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17-5 彼と彼女は迷宮で踊る(その5)

 第72話です。

 宜しくお願い致します。


<<主要登場人物>>

 キーリ:本作主人公。体を巡る魔力は有り余っている反面、各要素魔法との相性が壊滅的に悪い。教会の聖女を始め、英雄たちに復讐するために冒険者としての栄達を望んでいる。

 フィア:赤髪の少女でキーリ達のパーティのリーダー格。自分が考える「正義の味方」を追い求めている。可愛い少年を見ると鼻から情熱を撒き散らす悪癖がある。

 シオン:魔法科の生徒で、キーリ達のパーティメンバー。攻撃魔法と運動が苦手だが最近成長が著しい。実家は食堂で、よくキーリ達もお世話になっている。

 レイス:フィアに付き従うメイドさん。時々毒を吐く。お嬢様ラヴ。

 ユキ:キーリと共にスフォンへやってきた少女。暇さえあれば男をひっかけているビッチ。

 アリエス、カレン、イーシュ:キーリとフィアのクラスメート。いずれも中々の個性派揃い。

 シン、ギース:探索試験でのアリエスのパーティメンバー。二人はマブダチ。(シン→ギースの一方通行)。

 フェル:キーリ達のクラスメイト。実家は地方貴族だが反対を押し切って冒険者を志している。

 オットマー:キーリ達の担任教師。筋肉ムキムキで良く服をパーン!させている。

 クルエ:キーリ達の副担任教師。魔法薬が専門だが味覚は壊滅している。







 十年以上前、クルエは若くしてすでにAランクに届こうかという程の冒険者であった。

 類まれな魔法の才能に恵まれ、繊細で緻密な構成を瞬時に行える展開力と膨大な魔素を正確に操作する天才的なセンス。加えて翼人族の飛行能力とそれを活かしたしなやかで素早い身のこなし。近接戦闘も行える理想的な斥候能力。年若いために冒険者としての実績のみ不足しているものの、数年ぶりのAランク冒険者の誕生は間違い無しと見られていた。

 当時の世界はモンスターが各地で蔓延っていた。迷宮内で突如として強力なモンスターが溢れ、暴走を防げずに壊滅した幾つかの迷宮都市。そこを起点としてた混乱は瞬く間に世界中に広がった。

 また街の外は外で、ランクこそ比較的低いものの、考えられない程の数のモンスターが急激に姿を現すようになっていた。

 街の中にも外にも強力な壁が築かれ、街と街の往来も気軽に行うことはできない。村が滅んだという話も珍しくはない。物資の移動は多くの冒険者や国の兵士を護衛につけ、国策として一度に大量の荷を運ぶ事で辛うじて経済を回している状態であった。

 数年前まで争っていた国々もモンスターによって国力を疲弊させていく。戦争を継続する余裕は無く、歴史上珍しくも一時的に戦争がゼロになったのは皮肉と言うものだろう。

 それでも世界は疲弊していく。ゆっくりと、緩やかに。指摘されても分からぬくらいの下り坂を転がるように。封鎖された迷宮と、多くの冒険者、兵士たちの努力と犠牲によって人々の生活は変わらず回る。急に飢えることもなく、仕事を失う事もない。だが心の奥底では感じ取っていた。世界が終わりに向かっている事に。誰もが閉塞感を覚え、しかし考えないようにいつも通りに振る舞っていた。その頃には不安感の溢れる情勢を反映してか、五大神教はその力を急速に拡大していっていた。

 そうした中で各国の王たちは来るべき未来に誰もが憂いていた。

 戦いの中で発展した魔法や戦闘技術、または魔道具や武具によってモンスターと対峙して命を落とすものは少なくなっていた。だがジワジワとモンスター達は数を増やし、このままでは人族だけでなく、その他の種族含めて全体が危うい状況であると知っていた。一部、重大な局面を利用して自らの発展のみに心血を注ぎ続ける貴族らも居たが、国の中枢に居る人間らは一様に危機感を覚えていた。

 現状を打破するにはモンスターの増加を押し留める、根本的な対策が必要。しかし何故、どうやってモンスターが生まれているのか。モンスターの発生要因は魔素であることは常識であったが、それだけでは理由が説明できず対策が打てずにいた。


