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17-8 彼と彼女は迷宮で踊る(その8)

 第75話です。

 宜しくお願い致します<(_ _)>


<<主要登場人物>>

 キーリ:本作主人公。体を巡る魔力は有り余っている反面、各要素魔法との相性が壊滅的に悪い。教会の聖女を始め、英雄たちに復讐するために冒険者としての栄達を望んでいる。

 フィア:赤髪の少女でキーリ達のパーティのリーダー格。自分が考える「正義の味方」を追い求めている。可愛い少年を見ると鼻から情熱を撒き散らす悪癖がある。

 シオン:魔法科の生徒で、キーリ達のパーティメンバー。攻撃魔法と運動が苦手だが最近成長が著しい。実家は食堂で、よくキーリ達もお世話になっている。

 レイス:フィアに付き従うメイドさん。時々毒を吐く。お嬢様ラヴ。

 ユキ:キーリと共にスフォンへやってきた少女。暇さえあれば男をひっかけているビッチ。

 アリエス、カレン、イーシュ:キーリとフィアのクラスメート。いずれも中々の個性派揃い。

 シン、ギース:探索試験でのアリエスのパーティメンバー。二人はマブダチ。(シン→ギースの一方通行)。

 フェル:キーリ達のクラスメイト。実家は地方貴族だが反対を押し切って冒険者を志している。

 オットマー:キーリ達の担任教師。筋肉ムキムキで良く服をパーン!させている。

 クルエ:キーリ達の副担任教師。魔法薬が専門だが味覚は壊滅している。





 瞬く間に四体のモンスターをクルエは倒した。

 一方的に、そして圧倒的に。

 かつての英雄の一人である、と聞かされてもキーリ達にとってクルエはクラスの副担任でしかなかった。柔和な笑顔を崩さない優しげな人間であり、よれよれの白衣をいつも着ている無精で味覚が常軌を逸している、争いとは無縁そうな教師としか思っていなかった。頭では分かっていても、クルエという人物と英雄がイコールで結ばれていなかったのだ。

 だがその実力はまさに超一流。この場に居る全員が一斉に襲いかかっても、傷一つ負わせる事はできないだろう。キーリやフィアだけでなく、他の三人も隔絶された力に圧倒され知らず息を飲んだ。


「すごい……これが本当に凄い人の戦いなんですね……」

「ああ、そうだな……まったく、英雄の一員だったと聞いたが、実際に目の当たりにするまで実感できていなかったよ。危険だ、などと失礼な口を聞いてしまって恥ずかしいな」


 シオンは珍しく前のめりになってクルエの動きを追っていた。微かに紅潮した頬から興奮していることがよく分かる。その隣でフィアはバツが悪いのか恥ずかしそうに下唇を噛み締めた。

 そしてキーリは喜びを噛み締めていた。ティスラと相対した時もそうだったが、本当の実力者の戦いを間近で見られるのはこの上ない幸運だ。訓練をする際のイメージがより確かに、より強固になる。目指すべき頂きの姿がこれまでよりも明確になり、目標が明確になれば何をすべきかもハッキリしてくる。クルエが拳を握りしめたのと同じように、キーリもまた自分の拳を握り、口元が弧を描いた。


「こりゃ卒業までの間ものんびりできねぇな」

「うむ。先生がこれほどの実力者と分かったからには時間を有効に使わせて頂かなければな」


 キーリとフィアは揃って笑みを浮かべてクルエを見つめる。身近に強い人間が居るのならば、せめて在学中は徹底的に鍛えてもらおう。二人は頭の中でクルエを口説き落とす算段をしていった。

 クルエはそんな二人の視線にゾクリとしたものを感じて軽く頭を掻いた。聴力も優れているクルエには離れた場所に居る二人の会話もしっかり聞き取っていた。


「……早まりましたかね?」


 つい教師としての言葉遣いに戻る。今更ながらにキーリ達が訓練中毒者(ジャンキー)であったことを思い出して人知れず冷や汗を流すが、訓練に熱心なのは良いことだと自分を納得させ、時間が許す限り訓練に付き合おうと心に決める。

