16-3 穏やかな日々を(その3)
第67話です。
宜しくお願いします。
<<主要登場人物>>
キーリ:本作主人公。体を巡る魔力は有り余っている反面、各要素魔法との相性が壊滅的に悪い。教会の聖女を始め、英雄たちに復讐するために冒険者としての栄達を望んでいる。
フィア:赤髪の少女でキーリ達のパーティのリーダー格。自分が考える「正義の味方」を追い求めている。可愛い少年を見ると鼻から情熱を撒き散らす悪癖がある。
シオン:魔法科の生徒で、キーリ達のパーティメンバー。攻撃魔法と運動が苦手だが最近成長が著しい。実家は食堂で、よくキーリ達もお世話になっている。
ティスラ:魔の門を閉じた英雄が一人。ゲリーの子分として学校に潜入していたが、失脚と共に姿を消していた。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。時々毒を吐く。お嬢様ラヴ。
ユキ:キーリと共にスフォンへやってきた少女。暇さえあれば男をひっかけているビッチ。
アリエス、カレン、イーシュ:キーリとフィアのクラスメート。いずれも中々の個性派揃い。
シン、ギース:探索試験でのアリエスのパーティメンバー。二人はマブダチ。(シン→ギースの一方通行)。
フェル:キーリ達のクラスメイト。実家は地方貴族だが反対を押し切って冒険者を志している。
「あーあ、すっかり遅くなっちまったな」
陽が落ちて茜色から瑠璃色に変わった夜空を見上げながらキーリとフィアはシオンの店へと歩いていた。キーリの口から漏れる言葉は愚痴っぽさがあるが、口調とは裏腹にその顔は嬉しそうだった。
「そうだな。だがお陰で良い物が選べたではないか」
「まぁな……付き合ってもらって悪かったな。これじゃ飯食って戻ったら訓練場はもう閉まってんだろうなぁ」
「いいさ。私も誰かの為に贈り物を選ぶというのは初めてで楽しかったしな。それに強くなる為だけに私達は生きているのではないのだから。こうしてのんびりと訓練の事を忘れて過ごすのも貴重な体験なのだろうな」
「さよか。ンなら良かったぜ」
暗くなった夜道に街灯が灯り始める。道行く人達の姿も段々と少なくなり、買い物の荷物を手にした人たちは足早に家路に着く。キーリ達の様にのんびりと歩いているのは、同じように夕食を摂りに向かっているか、はたまた夜の街に用がある人間なのだろう。
キーリは頭の後ろで手を組み、そんな彼らを見遣りながらふと空を見た。
夜天には数多くの星が煌めいている。昔は星を眺める趣味は無かったが、娯楽の少ないこの世界に来てからは夜空を見上げることが増えた。特にここ最近では更に多くなったような気がする。元の世界でもこの世界でも星の名前はさっぱり分からないが、暗い夜空の中で懸命に瞬くそれらを見ると気持ちが落ち着くようになったのは胸の支えが一つ取れたからか、それとも単純に年を取って感性が変わってきたのだろうか。
「なあ、キーリ」
穏やかな表情で空を見上げていたキーリだったが、隣を歩く髪をアップにしたフィアが、指先でかんざしの飾りを弄びながら名前を呼ばれて視線を落とした。
「ん、なんだ?」
「もうすぐ、卒業だな」
「……ああ、そういやそうだな」
入学して以来一年以上が経過した。養成学校で習うべき最低限の事は学び終わり、後はどれだけ実力を蓄えていけるか。
そして来月か再来月には最後の試験――このスフォンの迷宮で探索試験が行われればイベントは全て終わり。卒業してEランク或いはD-ランクの冒険者証を授与されれば後はみんなバラバラにそれぞれの道を歩いていくことになる。
「寂しくなるな」
「一年半、ほぼ毎日顔を合わせてた奴らとも会うことなくなるしな。中には一生会う機会が無い奴らだっているだろうし。別に全員と仲良かったわけじゃねぇけど、当たり前の日常が変わるって考えると寂しくはなるな」
「……アリエスやカレン達、シオン達はどうするつもりだろうか」
