17-1 彼と彼女は迷宮で踊る(その1)
第68話です。
宜しくお願いします。
<<主要登場人物>>
キーリ:本作主人公。体を巡る魔力は有り余っている反面、各要素魔法との相性が壊滅的に悪い。教会の聖女を始め、英雄たちに復讐するために冒険者としての栄達を望んでいる。
フィア:赤髪の少女でキーリ達のパーティのリーダー格。自分が考える「正義の味方」を追い求めている。可愛い少年を見ると鼻から情熱を撒き散らす悪癖がある。
シオン:魔法科の生徒で、キーリ達のパーティメンバー。攻撃魔法と運動が苦手だが最近成長が著しい。実家は食堂で、よくキーリ達もお世話になっている。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。時々毒を吐く。お嬢様ラヴ。
ユキ:キーリと共にスフォンへやってきた少女。暇さえあれば男をひっかけているビッチ。
アリエス、カレン、イーシュ:キーリとフィアのクラスメート。いずれも中々の個性派揃い。
シン、ギース:探索試験でのアリエスのパーティメンバー。二人はマブダチ。(シン→ギースの一方通行)。
フェル:キーリ達のクラスメイト。実家は地方貴族だが反対を押し切って冒険者を志している。
「皆に話しておきてぇ事がある」
シオンの冷たい視線を浴び続け、些か疲れた表情でキーリは揃った一同に対してそう切り出した。
ゲリーの取り巻きの一人であったティスラがかつての英雄であった事、先程この店で会偶然出会い、近々行われる最後の探索試験で自分たちに対して何かを仕掛けるような口ぶりであった事を告げていく。
ティスラと面識があったアリエスとカレン、イーシュは、彼が英雄と称されるメンバーの一人であったことに唖然としたものの、キーリの真剣な表情にそれが真実だと受け入れた。
「ホントにンな奴がウチのガッコで学生やってたのかよ?」
「最初は俺もまさかとは思ったけどな。間違いないと思う」
「店を出た後をすぐに追いかけたのだが、すでに何処にも姿は無かった。少なくとも只者では無いというのは事実だ」
「何でそんな奴が学生なんかやってたんだろうな?」
イーシュがテーブルに頬杖を突きながら新たな疑問を口にするが、向こうの事情をキーリが知るはずもない。肩を竦めて「さあな」と短く答えた横でシンが「ともかくも」と話を変えた。
「彼が本当に英雄であるかや学生をしていた事情は置いておいて、まず共通で認識しなければならないのは、今度の試験で危険な事が起きるかもしれないということでしょうね」
「『面白い演物』に『頑張って生き残ってね』、か……」
「明らかに危険なものがある言い方だな」
「それも致死性のモンがな。ちっ、ったくよ……ただでさえ試験を合格しなきゃいけねぇってのに面倒な事しやがって」
舌打ちしながらギースが髪を掻き、キーリも同意だとばかりに溜息で応える。
「最初は俺だけをターゲットにしてんのかと思ったけど『君たち』ってアイツが言ったからな。念のためお前らにも伝えとこうと思ってな」
「でもよ、俺らティスラと殆ど関わりねぇんだけど? そんな嫌われる様な事をしたっけなぁ」
イーシュが乏しい記憶を頼りにここ一年を振り返ってみるが、そもそも会話もさしてした記憶も無い。他の面々も見てみるが皆同様に心当たりはなさそうだ。
「ワタクシも心当たりはありませんわねぇ……」
「いや、お前は入学して早々にアイツらを一喝してヘコましてただろ?」
「……そういえばそんな事もありましたわね。取るに足らない出来事でしたので失念してましたわ」
「ともかく」フィアがやや語調を強めて切り出した。「試験で命に関わる何かが起こるのは確実だと思う。残念だが全員その事を心に留めて試験に挑んで欲しい」
「……基本的な方針としては、想定外の何かが起きたらまずは逃げる事を前提にすべきですわね。対処できそうだと思っても、それ自体が後に続く罠に引き込む伏線かもしれませんわ」
「えー、逃げるの前提かよぉ」
「死ななきゃやり直せる。何事も命あっての物種、ですよ」
アリエスが示した方針にイーシュが異を唱えるが、シンが諌めると納得行かないまでも理解したようで「わかったよ」と渋々頷いた。