 既に場は一対一。残る一体も早く片付けてしまおうとクルエは再び集中を高めた。

 その時だ。


「な、なんだっ!」


 イーシュたちの足元が突如として揺れ始めた。初めは何かが削れるような音が低く響き、徐々にその音が大きくなっていく。それに合わせて地面がギシギシと軋み、周期的な鳴動を始めた。


「お嬢様!」

「皆、しゃがめっ!」


 レイスの手を掴みながらフィアが叫ぶ。立っていられない程では無いが、振動は徐々に大きくなっていく。


「おいおい! やばくねぇか、この揺れ!」

「また近くで迷宮が変形してるんですか!?」

「いや、違う! これは……!」


 楽天家のイーシュも流石に異常だと思ったか、パラパラと降り落ちてくる砂を払いながら叫ぶ。シオンは、比較的大規模な迷宮の変化かと当たりを付けたがそれをフィアが即座に否定した。

 彼女には覚えがあった。この周期性を持った揺れと地面を移動する震源。そして足元から響く地面を噛み砕くかの如き破砕音。彼女の隣のキーリにも十分覚えがある。忘れようがない。フィアは思わず脇腹に手をやった。

 困惑はキーリ達だけでなく、広場の中で圧倒的強者と対峙するマジックオークとて同じ。戸惑ったように鼻を鳴らし、目の前のクルエもそっちのけで左右をキョロキョロとしていたマジックオークだが――

 その体が巨大な口に飲み込まれた。


「やっぱダンジョンワームかっ!!」


 マジックオークを一飲みにしたダンジョンワームが、その細長い体を大きく宙に踊らせた。骨が砕ける咀嚼音を響かせ、口からはマジックオークの脚がはみ出していた。ワームは体を揺さぶり、完全に飲み込むと次のエサを求めた。そして地上に飛び出す直前に異変を察知して素早く飛び退いたクルエの姿を認めると、口周りの触手を気色悪く動かしながら見下ろした。


「クルエっ!」


 ナイフではワームに致命傷を負わせる事は困難。クルエ一人では分が悪いだろうとキーリは飛び出そうとした。しかしクルエは手のひらをキーリ達の方に向けて制止し、心配ないとばかりに微笑んでみせた。

 その直後、ワームの巨大な頭がクルエ目掛けて振り下ろされた。

 クルエが立っていた地面が叩き割られ、弾丸の様に細かく砕かれた礫が飛び散る。しかしそれよりも一瞬早くクルエは飛び退き――そして背中の翼をはためかせて飛翔した。


「――……」


 クルエの口から言葉が紡がれる。ダンジョンワームの奇声のせいでキーリ達の場所からは聞き取ることが難しかったが、それが魔法の詠唱であることだけは、キーリとシオンの二人はすぐに想像がついた。

 魔素が暴れている。キーリは頭の中でとっさにそう表現した。これまでに感じたことの無いほどに膨大な魔素が急激に励起されて熱を帯び、荒れ狂っている。目に見えず、また触れても感じないがキーリには何となくそう感じ取れた。


「■■■■、■■■――!!」


 明らかな異変。まともな知能を持たないワームも、その本能故に気づいたのだろう。騒音にしか聞こえない声を発し、体をうねらせるとクルエ目掛けてその身を踊らせて迫りゆく。

 だがクルエは翼を羽ばたかせてするりとその突撃を回避する。ワームが激突した壁から瓦礫が散らばり、それら細かな移動で全てかわしていく。背後からワームの尾撃が迫るが、僅かに体を動かすとその横を白くブヨブヨとした体が通り過ぎていった。それは背にも目が付いているように淀みのない動きだ。

 それでもワームは執拗にクルエに食らいつこうとする。巨体に似合わぬ、軟体動物であるが故の不可思議な動きで宙に飛び上がり、口からは溶解液を吐き飛ばす。クルエは錐揉みし、体勢を逆さにしたりしながら容易く避けていく。この場の空間、天も地も含めた全てがクルエのフィールドと化していた。それは恐ろしいまでの空間把握能力であり、宙に居て尚、その動きは美しかった。誰もがその動きに見とれていた。


「すげぇ……」


 その上で更に恐ろしいのは、避けている最中で一度たりとも彼の詠唱の声が止んでいない事だ。時間にしてわずか数秒であるが、途切れることも淀むこともなく、何の障害もない平地に居る時と変わらない速度で魔法を構成し、展開し、組み上げていく。


