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17-7 彼と彼女は迷宮で踊る(その7)

 第74話です。

 宜しくお願い致します<(_ _)>


<<主要登場人物>>

 キーリ:本作主人公。体を巡る魔力は有り余っている反面、各要素魔法との相性が壊滅的に悪い。教会の聖女を始め、英雄たちに復讐するために冒険者としての栄達を望んでいる。

 フィア:赤髪の少女でキーリ達のパーティのリーダー格。自分が考える「正義の味方」を追い求めている。可愛い少年を見ると鼻から情熱を撒き散らす悪癖がある。

 シオン:魔法科の生徒で、キーリ達のパーティメンバー。攻撃魔法と運動が苦手だが最近成長が著しい。実家は食堂で、よくキーリ達もお世話になっている。

 レイス:フィアに付き従うメイドさん。時々毒を吐く。お嬢様ラヴ。

 ユキ:キーリと共にスフォンへやってきた少女。暇さえあれば男をひっかけているビッチ。

 アリエス、カレン、イーシュ:キーリとフィアのクラスメート。いずれも中々の個性派揃い。

 シン、ギース:探索試験でのアリエスのパーティメンバー。二人はマブダチ。(シン→ギースの一方通行)。

 フェル:キーリ達のクラスメイト。実家は地方貴族だが反対を押し切って冒険者を志している。

 オットマー:キーリ達の担任教師。筋肉ムキムキで良く服をパーン!させている。

 クルエ:キーリ達の副担任教師。魔法薬が専門だが味覚は壊滅している。







 六人は何事も無く翌朝を迎えた。

 一時間毎に交代で見張りを続けたものの、モンスターと戦闘になることは無かった。元々休憩用の広場には隠匿効果付の結界が張られているため、何度か入り口の前をモンスターが横切るものの、察知されることはなかった。

 全員が一通り見張りを終えたところで起床し、もそもそと携帯食を胃に詰め込んでいく。早めの休息を取った事もあり外の時間は未だ深夜で、イーシュの腹時計もそれを示唆していたが本日中に外へと出なければ食料が持たない。六人は食事もそこそこに出発した。


「どうだ、シオン? 疲れは無いか?」

「はい、バッチリです。ご迷惑をおかけしました」

「謝る必要は無いさ。普通科と魔法科では元々伸ばすべき能力が違うのだからな」


 少し眠たげな目元を擦りながらフィアはシオンの頭を撫で、シオンはくすぐったそうに身を捩った。その仕草を見ながら「可愛い……」と何時も通り情熱を鼻から零しつつ、フィアはキーリとクルエの様子を窺った。


「あー……何度か訓練で野宿はしたけど、やっぱベッドの上ってのはボロくても気持ちいいもんなんだな」

「真っ先に眠ったお前が言っても説得力ねぇよ」

「以前に授業中にも伝えましたが、どんな場所でもよく眠れるというのは冒険者にとって重要な才能ですから。イーシュ君も後数年もすればスフォンでも指折りの冒険者になれると思いますよ」

「お、マジっすか?」

「おだてんなよ、クルエ。バカが調子に乗るからな」

「へっへー。悔しかったらキーリもまあせいぜい頑張るんだな」

「イーシュ君の場合は補習を乗り切らないと卒業できませんけどね」

「はうあっ!?」


 歩きつつも体を伸ばし、欠伸をしながらぼやくイーシュに突っ込むキーリ。クルエが持ち上げて落とすとイーシュは膝をついて項垂れた。そのやり取りを見る限り三人共昨夜のネガティブな感情は引きずってはいないようだった。