「さてな。シオンやギースにイーシュなんかは元々この街の人間だからそのままここに残るだろ。アリエスとかシンは……どうなんだろうな? すぐに帝国とかヘレネムに戻んのか、それともしばらく冒険者として生きていくのか。なんとなく、アリエスは残りそうな気がすっけどな」
「アリエスが残るのならカレンも残るだろうな」
昼間の護衛試験を終えた直後の二人の様子を思い出しながらフィアはクスリ、と笑った。貴族と平民であり、また性格も似ているとはお世辞にも言えないが波長が合うのだろうか。いつ見ても仲が良く、二人が喧嘩別れするような未来が見えないのはきっとカレンの性格に依るところが大きいのだろう。
「シンは領主の嫡男だかんな。もしかしたらしばらくは冒険者として生きるのを認めてもらえるかもしんねーけど、ヘレネムに戻るって思った方がいいかもな」
「そうかもしれないな……やはり寂しくなるな」
「とは言っても別に国を跨ぐわけじゃねーし、夏休みにだってヘレネム近くにまで遊び行ったんだ。会おうと思やいつだって会えるだろうよ。深刻に考えんなよ」
「そうか……そうだな」
フィアは小さく口元を綻ばせて頷いた。
キーリの言う通り、別にこれが今生の別れというわけでは無いのだ。距離がある以上、当然顔を合わせる頻度は圧倒的に減るが縁は残る。貴族としての生活を送っているだろう彼の姿を冷やかしに遊びに行くのも一興だろう。
それでも一抹の寂しさが胸に残るのは、それはきっと、共に過ごした時間が濃密で、築いた思い出がかけがえのないものであるからだ。王都で、鳥かごの中の鳥のように生きていたら、この感情は抱けなかっただろう。そう思うと、やはりレイスと二人でこの街へやってきて良かった、とフィアはかつての決断が誇らしかった。
と、ここでフィアは気づいた。
「ところで、だが……」
「なんだ?」
「お前はどうするのだ? これからもスフォンに残って冒険者を続けるのか?」
「あ? そのつもりだけど?」
「そうか……ならばいい。だがお前はそれでいいのか? その、お前は……」
途中でフィアは口ごもった。
キーリの実力が既にCランクに相当するのは、以前にスフォンの迷宮に潜った時から明白だった。単独でゴーレムやオーガといったCランクモンスターを屠っていく様は鮮明にフィアの記憶に残っている。スフォンの迷宮がCランクに位置されているということは、ここの迷宮ではCランク以上のモンスターは現れない。
Aランク冒険者になって名声を世界中に轟かせる。それがキーリの、冒険者としての目標だ。であればいつまでもCランクの迷宮に潜るよりも、早々にもっとランクの高い迷宮へと潜るべきであろう。そして、間違いなく自分はまだそのレベルには達していない。キーリの事を考えれば、自分たちを置いてもっと強い人間とパーティでも組むのがきっと最短なのだ。
一年半近くもの間、レイスを除けば一番多くの時間を共有してきた相手がキーリだ。だから離れるのはとても寂しいが、自分たちが枷となって彼の脚を引っ張るのは、辛い。
「バーカ」キーリは難しい顔をしているフィアの頭を軽く叩いた。「良いんだよ。前にも言っただろうが? 俺はお前らと一緒に強くなりてぇんだ。別にお前らが足枷になってるだとか思ってもねぇし、これからも思うつもりもねぇよ」
「しかしそうなるとAランクへの昇格が遅くなるぞ、きっと」
「逆にお前らと一緒の方が早ぇと思ってるぜ、俺は。ま、仮に遅くなったとしても別に構やしねぇよ。ひたすらにランク上げるのを目指すよりも――皆と一緒に成長する方が俺は良い」
真顔で語るのが恥ずかしくなったのか。キーリはフィアに顔を見られないように途中からそっぽを向いた。もっとも、白い肌の耳が、街灯に照らされてなお赤くなっていたのでバレバレであったが。
「そ、そんな事よりも早よ飯だ、飯! いい加減腹減ってきたぜ!」
フィアがクスリと笑う声が聞こえ、気恥ずかしさを誤魔化すためかキーリは声を張り上げて話題を強引に切り替える。余りにも露骨だったがフィアは微笑んでそれ以上の追求はしなかった。
