんかな?」
「たぶん、ティスラの仕業だ」
二人の会話にキーリが割って入る。
「ティスラ……確かそのような名の生徒が居たはずであるな」
「ああ。確証はねぇが、もし迷宮の異変が人為的なものだとすりゃアイツ以外にありえねぇ。本人がそれらしいこと言ってたしな」
「彼もまた、英雄の一人だったんですよ」
「なんと……!」
二人からもたらされた情報に珍しくオットマーも目を見開き、一層深い皺を眉間に形作る。
「むうぅ……英雄、という存在がどれくらいの力を持つかは想像するしか出来ぬが、そういった事も可能なのですかな?」
「そこは分かりません……」クルエは首を振った。「ですが彼は恐らく教皇国の育てた人間です。未だ彼の国は得体の知れない部分がありますし、何らかのそう言った手段を持っていても不思議ではありません」
「うむ。ならばここでこうしてのんびりしている暇はありませんな」
「ええ。ここからは全員共に行動して、一刻も早く迷宮から脱出すべきかと」
クルエの意見に唸りながら頷き、数秒の黙考の後で「全員集合せよっ!」とよく響く声でキーリ達に呼びかける。
「ここからは二パーティ合同で脱出口を目指すのである」
「まぁそうなるでしょうね」
オットマーの端的な宣言にシンが頷き、アリエスが手を挙げた。
「でしたらワタクシ達のパーティが先行致しますわ」
「いいのか? 危険ではないか?」
フィアが尋ねるが、アリエスは頭を振った。
「いざ戦闘になればどうせパーティは関係なくなりますし、後方から奇襲を掛けられる可能性を考えればどちらが危険かを論じる意味はありませんもの」
「うむ。加えて我輩達はここに来る直前に休憩を取っていたのである。まずは我輩達が先行し、途中で交代するのがよかろう」
クルエはフィアへと振り向いた。オットマーの提案でありクルエも賛成であるが、あくまでパーティのリーダーは彼女であるとの判断からクルエは態度を明確にしない。
果たして、フィアは大きく頷いた。
「承知致しました。でしたらお願い致します」
「承りましたわ。ならギース、シンにフェルミニアス。ほら、さっさと先導しなさい」
「へいへい。相変わらず人使いの荒いお嬢様だな」
「しかし……どちらに向かいますか?」
グルリと広間を見回してシンが尋ねる。フィア達とアリエス達がやってきた横穴とは別にまだ道は二つある。どちらも出口へと通じている可能性もあり、逆に迷宮の深部へと進んでいってしまう事も考えられる。食料も残りは心許ない。急いだ方が良いのは明白だが、急いては事を仕損じる事もあり慎重に判断するのが求められていた。
「んーと……たぶんこっちじゃないですか?」
どちらに進むか、全員が顔を見合わせる中でカレンが一つの穴を指差した。
「根拠はなんですの?」
「えーっとですね。何となくなんですけど、こっちからほんっとうに微かなんですけど、風が流れてる気がするんです」
猫耳をピクピクと動かしながら、何処か自信がなさそうにカレンは長く横に伸びた髭に触れた。言われてからキーリやレイス、アリエスは指差された方の穴に意識を集中して感覚を探ってみる。しかしカレンが言うような、風の流れは感じ取ることができない。
「ならそちらに行きましょう。カレンが言うのであれば間違いありませんわ」
だがアリエスはカレンを疑わない。それはフィアやキーリといった他のメンバーも同様だ。信じてもらえてカレンは嬉しそうに笑って「ありがとうございます!」とアリエスに抱きついた。意識していないのだろうが、尻尾がブンブンと揺れ、思わずキーリの目もそちらに引き寄せられる。
だがそんな中でフェルだけは口を尖らせ、眉間に皺を寄せた。
「良いのかよ、それで」
「安心しなさいな、フェルミニアス。カレンの感覚は信じるに値しますわ」
カレンに抱きつかれて頬を赤らめながらも、フェルの疑いに対してアリエスは断言する。
カレンは仲の良い友人だが、決してそれだけで判断したわけではない。彼女との付き合いが始まってそれなりの期間が経っているが、カレンの感覚には驚かされる事はこれまでも何度もあった。特に風の精霊に愛されているのではないかと思わせるくらいに、空気の流れに対する感性は他の誰にも真似出来ないほどに図抜けているように思っている。
「貴方も先日の訓練でカレンの弓の腕に驚いたはずですわ。あれは単なる弓の腕だけでなく風も読まなければできないことでしてよ」
「……確かにそうだけどよぉ」
一月ほど前に行われた護衛の訓練。ゴール間近でカレンの弓の腕前に驚嘆させられた記憶はまだ新しい。それを思い出してフェルは苦い顔をするが、小さく息を吐き出して頭をガシガシと掻きむしった。
「わかったよ。リーダーの判断に従うぜ」
「ご理解感謝致しますわ」
抗いがたい欲求を堪えてカレンを引き剥がし、アリエスは平静を装ってフェルに感謝を述べる。
結論が出たことを受けてギースとシンが、カレンが示した穴へと身を踊らせる。少し遅れてカレンも風の流れをより強く感じるためかすぐ後ろを追いかけていく。更に後ろをオットマーが続き、傍に居たイーシュが伸びをして背骨を鳴らしながらフェルと並んで歩いていく。
そうして半数が横穴の中へ入り込み、フィアやキーリ達もその後に続こうとした時だった。