「良かったですね、フィアさん」

「ああ、問題無さそうだ」


 シオンが見上げて微笑み、フィアも釣られて笑みを浮かべた。何処にも問題は無い。問題は無いはずなのだが――


「なんだろうな、この感覚は……」


 フィアは独りごちた。妙な居心地の悪さを感じる。別に疎外感だとか、仲間との確執を感じるとかではなく、迷宮自体から何とも言葉にできない感覚を覚えるのだ。

 フィアはキーリをチラリと見る。一瞬だけ目が合う。それだけで悟った。キーリもまた同じ感覚を覚えているようだ。

 どうやら勘違いではないらしい。ティスラの仕掛けたであろう「演物(だしもの)」もまだ姿を見せてはいない。

 一層の警戒が必要だろうな。そう心に決めてフィアは歩いていった。





 ゴブリンやスモールスパイダーと言った敵モンスターを蹴散らしながら六人は出口を探して進む。足元からは小波のような振動が時折伝わってくるが、大きな異変は無かった。昨日から今日まで掛けて大きな怪我もなく、物資の消費も殆ど無い今の状況は、迷宮の構造が変わっている点を除けばすこぶる順調と言えた。


「皆様、この先に大きな空間がありました」


 先行して行先を探っていたレイスが報告に帰還する。表情は乏しいが、フィアにはそこに強い警戒が浮かんでいるのを読み取った。


「モンスターは?」

「広間にはいません。ですが幾つかの道と繋がっており、その先からは気配を感じました」

「冒険者の可能性は?」

「……感覚的な話になりますが禍々しさを感じました。モンスター、それもかなり強力な個体と考えて宜しいかと」


 レイスのその報告にフィアはしばし顎に手を当てて考え込む。状況を考えればなるべく戦闘は避けたいところだが――


「どうする? また戻ってさっきの分かれ道に行くか?」


 キーリが案を出してくる。それに頷きながらも悩む。先程の道は少し覗いた限りでは緩やかに下っていた。対してこちらの道はやや登り加減。根拠としては乏しいのは分かっているが、出口を目指すならばこちらが正しかろうと思う。

 それに、広いならば戦うにしてもやりやすい。退路の確保も難しくないだろう。


「いや、このまま進もう。モンスターの動向次第ではいきなり戦闘もなり得る。全員戦闘の準備をしてくれ」

「へいよ。俺っちはいつだって戦えるぜ」


 ワクワクを隠しきれない感じでイーシュが剣を構えてみせる。他の四人も幾分の緊張を宿した表情で頷いた。

 フィア自身も腰の剣を引き抜き、慎重に前に進んでいく。レイスは再び、五人から見える範囲で先行していく。腰のランタンの灯りを落とし、壁の灯りだけの足元も覚束ないような地面を踏みしめていった。

 程なく、六人の前に広大な空間が現れた。


「ここは――」


 キーリが思わず声を上げた。直径二、三十メートルに及ぼうかという半球状の広大なスペース。天井は数階層をぶち抜いたように高く、幾つかの道に繋がっている交差点のような場所だ。壁はそれまでの通路と比べても一際明るく、ランタンの光が無くても姿を視認できる程だ。

 そして、この場所にはキーリもフィアも見覚えがあった。


「キーリ」

「ああ、分かってる。忘れたくても忘れらんねー場所だからな」


 そこは、数ヶ月前にキーリがフィアとアリエスに過去を吐露した場所だ。重傷を負ったフィアを失いそうな恐怖に耐えた思い出したくない場所であり、同時に初めて皆と本当の意味で仲間になれたと思えた、思い出の場所でもある。もしかしたら似たような場所なのかもしれないが、何となく同じ場所だという確信があった。


「ならば、ここから出口に戻れるかもしれないな」


 その時とは道が変わっている可能性もあるが、戻れる可能性はグンと上がった。終わりが見えてきたことで、広間を覗き込むフィアの顔も少し綻ぶ。


「なぁ、二人共。イチャイチャすんのは構わねーけどさ」

「誰がイチャイチャしてるっつーんだよ」

「そうだ。わ、私とキーリはそのような不埒な関係ではない」

「へいへいよ。そういう事にしといてやんよ。

 ンなことより、あっちを見てみろよ」


 イーシュが指差した方を二人は揃って見る。そちらは今、六人が居る通路からはちょうど反対側になる場所だ。怪訝そうに眉間に皺を寄せながら、睨むようにしてそちらを見てみれば暗がりの中に影が揺れている。静かに聞き耳を立てると、荒い息遣いや足音のようなものも聞こえてくるようだ。