その後は、持ち込む魔法薬や消耗品、装備品の確認といった細々した部分を話し合って解散の流れとなった。
最後にアリエスが「それでは」と立ち上がり拳を掲げた。
「全員で無事に試験を突破し、元気な姿で卒業できることを祈りまして」
続いてフィア、キーリと次々と立ち上がって同じように拳を突き出していく。
「それと今後も変わらぬ友情を誓って」
「残りの時間、悔いの無いよう訓練と」
「遊びに」
「全力を尽くしましょうっ!!」
「――おうっ!!」
それは冒険者の誓いを模した儀式。以前の冒険者証授与式で行った時と違って武器こそ手にしていないものの、仲間を想う気持ちは確かなもの。息の合った掛け合いと共に拳を軽くぶつけ合いそれぞれ帰路へと着いていった。
それから約、一ヶ月半。
最後の迷宮探索試験の日がやってきた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
スフォンはレディストリニア王国の北東部に位置する迷宮都市であるが、比較的温暖な気候であり年中を通して気温の変化は小さい。一応の四季こそあるもののそれらを明確に区別する事は難しい。が、それでも短い夏と冬くらいは街に住む人々もハッキリと区別できる。
キーリ達が挑もうとしているスフォンの街中にある大型の迷宮。その探索試験が行われるのは、そんな冬が本格的に始まった頃だった。
普段は冬であっても少々の厚着で乗り切れるくらいの寒さだ。つい一週間程前までは太陽もずっと雲間から覗いていて、昼間であれば薄手の上着一枚で外出できるくらいには暖かい日々だった。しかし二、三日前くらいから空は分厚い雲に覆われて日光はすっかりと隠されてしまった。
それと共に気温も下がり、更に北方からの冷たい風が流れ込んでこの街では珍しいくらいに冷え込んでいた。
「う~……さみぃ」
「ああ、そうだな……」
迷宮の入り口で立っていたイーシュとフェルが剥き出しの手のひらを擦りながら息を吐きかけた。白い息が立ち上って消え、肩から濃紺のローブを羽織っているがそれだけでは寒さを凌ぐことはできないようで先程から脚を忙しなく動かしている。
「さみぃさみぃ言っても体は暖まんねーぞ?」
「それよりしっかり体解しておいた方がいい。それだけでもだいぶ体が温まるはずだ」
何度も寒い寒いと繰り返しているイーシュとフェルの二人に、キーリが少し呆れたようにツッコみ、隣でフィアがストレッチをして試験の準備をしていた。イーシュはそんな二人を情けない表情で見つめながらクシャミを一つした。
「ずず……あぁ、分ぁってるって。だからこうして体動かしてんじゃねぇか」
「何しようが寒いもんは寒いんだよ……」
「つーか、何でお前らそんな平気そうなんだよ?」
「何でって言われてもなぁ……」イーシュに聞かれてキーリは頬を掻いた。「魔の森はもっと寒かったしなぁ」
「王都も似たようなものだったな。とりわけこの季節は雪が積もる日も多くてな。このくらいであればマントがあれば十分だ」
「メイドたる者、主人より暖かい格好をする訳にはいきませんので」
「そうかよ……」
キーリ、フィア、レイスのそれぞれから返ってきた答えにイーシュとフェルは揃って溜息で答えた。この三人からは同情も共感も得られそうにない。二人は反対側を向いた。
「これくらいの寒さで情けないですわね。鍛え方が足りないのではありませんの? 筋肉がつけばこれくらい何ともありませんわよ」
「はは、ヘレネムなんて山奥ですし。冬の朝は毎日が雪かきから始まりますので」
「この辺りを走ってきたらどうですか? ランニングって結構お手軽に体を暖められますよ? たぶんここから街の東門まで行って帰ってくればちょうどいいくらいに暖かくなると思うんです」
反対側に居たのは筋肉論者に寒さに慣れきった田舎貴族とランニングジャンキー。参考にすらならない。
一縷の望みを掛けてフェルとイーシュは揃って正面に縋る様な視線を向けた。
「僕ら人狼族は元々体温が高いですから」
「一冬くらいボロまとって外で生活してみりゃいい。そうすりゃテメェの着てる服の有り難さが文字通り骨身に染みて分かるぜ」
あえなく、撃沈。単なる世間話のつもりなのにギースの話は重すぎる。イーシュは忙しなく体を動かしながらそっと目元を拭った。
