17-3 彼と彼女は迷宮で踊る(その3)
第70話です。
宜しくお願いします。
<<主要登場人物>>
キーリ:本作主人公。体を巡る魔力は有り余っている反面、各要素魔法との相性が壊滅的に悪い。教会の聖女を始め、英雄たちに復讐するために冒険者としての栄達を望んでいる。
フィア:赤髪の少女でキーリ達のパーティのリーダー格。自分が考える「正義の味方」を追い求めている。可愛い少年を見ると鼻から情熱を撒き散らす悪癖がある。
シオン:魔法科の生徒で、キーリ達のパーティメンバー。攻撃魔法と運動が苦手だが最近成長が著しい。実家は食堂で、よくキーリ達もお世話になっている。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。時々毒を吐く。お嬢様ラヴ。
ユキ:キーリと共にスフォンへやってきた少女。暇さえあれば男をひっかけているビッチ。
アリエス、カレン、イーシュ:キーリとフィアのクラスメート。いずれも中々の個性派揃い。
シン、ギース:探索試験でのアリエスのパーティメンバー。二人はマブダチ。(シン→ギースの一方通行)。
フェル:キーリ達のクラスメイト。実家は地方貴族だが反対を押し切って冒険者を志している。
オットマー:キーリ達の担任教師。筋肉ムキムキで良く服をパーン!させている。
クルエ:キーリ達の副担任教師。魔法薬が専門だが味覚は壊滅している。
「フィアさん? まさか――」
「グリーズベアであれば問題ありません。キーリ、大丈夫だな?」
「誰に聞いてんだって話だ。俺一人でも十分だって、お前だって知ってんだろ?」
「お前一人で戦って倒しても私達の訓練にならんではないか……
イーシュ、率直に答えてくれ。倒せそうか?」
「……悔しいけどよ、俺じゃ倒すのは難しいかもな。けど、シオンに魔法かけてもらって防御と回避に専念すりゃ問題ねぇと思うぜ」
「上等だ。なら一匹くらいはプレゼントしてやるからゆっくり踊っててくれ」
「ちょ、ちょっと待って下さい、皆さん!」
すっかり戦う流れになっていて、堪らずクルエが声を張り上げた。彼はフィアとイーシュの間に割って入り、好戦的な生徒たちに向けて顔をしかめてみせる。
「危険過ぎます! 教師として生徒を危険に晒すような事は認められません」
「大丈夫です、クルエ先生。ご心配はもっともですが、決して過信しているわけではありませんし、私達もこの程度の敵に四苦八苦しているわけにはいきませんので。ただ、万が一に備えて身はご自身で守って頂く事になるかもしれませんが、それで減点はしないで頂けると助かります」
「ですが……!」
「問答してる時間はねぇぜ」
引く様子の無いフィアにクルエはどうするか迷う。彼女の言葉を信じるか、より安全を取るか。そうしている内にグリーズベア達が姿を現した。
攻撃的な赤に目を染め、人間で言えば中腰のような姿で立っているその様は外面だけは熊に近いが、どう贔屓目に見ても熊と断じることはできそうにない。低く喉を鳴らし、口元から涎を醜く垂れ流していて、少しでも隙を見せれば襲い掛かってくる事は明白だった。
「くっ……分かりました。ですが無理はしないでください。それと僕も戦いましょう。それが条件です」
「承知しました。ならイーシュは防御に専念して一匹引きつけておいてくれ。他を片付けたらすぐに援護に向かう」
「あいよ。それくらいなら任せとけっ」
「シオンは防御魔法を全員に頼む」
シオンは既に目を閉じて意識を集中させていた。程なくシオンの周りに魔素が集まっていき、薄っすらと光をまとい始める。
「――風精霊の包容」
前線で剣を構えてグリーズベアと対峙したキーリやフィアを始め、全員の体が淡い光に包まれる。
「――よし……シオンとレイスは万一に備えて退路の確保と伏兵に注意をしてくれ。
……何処に何が潜んでいるか分からない状況だからな」
「畏まりました――それではお嬢様もお気をつけて」