「穴から出てこないでくださいね」


 わざわざ近くを飛翔してそうキーリ達に言い含め、地を這うほどの低空でワームの体の下をくぐり抜ける。頭上から降り注ぐワームの頭部をヒラリと避け、その頭が地面に突き刺さったのを確認すると天井付近まで一気に飛翔し、静止した。


「第二級風神魔法・改――風精霊王の嘆きシルフェリアス・ルクトゥス


 魔法の名を発した途端、爆発的な暴風が吹き荒れた。

 身をくねらせるダンジョンワームを中心にして、空気が凄まじい勢いで旋回する。付近の散らばった瓦礫が弾丸となって壁にめり込む。横穴の中に居るキーリ達でさえ風に押し飛ばされそうになる。堪らず地面に這いつくばり、しがみつく様にして嵐に耐えざるを得ない。

 その中でも中の様子を観察しようシオンが顔を上げる。そこでは竜巻が形作られていた。

 竜巻の中心に居るワームの表皮が切り刻まれ始める。ナイフや生半可な剣では斬ることも適わない柔らかい体に傷がつき、次々に血が噴き出していった。


「■■、■■■――!!」


 ワームはもがく。切り刻まれる痛みに耳障りな悲鳴を上げ、竜巻の中から逃げ出そうとする。しかし荒れ狂う風に翻弄され、まるで壁があるかのように、或いは蟻地獄に囚われたように竜巻の中心に引き戻されていく。


「風が……!」


 一方向に旋回していた竜巻はやがて高さに応じて回転の向きを変えていった。下方は右回転、上方は左回転。剪断流れによって擦れた空気が火花を散らし、地面から真っ直ぐに天井へと伸びたワームの体が、切り刻まれながら次第に痙攣していく。


「――、――」


 クルエが口を動かす。それに応じて空気の流れは一層暴力的になっていく。風の流れに引きずられたワームの体が不自然に捩れていく。やがて。


 巨大なダンジョンワームの肉体が捻り切れた。

 長い体が九つに裂けて膨大な血飛沫が舞い散る。同時に竜巻は旋回の勢いを失い、細切れの肉体が次から次へと地面へと降り注いでいった。風が完全に止み、静寂を再び取り戻した時には竜巻の中心は真っ赤に染まって大きな血溜まりが広がっていた。それも次第に光の粒子へと変化して、迷宮の壁に吸い込まれていく。


「……ふぅ」


 上空からワームが切り刻まれる様を冷たく眺めていたクルエだが、風が止まると肺から深く息を吐き出した。表情はいつもの柔和なものに戻り、羽ばたかせていた翼を止め、宙を滑空して、風の暴力を目の当たりにしたキーリ達の下へ降り立った。


「やはり久々に魔法を使うと少し疲れますね」

「よく言うぜ」


 疲れている様子など微塵も見せずにそう嘯いてみせ、キーリから呆れを多分に含んだ相槌が返ってくる。

 広間の地面はワームの移動とクルエの魔法によりズタズタに砕かれ、すっかり起伏が激しくなってしまっている。砕けた瓦礫を踏みしめながらキーリ達も広間に足を踏み入れ、バラバラになったダンジョンワームの巨体を近くで見た。鋭利な表面の傷と冒涜的なまでの力で引きちぎられた切断面に息が詰まった。


「凄まじい威力だな。まさかこのような手段でダンジョンワームを倒してしまうとは……」

「あの巨体を引きちぎっちまうんだもんなぁ。やっぱ英雄の名は伊達じゃねぇな」

「……よく分からんかったんだけどよ、さっきの魔法で雑巾絞りみたいにして倒したって事でいいんだよな?」

「言いたいことは分かるがその言い方だと威力の印象が半減するな……」


 イーシュの卑近で噛み砕いた表現にフィアが何とも言えない複雑な表情を向け、イーシュは首を傾げた。

 口々に感想を述べる教え子達の様子をクルエは笑みを浮かべて眺めていたが、そこにシオンが近寄ってくる。


「あの、クルエ先生……さっきの魔法は第二級の風神魔法で良いんですよね? でも授業や図書室の資料でも見たことが無かったんですけど……」

「ああ、そうですね。シオン君が知らないのも無理はありません。本来の風精霊王の牙シルフェリアス・ファングは竜巻を起こして中のモンスターを斬り裂くのと同時に上空へと吹き飛ばす魔法ですけど、ちょっと僕の方でアレンジを加えてますから。なので多分世の中には殆ど知られてませんよ」