そうして程なくシオン達一家が経営する店が見えてくる。ちょうどぞろぞろと店から客が何人か出ていっていた。護衛訓練のためアリエスやカレン達の手伝いは無くシオンが店を手伝っているはずだが相変わらず程々に繁盛しているようだった。
「ちわーっす」
「はい! いらっしゃいま……ああ、キーリさんとフィアさん。いらっしゃいませ」
キーリが戸を開けて中に入ると、頭に布を被ったシオンが出迎えてくれる。黒いエプロンを付けて忙しなさそうに働いていたが、新たな客がキーリとフィアだと分かると破顔した。柔らかそうな髪から除く耳がピコピコと動き、普段はローブに隠れて見えない尻尾が左右に揺れている。エプロンの下に履いたハーフパンツからは、出会った当初から比べて筋肉が付いたが、キーリから見ればまだ細く少女の様な脚が覗いている。
すでに何度もこの店には通いつめているが、フィアはどうにもこういったシオンの姿に慣れないらしい。今もキーリの隣で真顔で鼻から情熱を垂れ流していた。
突っ込む事自体をとっくに諦めた残り二人はそんな彼女をスルーして会話を続ける。
「今日は少し遅めですね。護衛訓練はどうでした?」
「どうもこうも、カレンに上手いようにやられちまったよ。アイツの弓の腕はやっぱすげーわ」
「こと弓に関してはカレンさんの右に出る人は、冒険者の中でもそうそう居なさそうですもんね」
「脚も速ぇから斥候役も任せられっしな。後はもちっと攻撃力を手に入れれば色んな連中から引く手数多になりそうだ」
「あはは。そうですね。とは言ってもアリエスさんが彼女を手放さ無さそうですけど」
「違いねぇ」
「シオーンっ、五番さんに運んでちょうだーい!」
「あっ、はーい!」母親に呼ばれ、シオンはペコリ、とキーリに頭を下げた。「それじゃ空いてる席に自由に座って下さい。また後で注文を貰いに行きます」
「あいよ」
「フィアさんも。床をそれ以上汚したら後で磨いて貰いますからね」
「うむ。シオンと共に掃除できるのであれば家中ピカピカにしてみせよう。それと終わった後はぜひ抱っこさせて欲しい」
「お前ホント歪みねぇな」
自分の部屋の掃除はレイスに任せているくせにこの宣言である。
シオンはそんな彼女に苦笑だけを残して店の奥へと引っ込んでいった。
「はぁ、ったく……まあいいや。さて、と。席はどうすっかな」
「ああ、そっちの席はどうだい? そこなら通りの目を気にしなくて落ち着いて食事が出来るよ。僕のお気に入りの席なんだけど、さっきまで他の人が座っててさ。お兄さんたちに譲ったげるよ」
「お、そうか? そんじゃそこに……」
キョロキョロと店内を見回したキーリに傍に居た少年から声が掛けられた。キーリは勧められた少年の隣の席へ向かい、礼を述べようと少年の方を振り返った。
そして、キーリは心臓が掴まれた様に立ち尽くした。
「やあ、久しぶりだね? 元気だったかい?」
憎き英雄が一人――ティスラがそこに居た。
ティスラは食事を頬張りながら見た目相応な無邪気さを滲ませてキーリに笑いかける。
彼が昔滅ぼした村の生き残りがキーリであることを知っている。にもかかわらずティスラは悪びれもせず、かと言って何か含むところがあるようでもなく、まるで昔のことなど無かったかのように旧来の友人であるかのように話しかけてきた。
対象的にキーリの顔色はひどく悪い。いきなり飛びかかるような事はしていないが、胸の辺りを掻きむしるような仕草で押さえ、歯をむき出しにして睨みつけている。奥歯がギリギリと音を立て、右腕は震えていた。
「ティスラ、だったか? 久しいな。ここ最近学校でも見かけなかったが息災だったか?」
「ん、フィアちゃんだったっけ? まーね。元気だったよ。そっちも相変わらず仲間と仲良くやってるようで良かったね」
「……何だか性格が変わったな。失礼だが、まるで別人みたいだ」