「参考になんねぇな……」
「なんだよ、結局寒がりなのは俺ら二人だけかよ」
「この街は普段は今日みたいな日は少ないのか?」
「まぁな。十数年この街で生活して、こんなにさみぃのは初めてだよ」
鼻を啜りながらイーシュがフィアに説明していると、冷たいものが彼女らの頬に当たった。空を見上げれば、灰色がかった空に白い影がチラチラと舞っている。
「雪ですわ……」
「そりゃ寒いわけだな」
「へぇーこれが雪なんか。生まれて初めて見たぜ」
フィアやアリエス、カレンは視線を空に向けて両手のひらをかざし無邪気そうに頬を緩めた。シオンとシンも口元を綻ばせ、イーシュも初めての雪が珍しいようで、手のひらに乗った雪を見ては幼い少年の様に消えていく様を熱心に見たり、空に向かって口を開けて食べようと試みたりしている。そんな彼の姿を認めてアリエスは呆れたように肩を竦め、他のメンバーも苦笑いを浮かべていたが気持ちも多少は分かるので特に口を挟んだりはしない。
そうしてフィアが全員を見回していると、アリエスの髪に刺さったかんざしが揺れているのに気づいた。
「髪飾り、ちゃんと使ってくれてるんだな」
「ふふ、当たり前ですわ。せっかく頂いた物ですし、デザインは違えども友人とお揃いですもの。フィアが選んでくれて、加えて……殿方から打算のない頂き物なんて初めてですもの」
アリエスは顔をほんのりと染めながら嬉しそうに後ろ髪の生え際付近に刺さったかんざしに触れた。しゃらん、と微かな音が雪の降る澄んだ空気に溶けていった。
「そうか。私が買った訳では無いが喜んでもらえて嬉しい限りだ。キーリもそう思うだろう?」
「ん? ああ、まあな。喜んでくれりゃこっちも贈った甲斐があるってもんだし」
「感謝致しますわ。み、見栄を張ってくださったのですから、い、一生大事にして差し上げても宜しくてよ?」
「おう。そうしてくれ」
顔をますます赤らめるアリエス。そんな彼女を、カレンやシオンは微笑ましいものを見るように眺めていた。
「やほーっ。元気してるー?」
「ユキ」
そうしていると、ユキが何処からともなく手をブンブンと振りながら元気よくやってきた。いつもの黒いローブを羽織り、裾からは、流石に寒いのかいつもの素足ではなく黒いタイツを着用していてそれが一層彼女の細い脚をスラリとして見せる。
イーシュはついそちらに目が吸い寄せられて鼻の下を伸ばし、傍に居たカレンに「こーら」と半笑いで耳を掴まれていた。
「どうしたんだよ? お前の試験はもう終わったろ?」
社交性はあれども協調性は無いユキである。今回の探索試験は一度に二、三組ずつ数週間に渡って行われており、ユキのグループを始め今日行われるキーリとアリエスのパーティを除いて既に試験を終えている。もちろん彼女が苦戦するはずもなく、あっさりと試験をクリアして、残るは卒業を待つだけであった。そんな彼女が迷宮に用があるわけでもなく、かといってキーリ達を元気づけようなどという殊勝な発想があるはずがない。
そう思って訝しげな眼差しを向けたキーリだったが、どうやらキーリが言いたいことを察したらしく、ぶぅと口を尖らせた。
「そんな言い方しなくてもいいじゃない? せっかく最後の試験だからと思って皆を見送りに来たのに」
「ユキが見送りに来た、だと……!」
ざわ……ざわ……と途端にざわつく。これまでも彼女の自由奔放さに振り回されてきた一同である。すでに入学当初と違って彼女がぱっと現れてぱっと消えても最早気にも留めなくなっていたが、皆一様に信じられない言葉を聞いたとばかりに唖然とした。唯一、ユキと絡みの少ないフェルだけが全員の態度に首を傾げていた。
「で、本当は?」
「暇だったから」
「だと思ったわ」
享楽的な節のある彼女らしい返答に一斉に溜息が漏れた。同時に何故だか彼女らしさに安心感を覚えてしまう。彼女に毒されているなぁ、とフィアはぼんやりと苦笑いをし、そして自分が少々緊張していたのだと気づいてそっと息を空に向かって吐き出した。白い吐息が立ち上って、やがて消えた。
「ふむ、全員揃っているようであるな」
「こんにちは、皆さん」