「……さっきレイスが言っていたモンスターか?」

「恐らくは」


 小声で言葉を交わすフィアとレイス。やがて、全員の視線の先にモンスターが姿を現した。

 ある個体は杖の様な木の棒を持ち、黒いボロ布のようなローブを纏っている。またある個体はやや刃毀れしているがまだ使えそうな剣を持っていたり、太い木の棒を肩に担いだりしている。それぞれ異なる特徴を持っているが、共通しているのはその体躯と顔。潰れた豚鼻を持ち、醜悪な顔立ちをしている。かなり肉付きが良く一見脂肪の多そうな腕だが、しかしよく観察するとその下ではかなり筋肉質なことがわかる。


「マジックオーク二体に普通のオーク三体なんて……」

「おいおい、マジかよマジかよ……」


 マジックオークはC-ランク、オークもD+に位置づけられている。スフォンの迷宮では強力な方に分類されるモンスターだ。グリーズベアよりも強いとされるモンスターで、一体だけならともかくもそれが集団になっている。Dランクの壁を突破できたガルディリスの様な有能な冒険者でようやく打ち倒せる相手である。どう考えても学生には荷が重すぎる敵だ。そんなモンスターたちは鼻をヒクヒクと動かすと、広間をキョロキョロとしながらノシノシと歩いて行く。

 どうやら人間の臭いを嗅ぎつけたらしい。彼らの獲物は恐らく自分たち。醜悪なその姿は、見るものに恐怖と嫌悪を抱かせ、それが自分たちを探しているとなれば嫌悪感は尚更。初めてその姿を目にするシオンは緊張のせいか胃の辺りを思わず押さえてギュッと杖を握りしめ、さすがのイーシュもまさかの強敵に顔を引きつらせていた。


「……どうだ、キーリ?」

「倒せるは倒せるたぁ思うが……」


 キーリにしても今の自分にはそこまでの自信が無い、というのが本音だ。本気を出せばこの程度の敵は五体だろうが六体だろうが倒すことはできる。だがそれはキーリ一人ならば、という条件付きだ。

 基本的にキーリの戦い方は個人で完結している。補助魔法を掛けて貰ったり、或いは以前にここで戦った時のように、戦い方を知っている自分と同等レベルの誰かとならば連携しながら戦う事も出来なくはない。だが、誰かを守りながらの戦闘というのはキーリは苦手だった。

 それは今までそうした戦いを経験していないからだ。護衛訓練で守護をしながらの戦いもしたが、それだって最終的には失敗した。この世界に転生する前から個人主義で孤独と共に生きてきたためなのか、本質的に守るための、守りながらの戦いに向いていなかった。


「私とお前の二人でなら何とかならないか?」

「一人で二、三匹、それも流れ弾もシオン達に飛んでかないよう気をつけながらか? そりゃちとばかしハードルが高ぇ話だな」

「流石にそこまでは過保護だろう。流れていった魔法の一つや二つは自分たちで何とかしてもらうことになるが……」


 マジックオークはオークに比べて純粋な膂力こそ僅かに劣るが、その分魔法の扱いに長けていて、炎神魔法や水神魔法など個体によっては多様な魔法を使ってくる。接近しても高い防御力と一般的な人よりも強い膂力を持っていて、Cランクに相応しい難敵と言える。しかしキーリとフィアの二人であれば少々のダメージはあっても勝ち切れるとフィアは考えた。問題は、その間の他の四人だが、背後からの攻撃もあり得る。ここは――


「四人には申し訳ないが、一旦ここから離れて貰って――」


 退路を確保したうえで、この場はキーリとフィアの二人で全力で戦う。それが最善手だと信じるフィアはシオン達に退避を指示しようと向き直った。

 だが――


「皆さん、こちらへ来て下さい」


 通路の壁に体を貼り付けるようにして様子を窺っていたキーリ達をクルエが奥の方へと手招きする。何が妙案があるのだろうか、と招かれるままにフィアはクルエの方に近寄っていく。