「――そうした時、五大神教の発祥地であるワグナード教皇国からある情報がもたらされたらしいのです」


 曰く、未踏の地であった魔の森の奥深くに魔素が異常に濃い、モンスターを湧き出し続けている箇所がある、と。そしてその魔素は地脈を通じて世界中の迷宮に流れ、異変をもたらしているのだ、と。

 それが通称、「魔の門」であった。

 ワグナード教皇国がどのようにしてそれを突き止めたのか。疑念はあれど、表立ってそれを口にする事はできない。古くからの宗教のため各国には信者は多く居り、苦しい日々の助けを彼ら宗教に求めてかつて無い程に宗教的熱気は高まっていた。

 国の重要なポストにも熱心な信者は居て、下手に疑念を口にすればどのような疑いを掛けられるか分からない。万一にも教会から破門されれば、王は求心力を失う。そうすれば確実に国は一層乱れるだろう。

 まして、喫緊の課題はモンスターの討伐と国家の安寧。各国のイデオロギーも超えて手を取り合う機運も高まっている。

 そのような情勢の中で、教皇の名の下に開かれた初の各国の首脳が集結した会議が開かれ、各国が抱える優秀な冒険者を集めたパーティを結成する事となった。そして、そのメンバーには、若くして優秀なクルエの名前も当然ながらあった。


「選ばれた当時は誇りに思うと同時に、当然だと思ってました。自分の実力には自信がありましたし、まだまだ力を伸ばせるとも思ってましたから。その時は世界を救うだとか、人々を助けるだとかそんなつもりは無くて、ただ自分の力をもっともっと多くの人に誇示したい。早く実績を上げてAランクに上がりたい。そればかりを考えてましたね」

「……意外ですね」

「まあ……若かったのでしょうね」


 クルエは眼鏡のフレームを撫でて自嘲し、何処か懐かしむ様な眼差しで地面を見つめながら続きを話した。

 選ばれたメンバーは全員で十名。そのいずれもがAランク、或いはAランクに相当するであろう実力を有していた。

 教皇国から「聖女」の名を冠するアンジェリカ・ワグナードマン、「聖騎士」エルンスト・セイドルフ、「幼き天才(リトル・ギフト)」フランとエレンの兄妹、「閃光」フリッツ・ブッフバルトの五名。


「……教皇国からがやけに多いな」

「曰く、以前より神の啓示があったそうですよ。世界が危機を迎えるため、それに立ち向かうために力を早くより蓄えよ、と」

「そのような事が本当に……?」


 フィアの疑問にクルエは首を緩々と横に振った。


「さて、どうでしょう。真実は今も分かりません。ですが私も後から聞いた話によると、その数年前から教皇国では才能ある子供たちを集めて英才教育をしていたようです」

「胡散臭ぇ話だな」

「ええ、命の大切さを説く教会が、モンスター相手とは言え真っ先に生き物を殺す技術を教え込むのですからね。事実、教皇国から派遣された五名は皆熱心な信者でしたが、反面五大神教以外の信者には冷淡で、モンスターに対しても執拗なまでに、それこそ妄執さえ感じるほどの執念で殲滅しようとしていました。

 それに、感情こそありましたが、彼らからは何処か作り物めいたものを感じたのを覚えています」


 その他、帝国からは「聖賢」ルル・エルドラン、「剛剣」アルバート・ロドリゲスの二名。

 共和国から「金剛」イシュタル・ゴードン、そして王国からはクルエと「万能」ステファン・ユーレリア。このパーティのみで国家を滅ぼせる戦力と各国で持て囃された面々だ。

 最後の名前が出たところでフィアが難しい顔をして名を呟く。


「ステファン・ユーレリア……何処かで聞いた気が……」

「先日、王国の辺境伯に陞爵(しょうしゃく)された御方です、お嬢様。ですが確か、辺境伯が王国『唯一』の『英雄』とされておりましたが……」

「僕は死者とされてますから……ああ、王の名誉の為に言いますと、それは僕が望んだことですから気にしないでください」


 痛ましそうに顔を歪めるフィアに、クルエは笑ってみせた。

 そんな彼をしかめっ面で見ていたキーリが気になる事を問うた。


「ティスラの名前がねぇな……アイツも英雄のはずだけどな」

「話を聞いて先程考えたのですが……偽名なのはもちろんですが、恐らくティスラ君はフランとエレンのどちらかだと思います。この双子の兄妹は魔法の実力はもちろんですが、変装したり、気配を消したりといった斥候の能力が優れていました。それに見た目のせいもあるのでしょうが、相手の警戒心を解いたり周囲の景色に溶け込んだりというのも上手かったですね。道中、全く見た目の違う街の少年や少女に化けて、よく僕やアルバートを驚かせては喜んでました。