レイスが見送る言葉を待っていたかのようにグリーズベアが雄叫びを上げた。通路の至る所で反響し、只の人間であれば音が刃の様に突き刺さってくるように思えただろう。
だが三人は臆する素振りを微塵も見せずグリーズベアに向かって飛び出した。同時、彼らの後方からナイフが一匹のグリーズベア目掛けて飛んでいく。
レイスの放ったナイフは距離があるにもかかわらず正確にグリーズベアの顔に向かっていった。当然その程度の投げナイフでモンスターを倒せるはずが無いが、あくまで牽制。グリーズベアは羽虫を払うかのような仕草で予想通りそのナイフを叩き落とした。
直後にもう一本のナイフがグリーズベアの目に突き刺さった。
「グガアアアアァァァァァッ――」
ナイフを投擲したのはキーリ。身を低くして異なる角度から投射した「ティスラのナイフ」が深々と抉り、グリーズベアの口から悲鳴じみた叫びが轟く。だがそれもすぐに消え去る。
気づいた時には叫びを上げる頭をキーリの大剣が斬り落としていた。
気配を殺し、滑るような動きでグリーズベアの一体を倒したキーリは、そのまま隣に居たもう一匹の懐に飛び込む。食らいつこうとするグリーズベアの顎を、下からの掌底で無理やり閉ざすと、小回りの効かない大剣を手放した。空になった左手の筋肉が盛り上がり、魔素をまとわせた拳が振るわれてグリーズベアの腹部を容易くえぐり取る。空洞になった空間に臓物が滑り出し、グリーズベアの赤い目から光が消え、その巨体がゆっくりと地面に横たわったのだった。
そしてキーリが二体に接敵するのに遅れること数瞬。フィアもまた一匹のグリーズベアと対峙した。
「私は真っ向、勝負と行こうかっ――!」
ポニーテールの根本に刺さったかんざしがランタンの光に照らされて小さく煌めく。疾走りながら冷静に、鋭くグリーズベアを観察し、同時に右手に持った剣に魔素を集中させていく。日々の鍛錬で鍛えられた魔力の自己制御により、以前よりも遥かに短時間で高密度に魔素を纏わせられるようになっていた。
体格の割に俊敏なグリーズベアだが、あくまで体格に比してである。フィアから見れば動きは鈍重。爪や膂力こそ脅威だが、当たらなければどうという事はない。
正面切って立ち向かい、フィア目掛けてグリーズベアの鋭い爪が振り下ろされる。直撃すれば、防具も何もない頭部など柘榴の様に砕け散ってしまいそうだが、フィアは間合いに入る直前に右前方へと飛び退いて容易にかわしていった。
そしてすれ違い様に――彼女の剣が業火を発した。
――斬
速度を維持したまま刃をグリーズベアの腹に滑らせる。堅いはずの皮膚を、肉を、そして骨さえも、まるで紙をそうするかのように容易く斬り裂いた。残心しつつもグリーズベアに背を向けたままその体全体が炎に包まれるのをフィアは確信していた。直後、烈火がグリーズベアの体を焦がす臭いが立ち込め、フィアはイーシュの方へと振り向いたのだった。
彼女の視線の先ではイーシュもグリーズベアと正面から向き合っていた。前線組の中で最も力の劣るイーシュだが、防御と回避に専念しグリーズベアの攻撃を全て防いでいた。
そもそもキーリやフィア、アリエスといった面々に囲まれているために目立たないがイーシュとて他の生徒たちと比べても剣の実力は図抜けて高い。学力の不足を補って入学できる程に優れており、純粋な剣術であればキーリよりも上だ。
「おらおらっ! どうしたよっ!」
グリーズベアの攻撃を全て弾き返し、小馬鹿にするようにニタリと笑って憎まれ口を叩く。そして隙あれば少しずつ攻撃を当ててダメージを積み重ねていく。本来の彼の戦い方では無いが、普段の言動とは違って自分の実力と相手を見極めて戦い方を変えることが出来る程度にイーシュは器用だった。
比較的柔らかい脇や背中を狙って傷を付けていく。それでも倒すまでには至らず、グリーズベアはますます怒りを増していく。
「何とか頭を狙いてぇけどよ……」