「僕を置いていこうなんて酷いじゃないか」
まだ声変わりのしきれていない、やや甲高い声が全員の耳に届いた。
それは聞き覚えのある、しかしここしばらく耳にしていない声。まさか、とキーリは振り向いた。
「ゲリー……なのか?」
ゲリーの姿を見たキーリは思わず尋ねた。
最後に見た記憶の中とはゲリーの姿はまるきり変わってしまっていた。未だキーリを始め、ここに居る全員にとってゲリーという生徒は比較的小柄で肥満体型であり、重そうな体をいつも揺らしていた印象しかない。
だが今の彼はこの場にいる誰よりもやせ細っていた。キーリやシオンといった平民の生徒を嫌らしく見下していた双眸は落ち窪んで酷い隈が出来ていて、それでいて瞳は一層暗い光を称えている。
細部をよく見れば確かにゲリーなのだが、本当に彼なのか、この場にいる誰もが確信を得られないでいた。
黒いスラックスのポケットに両手を突っ込み、痩せたためかダボダボな白いワイシャツの袖をまくり上げたゲリーは、キーリやフィアを睨め回すと皮肉げに口端を歪めた。
「そうだよ、僕だよ。同級生であり、領主たるエルゲン伯爵家の人間の顔を忘れるだなんて、この街に住む人間にしてはずいぶんと薄情じゃないか」
「……そりゃすまねぇな。前のブヨブヨとした格好だったらすぐに分かったんだがな。痩せたら全然別人じゃねぇか。太ってたお前よりゃ今の方がよっぽど格好良くて、女がいっぱい寄ってくるんじゃねぇか? なあ、色男」
「ふん……僕から全てを奪ったお前が、良くもそんな白々しい言葉を吐けるものだ」
「はぁ?」
「感心するよ。平民のくせに何でも持っているのに更に僕から奪っていく。強欲だよ。平民の中でもお前はとびっきりの下郎だな。反吐が出る」
「言いがかりは止してもらおうか」
ゲリーの発言の意味が分からずキーリは訝しげに眉をひそめたが、フィアがキーリに並び立って会話を遮った。
「こちらからは何も手を出していない。前回の探索試験の時だってお前が勝手に訳の分からぬ事を言い出して禁忌を犯し、それで処分を受けたのだろう?」
「うむ。我輩が聞いた話では、屋敷にて謹慎処分を受けているはずだが、どうしてお主がここに居るのかね?」
オットマーも口を挟むが、彼の声は届いていないかのようにゲリーはフィアの言葉にだけ反応した。
「何を……大人しく僕に口答えなどせずに黙って跪いていれば僕はまだ夢の中に居られたんだ。卑しい身分の家畜らしく才能に恵まれた僕を褒め称えて崇めて生きている事に感謝していれば良かったんだ」
「幾ら貴族だからって、そんな生き方を強制されるなんて認められる訳ありません!」
堪らずカレンが声を上げるが、ゲリーは昏い双眸でギロリと睨みつける。カレンとゲリーの眼が合う。途端にカレンの背筋におぞましい程の寒気が走り、体をビクリと震わせた。
ゲリーから疲れたような溜息が漏れた。
「……お前たちに僕を否定する権利などないんだ。僕が正しいんだ。僕が、僕は光神様に認められた存在なんだ。僕は、僕は全て正しいんだ。そのはずなんだ。なのにそれすらも理解できないお前らは愚鈍だ。お前たちだけじゃない、これまで散々いい思いをさせてやった連中も、影でコソコソと僕を馬鹿にする連中だってそうだ。父上も、どうして僕の素晴らしさがわからないんだ。父親だからっていうだけでたいした魔法も使えない癖に僕を見下して、僕を幽閉しようだなんて狂ってる。ああ、そうだ。全てが狂ってる狂ってる。どいつもこいつも狂ってる。僕が、僕だけが唯一正しいんだ。それが狂ったのは全部お前たちに会ってからだ。お前たちはお前たちさえ、お前たちさえ居なければお前たちがお前たちがお前たちがお前たちがお前たちがお前たちが――」
眼を血走らせ、ゲリーは呼吸することも忘れたかのように途切れること無く呪詛を吐き出し始める。頭を抱えてブツブツと呟き続ける異様な光景に、ギースは気味悪げに顔をしかめるとイーシュやフェルに近寄って耳打ちをした。
「おいおい……なんかアイツ、頭逝ってねーか?」
「だよな……言ってることが訳わかんねーよ」
「そういやお前らはアイツのあの状態見るの初めてか」
キーリはゲリーから眼を離さないようにしながらも、背後の三人に声を掛けた。
「そういや前にテメェが言ってたな……頭おかしくなったどこぞの坊っちゃんがやらかしたって」
「ああ。前の探索試験の時もこんなだったが……」ゲリーは苦しそうに首や頭を掻きむしり、その姿に痛ましさを覚えたキーリは顔をしかめる。「ここまではひどくなかったんだがな」
「やはりキーリもそう思うか……」
フィアがキーリの言葉に同意を示し、厳しい表情でゲリーを見つめる。どう見ても正気を逸してしまっているが、その姿には痛ましさを超えて憐憫の情さえ湧いてしまう。ほんの一年近く前までは、ある意味で貴族らしい貴族の子息でしかなく、傲慢ささえなければ何処か憎めないような人物であったのに、一体何があったというのだろうか。
「あ~あ、もう、少し眼を離すとすぐ壊れちゃうんだから」
不意に呆れた様な、それでいて楽しげな声が響いた。
2017/6/25 改稿
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