 彼ら生徒たちが寄ってきたところでクルエはニコリと笑った。


「僕が行ってきますから、皆さんはここで待機しててください」

「……は?」

「へ?」


 一同は揃ってポカン、と口を開けた。そんな様子がおかしいのか、クルエは少し笑いを噛み殺しながらもう一度同じ言葉を続けた。


「ですから、皆さんはここで待機です」

「ですが……」

「皆さんの実力はここまでで把握したつもりですし、素晴らしい力を持っているのは理解していますが、流石にあの面々を相手にするのは難しいでしょうから。

 それでは行ってきますね」


 その口調は気軽で、まるで近所に散歩に行くかのような雰囲気だ。クルエは呆けるキーリ達を置いて広間の方へと向かっていこうとするが、「ちょ、ちょっと待って下さい!」とフィアが慌ててその腕を引っ張って引き止めた。


「ひ、一人で行かれるつもりですか? 幾ら先生でも危険です!」

「皆さんが戦うよりは安全ですよ?」

「しかしっ!」

「先程も小声でキーリ君とお二人で戦う算段をされてたようですが、忘れていませんか?」


 ソッと優しくフィアの手のひらを白衣の袖から剥がしながら、クルエは微笑む。


「――僕だって『英雄』の一人なんですよ?」

「……っ」


 顔は笑みを浮かべているが、眼鏡のレンズの奥で光を反射するその瞳には何処か好戦的な色が滲んでいた。彼と正対したフィアはいつもの柔和さとは正反対の、初めて目にする苛烈な色に気圧された。


「……昨晩まで昔の事は極力思い出さないようにしていました。同時に戦いもこれまで出来るだけ避けてきました。力なんて無い方が良い。他の英雄たちと並びうる力を自分が持ち得ていることが気持ち悪かったのです」

「クルエ……」

「ですが、昨日全てお話してスッキリしました。自分から逃げるのは止めです。村一つ守れなかった情けない力でも、これから守れるように使えばいい。昨夜、一人で見張りをしている時にそんな当たり前の事にやっと気づけたんです。だからリハビリを兼ねて久しぶりに本気で戦ってみようかと思いまして。

 という訳で、行ってきますので皆さんはのんびりと見学してて下さい。ああ、迷宮内ですからね。背後から襲われないようそれだけは気をつけて」


 そう言うと、クルエは羽織っていた白衣を脱ぎ捨てた。

 現れたのは見事に鍛えられた肉体だ。白衣の下に隠れていた腕には引き締まった筋肉がついている。はち切れんばかりの筋肉を持つオットマーとは正反対の、だが細くしなやかでいて且つ力強そうな肉体がそこにあった。無駄なく、動きを妨げないように細部まで考慮されているように均整の取れた姿だった。そして、背中には翼人族の証左である白い翼。


「はへー……先生は魔法使いだからヒョロヒョロかと思ってたッス。見た目によらねぇっていうのはこういうのを言うんスねぇ」

「昔に比べるとかなり衰えてるんで、そんなに注目されると恥ずかしいですね」

「安心しろよ。アリエスが見たら速攻で抱きついてくるぜ?」

「はは、でしたら彼女の前では白衣を脱ぐことはできませんね。オットマー先生に申し訳ないですから」


 珍しく軽口を叩きながら茶目っ気たっぷりにクルエは笑っていたが、不意にキーリに「ナイフを貸して頂けませんか?」と尋ねた。キーリは自分のナイフを渡そうと脇のナイフ挿しに手を伸ばし、だが少し迷って腰に付けている方のナイフを投げ渡した。