彼女の中では、ティスラは未だゲリーの取り巻きの一人の時のままである。貴族らしい傲慢な態度で振る舞うことに慣れていない、本当は人の良さそうな感じのする少年であった。だが今の屈託なく笑う彼を見る限り、無邪気で年相応よりも更に幼い印象さえ受ける。容姿は彼女の知るままだが、声や話し方もまるっきり違っている。
「フィアちゃんからすればそーかもね。もう演技をする必要も無いし」
「演技?」
「そ。だから今が僕の本当の姿かな?」
「……演技をしていた理由は知らないが、まあ自分を偽らなくても良いというのであれば喜ばしいことだ。
さて、ではお言葉に甘えて隣に座らせてもら……キーリ? どうした?」
ティスラの「演技」という言葉に引っかかりを覚えながらも、事情があるのだろうと深くは追求せず彼の勧めた席へ腰を下ろそうとする。だがキーリが立ったままティスラを睨みつけているのに気づき眉をひそめた。
問われて、そういえばフィアは知らなかったな、とキーリはティスラの正体を口にした。
「……コイツは俺の村を滅ぼした英雄の一人だ」
「なっ!?」
キーリの告白に、椅子を押し倒しながら慌てて立ち上がる。
彼女から見てティスラは無害そうな少年だ。キーリの言葉を疑う訳では無いが、少年らしいその姿と十年も前に村を襲った悪辣な英雄像がどうしても結びつかない。
ティスラを見る。彼は美味しそうにご飯を頬張るばかりでキーリの言葉を否定しない。代わりに、フォークで椅子を指した。
「まあ座りなよ。皆が注目しちゃってるよ?」
「……」
「別に何もするつもりはないよ? 本当だって。あ、でもそんなに警戒されると僕も傷ついちゃうなぁ。頭に来たからこのお店の中で暴れちゃうかもしれないね?」
無邪気に、本当に無邪気にティスラは笑った。脅すような口ぶりだが、変わらず醸してる雰囲気は友人と冗談を話しているような口調だ。だがキーリとティスラは友人ではない。真意が見えない以上、下手に刺激をしたくない。キーリはティスラを睨みつけながら隣のテーブルに座り、フィアもその向かいに腰を下ろした。
「そうそう。それで良いんだよ。せっかくの食事なんだから楽しくしないとね。さあさあ、注文を決めないともうすぐあの店員さんが聞きに来ちゃうよ?」
席に着いたのを見てティスラは満足そうに頷き、テーブルに備え付けのメニュー表を手渡した。
その親切さにキーリは怪訝そうに眉を歪め、フィアも毒気を抜かれてつい素直に受け取った。
「すみませーん、遅くなりました!
あれ、お二人ともこの人とお知り合い……なんですか?」
ちょうどその時、ティスラが言ったとおりシオンがパタパタと伝票片手に駆け寄ってくる。そして三人が向かい合っているのを見て話を振ってみるが、微妙な温度差を感じ取って語尾が尻すぼみになっていった。
「あ、ああ。そうだ。ティスラと言ってな、私達と同じ普通科の生徒だ」
「そそ。最近はあんまり顔を合わせて無かったんだけど久々に会ったんだ」
「あ、そうだったんですか!」
「……彼はよくここに来るのか?」
「はい、最近よくお店に来てくれてます。お昼に来ることが多いみたいなんですけど、偶に夜もこうして食べに来てくれるんです。
そっか、お知り合いだったんですね。なら……今度改めて紹介してくださいね、キーリさん」
シオンの質問に答えたのはフィアとティスラだったが、シオンはキーリにお願いした。なるべく感情を押し殺して、なるべくティスラを視界に入れないようにしながらキーリは短く答えた。
「……ああ、また今度な」
「はい、お願いします。それで注文はいつものですか?」
「そうだな。いつもので頼む」
「私も同じくだ」
「分かりました! 少し調理に時間が掛かるかもしれませんけど、ゆっくりしていってください」
そう言い残してシオンは笑顔を振りまきながら再び店の奥へと戻っていった。その後姿を、皿の上の料理を口に運びながらティスラは「ふぅん」と漏らしてキーリ達の顔を眺めた。
「……なんだよ?」
「別に何でもないよ。『いつもの』で通じるくらいには君たちもこのお店の常連なんだなって思っただけだよ」