 このように思い当たる節はあるのですが、正直に言えば今もティスラ君が彼らのどちらかだったなんて信じられないですね」

「間近で見ても気づかれないくらい、か……当時の性格はどうだった?」

「……無邪気、というのが一番適切でしょうか」クルエは少し考え込むとその評価を口にした。「おしゃべりといたずらが好きで、よくアルバートやイシュタルに叱られてました。反面、その幼気な雰囲気のまま残酷な事も平気でやっていましたね。モンスターでもない動物をいたぶったり、身の程知らずの野盗の死体で遊んだり、といったこともありました。その姿を見て空恐ろしく感じたこともありました。基本的にはやはり一般的な善悪の判断を知らず、ただ光神様を盲信する無垢な少年少女でした」

「……なら間違いねぇな。そのどっちかだ」


 シオンの店で出会った時のティスラの態度を思い出しながらキーリは断言した。ゲリーの子分、という役割を捨てた彼の性格は、無邪気というクルエの話とも整合が付く。付け加えるなら店での彼は饒舌。学内でも、周囲に違和感を抱かせずに――キーリやユキにさえ気づかせず――溶け込めるその変装能力といい、断言してしまって問題ないだろう。キーリはそう判断した。


「確か……誰かの指示の下で動いている様だったな、キーリ?」

「ってことは……誰かっていうのは教皇国の人間かよ」

「そんな……とんでもない相手じゃないですか」


 キーリは頭を抱え、シオンも悲壮感漂う声を上げた。どれだけ上層の人間の指示で動いているのかわからないが、できれば大したことのない位の人間であって欲しい。願いながら、叶いそうもないものだとキーリは泣きそうになった。


(だがどうして俺を……俺たちを狙う……?)


 キーリ個人としては教会を好いてはいない。だがそれは珍しいわけではない。アンジェを襲撃した点では目の敵にされている可能性はあるが、何となく彼女はあの夜のことを吹聴はしない気がする。彼女に個人的な恨みはあれど、面と向かって教会に逆らっているわけでもなく他に目をつけられるような事に心当たりは無い。

 一つを除いて。


(まさか……バレ(・・)たのか?)


 教会がキーリを手に掛けようとする理由。知れば間違いなく目の敵にされるであろうモノを確かにキーリは持っている。しかし教会の人間の目に止まる場所ではそれを見せていないし、そもそも見たとしてもそれが何か(・・・・・)理解できないはず。それに、ティスラはキーリだけでなくでは他のメンバーもターゲットにしているような口ぶりだった。口元を手で覆い隠したまま、キーリは思考に埋没した。


「質問がなければ話を続けますが、宜しいですか?」

「ええ……続きをお願いします」


 クルエとフィアの声にキーリは頭を振って疑問を隅へ追いやり、ゆっくりと語られるクルエの話に再び耳を傾けた。




 クルエを始めとした十名の精鋭達の旅は遅々としたものだった。

 かつての街道は寂れ、昼間で夜でも関係なくモンスターが跋扈する。町から町へ進む間にも何度も敵と遭遇し、その全てを屠っていく。

 全員がAランク相当であるため、道中のモンスターに苦戦する事は無い。純粋な実力であればドラゴンでさえ倒せる彼らである。搦め手でくるようなモンスターであっても、彼らの内の誰かにとって相性の良い相手であり適材適所で対応すれば問題など起こりようが無かった。

 それでも旅の進みが遅かったのは、行く先々の多くがモンスターの襲撃に悩まされていたからだ。

 本来であれば、些末な事と切り捨てて行くのが正解なのかもしれない。しかし彼らはその先々全てでモンスターを蹴散らし、怪我人を治療し、生活の立て直しを支援してから出立するということを繰り返していた。

 その背景には、教皇国から派遣された五人が見捨てて行くことを断固として拒否した事があった。それは純粋に苦しむ人々を助けたいという想いもあっただろうが、見捨てていけば後々の教会にとっての汚点として布教の妨げになり兼ねないという打算や、苦しむ人々を救って信者を増やしたいという思惑が見え隠れしているようにクルエには思えた。とはいえ、クルエ自身も村人を見殺しにしていくのは後味が悪いという気持ちはあったのでそんな彼らの行動に積極的に異を唱える事は無かったのだが。