グリーズベアは巨体だ。直立した相手にはイーシュの剣で力を伝える事は出来ない。何とか足元を狙ってバランスを崩してやりたいが、懐の深いグリーズベアのそこに到達するには危険だ。虎視眈々とイーシュは機会を窺っていた。
そしてその機会はやってきた。唸り声を上げながら八つ裂きにしようと迫りくるグリーズベアだったが、不意にその足元の地面が迫り上がった。
「イーシュさんっ!」
「ありがとよっ!!」
地面に手を付けたシオンが叫んだ。突然の地神魔法に避けること適わず前のめりに倒れ、グリーズベアの頭がイーシュの目の前に降りてきた。
「もらったぜっ!!」
チャンスを逃してなるものか、と勢い込んでイーシュが前に出る。半身になって剣を引き、がら空きのグリーズベアの顔目掛けて切っ先を突き出す――
「――あら?」
――直前、イーシュもまた躓いた。シオンの魔法の効果範囲を見誤ったか、小さな出っ張りに引っかかり、そして――頭でグリーズベアの鼻っ柱を強かに打ち付けた。
「――ッッッ!!」
「いってぇぇぇっ!?」
グリーズベアが悲鳴を上げ、イーシュもまた涙目になりながら叫んだ。痛いだけで済んだのは幸運か。目尻に涙を滲ませながらも何とか先に立ち直り、思い切り剣を頭に突き刺すとグリーズベアがそのまま地面に倒れる。剣を引き抜くと血が溢れ、それも程なく魔素となって迷宮の壁に消えていく。それはイーシュの勝利を明確に示していた。
「いよっしゃあぁぁっ!!」
頭を擦りながらも歓喜の雄叫びを叫び剣を天に掲げた。その剣が震えているのは歓喜のせいか、それとも格上のモンスターと対峙した恐怖が今更襲ってきたからかは分からないが、それでもモンスターを退治した喜びだと信じて口を綻ばせた。
「やったな、イーシュ……まあ、最後はカッコワリかったけど」
「ああ、まさか一人で倒してしまうとはな。最後もイーシュらしいと言えばらしいが」
先に倒して見守っていたキーリとフィアがそれぞれイーシュを称えた。締まらない最後だっただけに二人とも口には苦いものが混ざっていたが、フィアの言葉通り彼らしい戦いだったと思えた。
「うるへー。倒しゃいいんだよ、倒しゃ。あと、俺一人で倒したわけじゃねーし。とどめを刺せたのだってシオンの魔法のおかげだしな」
「ああ、ちゃんと見ていた。シオンとレイスもサポートに感謝する」
「勿体無いお言葉でございます」
「あはは。最後はイーシュさんの脚も引っ張っちゃいましたけど」
「ンなのはイーシュの自業自得だ」
「もちっと俺を褒め称えてくれてもよくね?」
「いや、本当にお見事でした」
一分にも満たない一瞬の攻防に唖然としていたクルエは、我に返ると手を叩くとともに称賛を口にして近づいてきた。
「戦うと聞いた時は正直信じられませんでしたが……どうやら皆さんの実力を見くびっていたようです。申し訳ありませんでした」
「いえ、そんな。クルエ先生のお立場からすれば懸念されるのは当然の事です」
「しかし……」クルエは笑顔から一転、難しそうな表情を浮かべて消え行くグリーズベアの死体を見た。「本来であればここにグリーズベアが出現するはずはありません。ゴブリンやワームといったEランクのモンスターしか出ないはずだったのですが……やはり先程の冒険者の方が仰っていたとおり、モンスターの分布が変わっているのかもしれませんね」
「どうするんだ? 一旦戻るか?」キーリがクルエに判断を仰いだ。「俺としてはこのまま進んでも全然問題はねぇんだが」
「そうですね……そうしましょう。もしかすると試験達成の証を設置した場所も変わっているかもしれません。一度試験を中止して、僕達教員で確認し直す必要がありそうです。恐らくオットマー先生もそう判断していると思います」
「ちぇ、せっかくノッてきたってのにもう終わりか」
「仕方ないですよ。前の試験の時みたいに大変な事になる前に戻った方がいいです」
「そうだな――」