「ンな事はどうでもいい。それより……何でテメェがここに居るんだよ」
ジロリ、と睨みつけるキーリ。そんな視線に対してティスラはキョトンとするばかりだ。
「本当にご飯を食べに来ただけだってば。さっきの店員さんだって言ってたでしょ? 君らと同じで僕もここの常連なんだよ。流石に『いつもの』で通じるほどじゃないけどさ」
「んじゃ英雄様がなんでこんな場所で飯食ってんだよ? シオンにゃ悪いがここは英雄様みてぇな『立派な』人間が好んで食べに来るような店じゃねぇぞ」
「それは他でもてはやされてる『英雄』たちの事を指してるのかな? あいにくと僕はアイツらみたいな派手な生活は好きじゃないんだ。逆に良くもあんな香水臭い場所で、舌が爛れそうな濃い味付けの料理を美味いなんて思えるのか不思議だよ。ま、彼らは俗物だからね。僕の清廉な価値観とは合わないのさ。よっぽどこの店の料理の方が美味しいと思えるから通ってるんだ。……女将さんも優しいからね」
料理を頬張って美味しそうに、嬉しそうに表情を緩ませる様は本当に子供のようにフィアには思えた。
「本当に……ティスラは世間で言う英雄で間違いないのか?」
気になっていた事をフィアが尋ね、ティスラは「まーね」と軽い調子で答えた。
「魔の門を閉じたという意味では間違いないと思うよ。英雄なんて称号に興味は無いけどさ。やっぱりそんな風には見えない?」
「まあ、そうだな。見たところ私達と同い年か下だろう? 十年前だったらそれこそまだ物心付いた頃とか、そんなものじゃないのか?」
「ぶっぶー。はっずれ~。これでも僕はもう生まれて二十五年になるんだよ?」
「はあっ!?」
驚くキーリとフィア。そんな二人の顔を見て、ティスラはいたずらが成功した子供みたいに歯を見せて笑った。
「と言っても長耳族だから、人間で言えば君らと変わらないと思うけどさ」
「……なんだ、驚かせないでくれ」
「あ、でも今のは僕の秘密。事情があっておおっぴらに出来ないから言いふらさないでね?」
「そう言われりゃぜひとも盛大にばら撒いてやりたくなるな」
「そうしたら話を聞いた人全員を殺さないといけなくなるね」
屈託もなくそう言ってのけるティスラに、キーリは舌打ちした。
「さて、と」口をもぎゅもぎゅとさせていたティスラは、ナイフとフォークを空になった皿に丁寧に並べた。「それじゃあ僕はもう行くね。人と話すのが好きなのに、あまり他人と話すなって命令受けてて退屈だったんだ。だから今日はたくさんお話できて楽しかったよ」
「やっぱりテメェは誰かの指示の下で動いてんのか」
「まあね。じゃないと魔の門を閉ざしになんて行かないでしょ? おっと、誰の指示とか聞かれても答えられないからね」
言いながら立ち上がり、会計へと向かう。
「待て」その後姿をキーリが呼び止めた。「最後に聞きたいことがある」
「んー、何? 今日は気分が良いから答えられることなら答えるよ?」
「聞きたいことは一つだけだ。
――どうして俺の村を焼いた?」
ティスラは立ち止まって振り返り、アルカイック・スマイルを浮かべた。
「残念ながらそれは答えられないかな」
「……そうか」
「ただ」一言だけ付け加えた。「理由は幾つかあるみたいだけどね。ま、そこは僕には与り知らないところだから」
言い残してシオンに代金を支払い、入口付近の席に座るキーリ達の脇を通り過ぎていく。そしてドアを押し開けたところで「そうそう」と二人に背を向けたままティスラが立ち止まった。
「会ったら言おうと思ってたことがあったんだ」
「なんだよ?」
「もうすぐ卒業だよね? だったらたぶんこの街で顔を合わせるのは最後だろうと思ってるんだ。でも二人とは結構縁があったからさ。このまま離れ離れになるのも寂しいと僕は思うんだ。だから――最後のイベントに面白い演物を準備してあげたから」
「……なに?」
「最後の処理を任せるから、頑張って生き残ってね――大嫌いな君たちがくたばる事を祈ってるよ」