彼らの背後から声が掛かる。振り向けば黒いマントをまとって筋骨隆々な肉体にサングラスを掛けた仏頂面の男と、いつもと変わらぬ白い白衣を着た優しげに微笑む痩身の男。オットマーとクルエの二人だ。
「こんにちは」
「御機嫌ようですわ。本日は宜しくお願い致します」
フィアが軽く会釈をし、アリエスは貴族の子女らしいカーテシーを返す。他のメンバーも口々に挨拶をしていく。
オットマーは彼らをグルリと睨め回し、鷹揚に頷いた。
「うむ、諸君らであれば特段問題ないとは思うが、くれぐれも油断無きようにな」
「こちらこそ宜しくお願いしますね。今日は安心して大人しく守られていられそうです」
今回の探索試験のルールは以前に行われた探索試験とほぼ同じで、特定の場所に用意された証明書を持ち帰る事を目標としているが、幾つか異なる点があった。
一つは日帰りではなく迷宮内で一泊するというもので、その為食料も以前よりも多めに用意しておいたり、休憩用にモンスターから姿を隠すための魔法陣を準備する必要がある。
そしてもう一つが、各パーティ一人ずつ教員を「護衛」しながら進むというものだ。
基本的に護衛される立場の教員が手を貸すことは無く、ただ守られながら付いて行くだけであるが、教員が攻撃を受けて防御行動を取ったり、或いはモンスターや罠のせいで手助けが必要と判断されて手を貸した際には評価点が減点されることになる。減点が酷い場合には後日改めて追試であったり、または半年間の留年という結果が待っている。
試験が行われるのは迷宮内でもD-ランク以下とされる区域であり、キーリ達の実力であれば余程のことがあっても問題なくクリアできるであろうし、油断をするような生徒ではない。そういった考えからのクルエの発言であったが、一同はより表情を引き締めた。
「そうですね。先生方のお手を煩わせることのないよう気を引き締めます」
「うむ。宜しい。それでは……」オットマーは手元の用紙に一度視線を落とした。「フィア・トリニアス、キーリ・アルカナ、シオン・ユースター、レイス、イーシュ・カーリオ!」
「はい!」
「諸君らのパーティにはカイエン先生が付く。試験と思わず本物の貴人を守るつもりで護衛に当たるようにっ!」
「承知致しました!」
代表してフィアが直立し、声を張り上げて返事をする。彼女の他、キーリ達も真剣な面持ちでしっかり頷くのを見届けると、オットマーは残りの五人に向き直る。
「残った諸君らには我輩が同行する」
「やりましたわ!」
その言葉を聞いてアリエスは飛び上がり、オットマーの分厚い胸板に抱きついた。うっとりとした笑みを浮かべて口からはやや熱のこもった溜息が漏れ、頼り甲斐のありそうな筋肉を堪能する。
「ああ……オットマー先生のこのご立派な筋肉に守られながら迷宮に潜る日が来ようとは……ワタクシ、本当に幸せ者ですわ」
「む、むう……本日は我輩はお主に守られる側であるのだが……」
「言葉の綾ですわ」
こうしたアリエスのスキンシップに未だに慣れないのか、額に汗を浮かべながらオットマーは戸惑っていたが、すぐに彼女は離れるとキリッとした表情を浮かべて不敵な笑みを口端に浮かべた。
「ご安心くださいな。どのような敵が現れようともワタクシが守って差し上げますわ」
「はは。アリエスさんがこれだけ張り切ってるなら、僕達の出番は少なそうですね」
「シンは何を仰ってますのかしら? 万が一オットマー先生のお手を煩わせてしまったら、戻った後で全員で特訓ですわ」
「勘弁してくれよ……」
「当然の事ですわ」
「ちっ、要は真面目にやってりゃ問題ねぇって事だろ」
「そうとも言いますわね」
「相変わらずアリエス様は素直じゃないですね」
アリエスの宣言にフェルがゲンナリと項垂れ、ギースが首の骨を鳴らしながら彼女の意図を代弁する。
気負いも緊張もない。全員が適度な緊張感と平静さを保っており、同行する教師二人もこれ以上特に言うべきことは無いと判断した。
「それではこれより試験を開始する!」
「はい!」
気合の篭った返事が響く。
養成学校最後の試験が始まった。
2017/6/25 改稿
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