シオンの意見に已むを得まい、とフィアも同意仕掛けた時、迷宮が再び小さく鳴動した。そして、キーリ達がやってきた道の方で低く、何かが崩れるような音が響いてきた。
まさか、とそれぞれが顔を見合わせるとレイスを先頭にして走り出す。ここまで歩いてきた、大きく湾曲していた通路を走り抜ける。
その先では崩れた天井が道を塞いでいた。
「これは……」
「……今の振動で天井が崩れたんでしょうか?」
「天井も確認しながら進んできたけどよ、そんな脆かったか?」
キーリは崩れた天井の残骸に近寄って触り、天井を見上げた。
天井はある線を境にしてきっかりと、まるで定規か何かを添えたかのようにキレイに崩れていた。振動で崩れたのであればここまでキレイに分かれる事は無いはずだ。キーリの隣のシオンも難しい表情を浮かべて天井を睨んでいた。
「これは……崩壊とは違いそうですね」
「これが道が変わるって事なんだろうな。つくづく『迷宮は生き物』だって思い知らされるぜ」
「これもあの男の策謀とやらでなければ良いが……」
「幾らなんでもアイツだって迷宮をどうこうはできねぇだろ」
フィアの懸念を苦笑いで笑い飛ばしながら、不意にキーリの頭に閃くものがあった。
前の迷宮探索試験の時の話だ。小さなEランク相当の迷宮でしか無かったそれが大きく成長して、地面が崩壊する時にユキが何かを説明していた。
(迷宮内部でこれだけ強烈な悪意を振りまいてれば――)
――迷宮はその意志を吸い取って「新たな生き物」として生まれ変わる。そうだ、確かユキはそんな事を言っていた。キーリの背筋が氷の棒を入れられたみたいに一瞬冷たさを覚える。
(もしこの鳴動が、また誰かの悪意を吸い取っている証左なら……)
脳裏にゲリーの醜悪に歪んだ顔が浮かび上がる。だがゲリーは既に学校には来ていないし探索試験にも参加していない。ご立派な自宅で幽閉されているはずだ。キーリは無言で頭を振った。
「ともかく、先に進むしか無い」
キーリの肩を叩き、フィアが気持ちを鼓舞するように力強く方針を示す。だがその表情は険しく、キーリと同じような懸念を抱いている気がした。
「そう、ですね。ここに留まっても仕方ありませんし」
「フィアとかクルエ先生の魔法で瓦礫を吹っ飛ばせねーの?」
「……確信はありませんが、これが迷宮の変化であれば瓦礫を魔法でどうにかしてもすぐにその穴は塞がれてしまうでしょう。そうなればパーティの分断や最悪、塞ごうとする岩石に押し潰されるかもしれませんから止めておいた方が賢明でしょうね」
「そうっすか。ならしゃーねー。くよくよしても始まんねーし、元気だして行こーぜ!」
一際声を張り上げてイーシュがカラカラと笑う。相変わらず脳天気な性格をしているが、自分やフィアの様に深く物事を考え込んでしまうよりも今はその方がいいのだろうとキーリは思う。
「ならば前へと進もう。
ここからはもう探索試験では無いと考えて良いのでしょうか?」
「ええ。ここからは僕も護衛される立場ではなく、ただの教師として振る舞う事にします」
「分かりました。クルエ先生は、役割的には『魔法使い』と考えて宜しいのでしょうか?」
「そうですね。ですが、元々冒険者として活動していたときには斥候役を担っていましたし、こう見えても剣や短剣も皆さんに負けない程度には使えるつもりですよ。
ですのでどこに配置して頂いても大丈夫です。皆さんの特徴は皆さん自身の方がよく知っているでしょうから、ここでは基本的にフィアさんの指示に従いますよ?」
「へえ、オールマイティなんだな、クルエって」
「でしたら先生には後方をお願い致します。背後からの奇襲が一番怖いですので」
クルエは微笑んで頷き、列の一番後ろに移動する。
それを確認し、再びキーリ達は前へ向かって進み始めた。
2017/6/25 改稿
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