 それを危なげない様子で手に取り、薄く光を反射する刃を確認するように眺めた。


「良いナイフですね。名のある鍛冶が鍛えたものですか?」

「さあな……ティスラが置いてったのをパクった奴だから、まあそれなりの業モンだろ」

「なるほど……でしたらこの場には相応しそうですね」


 目を細め、刃に映る自らの顔を睨みつけながら呟いた。

 ナイフを逆手に握りしめ、近づいてくるモンスターたちに向かって歩いて行く。しかし数歩進んだところで、背を向けたまま後ろに向かってクルエは語りかけた。


「レイスさん、シオン君……これから見せるのは、君ら二人がこれからも冒険者としての栄達を願うのならば、目指すべき姿の一つです。

 ――心して見ていなさい」


 そう言い残し――クルエの姿がシオンの目の前から消え失せた。


「消えたっ!?」

「いや――まだすぐそこだ」


 シオンの目にはクルエが忽然と居なくなったように見えた。だが決して目にも留まらぬ速度で移動したわけでも、魔法で姿を覆い隠してしまったわけでもない。実際に、レイスやキーリにはクルエの姿はまだ見えていた。

 クルエは、ただゆっくりと歩いていっているだけであった。自然で、しかし無駄のない動きで歩いてモンスターに近づいていく。なのに、キーリもレイスもかなり意識を集中しなければクルエの存在を感じ取れず、シオンだけでなくイーシュもまたクルエの居場所を見つけることができない。フィアでさえキーリに指差されて初めてクルエが歩く後ろ姿を確認できる程度だった。


「……っ!」


 フィアの隣で珍しくレイスが目を見張った。微かな足音もなく気配も感じさせない。視線の先にクルエは居るはずで確かに目に見えている。それなのにクルエが居るという確信を持てない。それがどれ程に超絶な技術であるか。

 初めて見た超一流の斥候(スカウト)の片鱗。その些細な動きも見逃すまいとレイスは意識をクルエにだけ集中させた。

 気配に敏感なレイスとキーリでさえ視認がやっとというレベルの隠密行動。それをたかが(・・・)Cランク程度のモンスターが感じ取る事ができるはずが無かった。


「……?」


 マジックオークの一体は首元に微かな違和感を覚えた。その図太い腕の先についている短い指で自分の首に触れた。ヌルリとした感触と紅い液体。それが何であるかを理解する直前、その首元から血が噴き出した。


「――、――!?」


 言葉は理解できなくとも、含まれる感情はその声を聞いたものであれば誰でも理解できた。困惑、そして恐怖。人間と同じ紅い血を撒き散らしてマジックオークの一体は、首を斬り裂かれてそのまま絶命した。そして、そこで初めて他の四体は襲撃を受けている事を知った。


「■■、■■■!」


 人では決して理解できない声をもう一体のマジックオークが叫び、その周りでオーク達が敵を探して太い首を右へ左へと忙しく動かしていく。だが、そこにクルエの姿はもう無い。


「――遅い」


 囁く様な声が響く。その声に振り返る間もなく、また一体のオークの首の急所が斬り裂かれ、倒れ伏す。おびただしい血が流れ出るその上をクルエの黒いコンバットブーツが踏みしめて、ネチャリとした粘着質な音を立てた。

 ようやくクルエの姿を認めた二体のオークが棍棒と剣をそれぞれ振りかぶる。冒険者から奪ったのであろうその武器をクルエ目掛けて渾身の力を込めて振り下ろした。

 しかしそれは堅い地面を穿っただけであった。


「……」


 オーク達の武器が地面を叩いた時、既にクルエは二体の後方に移動していた。ナイフを軽く振り、刃についた血を吹き飛ばす。それと同時に、地面を叩いたままの姿で動かなくなっていたオークは首から血を噴き出してその身を横たえた。何が起きたか理解できぬまま命を散らせた。


「あの双子のナイフか……流石に斬れ味は良いな」


 ナイフを見つめ浮かび上がるのは無邪気な双子の姿。無邪気に鬼人族を嬲るその姿。手のかかる弟と妹のように思っていた彼らが実は怪物であったというその事実と当時の記憶、感情を噛みしめる。一瞬だけ目を閉じ、走馬灯のように記憶の中の景色が流れていき、薄れていく。


「まだ正直消化し切れないが……」


 今一度、そしてこの先のいつの日か、忌まわしい記憶と向き合う。そう決意してクルエはナイフの柄を強く握りしめ、残る一体へと脚を進めていった。




 2017/6/25 改稿


 お読みいただきありがとうございます。

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