 それを聞いてシオンは唖然とすると共に萎れ気味だった耳をピンと立たせた。

 クルエは事も無げに言ってのけているが、既存の魔法に手を加えるということ、それだけでもとんでもない技量だ。既存の魔法が一般に広まっているのは、それがそれだけ完成度が高いからである。魔法の構成、込められる魔素の量、求められる正確性。手を加えようと思っても、緻密な計算の元に成り立った構成はわずかに改変するだけでも意図とはかけ離れた方向に行きかねず、正しく発動しなくなる。

 膨大な構成の中で適切な場所に手を加えて、更にはそれによって威力を増す。魔法の細部にまで及ぶ正しい理解と類まれなセンスがなければ到底成し得ない事だ。


(凄い人だ……)


 クルエの成したことを正確に理解したシオンは、同じ魔法使いとして畏怖にも似た感情を抱く。遥か彼方、魔法使いの頂にも到達しているかもしれない十年前の英雄。世の中に名を知られる人というのは目の前の、柔和な笑みを浮かべているような人の事を言うのだろう。


(分かってはいたけど……僕とは才能が違いすぎる)


 柔らかな髪の上から覗いていた耳が萎れる。自分がAやBランク相当の魔法使いになれるとは夢でも見たことは無かったが、圧倒的な差にシオンは自信を失いそうだった。

 シオンから見てもキーリやフィアは才能があり、努力を怠らない。いつかきっと有名な冒険者として名を馳せるだろう。そんな二人と少しでも長く一緒に冒険者としていたくてシオン自身も限られた時間で努力してきたが、未だに自分はまともに攻撃魔法が使えない。とても二人と並んで立つ様な魔法使いになれる気がしなかった。将来的にはクルエの様な卓越した魔法使いとパーティを組む事になり、自分自身は引退して実家で食堂を営むことになるのだろう。そんな未来が浮かんできて、そんな想像が容易く出来てしまう自分が悔しくて、シオンはキュッと拳を握りしめた。

 そんなシオンの頭にそっとクルエの手のひらが乗せられた。


「大丈夫です。シオン君には才能があります」

「そうでしょうか……? 魔法の適正だってせいぜい三級止まりですし、攻撃魔法だってまだちゃんと使えません。皆の脚を引っ張らないよう頑張ってるつもりですけど、僕には才能なんて――」

「いいえ、心配いりませんよ」シオンの嘆きを遮ってクルエは言葉を重ねた。「先程の表情から察するに、魔法を改変する事の難しさに即座に理解が及んだのでしょう? 大抵の、それこそベテランの魔法使いであってもそれに気づくことにもなく闇雲に改変に手を出してしまうものです。ですがシオン君はそれに気づいた。君には他の方々にはない深い知識と高い理解力があります」

「でも……」

「それに適正もあくまで目安程度だと僕は思っています」


 クルエはキーリの方を見遣り、つられる形でシオンも同じ方を見た。辺りに立ち込めた血の臭いを払うためにキーリは第五級の風神魔法で風を起こしていた。


「キーリ君には残念ながら魔法の適正は全くと言っていい程にありません。本来ならば彼は魔法を使えないはずなんです。けれども――恐らくは彼独自の魔法理論をあの歳にして構築して、五級とはいえ使っています」


 シオンはハッとしてキーリを見つめた。学校に居る誰よりも魔法の才に乏しいキーリ。決して戦闘に耐えうるレベルでは無いとしても――そこまで考えてシオンは気づいた。


「気づいたようですね。第五級の魔法は昨日に彼が使っていた様にせいぜいが生活の助けになる程度です。ですが時折、その魔法でモンスターをも攻撃しています」そう言ってクルエはシオンに向き直り微笑んだ。「魔法というのは可能性です。シオン君が考えているよりもずっと自由なもので、今ある既存の理論が絶対ではありません。恐らくは相当の苦心があったのでしょうがキーリ君が自分なりの魔法を使っているように、シオン君も色々な人から理論を学び、試行錯誤を重ねていけば他の誰にも真似出来ない君だけの魔法がいつか使えるようになると僕は信じています」