 人々を救い、着実に信者を増やしながらの旅は一年にも及んだ。彼らが「魔の森」に足を踏み入れたのは、季節が一巡し、二度目の春を迎えようとしていた頃であった。


「魔の森は入ったら二度と出られない。そんな噂がまことしやかに飛び交う恐ろしい場所として有名でした。実際、多くの冒険者が森を攻略しようとして命を落としています。付近の国も自国の領土として取り込もうと歴史上何度も遠征軍を送り込んでいますが、そのいずれもが壊滅的な被害を受けて、結局どの国にも属さない未開の地として今も地図上には空白地として記されています」

「……それだけ強力なモンスターが居たんですね」


 呟いたシオンの言葉に、クルエは緩々と首を横に振った。


「確かにあの森に巣食うモンスターは脅威です。どの場所よりも平均的に強く、並の冒険者では生きて出られないというのも道理でしょう。ですが、あの場所を攻略困難な場所としていたのはモンスターそのものの数と、なによりも全ての感覚を狂わせる森の特性が脅威でした」

「感覚を狂わせる? どういうことスか、それ?」


 イーシュがシュッと手を上げて、教室でのそれと同じように質問をした。


「言葉通りです。平衡感覚、時間感覚、方向感覚……僕達人間は多くの感覚を持っていますが、そのどれもが森の中と外で違いすぎるんです。生きて森から出られない、というのはモンスターに殺されてしまう、という意味よりも、知らぬ間に森の奥へ奥へと進んでしまい、森の外へ出られなくなってしまうという意味合いの方が強いんですよ。

 足を踏み入れればすぐに鬱蒼とした黒い木々が太陽の光を遮り、似た景色が続いてどこまで歩いて、どこから歩いてきたのかすぐに分からなくなる。おまけに、何らかの魔法的な作用が働いていたのか、魔素は異常に濃いのに魔法の効きはとても悪くて、普通の魔法使いでは発動すら覚束なかったでしょう」

「しかしそんな場所でキーリ達は生活していたのだろう……? そしてその森から出て今こうして私達と共に居る。いったいどうやって生活し、森からお前は出てきたのだ?」

「……俺たちの暮らす村の周囲には結界みたいなのが張られてあったんだよ。だから村にモンスターが入り込んでくる事もねぇし、村の周囲に居る狩れそうなモンスターを見つけてはそいつを捕まえて食ってたな。もちろん、畑とかもあったけどな。

 森から出るのは……まあ、なんだ、ちょっとしたコツみたいなもんがあるんだよ」


 フィアの抱いた疑問にキーリは、何処か説明しづらそうに話す。最後も言葉を濁していたが、話せない事なのだろうと深く追求はしなかった。


「……なので、そういった場所ですから実際に僕達も数日に渡って彷徨いました。

 ――そう思っていました」


 話を続けたクルエの声が、その時暗く陰鬱としたものに変わった。伏せ気味の眉間には深い皺が刻まれ、白衣の袖から覗く拳は強く握りしめられていた。


「それはどういう――」

「当時の僕は森のせいで迷ったと思っていました。実際にどの方向に向かっているのかも満足に分からず、アルバートとイシュタルも同じように感覚を狂わせられてましたから。だから他の人も同じだと思ってました。ですが、後で思い返してみれば少なくとも……教皇国から来た五人は何かを探しているようでした」

「『魔の門』を探していたんじゃないんですか?」


 シオンの質問を、クルエは否定した。


「いえ、違いました。何日もさまよっているはずなのに彼らには焦りは無く、とても落ち着いていました。そもそも『魔の門』の場所も、正確には森を抜けた先にあるとされていたんです。森の出口を探していたのであれば理解もできます。けれども、思えば彼らの足取りに迷っている風は無くて、はっきりと何か目的があって歩いているようでした」

「つまり、奴らは……」


 キーリが声を震わせた。一度クルエは話を区切り、小さく息を吐き出して「ええ」とキーリの確信を肯定した。


「キーリ君達の……鬼人族の村が焼かれていくのを見て確信しました。

 ――かの村こそ、彼らが探していた場所なのだと」




 2017/6/25 改稿


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