ティスラの姿がドアの影に隠れた。
「キーリ!」
キーリは椅子を蹴倒しながら立ち上がり、扉を押し開けて通りへと飛び出した。
左右を見渡しティスラの姿を探す。だがホンの一秒程度遅れただけだというのに彼の姿は何処にも見当たらなかった。
「……ちっ」
「……間に合わなかったか」
フィアが遅れてやってきて、同じように首を左右に振って通りを見るが結果は同じ。フィアは腰に手を当てて溜息を吐いた。
「あの野郎……今度は一体何を狙ってやがるっ」
「何やら不気味なセリフを残していったが……最後のイベントとか言っていたな?」
「ああ……残った最後のイベントって言やぁ探索試験だとは思うんだが……」
「ならばその時に何か仕掛けてくるという事、と解釈すべきか……」
「たぶんな。しかも『生き残ってね』とか吐かしてやがった」
「という事はかなり危険な事態になる可能性が高い、と理解しておいた方が良さそうだな」
頭痛を堪える様にフィアはコメカミをグリグリと揉み解した。その横で眉間に皺を寄せて気持ちを落ち着けるように深く息を吸った。
最後のセリフ。「大嫌いな君『たち』」とティスラは言った。理由は分からないが、どうやら自分だけでなくフィアたちもずいぶんと奴からは嫌われているらしい。キーリは左拳を握りしめた。
(だが……奴がどう来ようが望むとこだ)
何を仕掛けてこようと自分が絶対に守る。フィアやシオン、レイスは大事なパートナーであり、自分が過保護に守るつもりはない。そこまで自分は何でもできる人間でもないし、彼女らも弱くはない。むしろ状況によっては自分よりもよっぽど頼りになるだろう。
それでも、万が一の時には。
(この身を犠牲にしてでも……守る)
「キーリさんっ」
決意を新たにしたキーリ。そこに、店の中からシオンが駆け寄ってきた。
「シオン」
「突然店を飛び出したから何かあったのかと思いまして。
あの、やっぱりさっきのお客さん――ティスラさんとは何かあったんですね?」
確信を抱いた様子でシオンはキーリを見上げた。問われたキーリは軽く瞑目して、フィアと顔を見合わせた。
フィアは神妙に頷いた。
「……そうだな、隠すことでもねぇし……この際だ、全員に話しちまおう。
シオン、後で店をちっとばかし貸し切って構わねぇか? 話しといた方が良さそうな話があるんだ」
「分かりました。もう一鐘(≒一時間)もすればお客さんも殆ど居なくなると思いますから大丈夫です」
「すまねぇな」
「いえ、そのくらい分以上は皆さんにはお世話になってますから。それじゃ僕は母さんにその事を伝えてきますから。お二人も料理が冷めないうちに食べちゃって下さい」
「そうだな」
そう言えばまだ食べていなかった、と自覚すると同時にどちらのともなく空腹を知らせる音が鳴った。
クスリ、と笑ったシオンを先頭に、キーリは腹を押さえて、フィアは少し恥ずかしそうにしながら店内に戻っていく。
と、店の中に入ろうとした時――
「そう言えば、キーリさん」
「ん? どうした?」
「僕って、実は耳が良いんです」
「へぇ、そうなんか」
「そうなんです。だから――『立派な』店じゃなくてスミマセンね」
キーリは固まった。猛烈な勢いで冷や汗が溢れ出し、心なしかシオンの背中から冷気が噴き出しているようでカタカタと体を震わせた。
「い、いや、あ、アレはだな……」
歯を震わせながら弁明を口にしかけたキーリに、シオンは振り返ってニコリと笑顔を向けた。
額に青筋を浮かべて。
「もちろん、お店の後片付けと皆さんを出迎える準備――手伝ってくれますよね?」
「……はい」
「フィアさんも」
「ちょっと待ってくれ! 私は……」
「リーダーは連帯責任です」
「……はい」
キーリとフィアは二人揃って同じ返事をして、グッタリと頭を垂れるしか無かった。
2017/6/25 改稿
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