「僕だけの……魔法……」

「はい。君は誰かを傷つけてしまうのが嫌いなのでしょう?」


 問われてシオンはコクンと頷いた。


「シオン君のその優しさは素晴らしい美徳です。冒険者としてはハンディになるかもしませんが、そんな君だからこそ、例えば傷つけずに捕縛する魔法やどんな強いモンスターでも眠らせてしまうような魔法を開発してしまうかもしれません。もしくは、それこそ死者に近いような人も治してしまえる奇跡の様な魔法だって、シオン君が生み出す可能性はゼロではないんです。全てはシオン君、君次第だと思いますよ」

「僕次第……」


 シオンのしなだれた耳が再び力を帯びてピンと立つ。未だ他のメンバーに比べて細い腕が口元に伸び、やや俯いて考え込む。尻尾が思考の迷いを表すようにゆっくりと左右に揺れる。その愛らしさに、離れた場所からフィアの熱い眼差しが情熱とともに注ぎ込まれ、隣のキーリが真面目な空気を壊して襲いかからないよう羽交い締めにしているのだが思考に集中したシオンは気づいた様子は無い。

 少しの間そうしていたシオンだが不意に顔を上げる。その表情は幾分明るく、そして決意が満ちているようにクルエには見えた。


「ありがとうございます、クルエ先生。何となくですけど、僕がやるべき事が見えてきた気がします」

「一助になったのであれば良かったです。偶にはキチンと教師としての仕事をしないと立つ瀬がないですし」

「カイエン先生」

「ああ、レイスさん。ずっと持ってて頂いたんですか。すみません」


 シオンとの話が一段落したのを見計らってレイスはクルエに声を掛けた。クルエが脱ぎ捨てた白衣が丁寧に折り畳まれた状態で持たれていて、彼が気づくと白衣を着せていく。彼女よりクルエは背の高いにもかかわらずそれは淀みのない動作だ。貴族が御付の人間から衣類を着せられていくのを眼にしたことはあったが、まさか自分が、それも生徒からされるとは思って無かった。クルエは気恥ずかしさに、眼鏡のズレを直して誤魔化した。


「はぁ、やっぱり白衣が一番しっくりきますね」

「……カイエン先生はもう少し身の回りに気を遣われるべきかと思います」

「いいんですよ、これで。どうせ生徒たち(皆さん)の前くらいにしか立ちませんし」

「それでも、です」


 ジッとレイスに眼を細めて見られ、困ったようにクルエは頭を掻いた。眉を八の字に曲げ、話を誤魔化すのもかねて別の話題をレイスに振る。


「さて、どうでしたでしょうか? 少しはレイスさんの戦い方の参考になりましたか?」

「……正直なところ、私とは次元が違いすぎて参考にはなりませんでした。ですが、シオン様と同じく目指すべき場所がおぼろげですが見えた様に思います」


 表情は乏しくも、クルエには彼女が少しムッとした様に表情を歪めた気がした。一拍遅れて彼女が悔しいと感じているのに気づき、宥めようとついレイスの頭を撫でようとする。が、すぐにレイスにその手は振り払われた。


「カチューシャが乱れますので。お戯れはお止め下さい」

「すみません、つい」

「それに私に触れても宜しいのはお嬢様だけですので。それでは」


 失礼致します、と何時も通り恭しく一礼してレイスは踵を返した。珍しく不機嫌さが滲んでいるが、彼女の歩き方が戦闘前と変わっている事に気づいた。それは先程の戦闘中にクルエが見せた歩法。見様見真似ではあるため、クルエの目から見たらやや不自然ではあるが彼女なりに取り入れられそうなところは取り入れようとしているのだろう。


「……素直ではありませんね」


 だが喜ばしい。クルエはいっそう微笑みを深くしてキーリ達の後ろに控える彼女を見送った。


「フィアっ!!」


 そうしていると彼女たちが居た場所とは反対側の穴から名を呼ぶ声が聞こえた。覚えのある少し高めの声にキーリ達は一斉に振り返ると、ちょうど横穴から飛び出してくるアリエス達の姿が見えた。


 2017/6/25 改稿


 お読みいただきありがとうございます。

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